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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
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【六】告白

 罠だなんていうと、悪意があるみたいだけど、そこにどんな思惑があったのか、私にはしばらく理解できなかった。実のところ、罠だという美鈴の言葉に納得できなかった。


「美緒は罠にかかった兎みたいなものよ」

 罠?

 現実味の無いその言葉に、一瞬戸惑った。

 それって……、守谷君の罠に私がはまったってこと?

 有り得ない。だってそうでしょ? どうして守谷君が私を罠にはめなきゃならないの?

 私はさっきの守谷君とのやり取りを思い出してみた。

 もしかして、私の天邪鬼な性格を読んで、戦いの場に私を引きずり出したってこと?

 そう美鈴に問うてみれば、呆れた顔をして「戦いの場って何?」と反対に突っ込まれ、私は猛然と言ってのけた。


「そうでしょ! これは守谷君と私の男と女のプライドを賭けた勝負なのよ!」

 そう吼えた私を見て、がっくりと肩を落とす美鈴。「美緒先輩、頑張ってください」と何も分かっていなさそうな伊藤君の笑顔。

 そして私は、どんな勝負を挑まれても、「やっぱり年下は頼りないわね」と鼻で笑ってやろうと、心の中で拳を握り締めていた。 


 その翌週のサークルの日、帰りがけに守谷君が近づいて来て、次の日曜の私の予定を確かめると、返事も聞かずに戦いの日時を告げた。

「日曜日の朝九時に迎えに行きますから、動き易い格好をして待っていてください」

 そう告げて遠ざかる守谷君の背中を呆然と見つめていた私は、美鈴の笑い声で我に返った。

「美緒、戦いの結果教えてね」

 ニヤニヤと笑う美鈴に、私はニッコリと笑って余裕の笑みを見せた。

 受けて立ってやろうじゃないの!


 十一月後半の日曜日、小春日和の青空を見上げ、私は武者震いをした。本当のところ、守谷君が私を何に付き合わせ、どんな戦いを挑もうと思っているのか、皆目見当がつかなかった。動き易い恰好をと言われていたので、ジーンズと綿のセーターにジャケットを羽織った。

 どこで何をするつもりなのだろう?

 その疑問は、心の片隅で小さな不安になった。でも、あの時の守谷君の挑発する様な笑みを思い出すと、イケメンだからって年下男に馬鹿にされるものかと、私は自分に活を入れていた。

「おはようございます」

 約束の時間に家の前で待っていた私は、目の前に留まった車から降りて来た守谷君の女性を虜にする甘い笑顔に、心臓がドキリとした。

 ま、負けそう。


 「おはよう」と挨拶を返し、早くなる心臓の鼓動に余裕が無くなりつつあるのを、一生懸命隠しながら、助手席のドアを開けてどうぞと言っている守谷君の姿を見て、一瞬フリーズした。

 いかにも女慣れしていそうな流れる動作と彼の眩しい笑顔に気後れしつつ、大人の余裕と心の中で繰り返して、助手席に乗り込んだ。彼が助手席のドアを閉め、運転席に回っている間、私は男の人と二人で車に乗るのは、初めてだということに思い至った。いいえ、休日に男の人と二人で出かけることさえ、初めてのことなのだと自覚した。


 こ、これじゃあ、まるでデートじゃない!

 自分の頭に閃いたデートという言葉に、頬が熱くなるのを感じた。

 ち、違う! これは、戦いだって!

 自分の恋愛経験値が全く無いことは分かっているけれど、勘違いしてはいけない。いっそ、芸能人張りのイケメンくんとお出かけできるなんてラッキーぐらいの余裕が無いと!

「篠崎さん、暑いですか? 顔が赤いけど……。窓を開けた方がいい?」

 運転席に乗り込んだ守谷君が、私を見てそう声をかけた。何赤くなっているのよと自分に突っ込みを入れつつ、大人の余裕と心の中で繰り返し、窓の外を見る振りをして顔を背けた。


「今日はいいお天気だから、車の中暑かったみたい。でも、大丈夫だから。それで、どこへ行くの?」

「行き先は、行ってからのお楽しみ」

 そう言って悪戯っぽく笑う守谷君を、まともに見てしまった。

「へ、変な所へは行かないでよ」

「変な所って、どこですか?」

「えっ?」

 絶句している私にチラリと視線を向けると、「篠崎さんって、面白いね」と笑い出し、車をスタートさせた。

 又馬鹿にされてしまった。

 なんだか何を言っても笑われそうな気がして、私は流れる窓の外の風景を見つめた。車は郊外の山間部に向けて走っている様だ。途中のコンビニに寄ったので、何か買い物があるのかと車の中で待つつもりでいたら、昼食を買うのだと言う。


「えっ? 昼からもかかるの? それなら先に言ってくれれば、お弁当を作ったのに。もったいない」

「篠崎さん、言えばお弁当作ってくれたんですか? それなら、今度お願いします」

 ええっ?

