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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
39/98

【三十九】大学祭(後編)シンデレラタイム

「美緒」

 名前を呼ばれて、またぼんやりしていたことに気付く。

「ここだと邪魔だから、あっちへ行こう」

 私たちは大勢の人が行き買う模擬店のテントの前に立っていたので、人の流れの邪魔をしていた。それに気付いた慧が、私の腕をつかむと人混みから離れた場所まで引っ張って行く。

 慧にとっても母校だから、ここにいても不思議じゃないのに、彼に会うまでそんなことは思いもしなかった。ここでの彼との思い出は、すべて過去のことだったから。

 現状を理解した私は、慌てた。

「あっ、こんにちは」

 今頃になって挨拶する私を、慧はクスッと笑った。

「ああ。美緒は一人で来たの? 拓都は?」

「あっ、拓都は西森さんのところで、私は美鈴と来たんだけど、美鈴が教授に挨拶に行ったから、しばらく別行動ってことで」

 何焦っているんだ、私。

 私の焦りようが面白いのか、慧はまたクスッと笑い、「落ち着けよ、美緒」と苦笑交じりに言う。

 慧はいきなりオフモードで会話しているけど、いいのだろうか? ここはいろんな人の目があるのに。

 それに、私は病院で彼の優しさを拒絶してしまったことを思い出した。拒絶することで、又慧を傷つけたのではないのかと、不安になった。

 なのに、こんな私にどうして話しかけるの?

 いっそ、嫌ってくれた方が楽かもしれない。

 あっ、もしかしたら、一緒に来ているの?

 二人じゃなくても、あのキャンプのときのメンバーで来ているとか?

 私と話しているのが見つかったら、どう思われるか。

「あの、守谷先生は、誰かと来ているのではないですか?」

 私なんかと話していていいの? と言うつもりで聞いたのに、私の問いに慧はムッとした顔をした。

「俺も一人だよ。それに、今はプライベートだし、ここでは教師や保護者っていうのは無しにしよう。先生なんて、呼ばなくていいよ」

 教師や保護者っていうのを無しにするって、それは二人の間の壁を取り払おうって言っているの?

 ここにいる間だけは、昔のように先輩後輩に戻ろうというの?

「でも、こうして話しているのを誰かに見られたら、拓都を預かってもらった時みたいに勘違いされないかな」

 そう、私より慧の方が困ったことになるんじゃないの?

「別に関係ないよ。元々以前から知り合いなわけだし」

 それでいいの? 

 まだ、話を続けていてもいいの?

「わかった」

 私は神妙に頷いた。これは、シンデレラの魔法のようなものだ。慧が二人の間の壁を失くす魔法を使って、私たちは大学の頃に戻る。限られた時間の間だけ。

 これは自分に都合のいい考えだってわかっている。今だけ、拓都も愛先生も忘れて、目の前の慧のことだけ見つめていたい。

「俺、伊藤先輩と待ち合わせしているんだよ」

 あ……なんだ、約束があるのか。

 勝手にしばらく慧と一緒にいられるなんて考えていた自分が、バカみたいで情けなくなる。

「伊藤君? 懐かしいなぁ」

「美緒も一緒に来る? 伊藤先輩も喜ぶと思うし」

「えっ? いいの?」

 伊藤君の懐かしい顔を思い出し、頬が緩んだ。

 慧がどういうつもりで言ってくれたのかは分からないけど、まだ一緒にいてもいいの?

「伊藤先輩、卒業してから初めて来るんだよ。なんでもゼミの教授が何とかっていう賞を貰ったらしくて、明日記念講演があるらしいんだ。それで、今晩俺のところへ泊るんだよ」

 慧の表情がだんだんと穏やかな優しい笑顔になっていく。まるであの頃に戻っていくように。

 本当にいいの?

 私、ここにいても?

