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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第7話「願いを満たす聖なる水」

「それじゃあ、橋崎さんと桜花さんもいるので、簡単にこの部活について説明しますね」

 結依は、桜花がシズクの胸ぐらから手を離したのを見計らって話を始めた。

「オカルト研究部の基本的な活動は、世の中のオカルトが本当に存在するのかを証明するためにあれやこれやすることです。活動日は月・火・木・金曜日の四日です。出来るだけ来てください」

 何か質問はありませんか、と結依が問う。質問をするものは誰もいなかった。それを確認すると、結依は拳を天高く突き上げる。

「それでは早速、活動をしていこうと思います!」


「あれ、今日は普通に部活やるのか、結依」

 少し驚いたように琴夏が結依に目をやる。それに対して首を縦に振る結依。


「ええ。いつもは漫画読んだりお菓子食べたりしてるだけですが、今回はオカルト情報を持ってきました!」

 言うと、結依は椅子から立ち上がり、ホワイトボードの前へ移動する。黒ペンを取ると、キュキュッという気持ちの良い音を鳴らしながらペンを走らせる。

「今回仕入れた情報はこれです! 神ケ谷高校、七不思議!」

 ツインテールを揺らすほどの勢いで結依はホワイトボードをバンと叩きつける。口角が微かに上がり、どこかワクワクしているような表情をしている。

「へぇ、この学校に七つも不思議があるのか」

 と、琴夏は少しだけ目を丸くする。

「はい。とある情報筋から入手しました! 今日は七不思議の中の一つ目をやりましょう。一つ目はですね……」

 またもペンを走らせる結依。ホワイトボードには綺麗な字で、『七不思議その一、願い満たす聖なる水』とある。

「これです! なんでもうちの学校の噴水の水を飲めば、神秘のパワーで何でも願いが叶うそうなんです! 皆さん、これを実証しましょう!」

 たちまち部室が静かになった。オカルト部部長の琴夏まで苦笑している。乗り気ではないのは皆同じらしい。


 しかし、シズクはそこでふと思案を巡らせる。


 もしこの七不思議が本当ならば、シズクは今すぐにもとの世界に帰れるのではないだろうか。なにせ、神秘のパワーで何でも願いが叶うのだ。その願いが異世界への転送だとしても例外ではないはずだ。もしかしたら、想像よりも早く帰れるかもしれない。


 そうと決まればシズクの行動は早い。すっと立ち上がり、拳を固く握る。

「やろう! その七不思議、実証しようじゃないか!」


「は、橋崎さん! さすがです、私が見込んだだけはあります!」


「こいつ、やっぱり頭そのものがオカルトだな」


「うわー、静久先輩、なんか格好いいですね」


「あんたは何でやる気になってんのよ」

 色々な声が様々な場所から聞こえてきた。賞賛もあれば呆れもある。だが、そんなのは関係ない。目的が果たせれば、結果オーライなのだから。






 シズクたちは部室から移動し、噴水の前までやってきた。


 玄関を出てすぐのところにある噴水は、遠くから見れば綺麗でオシャレなものなのだが、近づいてみるといかに年季が入っているのか分かる。錆びていたり、野球ボールのようなものがぶつかった跡があったりなど様々だ。


