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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
28/98

【二十八】運動会

 二学期が始まり、九月二十六日の運動会目指して練習が始まった。体を動かすのが大好きな拓都は、家に帰ってからも、運動会でのダンスの練習に余念が無い。このダンス、今流行のアイドルグループが歌っている歌に振り付けをしたもので、いったい誰の趣味なのだと、初めて聞いた時に思ってしまった。

「ママ、あのね、守谷先生、すっごくダンス上手なんだよ」

 ニコニコ顔で話す拓都の言葉に、本当はあまり出して欲しくない話題だと思いながらも、想像して噴き出してしまった。

 あの、腰をフリフリするところとか、最後の決めポーズとか。信じられない。

「そっか、運動会、楽しみにしているね」

 ニッコリ笑って、拓都の頭をなでてやると、拓都は嬉しそうに「うん」と言って笑った。


 二学期になって、もう一つ新たに始まったのは、週末の宿題に日記が出る様になったこと。日記といっても、「せんせい、あのね」で始まる、先生に話しかける様な数行の作文のことだった。

こんな宿題は厄介なもので、何を書かせればいいのか悩んでいると、拓都の方があっさりと、「先生にね、お話することを書けばいいんだって」と言う。

 しかし、日記と言えば、夏休みの絵日記のように、書くネタの為にお出かけするのが当然の様に言われてカルチャーショックを受けたばかりだ。

 週末毎に宿題の日記の為に、お出かけするなんて、無茶で本末転倒だと思う。しかし親として、ここは何か書くネタを提供しなければ。こんなことを書けばとか、こんな風に書けばとか指導して、少しでも上手に内容良く書かせたい。見栄を張ろうとするのは親ゆえなのか。

 いったい誰に見栄を張ろうとしているのよ。読むのは担任だけなのに。

 元カレに見栄を張りたかったのかな。


 こんなことでも担任を意識して、悶々と一人悩みこんでしまう私など気にも留めずに、拓都は少し考えて私の方を見てニコッと笑った。

「ボク、今日、お買い物に行った時、グミを買ってもらったこと、書く」

 そう言うと、ゆっくりと、それでいてためらいなく書き始めた。

「え? そんなことでいいの?」

「うん。守谷先生がね、嬉しかったことや楽しかったことや面白かったことや悲しかったことなんかを書いたらいいって言っていた」

「そうなんだ。でも、お買い物のことが嬉しかったり楽しかったりしたの?」

「うん。グミを買ってもらったのが嬉しかった」

 そう言ってニコっと笑った。

 そんなことでいいのかと、私は拍子抜けしてしまった。それにしてもグミ一つで喜ぶって、普段全然買ってあげてないみたいで、なんだか恥ずかしいな。これも元カレに対する見栄なのかな。


 *****


 九月二十六日日曜日は、快晴の運動会日和だった。残暑のせいで、日差しの下は暑いが、校庭をぐるりと取り囲む木々の下は、木陰のお陰で涼しかった。

 運動会と言えば、早朝からの場所取りが保護者達の間で熾烈なバトルとなる。それは保育園の頃も同じだったので、私はどうしようかと悩んでいた。見るのは私一人だから、どこでもいいような気もしたが、お昼は拓都と一緒に食べることになっているから、それなりの場所の確保は必要だ。小学校の運動会の雰囲気が分からないので、西森さんに訊くことにした。

「運動会の場所取り? 朝六時からシートを置いていいことになっているから、場所取りする人は大変みたいね。でも、トラックの周りなんて暑くて座っていられないわよ。私達はね、毎年校庭の周りの木陰にキャンプの時のテーブルセットを持っていくの。そこからは運動会の様子はあまり見えないんだけどね。自分の子が出る時だけ、ビデオの撮りやすい位置に移動して、見るのよ。でも、最近は同じように木陰の場所取りも大変になって来ているんだけどね」

 西森さんはさも当然と言わんばかりだけど、私はその話を聞いて、又カルチャーショックを受けた。

 運動会に、キャンプのテーブルセット? 自分の子供の時だけに見いくの?