 口に出しては訊けないけれど、慧の目を見て拒絶されていないことを確かめる。彼の優しい眼差しに、私の想いを止めていた箍をそっと緩めた。

「そうなんだ。伊藤君って、今どうしてるの?」

「伊藤先輩は地元へ帰って就職したよ。機械の設計をしているらしい」

「そっか、伊藤君らしい所へ就職したんだね。それで、どこで待ち合わせしているの?」

「折り紙サークルの展示会場。でも、まだ約束の時間までもう少しあるから。美緒は何か予定あるの?」

「拓都と西森さんにお土産でも買おうかって思って」

 バカバカ、バカ正直に言っちゃって。もっと話をしていたかったのに。

「そう、じゃあ、行こうか」

「えっ?」

「お土産買いにいくんだろ?」

「そうだけど、一緒に行ってくれるの?」

「後で伊藤先輩に会いにいくんだろ? それなら今別行動しなくても、一緒にいて時間になったら、会いに行けばいいだろ?」

 そうだけど、そうなんだけど、いいの?

「そ、そうだね」

 これは今だけ。今だけの特別な時間。教師でも担任でもない慧と、保護者でも母親でもない私の夢の時間。

 今だけ許して、と誰にともなく許しを請い、これが最後だからと自分に言い訳をする。


 私たちは、人の溢れる模擬店のテントが連なる通路を連れ立って歩く。隣に慧がいると思うだけでドキドキして、私はわざと並ぶ商品に目をやる。お土産を買うことに没頭しないと、とても買い物なんてできそうにない。

 私は立ち止まって、美味しそうなクレープやワッフルを見つめていると「お土産? それとも美緒が食べたいの?」と慧が可笑しそうに言う。その言葉に、頬が熱くなる。

「カッコイイお兄さん、彼女に買ってあげて」

 お店の女の子たちが慧に声をかけてきた。

 な、何言っているのよ? 

 私はドギマギしながら慧を盗み見ると、彼は悠然として「そうだな、美緒、どれがいい?」と私を見た。

 どうしてそんなに平然としていられるの? 

 彼女と間違えられたんだよ?

 いいの? 

 私じゃ無かったら、勘違いするよ?

 私だって、ちょっとぐらい期待しちゃうじゃない?

 「私はいいから」と言った時、ドンと人波に押されて私はよろけた。とっさに支えてくれた慧の手の温もりと力強さを感じて、私の心臓は最高潮に飛び跳ねている。

 「危ないな」と呟くと私の顔を覗き込んで「大丈夫」と尋ねる慧の方を見られなくて、俯いたまま「大丈夫だから」と彼から離れようとした時、彼が私の手を握った。

 驚いて慧を見上げると「美緒はボーっとしていて危ないから」とニッと笑いながら、以前よく言われた言葉を返された。

 どうして?

 どうして、恋人同士の時のように振舞うの?

 今一番訊きたい疑問。でも、訊いてしまったら、この魔法も解けてしまうと思うと、やっぱり訊けない。

 今だけ、今だけと自分に言い聞かせ、ずるいけれど、今のこの刹那の幸せを感じていたい。

 私は手を振りほどくこともせず、ただ俯いた。

「本当に買わなくていいの?」

「さっき、美鈴とケーキを食べたから」

「美緒なら、別腹に入りそうだけどな。そういえば、本郷さん、こちらへ戻って来ているんだ?」

 何気に食いしん坊だと言われた気がしたが、慧に繋がれている手に意識が行ってしまって、言い返すこともできない。本郷さんと彼が言ったのを、美鈴のことだと気づくのに、ワンテンポ遅れてしまった。

「美鈴は、最近仕事を辞めて帰って来たの。こちらでもう一度養護教諭を目指すらしいのよ」

 私は慧に繋がれた手に行っていた意識を、無理やり美鈴のことに向けた。

 美鈴が恋人と別れたから帰って来たことは言わない。慧もそれ以上話題を続けなかったので、ホッとした。


 その後、ベビーカステラと手作りクッキーをお土産に買い、そろそろ約束の時間だからと折り紙サークルの展示会場へ向かっていると、慧の携帯がメールの着信を告げた。

 慧がポケットから携帯を取り出して開いた時、不意に思い出した。彼の携帯の待ち受け画面のことを。

 虹の写真。

 それは、あの時、私が送った虹の写真なんだろうか?

