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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
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【四】接近

 サークルでしか接点のなかった私と守谷君の関係がぐっと近づいたのは、夏休みの偶然からだった。

 前期の期末試験も終わり、大学は二ヶ月の夏休みに入った。

 私は長い夏休みなので、少しでも家計の足しやお小遣いを溜めるため、集中的にアルバイトをしていた。

学費は奨学金で賄えたけれど、教科書代等の大学で必要な物や学用品、友人との付き合いや服等の費用も必要だった。それに、実家に居るとは言え、姉家族にお世話になっている身なので、せめて自分の食費ぐらいは入れたかった。


 八月の初め、アルバイトのお休みの日に甥の一歳になる拓都を連れて、近くの芝生公園へ出かけた。一歳前から歩き出した拓都は、やんちゃでちっともじっとしていない。姉の家事がはかどるようにと、時々拓都の遊び相手をしていた。

 広い芝生公園の周りに植えられた木々の木陰で休んでいると、十名ほどの小学生と大学生ぐらいの男の人が公園へやって来た。芝生の上でバトミントンやキャッチボール、鬼ごっこ、ドッチボールとキャッキャ言いながら遊んでいる。その中心にいる大学生風の男の人を見て驚いた。守谷君だった。

 彼と子供達というのが、どうしても結び付かず、不思議なものを見るような目で見つめていた。

 彼が子供のように笑うその顔は、初めて見る笑顔だった。

 その笑顔を見た途端、胸がキュンとするのを感じ、うろたえてしまった。

 彼から目が離せない。大学で見る彼の雰囲気とは別人のような生き生きした表情が、彼の本来の姿なのだと語っていた。


 今までの冷たい顔立ちに張り付けられた作り物の笑顔とは全然違う、伊藤君といる時に嬉しそうにしている表情でも少し足りない、切れ長の目が垂れ下がって目じりにしわを寄せ、顔一杯で笑う心の底からの笑顔だった。

 こんな笑顔の出来る人だったんだ。


 子供達が目の前で楽しそうに遊んでいるのを見た拓都は、さっきまで大人しくお茶を飲んでいたのに急に立ち上がると子供達の方へトコトコと歩き出した。

「あ、たっ君、待って」

 きゃきゃと言葉にならない声をあげて、拓都は子供達に近づいて行く。それに気づいた子供達が、拓都の周りに集まって来た。

「かわいい」

「この子何歳ですか?」

「なんていう名前?」

「一緒に遊ぼう」

 子供達が口々に私達に声をかけて来た。

「名前はね、拓都っていうの。たっ君って呼んであげてね。今一歳だよ。一緒に遊んでも良いの?」

 私が子供達に声をかけていると、守谷君が近付いて来た。

「おーい、もうドッチボールしないのか?」

 その声に私は顔を上げて、少し微笑んで守谷君を見た。目が合ったとたん、守谷君が立ち止まった。

「篠崎さん……」

「守谷君、こんにちは」

 私はさっき守谷君の笑顔を見た時の動揺を悟られない様に、ニッコリ笑って挨拶をした。驚いた表情をしていた彼が、私の挨拶を聞いて我に返り、慌てて「こんにちは」と挨拶を返す。こんな所で私に逢うなんて思いもしなかったのだろう。

「あの……、たっ君は私の甥なんだけど、子供たちと一緒に遊ばせて良いかな?」

 一緒に遊ぶといっても追いかけっこをしたり、ボールの投げっこをしたりするぐらいだ。まあ、それも満足にできないだろうけど。まだ兄弟のいない、ましてや保育園にも行っていない拓都にとって、子供たちと遊ぶ機会は少ない。

「目を離さなければ、良いですよ。でも、子供たちがどこまで相手できるか分からないけどね」

 苦笑しながら話す彼のいうことはもっともだ。子供は自分本位だから、いつまでも小さい子に合わせて根気よく遊ぶということは難しいだろう。


 それから私達は、木陰に立って子供たちに視線を向けながら、しばらく話をした。

 彼は小学校の学童保育の指導員のアルバイトをしているらしい。学校が夏休みでも、親は仕事があるから、夏休みの間子供達は、お弁当を持って朝から夕方まで学童で過ごす。高学年になると家でお留守番ができる様になるせいか、ほとんど低学年の子供達だった。