 誰も守谷君の分まで作るって言っていないのに。

「今度って……、そんな機会があればね」

「機会は作れば良いんじゃない?」

「それは今回の勝負がつかなかった時に……」

「勝負?」

 守谷君は少し怪訝な顔をして訊き返した。

「守谷君が言ったんでしょう? 年下だから頼りないかどうか試してくださいって。だから、これは守谷君の年下の男としての意地と、私の年上の女としての意地の勝負だと思ったんだけど」

 私の言葉を聞いて、守谷君は益々顔を歪ませ、そして、額に手を当てて俯いて頭を横に振った。

「篠崎さんがそう思ったのなら、それでもいいです。今日は付き合ってくれるんですよね? だったら行きましょう」

 それでもいいって……、違うの?

 試してくださいって言ったのは守谷君だよね?

 私は困惑した。何か間違っていたのだろうか? 

 グルグルと考えながら、守谷君の方を見ると、真っ直ぐ前を向いて真剣な顔で運転をしている。

 まっ、いいか。でも、本当にどこへ行くつもりなのだろう?


 たどり着いたのは、私にとっては懐かしい場所だった。

「あっ、ここ来たことがある」

 思わず声を上げた私を、驚いたように守谷君がこちらを見たので「遠足で来たことがあるの」と答えると、彼は納得がいったのか「ああ」と返事した。

 そこは、私の住む町から車で二十分ぐらいの所にある森林公園だった。紅葉は麓のこの公園まで下りて来ていて、もうピークを過ぎているようだった。ここで何をするつもりなのだろう?

「ここの奥に滝があるのを知っていますか?」

 守谷君は唐突にそう切り出した。

「滝? ああ、知っているけど……、行ったことは無いな。そこへ行くの?」

「そうです。それから展望台へも。そんなに大変なルートじゃないから、大丈夫ですよね?」

 滝に展望台。森林公園の奥の山にあることは知っていた。でも、なぜ? 何のために行くの?

 大丈夫っていうのは、どういうことなのだろう? 体力を心配してのこと?

「あの……、何をしに行くの?」

「え? ハイキングですよ。自然の中を歩くのは気持ち良いんですよ」

 それは気持ち良いとは思うけど……。勝負の話はどうなったの?

 しばらく考えて、私は閃いた。そうか、こんな慣れない山道を歩かせて、頼り甲斐があることを証明したいんだ。彼はきっと、こういうハイキングに慣れているのかもしれない。ハイキングと守谷君ってなんだかイメージが繋がらなかったけど、もう守谷君の見た目のイメージと実物は違うのだということは、なんとなく感じていた。


 守谷君は買って来たお弁当とお茶をリュックに詰めると、それを背負った。篠崎さんはそのままでいいと言うので、私は手ぶらのまま守谷君に付いて行った。

 遊歩道の入り口の様な所に簡単な絵地図を乗せた看板が立っていた。それを見ると、渓谷に沿って奥まで行くと滝があって、そこからさらに頂上へ向かって登って行くと展望台があるらしい。その看板を見ると、結構登らなければいけない様な気がして、大学へ入ってから運動らしい運動をしてこなかった体力に不安になった。

 折り紙同好会なんて入っているから体力ないと思って、こんな勝負を挑んで来たのだろうか?

 こうなったら意地でも登りきってやる!


 守谷君は私がそんなことを思っているなんて思いもしない様に、のんびりと私の歩調に合わせてお喋りしながら歩いて行く。晩秋の紅葉の終わりかけの所為か、歩いている人も少なく、男の人と二人、山の中へ入って行っていいのか? と、頭の片隅で警告音が鳴った。

 馬鹿な。心配することなんてない!

 落ちた広葉樹を踏みしめながら、針葉樹と広葉樹が混じった山の中を歩いて行く。守谷君は小さな頃から、アウトドア大好きの両親に連れられ、夏はキャンプや海、冬はスキーと自然の中で遊んで来たと、いろいろなエピソードを面白おかしく話してくれる。結構喋り出すと人懐っこくて話しやすい。またまた、守谷君に対するイメージを更新させながら、私はいつの間にかこのハイキングを楽しんでいた。


 滝まで来ると一休みしようということになり、私は傍にあった岩に座った。守谷君がリュックからお茶を出してくれたので、それを一口飲むと、彼は目の前に小さなチョコレートの包みを差し出した。

「疲れた時は甘いものが良いですよ」

 なんだかやけに至れり尽くせりだなと思いながら、チョコレートを口に入れる。これが守谷君の作戦なのか? と訝しんでみるけれど、彼は全く屈託のない笑顔で、自分が今まで見たことのある滝の話をしている。

 これだけのイケメン君が、私なんかとハイキングしていていいのか?

 さっきから歩いていてすれ違った人や、私達の前を歩いていたおば様達数人とか、守谷君を意識してチラチラと見ていたのは気付いていた。私みたいなのが隣にいたら、なんて思われているのだろう?