 ちらと覗き込んで水を見てみる。やろうじゃないか、と息巻いたのはいいが、よく考えてみると果たしてこの水が綺麗なのか心配になってきた。


 見たところ、特に汚いという印象は受けない。だが、気乗りしない自分がいる。

「どうする? 橋崎とあと誰が飲むんだ? コップ三つしかないから、橋崎抜かせばあとふたりくらい飲めるぞー」

 部室から持ってきたコップを手にしながら、琴夏が女子部員たちに声をかける。しかし、みんな自分からやろうとしない。

「お、おい、結依! 言いだしたのはお前だろ!」

 シズクは、言い出しっぺの癖に自分から「やる」と言わない結依に迫る。


 結依は引きつった笑みを浮かべながら、

「も、もちろんですよ。やりますよ、私。やるときはやる女ですからね」

 腰に手を当て、自らを鼓舞するようにふんぞり返る。胸を誇張するようなポージングだが、残念ながら結依には誇張するほど立派な胸はないようだ。桜花よりもペタンコだ。


 視線を琴夏たちに移すと、そこは異様な空気に包まれていた。

「お水飲むの先輩方にお譲りしますよ」


「なにを言っている、明日香。遠慮はいらんぞ、好きなだけ飲め。桜花でもいいぞ?」


「いえいえ、どうぞどうぞ。体験入部の身でそんな前には出れませんよ。どちらかが飲んでください」

 腰をわずかに落とし、互いを見据える彼女たち。しばし膠着していると、部長の琴夏が動いた。

「よし、それなら正々堂々じゃんけんで決めよう。一回勝負の恨みっこなしでどうだ?」

 桜花と明日香は首を縦に振り、無言でそれに賛同する。

「じゃんけん――」

 三人の声が重なる。

「――ポン!」

 勝負は一瞬で決した。

「負けたぁああああああああああああああああ…………」

 夕焼け色に染まった空を仰ぐ桜花。どうやら敗者は桜花のようだ。瞳には薄らと涙の雫のようなものが見える。


 桜花は琴夏からコップを受け取り、シズクたちのいる噴水のところまでやってくる。

「お前、今日ついてないな。儀式見られるし、じゃんけん負けるし」


「傷口をえぐらないでよぉ!」

 珍しく桜花がぷくっと頬を膨らませた。不覚にもシズクは少しドキッとしてしまった。

「それじゃあ、橋崎さん、桜花さん、準備はよろしいですか?」

 未だに引きつった笑みを浮かべたままの結依が、コップを構えて聞いてくる。


 シズクたちはそれに頷きで返し、三人そろってコップで噴水の水をすくう。恐らく綺麗な水ではないが、見た目が大丈夫そうなので問題ないと自分に言い聞かせる。


 コップを持った三人はぎこちない乾杯をし、噴水の水を一気に飲み下し――と、その時だった。明日香が何かを思い出したようにシズクたちに向かって口を開いた。

「あ、そうだ先輩方。その噴水に昨日、カラスが糞してたから飲まない方が……って、もう遅い?」

 完全に遅かった。


 シズク、桜花、結依の三人は明日香の話を聞き、コップを投げ捨て、即座に近くの茂みに走った。


 茂みから帰ってきたときには、三人の口許にはティッシュが当てられていた。

「み、皆さん。どうしたんですか、口許にティッシュなんて当てちゃって」

 と、自分も口にティッシュを当てた結依が言う。

「べ、別に。何でもないさ。ちょっと口を拭ってるだけだよ。な、桜花」


「私やばいの飲んじゃったわ、いやホントに。私女子高生なのに、何飲んじゃってんだろ」

 顔を真っ青にしてそう呟く桜花は、口許と腹を押さえて俯いている。今日の桜花は本当についていない。


 シズクは気を取り直すように、普段より大きな声をあげた。

「ま、まあいいさ。これだけ代償を払ったんだ、神秘のパワーだってきっとあるはずだ」

 これで願いが叶えば全て丸く収まる。カラスの糞入りの水なんて、向こうの世界にいても飲んだことがなかったが、それも願いを叶えるための代償だと思えば安いものだ。

「そ、そうですよね。ではさっそく、神秘のパワーがあるかどうかを実証しましょう!」

 シズクと結依はがしっと手を組み、見つめ合ったまま頷き合う。桜花を見たが、今の彼女はもうそれどころではないようだ。そっとしておこう。

「それじゃ、まずは俺からいかせてもらおう」

 シズクは一歩前へ出る。もしかすればこれで全てが解決するかもしれない。関わった期間は短かったが、桜花や結依たちと別れるのは少々寂しい。そんな感傷に浸りながら、両手を天高く突き上げる。

「さあ、神秘のパワーよッ! 俺をもとの世界に戻してくれ――ッ!」

 シズクの言葉とともに突風が吹き抜け、木々が騒々しく揺れ動く。そして、シズクの視界があの時のように歪み、意識がすぅっと薄れて……いくことはなかった。十秒ほど待ったが、あの日のような感覚はやってこない。

「おいおい、橋崎。お前、もとの世界ってなんだよ。まさかそこまで頭がオカルトなのか? M男でオカルト脳ってお前、救いないぞ?」

「静久先輩、中二病も行き過ぎると本当の病気みたく見えちゃいますよー?」

 琴夏は頬を引きつらせながら、明日香は楽しそうに笑いながらシズクに声をかけた。


 シズクは掲げた手を下ろし、すぐさま反論する。

「う、うるさいわい!」


「安心してください、橋崎さん。橋崎さんのオカルトにかける思い、伝わりました。けど、さすがにさっきの願いは意味が分かりませんでしたね。なので、次は私がもっとも簡単で、人間なら誰でも思っていることを願いたいと思います」