 それにしても、彼と学童保育のアルバイトが結びつかなくて、不思議そうな顔をした私に彼が言った。

「俺、小学校の先生になりたいんだ」

「えっ?」

 彼が教育学部だということは分かっていたけれど、まさか小学校教諭志望だとは思いもしなかった。ある意味、彼から一番遠い存在の様な気さえした。だから、思わず驚きの声を上げてしまった。

「篠崎さん、俺に似合わないと思っているでしょ?」

 私の心の中を見透かすように、彼が苦笑しながら言う。慌てて「そんなこと無いよ」と答えたものの、私の態度は肯定した様なものだった。

「確かに今までの守谷君を見ていたら想像つかなかったけど、今日子供たちと楽しそうにしているのを見たら、案外いいかもって思ったわよ」

 別に言い訳するつもりではなかったけれど、今日の感じたままを告げて、私はまた笑顔を返した。

 その日から、私のバイトの休みの日は、拓都を連れて芝生公園へ行くのが楽しみになった。拓都がお兄ちゃんやお姉ちゃん達と遊ぶと喜ぶからという言い訳を、自分の心にしながら。


    *****


 十月になり、大学も後期が始まると、十一月半ばの大学祭に向けて、サークル活動も、同好会会長としての仕事も一気に忙しくなる。大学祭の実行委員会主催のクラブやサークル、同好会等の大学祭参加団体説明会に参加し、作品展示の教室の申請、展示教室が決まるとポスター作りやチラシづくり、作り溜めた折り紙作品の展示の仕方等、することも決めることも沢山あって、同好会会長の私は忙しい日々を送っていた。


 そして、大学祭まであと五日と迫った日、それは発覚した。

「えっ? ダブルブッキング?」

 私達が折り紙の展示場所として申請していた教室が、他のクラブの使用教室と重複していたのだ。これは、実行委員執行部のミスではあるのだが、確認を怠ったのではないだろうかと不安になった。おまけに暗幕の申し込みを忘れていたことも発覚し、会長の私は一気にパニック状態になった。

 しかし、ここでオロオロしていても始まらない。女だからという泣き言は言いたくないし、会長の責任を放棄して人に頼ることも嫌だった。

 希望していた教室は前年までと違い、今回初めて大きめの広さの部屋を選んだ。それというのも、初試みの折り紙のワークショップを行うことと、伊藤君が守谷君という後輩を得て、かなり大きな折り紙を用意しているということもあった。それに、多くの人に見てもらいたいというのもあり、できるだけ入口に近い部屋を選んでいた。


 ダブルブッキングしていたのは書道クラブで、そのクラブが毎年その部屋を使うことや、クラブの所属人数などの規模の違いなどから、こちらが諦めなければいけないのは明白だった。というのも、毎年使う団体が優先だと、暗黙の了解が合ったらしい。結局、会長引き継ぎ時にその辺りの詳しい説明を聞かされていなかった私は、すんなり諦めるのが癪で、交換条件に申し込み忘れていた暗幕とポスターやチラシの訂正の為の費用を勝ち取ったのだった。勝ち取ったといっても、暗幕は私が忘れていたことだし、訂正するための余計な仕事を増やしただけで、威張れることではなかった。

 展示場所は、去年まで使っていた教室が空いていたため、すんなりと決まった。しかし、計画していた展示方法の見直しと、ワークショップの規模縮小は余儀なくされてしまい、私は皆の前で頭を下げて謝った。皆は私の今回の失敗を温かく「まだ五日あるから大丈夫」と許してくれた。


「ダブルブッキングは執行部のミスだから、美緒は良くやったよ」

 美鈴はそう言って慰めてくれたけれど、自分は納得できていなかった。

「伊藤君、守谷君、とても頑張ってくれていたのに、最後の最後でこんなことになって、本当にごめんなさい」

 彼ら二人が大学祭に向けて、とても力を入れていたのを知っていたから、今回のことは本当に申し訳なかった。

「美緒先輩、展示方法を考え直したら、何とかなりますから、気にしないでください」

 伊藤君は相変わらず眉毛を下げて優しく言った。

「もう謝罪はいいですから、とにかく準備しましょう」

 守谷君は硬い声でそう言うと、ポスターとチラシの訂正のための準備を始めた。周りは納得しきれていない私に対して慰めモードだったけれど、守谷君の言動は場の雰囲気を一気に吹き飛ばし、皆も思い出したように動き始めた。そして、同じように我に返った私は、皆の慰めモードに甘えようとしていた自分を思い知ったのだった。

