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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
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【五】罠

「いろいろありましたが、学園祭も何とか無事に終えられたのは、皆さんのお陰です。お疲れ様でした。かんぱーい」

 学園祭最終日、片づけが終わった後、大学近くのお店の一室にて打ち上げが始まった。同好会会長である私が、乾杯の音頭を取った。そしてその後は、それぞれに食べ飲みながら、話の輪ができている。

 同好会の活動には消極的だった人たちも、打ち上げには悪びれることも無く参加しているのは、ひとえに守谷効果だろう。

 私達の同好会は、コンパの回数は少ない。音頭を取れるようなお祭り野郎がいないせいもあり、守谷君とのコンパを狙っていた女子たちには、不満が多いことだろう。


「なんだか守谷君、可哀想だね」

 ここぞとばかりに積極的な女子達に囲まれている守谷君をウォッチングしながら、私がポツリと言うと、美鈴がニヤッと笑って言った。

「気になる? まあ、守谷君なら慣れっこでしょ」

「気になる訳じゃ……。いつものウォッチングよ。でも、慣れていても、普段は寄って来るなオーラ出しているんでしょ。だったら、嫌なんじゃないの?」

 そう、普段は女子に対して守谷君は徹底して素っ気ないというし、サークルでも素っ気なくはしないけれど、誰にも踏み込ませないラインをきっちり保っている。

「守谷君だって男だもの、まんざらでもないんじゃない? 普通の男子なら堪らないシチュエーションだけど、いつもこうだと大変かもね。おまけに男子からは恨まれていたら、あそこまで容姿の良いのも、気の毒としか言いようがないね」

 今回の打ち上げコンパには、普段活動をしていない名前だけの人にも全て連絡をしたが、男子はことごとく「守谷が来るなら行かない」と断られてしまった。結局、男子の参加は、伊藤君と守谷君の二人だけで、会長としては、ちょっと淋しい限りだ。


 守谷君と一緒にいたはずの伊藤君が、女の子達に押し出されたのか、苦笑しながら私達の方へやって来た。

「伊藤君、お疲れ。守谷ファンに追い出されちゃったみたいね?」

 美鈴も苦笑交じりに、私達の席に呼び寄せている。

「いや、女の子のパワーは凄いね。まいったよ。あそこまで凄いと、守谷が気の毒になってくるよ。それでも、同好会の子たちにはきちんとした対応しているから、偉いよな」

 いつもの垂れた眉毛を一層垂れさせて、伊藤君は困り顔で笑った。

「そうそう、普段は近づいて来る女の子達には邪険な対応なのに、サークル内では女の子に優しいのよね」

 美鈴も伊藤君の言葉に相槌を打った。

「あいつ、自分のことで同好会のみんなに迷惑をかけないよう、気を使っているみたいなんだよ。見かけがあんな奴だから、もっと偉そうな奴かと思ったけど、俺のことも先輩って立ててくれるし、今回の学祭の準備の時も周りに気を使っていたよ。美緒先輩が一人で責任を感じているのも、心配していたよ」

 伊藤君は、サークルで守谷君と一緒に居て、彼の人となりを感じたようだった。

 私は伊藤君の話を聞きながら、周りに気を使って、会長である私の心配までしてくれているのに、生意気な年下なんて思ったことをこっそりと反省した。

「へぇ、守谷君って周りに気配りできる人なんだ」

 私は、守谷君の外見ばかり見ていて、本当の姿を見ていなかったかも知れない。

 まあ、夏休みの公園での守谷君も意外だったけど。


「ああ、そういえば……、学祭前日の準備で遅くなった時、本当なら俺も美緒先輩を送っていくべきだったのに、守谷の奴、俺の寮の入浴時間が十一時半で終わるのを知っていたから、自分が送るって言ってくれたんだよ。あいつ、美緒先輩に気を使わせないよう、帰りが同じ方向だなんて言って。美緒先輩、気付いていました?」

