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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
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【四十五】涙の後に架かる虹

「それじゃあ、拓都、先生はお母さんと大事な話があるから、拓都は自分の部屋で待っていてくれるか?」

 えっ? 大事な話?

 私は期待に鼓動が早まるのを感じながら、いつもの癖で、きっと拓都の話だから期待するなと自分に言い聞かせている。後でがっかりするのが嫌で、期待はいつも打ち消してしまう。彼のことだから、余計に。

「うん、わかった。昨日図書室で借りてきた本を読んでいるね」

 そう言うと、拓都は先生に手を振って、さっきから茫然とリビングの入口の所に立ち尽くして二人の様子を見ていた私の横をすり抜け、階段を軽い足取りで上がって行った。

 私は拓都に声をかけることも出来ず、只々ぼんやりと拓都の去って行く後ろ姿を見つめる。

 リビングに彼と二人きりだということに気づき、彼が今ここにいる現実に、又心拍数が跳ねあがった。

 どうしてこんなことになったの。彼は私に何を話そうとしているの?

「美緒」

 背後で彼が立ち上がり、こちらへ近づいてくるのが分かった。私は焦って振り返った。

「あっ、あの、拓都のこと、ありがとうございました」

 とっさにお礼を言うと頭を下げた。いつまでも保護者の仮面を取れない私に、彼は苦笑している。

「上手く言えたかどうか分からないけど。それより、美緒のご両親と拓都のご両親に挨拶させてくれないか?」

 えっ?

 一瞬彼が言った言葉が上手く呑み込めなかった。そして、その言葉の意味が分かっても、理解が追いつかない。

 私の両親と言うのはわかる。でも、拓都の両親って、まさか、知っているの?

 私は絶句したまま彼の顔を見上げた。

「こっちだったよな」

 そう言いながら彼は、私の横を通り過ぎてリビングを出ると、廊下を横切って座敷の襖を開けた。

 私は我に返ると、慌てて彼の後を追いかける。

「ちょっと待って!」

 私の呼びとめた声に振り返った彼は「大丈夫だから」と微笑むと、ずんずんと中へ入って行き、仏壇の前に座った。

 どうなっているの?

 彼は知っているの?

 混乱する頭は、すでに思考を停止させている。私はただ呆然と、正座する彼の背中を見つめていた。


「美緒のお父さん、お母さん、それから拓都のお父さん、お母さん、ご無沙汰しています」

 彼が仏壇に向かって頭を下げて挨拶をしている。さっきから座敷の入口の所で唖然と立ち尽くしていた私は驚いて、とっさに彼に何か言おうとしたけれど、混乱しすぎて何も言葉が出てこない。その上、近づくことも出来ないような雰囲気で、私はその場に座り込み、彼の様子をただ見つめていることしかできなかった。


 彼は付き合っていた頃、一度だけ我が家へ来たことがあった。その時、両親の仏壇に手を合わせてくれたから、ご無沙汰していますなのか。

 私は混乱しながらも、過去を振り返った。

 でも、そんなことよりも、やっぱり彼は拓都が姉の子だと知っているのだろうか? いつから知っていたのだろう? 知っていたのに、どうして何も言わなかったのだろう?

 私の頭の中は、ますます混乱していく。

「美緒が大変な思いをしていた時に、何も力にも助けにもなれず、すみませんでした」

 えっ? なに、何言っているの? 知っているの? 

 何も助けになれずって、それを拒絶して突き離したのは私なのに。

「でも、これからは、私が美緒と拓都を守ります。どうか、私に、美緒と拓都を任せてください」

 慧。 何言っているの? これじゃあまるで……。


 いつの間にか彼の背中がぼやけ始める。

 ここにいるのは、拓都の担任ではなく、虹の向こう側にいた彼なの?

