【十八】あなたと歩いて行きたいから
「そっか、千裕ちゃんって良い子だとは思っていたけど、ただのミーハーじゃなくて深い想いを秘めていたんだねぇ」
役員会議のあった日の夜、由香里さんに電話してその日の出来事を話した。それはきっと、自分の中で懺悔の意味があったと思う。
そんな私の心情を分かっていながら知らないフリをしていてくれるのか、由香里さんは軽い調子で感想を言った。
千裕さんのことは、とてもいい人だと思っているし、知り合えてよかったとも思っている。彼女がいたから、辛いはずの役員活動も何とかこなせたのだと思う。それでも彼女の担任への思い入れを、時には不快に思ったり、時には怖いと思ったり、どこかで受け入れられない自分もいたのだと思う。
それは、私が知らない彼を知っている彼女への嫉妬だろうか?
彼のファンだと公言できる彼女への羨ましさだろうか?
今日、千裕さんから聞いた真っ直ぐでいて懐の深い想いに、あさましい自分が恥ずかしくてならない。
「由香里さん、私、どうしよう。千裕さんの思い入れを怖いなんて思っていた。どこかで、結局彼の外見だけで騒いでいるんじゃないかって、千裕さんのこと見くびっていたかも知れない。由香里さん、私、千裕さんにどんな風に本当のこと言えばいい? どうやって謝ればいい?」
いつも由香里さんに甘えてばかりではいけないと思いながらも、自分の情けなさを今すぐ消してしまえたらと、電話の向こうの由香里さんに縋りついてしまう。
「美緒、大丈夫だよ。千裕ちゃんはね、そんなに了見の狭い人じゃないから。それに千裕ちゃんは美緒がそんなことを思っていたなんて知らないんだから、今更言わなくてもいいよ。全てをありのまま言うことが誠実だとは言えないと思うの。相手が聞いて嫌な気分になるようなことは、言わなくても済むのなら、敢えて言わないという選択肢もあると思うのよ。美緒が千裕ちゃんに言うべきことは、美緒の恋が上手くいったことと、相手が守谷先生だということ、それから、報告が遅れたお詫びだけ。今日の千裕ちゃんの言葉で、ある程度気持ちも楽になったんじゃない? 後は、彼と二人で千裕ちゃんに良くお礼を言っておくことね。彼女はある意味、二人のクッション役をしてくれたようなものだから」
由香里さんは、まるで全てを見通すように、私に指南する。彼女は敢えて私のために強い口調で言ってくれる。彼女の言葉は、私の中にある答えと変わらないのに、迷った時はとてもストレートに私の中に道を見出させる。
どうしてこんなに弱くなっちゃったのかな。彼のことになると、とたんに前が見えなくなって、弱くなってしまう自分が情けなかった。
「いいのかな? それで」
「いいのよ。美緒はもう千裕ちゃんの守谷先生びいきに対して、怖いとか思っていないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「だったら、千裕ちゃんに本当のことを話して、早く喜ばせてあげなさい。彼女の望みは守谷先生も美緒も幸せになることなんだから。その二人が一緒に幸せになるんだから、絶対に喜んでくれるから。ねっ」
千裕さんは喜んでくれるのだろうか?
そう、喜んでくれるよね。彼が選んだ人ならどんな人でも祝福したいって言っていたもの。
由香里さんの言葉で、少し心が軽くなった私は、今度は甘えていたことが恥かしくなった。
「うん。ありがとう、由香里さん。ごめんね、甘えてばかりで」
毎回、そう言って謝るけれど、やっぱり甘えて頼ってしまう。もっとしっかりしなきゃ。
「何言っているの。お互い様でしょ」
全然お互い様じゃないのに、いつもそう言ってくれる由香里さんに甘えてしまう自分を、心の中でそっと叱った。
電話を切った後、千裕さんにどんなふうに話そうかと考えていた。一番伝えたいことは、私の恋が上手くいったことだけれど、やっぱり最初に報告が遅れたことを謝るべきだろうか?
彼のことはどんなふうに言い出せばいいかな?