 確かめたい衝動にかられるけれど、隣でメールを見ている慧の携帯を覗く訳にもいかず、ストレートに訊くのもためらわれる。

「伊藤先輩、渋滞だったから遅れているんだって。待ち合わせの時間を三十分ずらしてほしいらしい。美緒の方の時間は大丈夫?」

「丁度そのぐらいの時間に連絡を入れ合うことになっているから、連絡を入れれば大丈夫だよ」

 私はニコッと笑って答えた。心の中でまだこの夢時間が続くことに嬉しさが込み上げる。必要以上に頬が緩まないよう、気をつけなくっちゃ。

「だったら、ちょっと休憩がてらに、何か飲もうか?」

 慧が、さっきメールを見るのに離した手を、もう一度繋いだ。私たちはもう人ごみから外れていたから、もう繋がなくていいのにと思うけれど、私はその手を解くことが出来なかった。


 私たちは飲み物を買うと、人があまりいないテニスコートの傍のベンチに腰掛けた。

 慧はブラックコーヒーで、私はココア。私が何も言わなくても、彼は昔と同じようにそれらを買った。 もしかして、二人ともあの頃へタイムスリップしてしまったのではないかと思うぐらい、いつの間にか自然に傍にいる。あの頃から、もうずっとそうしていたように、私は慧の隣で違和感なくおしゃべりをしていた。

「あの誕生日の写メールのケーキの写真。自分の誕生日のケーキにローソク挿している途中で写真撮っただろ?」

「あ、わかっちゃった?」

「バレバレだよ。前日が美緒の誕生日だったしな。でも、美緒の写真はセンスあるよ」

「そうかな? 最近、写真なんて、拓都の写真ぐらいしか撮らないから」

「また、何でもいいから、写真送って? 美緒の写真は楽しみなんだ」

 どうしてそんな、嬉しがらせるようなこと、言うかな?

 期待が膨らんでいくのを止められなくなるよ。

 でも、私なんかとメールのやり取りをして、彼女は気を悪くしないの?

 それとも、今のこの夢時間だけの話? この魔法が解けたら、無かったことになるの?

「うーん。そんなに写真、撮ることないし」

「撮れた時でいいから。俺も送っていいかな?」

 どうして。

 どう答えていいか分からず、視線をさまよわせる。

「俺が送ると、迷惑?」

「とんでもない! ただ、担任と保護者だから」

「メールぐらい、関係ないよ」

 それは、どんな気持ちで言っているの?

 ただ、私の撮る写真に興味があって、言っているだけ?

 私は慧の気持ちを量りかねて、心が揺れていた。



「美緒、髪の毛伸びたね。最初見た時、ショートヘアーは見たことなかったから、驚いたよ」

 そうだった。一ヶ月ぐらい前から、そろそろ切ろうかと思っていたのに、文化祭や拓都の入院騒ぎで、美容院へ行く機会を逃している。

「切ろうと思っていたんだけど、なかなか行く暇が無くて」

「美緒はショートも似合うけど、長い髪の方がいいと思うな」

 どうして、こう恋人モードの雰囲気で言うかな?