「運動会なのに? テーブルセット? シートを引いて座るんじゃないの?」

「ハハハ、もちろんトラックの周りはシートだよ。私達は邪魔にならないフェンスの手前に場所をとるの。そういえば、美緒ちゃんもウチが取った場所に来たらいいよ。美緒ちゃんと拓都君用の椅子も持って行くから」

「いいの? 是非お願いしたい。私一人だから、どうしようかと思っていたの」

「なんだ、早く言えば良かったね。私の中では、美緒ちゃんも一緒なのは決めていたんだけどね。そうそう、この前由香里さんからも訊かれて、当日一緒に場所取りすることになったの。といっても、場所取りはお互い旦那なんだけどね」

 そう、運動会の一週間前の土曜日、西森さんが子供を連れて芝生公園へ行こうと言うので、ちょうどいい機会だからと由香里さんと子供達も誘った。由香里さんと西森さんのところの子供達は、上も下も同級生だから、これからいろいろ教えてもらうのに良いのではないかと思ったから。

 でも、由香里さんには、西森さんに私と担任との関係だけは言わないでと、釘をさすことは忘れなかった。それに、西森さんには拓都が姉の子供だと言ってあることと、彼女が担任のファンだということも伝えておいた。

 西森さんはすぐに誰とでも仲良くなれる人だから、由香里さんともすぐに打ち解けたので安心した。こんな風に私にとって心強い味方がいてくれて、何とかこの一年を乗り越えられそうで、私は二人の友に心の中でよろしくお願いしますと頭を下げた。


 運動会当日、由香里さんのご主人に会うのは初めてで、「いつも由香里さんにはお世話になっています」と頭を下げると、彼は「いえいえ、こちらこそ。お噂は聞いていますよ」とニッコリと笑った。

 どんな噂をしているのと、由香里さんを軽く睨んだ。すると由香里さんは「美緒は若いのに頑張っているんだよって言っているのよ。ねぇ?」と言い、ご主人に同意を求めている。ご主人も笑って頷くだけで、余計なことは言わなかった。

 小学校での会話は、余計な気を使う。今までは本人以外、私と担任の関係を知っている人がいなかったから、私が話さない限りばれる心配はしなくても良かった。由香里さんのことは信頼しているけれど、彼女と話しているとつい油断して、自分から言ってしまわないとも限らない。西森さんも近くにいるから、気を引き締めなくては。


 運動会が始まり、子供達が校庭に並んで準備体操を始めた。私達は一年生がよく見える場所へデジカメを持って移動する。その時、西森さんが、忘れていたと広報の腕章を私に差し出した。

「広報委員長から預かっていたの。この腕章をしていると、競技に邪魔にならない位置なら、トラック内に入ってもいいのよ。一応PTA新聞用の写真を撮っているということで、広報の特権だよ」

 西森さんはそう言ってニッコリ笑った。

 へぇ、広報ってそんな特権があったのか。

「ねぇ、トラック内まで入って写真撮るなんて、目立ち過ぎじゃないの?」

「皆いかに自分ところの子供を綺麗に写すかに集中しているから、周りの目なんて気にならないのよ」

 また西森さんの、親なら当然発言に唖然とする。一歩間違えればモンスターと言われかねないのではないかと思ったけれど、口にはしなかった。

 西森さんがモンスターペアレンツだとは思わないけど、こんな風な今時の親の様子を聞くと、モンスターが生まれる土壌があるのではないかと思ってしまう。

 先生も大変だな。

 そんなことを思って頭を過るのは、担任の顔だったりして、また内心一人焦ってしまった。

「それにね、子供を撮るフリして、守谷先生の写真も近づいて撮れるしね」

 フフフと笑って話す西森さんに、私は隠れて溜息を吐いた。

「今日も守谷先生はカッコイイねぇ」

 隣で由香里さんが、子供達が並ぶ前に立って体操をしている担任の方を見て言った。そして、私の方を見て、フッと笑った。

 そんな意味深な笑い方は止めてほしい。

「ホント、守谷先生って何着ても似合うんだから」

 西森さんも由香里さんの言葉を受けて、ジャージ姿の担任の方を見て嬉しそうに言う。

 私はこの二人の言葉になんて返せばいいのか分からず、ただ視線だけ彼の方に向けた。

 それは、久しぶりに見る彼の姿だった。キャンプの時以来の彼の姿。姿を見てしまうと記憶が呼び覚まされそうになる。私は避ける様に視線を拓都の方へ向けた。

「あれ? 愛先生、髪を切ったんだね?」

 西森さんが、突然声をあげた。

「あっ、ホントだ。愛先生、髪を切ったら、益々美緒に似て来たよ」

 西森さんの声に反応して、由香里さんも愛先生の方を見て、こんな感想を言う。

 その発言、微妙なんだけど……。

「由香里さんもそう思う? 私も前から美緒ちゃんに似ているって思っていたのに、誰も賛同してくれなくて。守谷先生に言っても、そう思わないって冷たく言われちゃったし。よかった、私と同じ意見の人がいてくれて。本当に髪を切って髪形が似てきたから、今度は似ているって思う人が増えるかも」