 私もまだまだだな。

 皆に気付かれない様に溜息を吐くと、いつもの様に両手で頬を叩いて、自分自身に活を入れた。


 大学祭前日も、伊藤君と守谷君の大型折り紙の展示に時間がかかり、会長である私は責任を感じて、皆を帰した後も最後まで手伝った。結局、当初計画していた大型折り紙の展示も規模を縮小せざるを得なかった。

 終わったのは、午後十時過ぎ。「お疲れ様」と別れようとしたら、守谷君が声をかけてきた。

「篠崎さん、帰る方向一緒なので、送っていきます」

「え? 守谷君も電車なの? でも、一緒に帰ったら、守谷君のファンの子達に恨まれないかな? それとも、役得って喜んだ方がいい?」

 私は男の人に送るなんていわれたのが初めてだったので、照れ隠しにわざとふざけて笑って返した。

「もう、篠崎さん、からかわないでくださいよ。ファンなんていませんから。それに、役得ってなんですか?」

「いや、守谷君みたいなカッコイイ男の子と歩けるなんて、役得以外に無いじゃない?」

 私はクスクスと笑って言う。守谷君は少し眉間に皺を寄せて、顔を背けた。そのしぐさがなんだか可愛くて、私は弟というのもいいなぁと、一人悦に入っていた。

「守谷君、初めての大学祭で力入っていたのに、こんな結果になってしまって、ごめんね」

 二人で駅に向かって歩きながら、私は改めて今回のことを謝った。

去年の大学祭で伊藤君の作った大型折り紙を見た時から、この同好会に入ろうと思っていたぐらいの彼だから、期待も大きかったはずだし、その分悔しいだろう。

「篠崎さん、篠崎さんが悪い訳じゃないのに、どうして皆に謝るのですか? そうやって一人で責任を抱え込んでも、誰も篠崎さん責めようだなんて思っていません。そうやって謝られる方が余計にイライラします」

 守谷君の少し怒ったような眼差しと言葉に、驚いた。彼はどうして怒っているのだろう?

「でも、会長だから責任もあるから……」

「責任はみんな同じですよ。篠崎さん一人が背負うものじゃない」

 守谷君のやけに大人びた口調に、私は唖然とした。そして、年下の彼にそんなふうに言われることが、どうにも癪に障った。

「何よ、年下のくせに偉そうに……」

 負けず嫌いで可愛くない私の心の言葉が、思わず出てしまった。私の言葉を聞いて守谷君は驚いて目を見開いた。

「篠崎さん、二つしか違わないのに、大人ぶらないでください」

 守谷君の落ち着いたもの言いは、私を煽った。

「私はもう成人しているの!」

「篠崎さん、そんなこと言っている時点で、負けていますよ」

 守谷君はそう言うとクスリと笑った。私は絶句して顔を背けた。

 あー、可愛くない!

 ちょっとイケメンだと思って、上から目線なんだから!

 そして、丁度駅に着いたので、私は黙ったまま急ぎ足で改札を抜けた。

 わかっている。

 こんなところが子供っぽいのだということは……。


 その後守谷君は、私の家まで送って来てくれた。途中で彼が入会申込み用紙に書いた住所を思い出し、電車通学でないことに気づいた私は、送ってもらわなくてもいいと何度も言ったけれど、「篠崎さんに何かあったら夢見が悪いから」と、結局家まで送ってくれたのだった。

 私が大人気無く怒って酷い態度を見せていたというのに、守谷君は普段の私に対する穏やかな対応で、やっぱりどちらが年上か分からないなと、心の中で一人嘆息した。けれど、そんなことおくびにも出さずにやり過ごした。しかし、私の中の彼のイメージに「生意気な年下」というタグが追加された。



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