頭の中でシュミレーションしてみる。もう何度も繰り返して来たことだけれど、今日の千裕さんの話は、由香里さんの言うように、確かに気持ちを少し楽にしてくれた。
その時、こたつの上に置いた携帯が震えだした。さっきまでは固定電話で話していたので、携帯をまだマナーモードにしたままだったことを忘れていた。
携帯の上蓋の窓に浮かんだKの文字を見て、ドキリとする。今日見た彼の自嘲気味な笑顔が脳裏に浮かんだ。
彼はどんな気持ちであんなことを言ったのだろう?
一瞬そんな思いが頭をかすめたけれど、すぐに通話ボタンを押した。
「美緒、もう拓都は寝た? 今いいか?」
彼はいつも最初に確かめる。こんな風に尋ねられると、妙な背徳感にゾクリとする。別に何も悪いことなんてしていないのに、一番大切な存在に隠していることが、裏切っているように感じてしまう。それは、友に関してもそうだけれど。
「うん、大丈夫だよ」
私は、自分の中にある重い感情を吹き飛ばすように、明るく言った。
「美緒、今から行ってもいいかな?」
「えっ?」
行くって?
もしかして、ここへ?
「実はもう美緒の家の前に居るんだ。電話じゃ無くて、どうしても美緒の顔を見て話したいことがあるんだ」
彼の話したいことは、今日のことだろう。私に何も言わず、あんな風に千裕さんに言ってしまったことを、彼は気に病んでいるのだろうか?
「わかった。今玄関の鍵を開けるね」
私は電話を切ると、年末に彼が訪ねて来たことを思い出した。また玄関で話すのだろうか?
今日は由香里さんと電話をしていたから、まだお風呂に入っていなかった。
良かった、パジャマじゃ無くて……。
それでも火の気の無い玄関を思って、厚手のフリースを上に羽織った。そして、足音を忍ばせて玄関まで行くとドアを開けた。
彼はもうドアの前に立っていて、私の顔を見ると、少し困ったような微笑みを見せた。私は「こんばんは」と言いながら、同じように微笑んだ。
「美緒、こんなに遅くにごめん」
彼は挨拶を返した後、困った顔のまま謝った。時間は午後十時過ぎ、年末に来た時と同じような時間だ。私は「ううん」と小さく首を横に振ると、彼を玄関の中へと招き入れた。
「今まで仕事していたの?」
「ああ、いろいろしているとすぐに時間が経ってしまうんだ」
「夕食は?」
「途中で軽く食べたよ」
「寒いから部屋へ入らない?」
まるで彼が話し出すのを邪魔するように、次々に質問を繰り出してしまった。別に彼の話を聞くのが嫌な訳じゃない。それなのに無意識に避けようとしているのは、これから彼が話すことに恐れを感じているのだろうか?
「いや、ここでいい。本当はこうして会いに来るのも、いけないと思っているんだけど、どうしても今日だけは美緒の顔を見て話したかったんだ」
彼も同じように背徳感を感じているのだろう。それは、拓都の存在を大切に考えていてくれるから。
私は頷くと覚悟を決めたように彼の目を真っ直ぐに見つめると、彼が話し出すのを待った。
「美緒、今日は美緒に相談せずに、西森さんにあんなこと言って、ごめん」
やっぱり、と心の中で呟くと、私は首を横に振った。
「私の方こそ、千裕さんに本当のことを言って無かったから、慧に嫌な思いさせてしまって、ごめんね。でもね、千裕さんは好奇心や興味本位で言ったんじゃないからね。慧のことを応援したいって思っているからだからね」
私は彼が千裕さんのことを悪く思っていないか、心配になった。それでも彼はそのことはいいと言いたいのか、首を横に振り、真っ直ぐに私を見つめた。
「美緒も知っていたのか? 大原先生を送り迎えしていたこと」
心臓がドクリと跳ねた。
とうとう、彼の口から、愛先生のことが出た。
どう、答えればいい?
気にしていないフリできるかな?