 頬を熱いものが流れ俯いた私は、彼が立ち上がって傍まで来ていたことに、名前を呼ばれるまで気づかなかった。

「美緒」

 私の前に正座した彼に、もう一度名前を呼ばれ、私は顔を上げた。涙の向こうに優しい眼差しの彼がいる。

「美緒、酷い顔しているぞ」

 彼がクスッと笑って、ハンカチを差し出す。

 こんな時いつもの私なら、天の邪鬼全開で「元々こんな顔ですぅ」と頬を膨らませて拗ねていたに違いない。けれど今の私は、言い返す元気も無く、差し出されたハンカチで、必死に涙をぬぐった。

「美緒、さっき美緒のご両親とお姉さん達に言ったことは、本気だから」

 私は涙をぬぐう手を止めて、彼を見た。彼の真剣な眼差しが、私の心を射ぬいた。

 本気って?

 まるで親に結婚の許しを乞うようなあの言葉のこと?

 どうして? もう何もかも知っているの?

 彼の視線から目が離せず、しばらく見つめ合っていると、彼がフッと笑った。

「美緒、擦り過ぎだよ。目が真っ赤になっている」

 さっきの真剣な眼差しが、急に柔らかいものに変わり、私の手からハンカチを奪うと、目元にたまり始めた涙を、そっと押さえる様に拭ってくれた。

「本郷さんから、何もかも聞いたんだ」

「えっ? 美鈴から?」

「ああ、昨夜、先生達のクリスマスパーティーがあって、その後で時間を貰って話をした。最初は拓都のことを確かめたかっただけなんだ。以前に拓都がお姉さんの子供だって、同僚の先生から聞いていたから。本当は、美緒がそのことを話してくれるのをずっと待っていたんだ」

 知っていた? ずっと前から?

 私が話すのを待っていてくれたの?

「ご、ごめんなさい」

「いや、違うんだ。美緒を責めている訳じゃない。俺が勝手にいろいろ誤解していただけだから。でも俺は担任という立場もあったし、こちらからいろいろ聞くことができなくて、ごめんな。それに、美緒の携帯の待ち受けが虹の写真だって聞いて、美緒から話してくれるのを、もう待てなくなったんだ。それで本郷さんに直接聞いてみたんだよ」

 虹の写真!

 私は思わず顔を上げると、彼と目を合わせた。

「あの虹の写真は、携帯の待ち受けにしている虹の写真は、あなたが送ってくれた写真だから!!」

 私は勢い込んで言った。又誤解されてはたまらない。

 余りに焦って言う私が可笑しかったのか、彼はまたクスッと笑う。

「そんなこと、わかっているよ。ちなみに俺の待ち受けは、美緒からの虹の写真だから。なぁ美緒、美緒の気持ちも俺と一緒で、あの頃と変わらないと思ってもいいんだろう? あのメールはそういう意味だったんだろう?」

 彼は私の顔を覗き込むようにして訊いてきた。その瞳に不安が混じる。さっきまでの余裕が消えて、彼の顔はどこか心配気だ。

 俺と一緒?

 あの頃と変わらない?

 そんなこと、あるのだろうか?

 あんなに酷い別れ方をしたのに、三年以上経っているのに。

「怒ってないの? 私のこと、恨んでないの?」

 私の問いかけに彼は驚いた顔をした後、何かを考え込みながらゆっくりと話し出した。

「確かに、美緒と別れた時は、すごいショックだったよ。でも、怒るとか恨むとかじゃなくて、自分を責めて自暴自棄になって」

 ええっ?!

 自暴自棄!

「ごめんなさい。私……」

 そんなにあなたを傷つけていたなんて。

「いや、違うんだ。あの時は、だよ。でもあの後、義姉さんに諭されたんだ」

「お義姉さんって、お兄さんの奥さんの?」

「そう、義姉さんに、慧君の想いってその程度のものだったのって怒られて、好きな気持ちは簡単に消せないから、無理に消す必要はないって、新しい恋ができるまで、相手の幸せを願って想い続ければいいって言われたんだよ。その後、教育実習や採用試験で忙しくなって、教師になってからも仕事のことが一杯で、恋愛なんて考えられなかった。そして、三年経って、もういい加減、新しい恋でもした方がいいかなって思っていた時だった。でも、もう二度と美緒には会えないって思っていたから、この市で教師をしていたら、どこかですれ違うこともあるかもしれないって思ったりもしたけど、まさかこんな形で再会するなんて思わなかった。でも、会えてよかったよ」