 西森さんは同士を見つけた様に、嬉しそうに由香里さんと話し出した。 

 別に似ているって思う人が増えなくても……。

 私も愛先生のショートヘアーを確認した。でも自分では似ているかどうかなんて、よく分からなかった。


 一年生の競技が始まる前に、絶好の撮影ポイントを探す。しかし、考えることは皆同じで、人の頭をよけると、結局絶好とは言い難い場所から撮影することになった。だからと言って、腕章を付けてトラックの中へ入る自信は無かった。密かに思ったのは、来年の運動会までに、デジカメをもっと望遠の倍率の高いものに買い換えようということ。ちょっと奮発して、一眼レフのデジカメでもいいかも。

 そんな風に考えていたのに、いざ一年生の五十メートル走が始まり、拓都がスタートラインに立つと、ファインダー越しよりも自分の生の目で見たくて、そのまま息を止める様に固唾を飲んで見守った。そして、気が付けばゴールしていて、結局写真を一枚も撮れなかったというオマヌケぶり。

いいんだ。心のカメラに写したから。

 そんな負け惜しみの様な慰めで、自分の心を誤魔化した。


 競技の合間にトイレへ行った帰り、今行われている他の学年のダンスを見ながら歩いていると、「あいせんせ~」という声が聞こえた。

 え? 愛先生? どこにいるのだろうとキョロキョロしていると、女の子が走り込んで来て私に抱きついた。私が驚いてその子を見下ろすと、その子も驚いて飛び退いた。「ごめんなさい。間違えました」と頭を下げると走り去ってしまった。私は返事をする間もなく唖然としたままその子の後姿を見送った。

 もしかして、愛先生と間違えられた? やっぱり似ているの?

 皆のところへ戻って、先程の間違えられたことを言うと、西森さんと由香里さんは顔を見合わせて噴き出した。「やっぱり」と二人揃って言って笑い続けている。

 ちょうど西森さんの近所のママ友で、同じく守谷ファンの綾さんが来ていて、「ホント! 髪を切った愛先生に似ている!」と驚きながら笑っていた。

 なんだか複雑。似ているって言われるのが、なんとなく面白くない。彼はどう思っているのだろう? 愛先生が髪を切る前は似ていると思わないって言っていたけど、髪を切ってから彼にはどんなふうに見えているんだろう。


 午前の競技が全て終わり、昼食の時間になった。子供達は親のところで昼食を食べることになっている。一年生は初めてなので、子供達の見学場所まで迎えに来てほしいと事前のプリントに書いてあった。

 私達が三人連なって子供達を迎えに行くと、他の保護者達も集まって来ていてごった返していた。自分の子供を見つけると名前を呼んで、次々と連れていく保護者達。

 拓都はどこだろうとキョロキョロしていると、担任がいるのに気付いた。吸いつけられる様に彼を見つめていると、彼もこちらを振り返り眼が合った。私は思わず口角を上げ、目を細めてヘニャリと笑った。なんだか情けない笑い方になってしまったけれど、彼と眼が合ったら絶対に笑おうと決めていたから。私は大丈夫だよ、幸せだよとメッセージを込めて。

 彼は一瞬眼を見開いたけれど、同じように小さく笑ってくれた。それは、他の人からは分からない程の笑顔だった。

「守谷先生。さっきのダンス、とっても良かったですよ。バッチリ写真撮りましたので、PTA新聞に載せてもいいですか?」

 西森さんは担任を見つけると、嬉々として近づいて行って声をかけた。

 さすが、千裕さん。

 守谷ファンと公言するだけあって、その行動力もさすがというしかない。

「ハハハ、私なんかの写真より、子供達の写真を載せてください」

 担任が笑ってそう答えると、西森さんは「もちろん子供達のも載せますよ」と笑い返していた。

 どこまで本気で、どこまで冗談なんだか。


 昼食が済んで、子供達がまた戻ってしまうと、私達はのんびりとお喋りすることにした。そこに、西森さんの近所の綾さんも加わり、その後、PTA総会の時に前の席に座っていた西森さんの友達の三人のお母さん達も集まって来た。