私はゆっくりと頷くと、気にしていないと伝えるため彼の目を見つめた。彼は「そうか」と言うと、小さく息を吐いた。
「二学期の懇談会の時、西森さんに、俺と大原先生が関係あるようなことを言われて、驚いたんだ。それ以前にも西森さんは、大原先生と美緒が似ているっていう話をして来たから、美緒から何か聞いているのかと思ったりしたけど、とぼけていたんだ。そうしたら、美緒とのことじゃ無くて、大原先生と関係あるように言われて。やっぱり、美緒もそう思っていたのか?」
以前、西森さんから慧に関する話をよく聞かされると話したことがあったから、私は知らないとは言えない。じゃあ、何と答えればいいの?
いっそ、愛先生との関係をはっきり訊いてしまえば、この不安も解消されるのではないだろうか?
たとえ以前付き合っていたとしても、私が現れたために二人が別れることになったのだとしても。
本当に? それでいいの? 聞いてしまったら、また辛くなるんじゃないの?
でも、上手く誤魔化すことなんてできそうにない。
視線を落として考え込んだまま答えない私に、痺れを切らした彼が「美緒」と呼び掛けた。
「ごめん。俺が美緒に何も言わなかったから、美緒を不安にさせたんじゃないか?」
名を呼ばれて顔を上げると、心配気な顔で私を覗き込むようにして彼は謝った。
彼に謝ってほしい訳じゃない。
私は顔を上げると覚悟して口を開いた。
「一学期の頃、慧と愛先生がデートをしていたって、二人は付き合っているって噂を聞いたの。その後、キャンプの時に二人の雰囲気を見て、やっぱり本当なんだって思っていた。ずっと」
彼は驚いた顔をした。そして「そんな噂が流れていたのか」と呟いた。
私はあの頃の辛い気持ちが込み上げて来て、一気に目が潤んだ。その途端、彼の胸に顔を押しつけられた。彼の腕が背中に回り、抱き寄せられている。
そんなことをするから、涙が決壊してしまった。彼のダウンジャケットの胸のあたりに染みを作っていく。
「ごめん。美緒、ごめん。そんな噂が保護者の方まで流れているなんて、知らなかった。大原先生とは本当に関係ないんだ。付き合ってもいない。でも、彼女が赴任して来て初めて見た時、驚いたんだ。以前の美緒と髪型が同じで、そっくりに見えた。だから、たぶん、彼女に対しての俺の態度が、他の女性に対するものとは違っていたんだと思う。だから、周りの同僚から二人はいい感じだと冷やかされても、なぜか否定できなかった。それに、彼女は大学時代に男子バスケのマネージャーをしていて、バスケの話で意気投合して。デートしているのを見たというのも、バスケの試合を見に行った時だと思う。デートのつもりはなかったけど、周りには余計に良い仲だと思われたみたいで。それが、保護者の方まで噂になっているなんて」
彼はわたしを抱きしめながら、一生懸命に説明してくれた。けれど、彼の言葉に引っかかって、余計に考え込んでしまった。
他の女性に対するものとは違っていた?
バスケの話で意気投合した?
一緒に試合を見に行った?
周りから冷やかされるのを否定しなかった?
これじゃあ、周りも愛先生も、誤解してもおかしくない。本当に、誤解だったの?
胸の中で嫌な感情が湧き出した。
「もしも、私がこちらへ帰って来なかったら……」
私は彼の胸を押して、その腕から逃れると、心の中で渦巻きだした想いを口にしかけて、はっと我に返った。思わず彼の顔を見上げると、彼は眼を見開いて私を凝視すると、いきなり私の腕を強く掴んだ。
「美緒。美緒とたとえ再会しなかったとしても、噂の様になることは無いよ。分かってしまったんだ。大原先生に美緒を重ねて見ていることに」
私と重ねて見ていた?
