第6話「オカルト研究部という異世界」
数分が経過し、魔法陣を六週ほどまわった時だった。
ギィィ、という音がした。ふと目を向ければそこには、ひとりの少女が立っていた。黒髪のツインテールに、触れれば簡単に壊れてしまいそうな華奢な体が印象的な小柄な少女だ。
桜花もその少女に気づいたのか、儀式の最中だというのに動きが止まり、喫驚した表情で固まっている。やがて、状況を理解し、顔が瞬く間に歪んでいく。
「あ、ああ……ああ、見られたぁあああああああああああああああああ……!」
地面に手をつき、桜花が絶叫した。屋上全体に桜花の悲痛な声が響き渡る。
シズクは苦笑しながら桜花のもとへ駆け寄った。
「おいおい、大丈夫か? って、大丈夫ではなさそうだけども」
なんと声をかけていいのやら。シズクは必死に考えるが、適切と思える言葉が見つからない。
「あ、あの!」
可愛らしい声とともに、ツインテールの少女がこちらに近づいてきた。小走りで向かってくるその様子は小動物のような印象を受ける。
「ん? なんだ? 何か用か?」
聞くと、少女は興味津々と言わんばかりに目を輝かせ、
「い、今のは儀式ですか!」
「ああ、そうだ。けど、お前が見てたせいで、あの通り桜花が燃え尽きた」
シズクは特に目をくれることなく、桜花を親指でさした。
「本当ですね。あ、でもでも、それって私のせいですかね?」
予想外の返しに、シズクはわずかにたじろぐ。しかし、それを悟られぬよう気丈に振る舞う。
「おぅ、どういうことだ、それ?」
「いえ。だって儀式をするのですから、それ相応の興味と覚悟が必要なはずです! 人に見られたからって落ち込んでいては儀式なんてできませんよ! まあ、私は儀式なんてしたことないですけど」
少女の主張を聞いて、シズクは顎に手を当てる。
「……確かに」
「ちょぉおおっと、橋崎、何で納得してんのよ! しかもあの子、さっき儀式したことないって言ってたわよ。何で儀式未経験者の意見に流されてんのよ!」
今まで地面に手をついて固まっていた桜花が立ち上がり、シズクを睨みつけた。
「お、元気になったか」
「全然元気じゃないわよ!」
桜花はそこで言葉を区切ると、すぐさまツインテールの少女へ向き直った。
「だ、誰かは知らないけど、このことは誰にも言わないでくれると助かるんだけど」
少々弱気な口調だ。自分のときとは大違いだな、とシズクは心中で愚痴を吐く。
「はい。いいですよ。ていうか私は、あなたたちをからかいに来たわけじゃないんですよ」
「なら何しに来たのよ?」
「あなたたちの掛け声が屋上から漏れ聞こえてたので、何してるのかなーって思ってたまたま来ただけなんですよ。まさか儀式をしてるとは思いませんでしたけど」
少女は楽しそうにははは、と笑う。すると、少女ははっと何かを思いついたように笑いを止め、探るような表情を作る。
「あの……お二人は放課後に何か用事とかありますか?」
「用事? 強いて言えば、偉大なる目標のために力を蓄えなければいけないな」
「馬鹿、初対面の相手に変なこと言うなっての」
隣にいる桜花に肘打ちされるシズク。鈍い痛みがじんわりと広がっていき、シズクは脇腹を押さえて渋面する。
桜花はふん、と強めに鼻で息を吐くと、少女に視線を戻す。
「私は別に用事ないわよ。あと、隣にいるコイツもたぶん用事なんてないわ」
少女はよかったです、と独り言ち、話を続ける。
「実はお二人のその熱心な儀式を見て、是非ともオカルト研究部に入っていただきたいと思ったんです!」
「オカルト研究部? オカルトってなんだ?」
聞き慣れない言葉に、シズクは桜花に訊ねる。しかし、桜花はどこか切なそうな顔で「……部活、か」と小さく呟いたまま質問に答えようとしない。シズクは不審に思いながらも再度同じ質問をした。
すると桜花は両肩をビクンと震わせ、面食らった顔でシズクを見やる。