 私は「そうかな?」と言いながら、やっぱり切るのは止めようと心に決めていた。

 これは今だけの夢だと自分の恋心に言い聞かせるのも、そろそろ限界だ。

 もしかしてと心は期待に震えている。

 そうだ、あの虹の写真のことを確かめれば。

「あ、あの、虹の……」

「えっ?」

 遠くへ視線を向けていた慧が、私の声にこちらを向いて訊き返した。

 そんな面と向かって、訊けないよ。

「あの、『にじのおうこく』の本、朝の会の時、読んだんですってね?」

 私は咄嗟に話題を変えた。駄目だな。肝心なことは何も訊けない。自分の期待する答えと違ったらと思うと、やっぱり訊けない。

「ああ、そういえば、拓都もあの本が好きだって言っていたな」

「そうなのよ。読んでもらったって、嬉しそうに報告してくれたよ。そういえば、お義姉さんはお元気?」

 慧の兄嫁である義姉は、『にじのおうこく』の作者だ。私も一度だけ会わせてもらったことがあったけれど、とても素敵な女性だった。

「もう二人の子持ちで、元気に子育てしているよ」

「わぁ、あの二人の子供だったら、メチャクチャ可愛いだろうね。男の子? 女の子?」

 慧も整った顔をしているけれど、彼のお兄さんという人は、隔世遺伝らしく、もっと外人ぽい彫りの深い顔立ちだ。そして、お義姉さんも、黒目がちの大きな目と小さな口元が印象的な可愛い人だった。

「上が女で、下が男。そりゃ身内だし、メチャクチャ可愛いよ。美緒だって、お姉さんの子供は可愛いだろ?」

 慧はまっすぐに私を見て、そう訊いた。私の心臓がドキンと跳ねた。

 もしかして、知っているの?

 拓都が姉の子だと、知っているの?

「そうだね。身内だと余計に可愛いよね」

 私はドキドキしながら、何とか平静さを装って答える。慧はフッと笑うと、それ以上はそのことに触れなかった。

 もう知っているのかもしれない。

 でも、慧が知っているかも知れないのは、拓都が姉の子だという事実だけだろう。

 そのことで慧に別れを告げたことは、言えるはずもないけれど。

「そろそろ行こうか」

 慧は立ち上がりながらそう言った。私もあわてて立ち上がり、歩き出した彼の後を追った。彼はもう手を繋ごうとはしなかった。


 折り紙サークルの展示会場へ着くと、熱心にゆるキャラの巨大折り紙を見ている伊藤君を見つけた。慧が「伊藤先輩」と声をかけると、こちらを見た伊藤君は「守谷、久しぶり」と笑い、私に気付いたようだったので、挨拶をした。

「伊藤君、お久しぶり、元気だった?」

「えっ? 美緒先輩?」

 伊藤君は心底驚いたような顔をして私を見ると、助けを求めるように慧の方を見た。

「おい、守谷、どういうことだよ? 美緒先輩とよりが戻ったのか?」

 伊藤君の言葉に私は驚き、現実を思い知らされた。伊藤君は私たちが別れたことを知っているんだ。

「伊藤先輩、違うんです。そのことは後で話しますから。美緒とは偶然会って、伊藤先輩に会いたいって言うから連れて来たんです」

 慧が伊藤君に説明しているのを聞きながら、心が冷えていくのを感じた。

 そうだった。のこのこ顔を出せる立場じゃなかったんだ。

 もう魔法は解けてしまったんだ。

「美緒先輩、すみません、余計なことを言って。久々に会えて嬉しいです」

 伊藤君は先程の驚きをすぐに切り替えて、私に笑顔を向けた。私も彼に心配をかけたくなくて、「うん、私も嬉しいよ」と笑顔を張り付けて言った。


 その時、「守谷せんぱーい」と呼びながら近づいて来る女子学生の声に、皆がそちらを向いた。

 そうだった。彼女はこの大学の学生だった。まずい!

