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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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【十七】緩んだ心

「守谷先生、結婚されるんですか?」

 我に返った千裕さんは、やっぱり今回も学習する気が無いのか、はたまた好奇心の方が勝ったのか、勢い込んで問いかけた。

 そんな千裕さんの様子に、私はまた強張った。そして、そっと彼を窺い見る。

 彼は懲りずに問いかけてくる千裕さんに、一瞬苛立った表情を見せたけれど、すぐに感情を抑え込んだのか、憮然としている。

 私は心の中で彼にごめんねと謝りながら、この話題が早く過ぎるのを願った。

「その予定です」

「わー、おめでとうございます。こんなおめでたいこと、本人の口から聞けて嬉しいです。今までいろいろ言ってすみません。もう、守谷先生ったら、こんなおめでたいことは、早く教えてくださいよ。そうしたら、何度も守谷先生に怒られずに済んだのに。ねぇ、美緒ちゃん」

 千裕さんには、担任の冷やかな態度も効果が無かったようだ。さっきまでの凍りついた空気を蹴散らすように、否、本人は全く場の空気を感じてなかったかの如く、ニコニコ顔で嬉しそうに担任にお祝いの言葉を言うと、同意を求めるように私に笑顔を向けた。

 千裕さんという人は、普段は決して場の空気の読めない人では無い。けれど、担任のことになると、好奇心が勝ってしまうのか、自分の知りたい欲求が最優先になってしまうのだろう。

「美緒ちゃん、驚くのは無理もないけど、ほら、美緒ちゃんもおめでとうって言わなきゃ」

 私の神経は彼の様子を窺うことに注がれていたため、千裕さんの呼びかけに反応するのが遅れてしまった。

 おめでとうって……。ニコニコ顔の千裕さんにどう反応したらいいか迷っていると、完全に守谷フリークになっている千裕さんは、無意識のままさらに追い討ちを掛ける。

「美緒ちゃん、言葉が出ない程、ショックだった?」

「い、いえ、驚いただけ。お、おめでとうございます」

 千裕さんに急かされて、お祝いの言葉を口にしながら、自分の今の状況を思うと急に恥ずかしくなり、頭を下げる振りして目線を彼からそらす。

「ありがとうございます」と言う少し笑いをふくんだような彼の声が聞こえて来て、私はまた彼を見た。私の目に入ったのは、さっきまでの冷たさが緩んで苦笑している彼。

「もう、西森さんには敵わないな。恥ずかしいですから、このことは内緒にしておいてください」

 千裕さんのマイペースな天然っぷりに彼も観念したのか、先程の凍りついた空気はいつの間にか霧散していた。

 良かった。彼が平静を取り戻してくれて。これも千裕さん効果だろうか? この前彼が言っていた言葉を思い出す。

『俺達が再会してから、いつも間に西森さんがいただろ? 西森さんの明るさに助けられたことも多かったと思うんだよ』

 でも、無意識に引っかき回すのも千裕さんなんだけどね。

「わかりました。ここだけの秘密ですね。それにしても、守谷先生の本命の彼女ってどんな人なんですか?」

 本命の彼女。私は心の中で繰り返すと、ワクワクしたような顔をして担任の返事を待つ千裕さんをぼんやりと見つめた。そして、私の方をチラリと一瞥した彼を目の端に捉え、能天気な千裕さんに舌打ちしたくなった。

 千裕さん、調子に乗り過ぎ!

 私は心の中で突っ込みを入れたけれど、口に出せる訳も無く、どうしたら千裕さんの暴走を止められるのかとオロオロするばかりだった。

「ご想像にお任せしますよ。それではそろそろ時間ですので、会議室の方へ移動してください」

 笑い出したいのを押さえているような笑いを含んだ声で担任はそう言うと、立ち上がった。

 それを合図に私達も立ち上がり、机を元に戻すと、先に教室を出て行く担任に続きながら、私はやっと安堵の息を吐いたのだった。

 担任の後を追いながら、千裕さんが嬉しそうな顔で声を潜めて私に話しかけて来た。

「ねぇ、ねぇ、美緒ちゃん。驚いたね。でも、良かったよね。守谷先生が幸せになるのなら、ねっ」

 そう言いながら、千裕さんは感激したように一人ウンウンと頷いている。私が「そうだね」と返すと、「お相手はどんな人なんだろうねぇ」とか「きっと綺麗な人なんだろうね」と、ワクワクしたように呟くから、私はまた居た堪れなくなった。

