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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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【二十二】真実のカミングアウト(前編)

「由香里さん、それじゃあ智也と翔也をお願いね」

 役員は反省会があるため、千裕さんは事前に智也君と翔也君のことを由香里さんに頼んでいたらしい。 だから、時間はたっぷりあるなんて言っていたのか。

 私は子供達のことを考えずに、千裕さんに話をする時間を取ってほしいなんて言ってしまったけれど、母親の先輩たちは、抜かりない様だ。


 会議室に一年の担任とそれぞれのクラス役員が集まり、反省会というよりも、一年間の役員活動を通して感じたことや、提案があれば言ってほしいというものだった。

 みんな役員の仕事を通して、学校との関わりを持てたことや、いろいろな行事や学校生活が先生や役員等の保護者の協力の元に支えられていると知ることができて、とても良かったと感想を述べた。

 私も結局同じ様なことしか言えなかったけれど、私の中にはもっと違う思いがあった。

 役員にならなければ、こんなに多く彼と触れ合う機会は無かっただろう。

 役員にならなければ、現在の二人の関係は無かったかも知れない。

 それに、千裕さんと出会い、親しくなれたのも、役員になれたからこそだ。千裕さんの存在にどんなに救われていたか。今だからこそわかる。だから、本当のことを言わなければ。


「ねぇ、帰りにうちに寄って、話をする?」

 反省会が済んで解散となり、担任達が去った後の会議室で、千裕さんが椅子から立ち上がった私に声をかけて来た。

「あっ、拓都がいると話し辛いから」

 まずい、まずい、慧と約束していたのだった。

「あー、そうか。拓都君、学童だっけ? 拓都君も由香里さんに頼めば良かったね」

 いやいや、学校を出てしまっては、ダメなのよ。

「あの、そんなに時間掛からないと思うから、一年三組の教室で話をしない? もう誰もいないと思うし」

「えっ? 勝手に教室に入ってもいいのかな?」

 えっ? ダメなの?

「ほら、役員だし、ちょっとぐらいなら。誰か来たら、忘れ物とか言えば良いんじゃないかな」

 担任が教室で話すことを了解しているのだから、いいよね? って、千裕さんには言えないけれど。

「まあ、そうねぇ。少しぐらいなら、いいかなぁ。役員の特権ってやつで」

 役員にそんな特権があるかどうか分からないけど、多少一年の先生達には顔を知られているから、許されるかも。


 二人で人気の無い一年生の教室が並ぶ廊下を、一年三組の教室に向かって歩きながら、今日の親子レクリエーションの話で盛り上がった。大玉ころがしの二人三脚を千裕さんと組んだのだけど、なかなか歩調を合わせられず、焦るばかりで大変な思いをしたからだ。

「あの時、千裕さん、真ん中の足からっていうのに反対側を出すから、もう焦って、頭の中真っ白になっちゃったのよ」

「ごめんねぇ、あの時すでに私の頭の中真っ白だったのよ。でも美緒ちゃんだって、足ばかりに気を取られて、玉を転がすのを忘れているし」

 私達は笑いながら教室の中へ入ると、引き戸を閉めて、窓際の机の一つに向かい合って座った。

「それで、昨日は彼と会えたの? 上手くいったんでしょ?」

 いきなり千裕さんが、本題に入ったので、私は慌てた。

「いや、あの……、そのことより、私、千裕さんに謝らなければいけないことがあるの」

「えっ? 謝らなければいけないこと?」

「そう、私、千裕さんにどうしても言えないことがあって、誤魔化していたことがあるの」

 私は俯き加減でそう言うと、チラリと彼女の顔を窺った。

 私の言葉を聞いた千裕さんの表情が曇った。

「誤魔化していたって……。いったい、何のこと?」

「あ、あのね。私、以前に、元カレと職場で再会したって言ったでしょう? でも、本当は違うのよ」

 どう話せばいいのか分からなくて、なかなかスルリと言葉は出て来てくれない。

「ええっ? じゃあ、どこで再会したの? それとも再会したってことも違うの?」

「いいえ、三年ぶりに再会したのは本当なの。でも、再会した場所は、小学校なの」

 もう、わかってしまっただろうか? 

