1 目を開ければ
アルが顔を拭うと、乾いた泥がぼろぼろと剥がれ落ちた。
泥が転がり落ちたその先に、汚れた夜具からはみ出た痩せ細った足が見える。
見渡すと、細い路地に同じ様に夜具とは言えない筵を被り、骨と皮だけの身を寄せ合う子供達がいる。夕闇に染まる一時。大通りに家路に急ぐ足音が鳴るこの刻、家を失くした子供にとって、この時間だけが休息の時間だった。
今日は三日振りに飯が口に入った。大人の家失し(ヤタ)の縄張りの残飯箱から、盗んで口に入れたのだ。
仲間の分を懐に入れた時、ヤタに見つかり追い回されたが、逃げる途中脇道へ投げた残飯袋は運良く後で拾ってこれた。たった一口ずつでも、飯が腹に入れば眠気が襲う。
後一刻、と目を閉じる。
大通りの足音が静まれば、子供のヤタは起きていなければいけない。先週は三人、今週は一人。居なくなったヤタがいる。子供のヤタは良い値で売れる。口減らしの為に売られた方が、幾分かましな生活を送れるそうだ。いつだか人攫い(モガ)が話しているのを、隠れて震えながら耳にした。
良い家に奉公として売られればまだ先があるが、モガに売られるヤタはどこに消えっちまうんだろうな。と、笑いながら話していた。
大通りを行き交う、人々の砂を踏む足音が心地いい。次第に意識が沈んでゆく。肌寒さに端切れを引寄せるが、引き上げた分外気に晒された脚が寒くなる。
膝を抱え、体を丸め頭まで筵を被ると幾分か寒さが和らぐ気がした。もう少しだけ、と体の力を抜くと路を行き交う足音もすぐに耳から搔き消えた。
手荒く揺すられ怒鳴られる。
「走れっ!」
一番大通り近くに寝ていたヤタだ。
右に左にまだ起き上がらないヤタ達を、揺すり蹴飛ばしながら逃げろと声を張り上げる。
寝ぼけた頭でも逃げろ走れと耳に入れば、筵を巻き上げ着物がはだけているのも構わず走り出す。
アルは大通りに背を向け走り始めながら、奥で寝ていた自分より幼いヤタの手を掴んで引き上げた。
年長の者は、幼い者を引き上げ担ぎ奥へ走る。
見張り番のヤタが逃げる方向へ、少しでも早く遠くへ。
腕の中へ引き上げた幼いヤタが、アルのはだけた着物の襟をぎゅっと握り締める。
アルは幼いユイナの小さな体が落ちないよう、片腕で背中を抱えこむ。
「置いてかないで。」
小さな手が真っ赤になるほどアルの襟を握りこんだユイナの声が震えていた。
小走りに走りながら、震える体を両腕で抱え直し引き上げ、安心させる為にぽんぽんと二度背中を叩いてあやすと、アルが走り易い様、ユイナが緩く首にしがみつく。