「ねぇ、ねぇ、西森ちゃん、聞いた? モリケイと愛先生が付き合っているって」

 後から来たお母さんの内の一人が少し声を潜めて言う。

 あ、噂、広まっているんだ。

「もちろん知っているわよ。私なんか二人が仲良くしているところ見ちゃったもの。ねぇ、美緒ちゃん」

 西森さんは、キャンプでのことを自慢気に話しだした。私は、彼女が確認のために話を振るのを、作り笑いで曖昧に頷くことしかできない。でもそんな私の反応よりも、皆は西森さんの話を「私も行きたかったな、そのキャンプ」と羨ましげに聞いていた。

「それでも、去年みたいな不倫騒動より、愛先生の方が健全でいいよね」

 別のお母さんがそう言うと、皆は同意するように頷いた。愛先生と付き合うことは、お母さん達にも受けがいいみたいだ。

「ねぇ、ねぇ、髪を切った愛先生と美緒ちゃんって似ていると思わない?」

 西森さんがまたその話題をぶり返した。私は内心またかと思いながらも、皆が私の方を見てくるので、ぎこちなく笑って見せた。

「あー! ホント、似ているかも。そういえば、PTA総会の時も、そんなこと言っていたっけ」

 そうして、又ひとしきり、似ている、似ていると騒がれてしまった。

「そうそう、去年の不倫騒動と言えば、その張本人の藤川さん、昨日、偶然にスーパーで会ってね。なんだかちょっと様子が変だったのよ」

 愛先生の話題がひと段落すると、また別のお母さんが、何かを思い出したように話し出した。

「えっ、藤川さんって、県外へ引っ越したんじゃなかった?」

「そうだけど、彼女もご主人も地元はこちらでしょ? たまたま実家へ帰って来ていたのかなって思ったんだけど。向こうも私に気付いたから挨拶をしたのよ。そうしたらね、変なことを聞いてくるの。守谷先生は何か処分されたのかって。担任は降ろされたのかって……」

「えー! 何それ?」

「そうなのよ。なんだか変でしょう? 去年のことで処分されるのなら、去年の内に処分されていただろうし。それでね、私が何も処分されてないし、担任も降ろされてないわよって言うと、顔をしかめたのよ。そして、それじゃあ守谷先生が保護者と不倫しているって噂は広まっていないのかって訊くから、それは藤川さんのことでしょって言いそうになったのを我慢して、今はそんな噂無いわよって答えると、彼女はそんなはず無いって怒って行ってしまったのよ。私、呆れたわ。彼女がここまで被害妄想が酷いとは思わなかったよ。やっぱりちょっと病的だと思わない?」

 私はこの話を聞いている最中に西森さんの方を見た。すると彼女は何も言うなと眼で合図して、綾さんにもそんな目線を送っている。

「藤川さんって、子供のことで悩んで、ちょっと精神的に参っているのかもしれないね。去年起こった不倫問題を他の人のことと思いたいのかもしれないね」

 話を聞いた後、西森さんはしんみりとそう答えた。皆もそれを聞いて口々に、少し同情的な感想を言い合った。やっぱり母親として、子育ての悩みは他人事ではないのかもしれない。

「それでも、守谷先生を巻き込むのは止めてほしいわね。こんなこといろんな人に聞き回って、反対にまた守谷先生に不倫騒動が持ち上がったのかと噂されかねないよ。愛先生も可哀そうだよ」

 綾さんが、少し怒った口調で言うと、またみんな口々にそうだねと言い合った。

「もう、このことは、ここだけの話しにしておこうよ。誰かに話すと変なふうに変わっていくかもしれないし。噂って怖いよね」

 西森さんは、口止めする様に話を終わらせた。彼女はいつも、守谷先生の悪い噂は広まらない様に、ここだけの話にしようと言う。でも、結局、人の口には戸は立てられないんだよね。

 

 後から来た三人のお母さん達が去った後、私と西森さんと綾さんは顔を見合わせた。皆考えていることは、きっと同じだろうと思う。そんな時、ずっと黙って傍で聞いていた由香里さんが、口を開いた。