 千裕さんは何とも不思議そうな顔をして「小学校?」と呟いている。

「美緒ちゃん、それって、まさか……」

 何か思い至ったけれど、それが不本意だったような顔をした千裕さんが、言いかけたのを断つように私は「ごめんなさい」と頭を下げていた。

 千裕さんは怒っているのだろうか? それとも、呆れているのだろうか? 怖くて顔を上げられない私の頭上で、千裕さんは嘆息した。

「美緒ちゃん、美緒ちゃんの忘れられない気持ちも分かるし、応援もしたいと思っていたの。それに、良い話しだって言うから。でも、それは喜べないよ」

 えっ……喜べない?

 やっぱり、彼の相手が私ではダメなの?

「ご、ごめんなさい。千裕さんに黙っていたのは悪かったって思っている。でも……」

 なんと言えばいいのだろう?

 何だか、千裕さんの機嫌が悪くなったみたいだ。

「ね、美緒ちゃん。もう一度考え直した方が良いよ。二人の気持ちが通じ合ったのだとしても、周りを傷つけるのはよくないと思うし」

 えっ? 周りを傷つける?

 さっきまで俯き加減だった私は、思わず顔を上げて千裕さんを見た。

「やっぱり不倫はよくないよ」

「ええっ?! 不倫って……」

 思ってもみなかったことを言われ、絶句してしまった。

「え? 違った? それじゃあ、バツイチとか? それとも奥さんを亡くしているとか?」

「ど、どうして……」

 相手が結婚している設定なのだと聞きたいのに、上手く言葉が出てこない。

「あれ? 違うの? だって、小学校で再会したんでしょう? 保護者じゃないの?」

「はぁ?」

「だって、美緒ちゃん、私に言えなかったって言うから、言えないような人なのかと」

 千裕さんはバツの悪そうな顔をしたけれど、悪いのは私の方だ。でも、いったい何から説明すればいい?

 この期に及んで、まだ彼の名を出すのをためらってしまう自分が情けない。

「ごめんなさい。私の言い方が悪くて」

「いいえ、よく考えたら、三年前に別れて、小学校の保護者っていうことは無いよね。私ったら、早とちりしてしまって、こちらこそごめんね」

 千裕さんはホッとしたような顔になり、ハハハと笑った。

「あの、とにかく小学校で再会して、前に話したようにいろいろあって、それでクリスマスに……」

 私はどうしても口に出せない彼の名の代りに、今までの経緯を話そうと思った。けれど目の前の千裕さんは、何か考え込んでいるようだった。

「じゃあ、保護者じゃ無かったら、もしかして、先生?」

 私がぼそぼそ話しているのは耳に入っていなかったように、千裕さんは急に顔を上げると真剣な顔で訊いて来た。

「えっ? あの……」

 ああ、ついに分かってしまったか。

「えー! そうなんだ。先生か。虹ヶ丘小学校の独身の先生って、誰がいたっけ?」

 千裕さんはいつもの好奇心を抑えきれないようなワクワクした表情になった。

「あ、あの……」

「待って、待って。ちょっと当てさせて。でも、本当に先生なの? なんだかワクワクして来たぁ」

 千裕さんはそう言って、嬉しそうにウフフと笑った。

 当てるって、クイズじゃないんだから。

 でも、彼だとは思わないんだろうか?

 それよりも、彼と再び付き合い始めた話は、どうすればいい?

「あ、あのね、千裕さん。あの、彼とは上手くいって、今付き合っているというか」

「ええっ! ホント! やっぱりおめでとうじゃないの。えっ、それって昨日のこと?」

 嬉しそうに「誰先生がいたかなぁ」と呟きながら、天井の方を見上げて考えていた千裕さんに、私が現状を告げると、彼女は飛び付くように私の話に食いついた。

「いや、だから、昨日じゃ無くて、クリスマスに彼が家に来て、美鈴……あっ、保健室の本郷先生のことだけど、彼女に別れたいきさつを聞いたって、それで、気持ちは今も変わらないからって」

 どうしてこんなに照れ臭いんだろう。由香里さんにはずっと話して来たからか、平気で話せるのに、千裕さんに彼のことを話すのは、どうにも照れ臭いというか、恥ずかしいというか、話し辛い。

「えー!! そんなに前から上手くいっていたの? 何も言ってくれないんだから!! でも、私には話し辛かったの? 相手が先生だから? 私そんなに口は軽くないつもりなんだけどな」

 ああ、こんな風に思われるのを心配していたのよ。千裕さんを信頼していない訳じゃないけど。

「ご、ごめんなさい。千裕さんのこと、信じてなかった訳じゃないの。ただ、彼の立場を考えると、なかなか言えなくて。それに、恥ずかしかったから」

「もう、美緒ちゃんは、いろいろ考え過ぎて、動けなくなるタイプだからなぁ。それに、やっぱり、先生の立場も気になるものね。うーん、相手は誰なのかなぁ。えっと、独身の先生と言ったら、広瀬先生とか、後藤先生とか?」

 どちらの先生の名も聞いたこと有る様な、無い様な感じで、顔も思い出せなかった。それよりも、どうしてそこに彼の名が出ないのだろう? 千裕さんにとって、彼は私の相手として対象外なのだろうか?