「あ、ああ、オカルトってのは、あんたの好きな魔力とか魔術とかそういうののことよ。オカルト研究部っていうくらいだし、たぶんそんなのを研究するんじゃないの?」
「魔力か、なるほど」
もしかしたら、この部活に入れば儀式を行うよりも効率的に魔力を蓄えることが出来るかもしれない。
「よし決めた。俺はその部活に入るぞ!」
ぐっと拳を作り、決意を表す。桜花は「え、マジで!?」と驚きながら、少女は「おおー」と歓喜の声を上げた。
「それでお前はどうするんだ?」
まだ決めかねている桜花に向かって、シズクは答えを求める。
桜花はサイドテールを人差し指に巻きつけながら、眉間に皺を寄せて考えている。う~ん、という低い唸り声が絶えることなく聞こえてくる。
「じゃ、じゃあ、とりあえず体験入部だけなら……」
「本当ですか!? ありがとうございます」
ツインテール少女はペコリと頭を下げて破顔した。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、二年A組の叶田結依といいます」
「俺はシズ……じゃなくて、橋崎静久だ。ちなみに、将来英雄になる予定だから名前は覚えておくように」
「何言ってんのよ、この中二。私は美凪桜花、よろしくね。あと二年B組よ、ちなみに橋崎もね」
結依は「よろしくお願いします」と礼儀正しく言うと、
「それじゃあ今日の放課後、二年B組の前で待っててください。迎えに行きますから」
何事もなく授業も終わり、気が付けば放課後になっていた。
教室はクラスメイトの賑やかな声で満たされ、種類は違うがシズクの世界の酒場と雰囲気が微妙に似ていた。
ちらと目だけを動かして桜花を見る。カバンに荷物を詰め、帰り支度をしているようだ。
シズクもカバンに荷物を詰め、椅子から腰を上げる。
放課後、とは言われたが、具体的に何時頃にこの教室に来るかは分からない。なるべく余裕を持って待っていた方がいいだろう。とりあえず、先に桜花の席へ行くことにする。
「支度はできたか?」
桜花はカバンの蓋をペタンと閉じ、左手で取っ手を持つと立ち上がる。
「今できたわ。それにしても、何だか気乗りしないわね」
「ん? なんでだ? お前だって自分の口で体験入部なら、とか言ってたじゃねぇか」
シズクと桜花は、廊下に移動しながら口を動かす。
「ま、そうなんだけどさ、部活なんて久しぶりだし……」
「久しぶり? ってことは、昔は何かに入ってたのか?」
「まあね。昔よ、昔」
そういう彼女の顔はどこか切なげに見えた。遠い記憶を懐かしんでいるような、哀れんでいるような。どちらにしても、シズクには推測しかできない。
「そうか。ま、なんにせよ、普段からつまらなそうな顔してるんだし、これを機に楽しんでみたらどうだ?」
「はあ!? つまらなそうな顔とか、あんたに言われたくないわよ! そんなこと言われる筋合いだってないし!」
いきなり反論した桜花は、ふんと鼻息荒く腕を組んでそっぽを向いた。
「おいおいちょっと待てよ、筋合いないってそれは酷くないか!? 俺たちは同じパーティーの仲間だろ?」
「いや、あんたこそ待ちなさいよ! 私たちいつパーティー組んだのよ!? 全然身に覚えないんだけど!」
「昨日の昼休みに飯を食ったとからきだ。あれ違うのか?」
「違うわよ! なに勘違いしてんの!?」
「だって仲間になりたそうな目で俺のことを――」
「――見てないわよ! 不良に絡まれてドンマイ、って目で見てたのよ!」
シズクは廊下の壁に手をついて頭をたれた。まずはひとり仲間にしたと思っていたが、実は違ったようだ。仲間意識の一方通行だったらしい。
「あのー、賑やかなところ申し訳ありませんが、迎えに来ました」
顔を上げて声の主を見やると、そこには結依がいた。茶色い皮のリュックを背負い、シズクたちのことを見上げている。桜花はそんな結衣に対して、違う違うと手を横に振る。