それは愛先生にとって、あまりにも残酷なこと。なのに、心のどこかで喜んでしまった自分に気付き、また自分に嫌悪する。
私の腕を掴んだまま、訴えるように強く言う彼を、私は怯えたように見上げた。私のそんな様子に彼は慌てて腕から手を離してくれたけれど、私は自分の中でドロドロと渦巻く嫌な感情を知られたくなくて、また視線を落とした。
「それに、今回の送り迎えしていたっていうのも、今日話したように俺の責任なんだよ。スキー場で凄いスピードで突っ込んで来た人を避けるのに、咄嗟に大原先生を突き飛ばしてしまったんだ。そのせいで腕を骨折して、運転ができなくなったから、送り迎えをしていたんだよ。他の先生も交代しようと言ってくれたけれど、俺の通勤途中に大原先生の家があったから、俺が一番都合良かった。それだけのことなんだ。美緒に何も言わなかったことは、悪かったと思っている。二学期の懇談会で、西森さんに大原先生と関係があるように言われて、初めて美緒もそんな風に思っているかも知れないって、不安になった。だから、言えなかった。どんなふうに言っても、美緒に誤解されそうで」
慧、慧も不安だったの?
クリスマスの朝、二人の想いを確かめ合ったのに、やはり三年というブランクは大きくて、お互いに気を遣い合い、相手の出方を窺っていた気がする。
彼は私を不安にさせそうなことは知られたくなかっただろうし、私も不安な気持ちを隠していた。
結局私達って、三年前の別れが何の教訓にもなっていない。又、同じことを繰り返えそうとしている。
その時不意に由香里さんの言葉を思い出した。
『恋人同士でも夫婦でも、一緒にいると何度でも、こんな風にお試しが入るの。二人の絆をより深めていくためのお試しなのよ』
そう、私達は試されているんだ。そう思うと、なぜだか急に可笑しくなって、クスッと笑ってしまった。
しばらくお互いに黙り込み、張り詰めた空気の中、急に私が笑ったからか、彼は怪訝な顔をした。
「ごめんなさい。私達、まだまだ試されているんだなって思ったら、なんだか可笑しくなってしまって。由香里さんに言われたの。二人が一緒にいると何度でもお試しがあるって。それは、二人の絆をより深めていくための試練なんだって。私、その話を聞いたとき、三年間の辛い日々のことを思ったら、乗り越えられるって思ったの。それなのに、ぜんぜん成長していなくて。なんでも話し合おうって言ったのに、慧に心配かけたり、愛想つかされたりするのが怖くて、不安な気持ちが言えなかったの。本当にごめんなさい」
「何謝っているんだよ。悪かったのは俺の方だろ? 俺が何も言わなかったから」
私は彼の言葉を断つように彼の腕に触れた。そして私は彼の顔を見上げて、微笑んだ。
「慧、お互い様だから、もうこれ以上言うのは止めよう? 私達はまだまだってことなのよ。だから、何度でも試されるんだと思う。でもね、強い体を作るのでも、負荷を掛けて鍛えるでしょう? それと同じで、今回のことも二人の絆を強いものにするための負荷だと思うの。やっぱり慧と分かれた後の辛さを思えば、どんなことだって乗り越えられると思う。今こうして慧の傍にいられる幸せを、私は大切にしたいの」
そう言って笑顔を向けると、彼は酷く真剣な眼差しで私を見ていた。
やっぱり怒っているのだろうか?
それとも、呆れている?
急に不安になった私は、笑顔を保つことが出来なくなった。怖くなって視線をそらすと、彼が急に噴き出した。
「美緒にはやっぱり敵わないな」
彼は自嘲気味に笑いながら言った。
私に敵わないって?