「それじゃあそろそろ行きますか? これから上りですけど、篠崎さん、足は痛くないですか?」

 優しい言葉をかけてくれる守谷君の、その言葉の裏に何かあるのだろうかと変に勘繰りながら、「大丈夫」と笑顔で立ち上がった。


 さすがに登りになると、私は少しずつ遅れ始めた。普段の運動不足を呪いつつ、何もしゃべらずにただ黙々と付いて行く。守谷君も時々話しかけてはくれるけれど、息が上がって答えられない私を見て、話しかけるのは諦めた様だ。

それにしても、こんなに急な登り道だとは思わなかった。守谷君が途中で止まって待っていてくれて、「篠崎さん、大丈夫ですか?」と声を掛けてくれる。そして追いついた私に右手を差し出した。その手の意味が分からず、守谷君の顔を見上げると「引っ張りましょうか?」と言う。驚いた私は、しばらく俯いて息を吐くと、守谷君の思惑に気付いた。

 私に優しくして、頼りがいがあるって思わせたいんだ。

 私は声も出すのも辛くて、首を横に振った。守谷君の思惑なんかには引っかからないわよ!

 それから私達は、無言のまま登って行った。前を行く守谷君の背中を見上げ、私はどうしてこんな大変な思いをしているのだろうと、ぼんやりと考えていると、彼が振り返った。彼は私を励ますように、爽やかに笑った。その笑顔に私の心臓の鼓動は、息切れがする程速かったのに、ますます速くなってしまった。

 登り始めてから時間にしたら、一時間もかからなかったと思うけれど、守谷君なら三十分もかからず登ってしまうコースなのだろう。けれど、運動不足の私には、とても長い地獄のロードの様だった。それは、守谷君という負荷がかかったせいかも知れないけれど。


 そして、不意に視界が開けた。足もとばかり見つめて登っていたせいか、それは突然のゴールで、笑顔の守谷君のお出迎え付きという、何とも豪華なシチュエーションだった。

「篠崎さん、着きましたよ。頑張りましたね」

 嬉しそうに笑って迎えてくれた守谷君の言葉は、たとえ上から目線でも、気にはならなかった。

 守谷君と一緒に木の柵で囲まれた展望台から、私の住む街を一望した時、私は何とも言えない感動に包まれた。大げさかもしれないけど、山を登る人の気持ちが少しわかった様な気がした。私は思いっきり空気を吸った。そして、ゆっくりと吐き出すと、隣に立つ守谷君を見上げた。

「守谷君、ありがとう。連れて来てくれて」

 私はもう勝負なんてどうでもいいと思った。こんな素敵な感動を味あわせてくれて、こんな素敵な場所に連れて来てくれた守谷君に、感謝の気持ちで一杯だった。

「よかった。篠崎さんが喜んでくれて。来た甲斐があったよ」

 嬉しそうに笑う守谷君に、私も笑って頷く。そして私達は、二人で指差しながら、あの辺が大学だねとか、海が見えるねとか、しばらく下界を見下ろしていた。

 近くにあったベンチに座って、コンビニ弁当を食べる。自然の中で食べると、出来合の弁当でもとても美味しい。それは、体を動かした後だから余計だったのかもしれない。

「自然の中を歩くのって、こんなに気持ちが良くて、楽しいものだとは思わなかったわ。また、行きたいなぁ」

 私はお弁当を食べ終わると、遠くへ視線を向けて伸びをしながら言った。守谷君はそれに答えるように「ぜひ行きましょう」と嬉しそうに言う。

「そうね。春になったら、サークルの皆で行きましょうか?」

「それもいいけど、俺は篠崎さんと二人で行きたいんだけど」

 守谷君のその言葉に、私は驚いて彼の方を見た。

 えっ? それって、まだ勝負の続きのつもり?

「守谷君、認めるよ。守谷君は年下でも頼りがいあるって。勝負は私の負けで、いいよ」

 私は、何をいきがっていたのだろう。

 二年早く生まれたぐらいで年上ぶって。

 あんな風に子供じみたやり方で、私に勝負を挑んで来た守谷君だけど、こんなに素敵な経験をさせてくれるなんて思わなかった。絶対に負けないなんて、息まいていた自分が恥ずかしい。

「篠崎さん。俺、最初から、篠崎さんに勝負を挑んだつもりないんだけど」

「えっ? だって、年下が頼りないか試してほしいって……」

「俺、あの時、言いましたよね? 俺と付き合って、頼りないかどうか試してほしいって」

「だから、今日、付き合ったでしょう? それで、守谷君は頼りがいがあるって認めたんだよ。だから、守谷君に付き合うのは今日だけのつもりなんだけど……」

「篠崎さん、俺が言った付き合いって、交際してほしいってことなんだけど……」

 ええっ?

 こ、交際? 交際って……、恋愛に伴う男女のお付き合いのこと?

 どうして、私と?

「守谷君、からかわないでよ。やっぱり私を馬鹿にしているでしょ?」

 そうよ、守谷君程のイケメンでカッコイイ男子が、こんな年上の美人でも何でもない私に、交際を申し込むはずが無い。守谷君は、私をからかって、楽しんでいるのだ。

「篠崎さん、俺は真剣に言っているんです。俺、篠崎さんのことが、好きなんです」 


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