 途中けなされたような気がしたシズクだが、それはひとまず置いておく。

「そんな願い事があるのか?」

 結依は瞳を輝かせ、キメ顔でこくりと首を縦に振る。

「……それでは。空からたくさんのお金よ降ってこぉおおおおおおおおおおおおおおい!」

 透き通るような綺麗な声は反響するが、それ以外何も起こらない。


 結衣の表情が一気に暗くなり、あまりのショックに地面に座り込んでしまった。

「…………橋崎さん、すみません。私のときは風すら吹きませんでした」

「そんな責任感じなくて大丈夫だから! お前、全然悪くないから!」

 シズクは手をバタバタと振りながら必死に慰める。


 そんなことをしていると、後ろからあくびとともに、足跡が聞こえた。琴夏のものだ。

「なあ結依。そろそろ日も落ちてきたし、今日はこれくらいにしないか?」

 諦念したようため息を吐くと、結依はスカートに付いた汚れをパンパンと払い、立ち上がる。

「そう……ですね、琴夏先輩。じゃあ、とりあえず今日の結果は『神ケ谷高校七不思議その一は、全くのデマだった』って感じで終わりにしますか」

 最後に残念そうに息を吐くと、結衣は部員全員に聞こえるように少しだけ大きな声を出す。

「それでは一度、部室に戻りましょう。戻ったら、桜花さんは体験入部中なのでまだいいですが、橋崎さんは入部届を書いてくださいね」

「入部届?」

 シズクは右に首をひねる。

「はい。入部届を提出することで、橋崎さんは晴れて正式なオカルト研究部員となります」

 正式な部員。シズクの心の中にその言葉が響いた。別段嬉しいというわけではない。むしろその逆だ。もしも今日のようなことを続けていくのなら、儀式をやっていた方がまだマシに思える。この部活に入るのは止めておいた方がいいかもしれない。そんな思いがシズクの中で大きくなっていく。


 もともと、あの世界に帰る早道になると思ったから入ることを決意したのだ。そうでなければ居ても意味がないだろう。

「や、やっぱり、俺、オカルト部には……」

 シズクの言葉にかぶせるように琴夏が言ってきた。

「まさか、剣に誇りを誓った英雄さまが、一度決めたことを曲げるなんて言わないよなあ?」

「うぐ…………。それは……」

 自分で言い出した手前、引き下がることもできない。シズクは琴夏から目をそらし、苦しい表情を見せる。

「あ、当たり前じゃないか! 俺を誰だと思ってる? いずれ英雄となる男だぞ。さっきのは冗談に決まってるだろ」

 ははは、とぎこちなく笑い、シズクは自身の胸をどんと叩いた。

「おお、そうかそうか。そうだよなあ」

 言いながら、琴夏は笑顔でシズクの肩に腕を回した。琴夏の端正な顔がぐっとシズクの顔に近づけられる。多少高圧的な彼女だが、女の子特有の甘い香りがシズクの鼻腔をくすぐる。

「ちょ、おまっ、近いっ!」


「まあまあそう堅いことを言うなって。よーし、入部届書きに行くぞー」

 シズクの肩を掴んだまま、琴夏は方向転換する。つられてシズクもくるりと方向転換。

「入部祝いとして、後でたくさん踏んでやるからな、楽しみにしとけよ、橋崎」


「なんで踏まれることを楽しみしなきゃいけないんだよ!」


「なんでって、お前M男だろ? なら踏まれて嬉しいだろ。それに私はニーソだぞ?」


「だから違うっつの! なんで定着させようとしてんだよ! つか、別にニーソとかどうでもいいし!」

 などと話しながらシズクたちは部室に向かった。後ろには結依に明日香、それに完全に燃え尽きた表情をしている桜花がついてくる。


 ちらと見上げると空は茜色に染まっていた。吹き抜ける風は微かに肌寒くて、どこか寂しさを感じさせる。しかし、その寂しさはすぐに消え失せた。


もしかしたら、多少理不尽な扱いを受けてはいるものの、誰かと一緒にいるという感覚がそうさせているのかもしれない。ふと、そんなことをシズクは頭の隅で思った。



 この世界に来てから三日が経過した今日。シズクはオカルト研究部の部員となった。


 こんにちは、水崎綾人です。

 楽しんでいただけましたでしょうか?

 また次回、お会いしましょう!

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