 伊藤君はたまたま思い出したか、いきなり二日前の出来事を、悪気も無く語り出した。それを聞いた私は、守谷君にそんな気遣いがあったなんてと驚いた。けれど、さっき反省したことなど忘れ、あの時の説教と年上の私をからかう様な物言いを思い出し、又ムッとした気分になった。そして、そのことを伊藤君にぶちまけようと言いかけた時、驚いたように声をあげたのは、美鈴だった。

「えっ? 美緒、守谷君に送ってもらったの?」

「まあね。守谷君ったら、方向が同じだから送りますって言われて、帰り道が同じところまでのつもりだったのよ。電車の中で、守谷君が電車通学じゃないこと思い出して、ここまででいいからと言ったけど、心配だからって家まで送ってくれたの。でも、守谷ファンには内緒にしてよ。恨まれちゃうから」

「へぇ、美緒、守谷君に送ってもらうなんて、役得じゃない? 守谷君もなかなかやるなぁ」

 美鈴がニヤニヤと笑って言う。

 役得……、美鈴も同じこと考えるか。

 でも……何が、守谷君もなかなかやるなぁ、なの?

「まあ、ねぇ。カッコイイ弟を連れて歩く気分だったんだけどな。守谷君ったら、生意気に年上の私に説教して来たんだよ」

 私はさっき思い出した苛立ちに似た感情のまま、愚痴るように言った。

「弟なんて、生意気なもんだよ。おまけに汚くて汗臭い。でも、守谷君だったら、多少生意気でも許すけどな。ところで、説教って何?」

 美鈴には高校生の弟がいる。ラグビーをしている所為か、体も大きくていつも土まみれで汚れているイメージだ。姉の美鈴の背を越え出してから、生意気になったといつも愚痴っていたっけ。

「ダブルブッキングのこと、私一人が責任感じることないって、怒られたの。心配して言ってくれたんだろうけど、その言い方が、上から頭ごなしに怒る感じで。一応こちらは二つも年上だし、向こうは新入生で、私は会長なのに。守谷君って結構、俺様なのかも」

「美緒先輩、守谷は美緒先輩を心配しているんですよ。それにアイツ、さっきも言いましたけど、一つ上だけの俺を凄く立ててくれるんですよ。そんな、俺様な奴じゃないと思いますよ」

 伊藤君は守谷君を一生懸命庇った。

 でもね……、あの時、馬鹿にしたように笑われたんだから。

 やっぱり、女だからそんな態度なんだろうか?

「じゃあ、私が女だからなのかな? 二つしか違わないのに、大人ぶるなって言われたんだよ? 向こうは未成年で、こっちは成人だっていうの!」

「美緒、守谷君にもそんなふうに言ったの?」

「そうよ。年下のくせに生意気にって、私は成人しているんですって言ったのよ。そうしたらなんて言ったと思う? そんなこと言っている時点で負けていますよって笑うんだよ。腹立つと思わない?」

「ハハハ、それは美緒の方が負けているわ」

 私は美鈴の言葉にガックリと来た。

「美緒先輩、守谷の奴、そんなこと言ったんですか? サークルではそんなこと無いと思っていたんだけど、やっぱり、女性に冷たい奴なのかな?」

 伊藤君は、自分の知らない守谷君の一面を聞いて、戸惑った様に言った。

 守谷君のこと、せっかくいい奴だと思っている伊藤君には、余計なこと言ったかな。

「大丈夫、大丈夫。守谷君は美緒のこと、からかっているだけだから。ふふふ」

 美鈴は酔っているのか、私達の話を軽く受け流す。そんな美鈴の言葉に、ムッとして私は言い返していた。

「何が大丈夫なのよっ? からかっているってどういうこと!」

「だから……、守谷君もそれだけ心許しているから、美緒に対して軽口が言えるんでしょ?」

 心許しているぅ?