私はもう一度彼を見上げると、彼はバツが悪そうに笑いながらも、甘く優しい眼差しを私に向けた。
ああ、慧は、どうしてこんなにカッコイイのだろう。どうしてこんな素敵な人が、私なんかを選んだのだろう。
私は彼の眼差しに囚われたまま、見惚れていた。
多くの女性の関心を引く容姿を好きになった訳じゃないけれど、最初に彼に興味を持ったのはその外見だった。それでもそれはサークルにいる時だけのことで、その他の時には忘れていた存在だった。
その彼に本当の意味で関心を持ったのは、夏休みの公園で子供達に見せていた自然な笑顔を見た時からだ。だからと言って、その気持ちが恋愛感情に発展するとか、自分が彼の恋愛対象になるなんて思いもしなかった。
まさか、彼の一番傍にいる存在になるなんて。
「まだまだ俺達が試されるなんて思いたくないけど、美緒の言う通り、俺達って成長が無いっていうか、学習してないよな。美緒はいつも強いなって思うよ。今だってもう気持ちを切り替えている。美緒のそんな前向きな強さが好きだし、羨ましいよ」
何気に「好き」だなんて言われて、カッと頬が熱くなった。
でも、私はそんなに強くない。慧のことになると、途端に弱くなってしまうのに。
「そんなこと無いよ。今だって不安だらけだもの。慧の方がいつも自信にあふれて、前を向いて頑張っているじゃない」
あの、クリスマスの朝、彼は不安な様子なんて少しも見せずに、一気に私の心に詰め寄って、二人の未来まで描いて見せた。
なのに、羨ましいなんて。
「美緒の前では虚勢を張っていただけだよ。本当は不安で怖くてしかたないんだ。本当に美緒は、もう一度俺と一緒にいてくれるのかって……」
彼は、私の言葉を聞くとさっきまでの微笑みが消えて、少し不安げな表情をして、自嘲気味に言った。
その時、私は不意に気付いた。彼の不安はあの別れのせいだと。二人で渡っていた虹の橋の上から、いきなり彼を突き落としたようなものなのだから。
私のしたことは、こんなにも彼を追い詰めていたのか。
私は、どうやって償えばいいの?
このまま許されていいの?
私は後悔と彼への申し訳なさで、彼を見上げた。そんな私を見て、彼は慌てた。
「ごめん美緒。美緒を責めている訳じゃない。こんなこと言ったら、美緒が気にするのを分かっていたのに。俺は、美緒が負い目で俺の傍にいなくちゃって思うのが嫌なんだ。同情とか謝罪の意味で、俺の気持ちを受け止めるのなら、はっきりと断ってほしい。確かに、あの時のことを思い出すと怖くなる。でも俺は、あの別れは、俺たちにとって必要なことだったんだと思っている。あの時の俺は学生で、美緒には拓都がいて、どうしようもなかったんだって納得している。だから、もう、俺に対して申し訳ないとか、負い目を持たないで欲しいんだ。償いなんて欲しくない。俺は純粋にこれからの人生を美緒と歩いて行きたいと思っているだけだから。拓都も一緒に」
彼はまた温かい眼差しを私に向けていた。私はどんどんと目が潤んでくるのが分かった。
私を責めずに、あの別れは必然のものだと言ってくれる彼。
彼の深く大きな想いの前で、不安になっていた自分が恥ずかしかった。
そして彼にも、不安で怖いなんて思わせたくない。
「慧、ありがとう。確かに負い目や罪悪感はあるし、自分のしたことを忘れちゃいけないとも思うの。同じことを繰り返さないためにも。でもね、この気持ちはそんなものとは関係ない。あの別れ以前と変わらない、いいえ、再会してからもっと大きくなっている。慧、慧が好きだから、私もこれからの人生をあなたと歩いて行きたいと思っているの。本当にこんな私で、いいの?」
込み上げてくる感情を抑えつけながら、彼の不安を払しょくしたくて、いつもならなかなか言えない想いを口にした。
うるんだ瞳のまま彼と見つめ合って、この想いが言葉だけじゃなくて、瞳からも伝わればいいと願いながら、彼を見上げていると、「美緒」と呟くように呼んだ彼が、そっと私の背に手をまわして抱きよせた。まるで涙を吸い出すように、目元に彼の唇が触れる。その唇が、頬に、耳元に触れると、「美緒、愛している」と囁いた。彼の声に胸が震えた瞬間、涙は決壊した。そして、「私も」と返そうとした言葉をのみ込むかのように、私の唇に彼のそれが重なった。