「さっきの話し、その藤川さんって人が写真を送りつけてきたんじゃないの?」

 皆が驚いて由香里さんの方を見た。それは、どうして由香里さんがそのことを知っているのという疑問の眼差しだ。

「ごめん。私が由香里さんにだけ言ったの。でも彼女は口が堅いから」

 頭を下げる私に、西森さんも綾さんも気にしなくていいと言ってくれた。由香里さんは「余計なこと、言っちゃったね」と苦笑している。

「由香里さんが知っているのなら、遠慮なくこの話をするけど。ねぇ、さっき由香里さんが言った様に、夏休み前の不倫騒動を起こしたのって、やっぱり藤川さんじゃないかと私も思うのよ」

 西森さんがそう言うと、私も綾さんも同意する様に頷いた。

「恐らく、その藤川さんって人、守谷先生に対して、可愛さ余って憎さ百倍って感じなんじゃないの? 思い込みの激しそうな人だから、守谷先生は私を誘惑したのに、私ばかりが引っ越しさせられてと思っちゃって。それで、何か守谷先生の弱みを握ろうと思って、ストーカーの様に付け回していたのかもね」

 由香里さんが、もっともらしい推理を披露する。皆は一瞬驚いた顔をしたけれど、それが真実の様な気がして、また一様に頷く。

「そう考えると、彼女は守谷先生が何らかの処分されることを願って、わざわざ学校へ送りつけてきたということだよね。それなのに処分も、担任を降ろされることもなく、ましてや噂さえも広まらずにいるから、当て外れだった訳だ」

 綾さんも、由香里さんの推理を引き継いで推理していく。それは、私が考えていたことと同じだった。恐らく全員が同じことを考えているだろう。

 そうして、藤川さんが起こしたであろう騒動が、何の影響も無かったことを知って、彼女は又何か起こすのではないだろうか。

 私はこの騒動の原因を作った当事者だ。それを今、何も知らない西森さんと綾さんに話す訳にはいかない。

 でも、この騒動を彼女がもっと大きな物にしたら。私のこともばれる日が来るのだろうか。

 そんなことより、彼が窮地に追い込まれたら、私はどうやって彼に償えばいいのだろう。

「ねぇ、もしかして、藤川さん又何かするんじゃないかな? この前のことが思う様な結果にならなかったから、前以上のことを」

 私は心配になって、思わずその不安を口にした。

「そうだね。それはあり得る話しだと思う。でも、彼女が掴んでいる守谷先生の弱みって、他にもあるのかな? この前の写真だけだったら、今度こそ保護者の噂になる様に、大々的にバラまく可能性があるよね。真実は違っても、写真って言い訳できないじゃない? 去年のことがあるから、今度そんな噂が流れたら、去年のことまでやっぱり守谷先生にも非があるんだって、みんなは思うでしょうね」

 由香里さんの言うことは、いつものように私への同情を挟まない、冷静な真実の目だ。最悪、そんな風に噂や写真をバラまかれたら、きっと相手の母親は誰だということになるだろう。その相手の人は何の釈明もしないつもりかと、責め立てる人も出てくるに違いない。

「私、守谷先生にこのことを言おうかと思うんだけど」

 さっきから黙って皆の推理を聞いていた西森さんが、やっと口を開いたと思ったら、こんなことを言いだした。

「でも、今回の不倫騒動は、私達は知らないことになっているし」

 私は、全ての原因は私だと思うと余計に動揺してしまった。

「知っているなんて言わないわよ。私達でさえ、今回の藤川さんの様子のおかしい話を聞いて、これだけ想像したんだから、守谷先生なら、藤川さんがこんなことを言っていたと話せば、自分で考えると思うのよ。去年のことは皆知っているから、去年のことを恨んで何かしようとしているかも知れないから、気を付けてくださいって話ならできると思うの」

 西森さんは冷静だ。私なんて、オロオロと動揺しまくりで、そんな風に考えられなかった。

 そうだ、こんな話を聞いたからと話せば、彼ならピンと来るはずだ。写真を送りつけてきた人が分かれば、対処のしようもあるだろうし。

 皆は西森さんの考えに同意した。藤川さんが動き出す前に守谷先生に伝えなければということになり、西森さんが、藤川さんのことで伝えたいことがあると守谷先生にメールを送ることになった。

「もちろん、美緒ちゃんも一緒に話しに行ってくれるでしょう? 役員として」

 西森さんにニッコリ笑って言われると、否とは言えなかった。


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