 こんなこと言われたら、余計に言えないじゃないの。


 その後、会議室で一年の担任と役員全員での話し合いで、親子レクリエーションは『ジャンケン列車』『ハンカチ落とし』『大玉ころがし』に決まった。どのクラスからもよく似た意見が出たので、思っていたよりも早く決まり、会議は終了した。

 解散後、今度の学習発表会の時の終わりの挨拶の当番が当たっている私達は、挨拶の言葉を考えるため、そのまま会議室に残った。

「ねぇ、美緒ちゃん。守谷先生、愛先生の骨折は自分が原因だって言っていたけど、何があったんだろうね」

 挨拶の言葉を決め、帰り支度をしていると、千裕さんがまたさっきの話題を持ち出した。それは、私が敢えて考えまいとしていたことだ。

「そうだね、スキーでぶつかったんじゃないかな?」

 私は千裕さんに心の動揺を気取られないように、さっき彼が自分の責任だと言った時、頭に浮かんだ原因を口にしてみた。

「やっぱり美緒ちゃんもそう思う? それにしても守谷先生は責任感が強いんだね。ねぇ、愛先生と守谷先生って、以前は付き合っていたのかなぁ」

 千裕さんは問いかけるようでいて、後半は独り言のように言った。

 やっぱり千裕さんは愛先生のことが気になるのかな?

 彼の相手は愛先生が良かったとか、思っているのかな?

 愛先生のことは自分の中ではタブーだった。それでも、こうして言葉にされてしまうと、そのことが頭の中をグルグルと回り出す。

「千裕さんは、守谷先生の相手は愛先生が良かった? 二人を応援したいって言っていたし……」

 自分の思考が良くない方向へ向かっているのを感じながらも止められなくて、千裕さんに問いかけていた。

「それは、相手が愛先生だと思っていたからだし。私はね、守谷先生が選んだ人なら、どんな人でも祝福したいと思っているの。去年の旦那怒鳴り込み事件の時ね、それまで守谷先生はいい先生だとか言っていた人の中にも、手のひらを返したみたいに非難する人がいてね。なかには、イケメンでモテると思って人妻を誘惑したんじゃないかとか、女たらしで散々女性を泣かせているんじゃないのかなんて、言う人までいて、それを聞いた何も知らない人まで、彼ならあり得るかもとか言い出すし。だから私、守谷先生のファンだって公言して、守谷先生の良いところを広めることにしたの。実際に良い先生なんだから、あの事件の後、毅然とした態度で、それまでと変わらず子供達に一生懸命に接してくれているのを見て、いつの間にか酷いことを言う人はいなくなったんだけどね。だけど、守谷先生は良い意味でも悪い意味でも注目されちゃう人だから、早くきちんとした相手が出来て、結婚するといいのになって思っていたのよ。だから今日、本人の口から、結婚を約束した人がいるって聞いて、嬉しかったなぁ」

 千裕さん。

 そう、千裕さんはこういう人だった。そうとは見せずに周りに気を使う人だ。

 恥ずかしいよ。千裕さんのこと、天然とか調子に乗っているとか……。私、とても酷いこと考えていた。

「千裕さん、ごめんなさい」

 私は居た堪れなくなり、思わず謝っていた。

「えっ? なに? 美緒ちゃん、何か謝るようなことしたの?」

「私、千裕さんが守谷先生のことに一生懸命になっている裏に、そんな深い思いがあったなんて知らなくて……」

「美緒ちゃん。私、格好付けていろいろ言ったけど、結局は守谷先生のカッコ良さにミーハーになっているだけだから」

 千裕さんは笑顔でそう言うと最後にフフフッと笑った。

「千裕さんったら」

「私ねぇ、愛先生のことも好きなのよ。だから、二人が付き合っているのなら応援したいと思っていたのは本当なの。キャンプの時は良い感じだと思ったんだけどなぁ。でも、以前に付き合っていたのなら、元恋人同士が一緒にスキーに行くというのは変だよね。やっぱり、単なる仲の良い同僚というだけかなぁ」

 千裕さんの言葉を聞いて、ああ、そう言われたらそうだと、変に納得した。そう思いたいだけなのかもしれないけれど、彼女の言葉は私の中でわだかまっていた想いをいつの間にか静めてくれていた。

 私達は校舎を出て、学童保育の建物の前で別れた。別れ際、千裕さんは「これで守谷先生のことは一安心だし、今度は美緒ちゃんが幸せになる番だね。バレンタインは頑張りなさいよ」と言うと手を振って駐車場の方へ向かって行った。もちろん私は笑顔で「頑張るからね」と答えた。


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