 彼は話しながら、記憶を手繰り寄せるように遠い目をしていた。そして、最後は私の方を見るとニッコリと笑った。

 そんな風に、全てを許したように優しく微笑まれると、妙に居心地が悪くて、彼は美鈴から何もかも聞いたと言うけれど、別れの真実を知っても、腹が立たなかったのだろうか? それともまたショックを受けたりしなかったのだろうか?

「でも、でも、美鈴から別れの本当の理由を聞いたんでしょう? 嘘まで言って別れたって。それでも怒らないの?」

 私の再びの問いかけに、彼は又驚いた顔をした後、フッと笑った。

「美緒のことだから、そんな行動に出ることは納得できるよ。それよりも、あの時、俺が実家へなんか帰っていなかったらって悔やまれるよ。そうしたら、お姉さん達が亡くなったことも分かっただろうし、美緒がどんな決意をしたって、別れたりなんかしなかった。俺の方こそ、ごめんな。美緒の辛い時に傍にいてやれなくて」

 彼が辛そうに話す表情が、次第に涙でゆがみ始め、遂には顔を上げていられなくて、彼のハンカチに顔を伏せた。そして、あなたは悪くないと伝えたくて、私は首を横に振った。

「ご、ごめん、なさい。ごめんなさい」

 ただ、謝罪を繰り返すことしかできない。でも、どんなに謝ったって、過去は覆すことが出来ないのに。

「美緒は悪くないよ。学生だった俺を巻き込みたくなくてしたことだって分かっているから。美緒の性格を考えたら、仕方なかったって思っている。きっと、俺達二人にとって避けられない運命だったんだと思う。でも、あの別れを乗越えて、こうして又再会できたのは、お互いの気持ちが変わらなかったからだと思わないか」

 彼の言葉に、また顔を上げて彼を見ると、彼は又柔らかく微笑み、そっとハンカチを握る私の手を両手で包み込むように握った。そして、優しく「美緒」と呼んだ。

「美緒、もう何もかも終わったことだよ。俺達はまたここから始めるんだよ。だから、美緒、返事を聞かせてほしい」

「返事?」

 いつの間にか真剣なまなざしで問いかける彼の言葉の意味が分からない。あまりの展開の早さに、頭が付いていけない。

「ああ、さっきご両親にお願いしたように、美緒と拓都を守りたいんだ。美緒と拓都の家族になって助け合いたいと思っている。どう? 俺も仲間に入れてくれるかな?」

 家族? 仲間?

 それって。

「あ、あの、私なんかでいいの? 拓都もいるし」

「だから、美緒と拓都の家族になりたいって言っているだろ?」

 彼の言葉に、また涙が湧きあがった。私は出てこない言葉の代りに、何度も頷いた。

「ありがとう、美緒。それにしても、今日の美緒は泣き虫だな。拓都が心配するぞ」

 彼が嬉しそうに笑いながらそう言うと、私から又ハンカチを奪って、涙を拭いてくれた。

「なによ、慧が泣かすんじゃない!」

 張りつめていた物が緩んだのか、いつもの天の邪鬼なセリフが自然に零れる。

 その言葉を聞いて、彼がクスリと笑った。私も彼の笑顔を見て、クスッと笑ってしまった。

「美緒、抱きしめてもいいかな?」

 いつの間にかにじり寄って、さっきよりも傍に来ていた彼が、耳元で囁く。その言葉に反応したように耳のあたりから熱を持ったような気がした。そして、私は小さく頷いた。

 気がつけば彼の腕の中にいた。それはとても懐かしい、自分のいるべき場所に、やっとたどり着けたようだった。そして彼が耳元で、ボソリと呟いた。

「美緒、虹の魔法は本当だったな」と。



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