 それにしても、私が今日まで何も言わなかったこと、責めないの? 話せなかった理由をすんなり納得してくれたみたいで、拍子抜けしてしまった。

 私は違うという返事の代りに、静かに首を横に振った。

 もう、誰なのか言ってしまった方がすっきりするかも。

 私は悶々とする気持ちを持て余しながら、千裕さんのどこか楽しんでいるような表情を見ていた。

「そっか、私も全員の先生を知っている訳じゃないからなぁ。私の知っている先生?」

 私は少し戸惑った後、ゆっくりと頷いた。

「えー! そうなの? 誰だろう?」

 千裕さんは机に肘を付いて手に顎を載せると、目線を宙に向けて漂わせている。

 彼女は頭の中で次々に先生達の顔を思い浮かべているのだろうか?

 どうしてこんなことになっているのだろう。私は小さく息を吐き出していた。


 その時、私達のいる教室に近づく足音が聞こえ、私はハッと背筋を伸ばした。千裕さんも気付いたようで、『ここにいるのは、まずいんじゃないの?』という視線を私に向けてきた時、教室の引き戸が開けられた。

「あ、守谷先生、すみません。ちょっと忘れ物があったので。すぐに出ますから」

 教室の入り口に立っていたのは、この教室の担任だった。 

 千裕さんは取り繕うような笑顔を担任に向けると、そう言って立ち上がった。

「早すぎたようだな」

 彼のその一言で、私がまだ肝心なことを話していないと、気付かれてしまったのが分かった。私は小さく頷いたけれど、同じように彼の方を見ていた千裕さんには、分からなかった。

 千裕さんは彼の言葉の意味が分からないせいで、きょとんとしている。彼は一瞬躊躇したようだったが、うっすらと微笑んだまま、思いきったように教室の中へと入って来た。そして私達の傍まで来ると、私の方を見た。

「まだ、話していないんだろう?」

 ええっ! ここでそれを訊く? 

 私は戸惑いながらも頷くと、恐る恐る千裕さんの方を見た。千裕さんは呆けたように私達を見ている。

「えっ? ええっ?! 嘘? ちょっと、待って。いや、本当? まさか……」

 千裕さんの頭の中はパニックになっているようで、その動揺ぶりが言葉からも分かった。

 私もそんな彼女を見て、なんと言えばいいか分からない。私の頭の中もパニックだった。

「西森さん、落ち着いてください。どこまで話を聞きましたか?」

 この中で冷静なのは彼だけだ。彼の言葉に、千裕さんは自分の中で思い至った解答を、まだ信じられないようだった。

「守谷先生、話って。守谷先生も美緒ちゃんの元カレの先生のこと、知っているんですか?」

 千裕さんは自分の中で、納得できる解答に、置き換えてしまったようだった。

 私は、彼女の言葉を聞いて、ますます固まってしまった。

 千裕さん、どうしても、私と担任を結びつけて考えられないの?

 それなのに、彼女の言葉を訊いた彼は、プッと吹き出すとハハハと笑い出した。

「西森さん、いったいどんな話を聞いたんです?」

 彼が笑いを押さえながら千裕さんに尋ねた後、私の方にも視線を向けた。私は居た堪れなくなって首を横に振ったけれど、その意味は伝わっただろうか。

「えっ? どんなって。それより、どうして守谷先生が、美緒ちゃんの話のことを知っているの?」

 千裕さんの頭の中にはあくまで私と彼という設定はないらしい。その頃になってやっと私は自分の立場を自覚して、このままではいけないと感じた。

「ごめんなさい。私が上手く話せなかったものだから、千裕さんを誤解させてしまって。あの、あのね、さっき言っていた再会した先生っていうのは……」

「私なんですよ。西森さん」

 彼は私の言葉を断って、自ら名乗り出た。それを聞いた千裕さんの目はみるみる大きく見開かれ、そしてその表情のまま、私の方へ顔を向けた。

 私は笑おうと思ったけれど、上手くいかなかった。







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