「ねぇ、伊藤君。私と守谷君が昔付き合っていたことは、彼女には内緒にしてね」

 私は思わず彼女に背を向けると、伊藤君に小さな声でお願いをした。伊藤君は、いきなりそんなことを言う私を不思議そうに見たけれど、頷いてくれた。

「守谷先輩、来てくださったんですか? 今回は一人ですか?」

「いや、ここで先輩と待ち合わせしていて」

 そう言いながら、慧は私たちの方を振り返った。彼女も同じようにこちらに視線を向ける。

「あれ? 美緒さんじゃないですか?」

「詩織ちゃん、お久しぶり」

 そう彼女は、今年の六月に小学校へ教育実習に来ていて再会した、高校の時の友達の妹だ。すっかり忘れていたけれど、彼女も折り紙サークルの後輩になるのだった。そのことは彼女には言っていなかった。

「美緒さん、どうしてここに? もしかして、私がいること覚えていてくれました?」

 嬉しそうに笑って尋ねる詩織ちゃんに、どう返事をしようかと戸惑っているうちに、隣にいた伊藤君が口を開いた。

「何言っているんだよ。美緒先輩は、以前、折り紙サークルのリーダーだったんだよ」

 あっ、言ってしまった。

 私は爆弾発言をした伊藤君と詩織ちゃんを交互に見て、慧の方に助けを求めるように視線を向けた。けれど、先に口を開いたのは詩織ちゃんだった。

「美緒さん、小学校で会った時、守谷先輩のこと、知らないって言っていたのに。知り合いだったんですか?」

「ごめんね。ほら、守谷先生には保護者にファンが多いから、知っているなんて言うと、いろいろ聞かれそうだから、知らない振りしたのよ」

 私はとりあえず言い訳をした。言ったことは嘘じゃないけれど、彼女は納得してくれるだろうか?

「安藤、悪かったな。知っているなんて言うと、おまえ、もっとうるさくいろいろ言いそうだったから」

「守谷先輩、私そんなにうるさく言いません。何ですか、二人して知らんふりして。私バカみたいじゃないですか!」

「詩織ちゃん、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど、あの時は周りに人もいたし」

 私は、詩織ちゃんの拗ねたような怒りに居た堪れなくなった。でも、私があまりに情けない顔をしていたからだろうか、詩織ちゃんの方も「私の方こそ、興奮してすみません」と謝ってくれた。

「ちょっと、守谷。どういうことだよ? 小学校に美緒先輩が来たのか?」

 伊藤君は私たちの会話を聞いて、怪訝な顔をして問いかけてきた。

「あれ? 知らないの? 守谷先輩は美緒さんの子供の担任なんだよ」

 あ……、今度はあなたが爆弾発言ですか。詩織ちゃん。

 伊藤君はたれた目を見開いて、「美緒先輩、結婚したんですか?!」と私を責めるように見た。

 私はどうやって言い訳しようか悩んでいた時、私の携帯が着信を告げた。

 私は携帯を取り出しながら「ごめんね」とその場を離れた。私の背後で慧が伊藤君に「後でちゃんと説明しますから」と言っているのが聞こえた。

 電話は美鈴だった。もう終わったからというので、待ち合わせ場所を決めて電話を切った。

 美鈴、ナイスタイミング!

 私はこのややこしい現場から逃げ出すことにした。後は慧に任せよう。

「私帰らなくちゃいけなくなったから、もう行くね。伊藤君も詩織ちゃんも、元気でね。守谷先生、今日はありがとうございました」

 私はみんなの傍に戻ると、別れの言葉を言った。中途半端で放り出していく私を許してくださいと心の中で謝りながら、頭を下げた。

 伊藤君と詩織ちゃんが、笑顔で「お元気で」と言ってくれたのに、慧は少し不機嫌顔で「気をつけて帰って」と言った。こんな状態で放り出していくんだから、仕方ないか。


 私は美鈴との約束の場所へ向かいながら、今日のことを思い出して嬉しい半面、切なくなった。シンデレラは王子様に出会ったお城を後にする時、こんな気持ちだったのだろうかと考えた。

 これで魔法は終わりなのだと、夢時間の時の慧にはもう会えないかもしれないと、あれは、現実の慧じゃ無いのだと、自分に言い聞かせるしかない。あまりに幸せだったから、この落差は計り知れない。

 もう夢時間は終わってしまった。

 魔法は解けてしまったのだ。









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