 思わぬことを言われて、絶句してしまった。

 たしかに、夏休み以降、守谷君は私たちとも良く話すようになった。夏休みに公園で出会ったことは、守谷君は何も言わないから、美鈴にも話していなかった。でもね、守谷君が私達の傍に来て話す時、いつも話しているのは美鈴だよ。私は傍で聞いているだけで。

「そうか……、守谷も美緒先輩に親しみを感じているんだね」

 伊藤君が安心したように笑った。

 でも、私の心は納得しない。

 違う! あれは……。

「守谷君は、私を女だと思って、見下しているのよ!」

「またまた、美緒は相変わらずだね。男の人に偏見持ちすぎだよ」

「そんな訳じゃないけど……」

 私は美鈴の突っ込みに、たじろぐ。

 私は中学や高校の頃、父を早くに亡くして必要以上にしっかりしなきゃと思っていたのか、母に男の人と同等の評価をしてもらえる仕事をと言われ続けていたせいか、同級生の男の子達に負けたくないという思いがとても強かった。そんな中で聞こえてくる「女のくせに」という言葉にとても嫌悪を感じていた。だから余計に男の人の対応に敏感になるのかもしれない。

「美緒先輩、守谷はモテ過ぎて、女性に冷たい態度とることもあるかも知れないけど、見下すような奴じゃないよ」

 相変わらず伊藤君は、守谷君庇いモード。きっと、初めて自分に懐いてくれた男の後輩だからなのだろう。

「伊藤君に対してはそうかもしれないけど。でもね」

 伊藤君に反論しようと言いかけた時、美鈴が諫めるように口を挟んだ。

「美緒、美緒は男の人相手だと、俄然負けず嫌いになるよ。そんなところが可愛くないんだよ? だから恋愛もできないんじゃないの?」

 相変わらず美鈴は余裕の笑顔で、私をいたぶるように突っ込みを入れてくる。

 うっ、痛いところを吐いてくるじゃないの。それも後輩男子の前で。

「私はいいの。今は恋愛よりも目標の為に頑張っている最中なんだから」

 私はいつものお決まりの言い訳をした。

「美緒先輩、美緒先輩は一生懸命頑張っているところ、可愛いと思いますよ」

 伊藤君はこんな私でも庇ってくれるのか、慰めるように言った。

 だけど、それ、恥ずかしすぎるよ。

「あ、ありがとう」

 どうリアクションしていいか分からず、初めて言われた「可愛い」という言葉に戸惑ってしまい、かろうじてお礼を述べた。

「フフフ、美緒って、年下受けするのかもね?」

 可笑しそうに笑いながら、美鈴が思いもよらない突っ込みをする。

「年下受けってなに?」

 私は又苛立ち、尖った言い方をしてしまった。それでも、美鈴はそんな私の気持ちに気付かないのか、笑って「美緒の精神年齢が低いってこと」と、ますます私の感情を煽るだけだった。


「楽しそうですね」

 さっきまでの私の苛立ちの原因が、いつの間にか私達の傍に来ていた。

「守谷君」

「守谷」

 声を掛けられて初めてその存在に気付いた私達は、驚いてそちらを振りむいた。

「伊藤先輩、酷いですよ。自分だけさっさと先輩達の所へ抜け出して」

 守谷君は少し拗ねた様に、伊藤君に愚痴った。

「いや、違うって。俺はおまえのファンに追い出されたんだよ」

「ファンって……。男子は俺達二人しかいなかったから、珍しかったんですよ」

「守谷君、今日のコンパの女子の八十%は、守谷君狙いだよ」

 美鈴がニヤニヤと笑いながら、守谷君をからかう様に言う。

「本郷さん、俺は獲物じゃありませんよ」

「いやいや、守谷君が餌だと、食いつきがいいのよ。コンパの参加率も急上昇。女子に限ってだけどね」

「なんですか、それは? 俺をからかっています? それより、楽しそうでしたけど、何の話をしていたんですか?」

 守谷君はそう言いながら、私の隣に座った。ちなみに、私の前は美鈴で、美鈴の横に伊藤君が座っている。

「ああ、そうだ。守谷、おまえ、この間美緒先輩を送って行った時、先輩を見下すようなこと言ったのか?」

 伊藤君は私のために、守谷君に問いただしてくれたのだろう。でも、そんなこと、今更言って欲しくなかった。

「伊藤君、そのことなら、もういいよ」

 私は、困惑顔の守谷君を視界の中に入れながら、この話題を終わらせようとした。しかし、守谷君にしたら、無視できなかったのだろう。

「篠崎さん、見下すってどういうことですか?」

 横に座る守谷君は私の方を向いて、怒った様に訪ねて来た。イケメンって怒った顔もイケメンなんだな等と、雰囲気にそぐわないことが頭をよぎった。私はすぐに何考えているの!と自分に突っ込みを入れる。そもそも、イライラの原因は守谷君だけれど、それを面と向かって言う程、私も子供じゃない、つもり。

「だから、もういいのよ」

 私は意地になって言い返すと、「よくないです」と言い返す守谷君。

 これじゃあ、埒が明かないよ。

「まあまあ、守谷君。美緒のいつもの愚痴だから。男の人にバカにされたくないっていう」

 美鈴が雰囲気を戻そうと口を挟んだが、余計に守谷君を煽ってしまった。

 それよりも、いつもの愚痴って、何?

 煽られたのは私の方か。

「俺、篠崎さんを馬鹿になんかしたこと無いですよ」

「へぇ、そう? 年上の私に負けているって言ったの、守谷君でしょ? どうせ私は可愛くも無いし、大人でもないわよ」

 もうここまで来ると自分でも止められない。こんなところが可愛くないのは分かっているわよ!

「はいはい、そんな風に一人いじけていたら、余計に可愛くないわよ。美緒、飲み過ぎじゃないの? 守谷君、美緒は勝手にいじけているだけだから、放っておいてちょうだい」

 美鈴は間に入って、両者の気持ちを諫めようとしてくれた。でも私一人がいじけているだけ? なんだか余計に腹が立つ!

「守谷君、ほらファンの子たちが、こちらを睨んでいるわよ。私達の様なお姉さんの所じゃ無く、あなたに似合う年頃の女の子達の方へ行きなさいよ」

 私は完全に八つ当たりモードになっていた。

「篠崎さん、俺に合う年頃ってどういうこと? 篠崎さんにしたら、俺は年下で頼りないってこと?」

 守谷君も、私の八つ当たりを受けて立つように、言い返す。そっちが受けて立つなら、こちらだって。

「そうよ、年下は頼りないの! ほら、あの子達睨んでいるから、早く行きなさいよ。関係のないこちらが恨みを買ったら嫌だもの」

 もうこうなったら、突っ走るしかない私の意地は、もう理性なんてぶっ飛んでいた。これって、お酒のせい?

 一瞬、守谷君は綺麗な顔を歪めたけれど、次の瞬間悪魔的な笑みを口元に漂わせた。

「篠崎さん、それなら俺が年下だから頼りないかどうか、試してみてくれませんか? 俺のことよく知りもしないのに、年下だからってだけで頼りないって決めつけられたくないんです」

 それが守谷君のしかけたトラップだとは気付かずに、こちらを睨むように見ている年下の女の子達の視線と、横でニヤニヤと笑う美鈴の好奇心丸出しの視線と、目の前の綺麗な顔に悪魔的な笑顔を貼り付けた守谷君の挑戦的な視線に囲まれ、ますますイライラが最高潮に達し、売り言葉に買い言葉の如く、守谷君の提案を受けて立ってしまった。

「わかったわよ、試してやろうじゃないの!」

「じゃあ、俺と付き合ってください。前言撤回は認めませんよ。それじゃあ、また連絡します」

 ニヤッと笑った守谷君は、それだけ言うと元の席へ戻って行った。

 一瞬、彼が何を言ったのかよく分からなかった私は「ちょっと」と呼びかけたが、彼の耳には届かなかった。

 その時、横にいる美鈴が盛大に笑いだした。

「守谷君、やるわね」

「何が?」

 嫌な予感がしながらも美鈴に尋ねると、美鈴はとんでもないことを言い出した。

「美緒は守谷君と付き合うことになったみたいよ。ちゃんと付き合ってあげなよ。彼は真剣なんだから」

 美鈴の言葉を聞きながらも、私はまだ現状を理解できていなかった。同じように伊藤君も、何が起こったのかわからず、キョトンとしていた。

 そして、私が守谷君の罠にはまったと気付いたのは、もっと後のことだった。




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