「別に賑やかだったわけじゃないわよ。あいつがただ勘違いしてたのを正しただけで」
「ああ、昼休みの儀式のことですね。実は桜花さんも自分から儀式をしたかったとか?」
「んなわけ無いでしょ、違うわよ!」
すかさず桜花がツッコミをいれた。結依は少々残念そうに「はあ、そうなんですか」と相槌を打つと、くるりと方向転換し、肩越しにシズクたちに視線を送る。
「それじゃあ、そろそろ行きましょう。橋崎さん、桜花さん」
シズクたちはそれぞれ頷くと、先陣を切って歩く結依の背中を追って歩いた。
てくてくと歩く結依の後ろをついて歩くこと約五分。シズクたちは各クラスのある普通棟を抜け、理科室や図書室などの特別教室がある特別棟まで来ていた。
特別棟は一階から二階までが授業などで使う教室になっているが、三階から最上階である四階は空き教室となり様々な文化部が部室として使用している。
シズクたちは現在、特別棟三階の廊下を歩いている。微かに聞こえる吹奏楽部の奏でるメロディを耳にしながら、オカルト研究部室はどこかと周囲に視線を巡らせる。
「あ、着きましたよ」
特に何の感情も混じえない声音で、あっさりと告げられた。扉を見ると、ポップな字体で『オカルト研究部!』と書かれている。
「なんか、私の想像してたオカルト部とはイメージ違うかも」
桜花がポツリと口にした。シズクにはそもそもオカルト研究部に特にイメージなどなかったので、別段驚きもしなければ意外性もなかった。
結依は数回のノックの後、部室の扉を開ける。ガラガラという音とともに、木製の扉が横にスライドする。
あらわになったオカルト部の部室は一般教室の半分ほどの広さで、壁際には漫画が収納された本棚が二つ。加えて冷蔵庫に、電子レンジ、部室の中央には、長机をふたつ並べて大きなひとつの机としたものが置かれていた。
その机を使っていたのは、携帯ゲーム機で遊んでいる少女と、漫画を読んで笑い泣きしている少女だった。彼女たちは机を隔てて向かい合って座っている。
「皆さん皆さん、連れてきましたよ! 新入部員ですぅ!」
結依が腕をパタパタ振りながら、部室の中にいる二人の少女に声をかける。
少女らはこちらをちらと見ると、
「おおー、結依。来たか。新入部員? 二人もいるじゃん。これで同好会に格下げは阻止だな」
と、ゲームをしていた腰まである長い茶髪を後ろでひとつにまとめた少女が言った。
「私以外にも新入部員できたんですねー」
今度は漫画を読んでいた赤色のショートヘアの少女が、笑い泣きで浮き出た涙を払いながら言った。
「そうなんですよ。じゃ、とりあえず自己紹介してもらいましょう! まずは橋崎さんからどうぞ!」
名指しで指名されてしまったので、シズクはこほんと咳払いをひとつ。盛大な自己紹介をしてやろうと内心で息巻く。
「俺の名前は橋崎静久。英雄になることを神と約束し、その誇りを剣に誓った男だッ!」
体を精一杯動かして、我ながら決まった自己紹介をしたと、シズクは胸の中で満足した。隣では桜花が頭を抱えていたが、気にしない。
「おい結依。お前は頭がオカルトなやつを連れてきたのか? つか、剣ないじゃんお前」
苦笑しながら茶髪のポニーテール少女が一言。次いで、赤髪ショートヘア少女も感想を漏らす。
「うわー。この人アレですね。中二病ってやつですよね。こういう人初めて見ましたー」
どことなく馬鹿にされているように感じながらも、一応拍手を貰うことはできた。
続いて、桜花の自己紹介の番である。
「えっと……。二年B組の美凪桜花です。オカルトとかよく分かんないし、部活も久しぶりにするんで至らないところがあると思いますが、よろしくお願いします。あ、あと私は入部じゃなくて体験入部です」
ぺこりと頭を下げて桜花の自己紹介が終わった。
「おう。こっちは普通だったな。頭がオカルトじゃない。安心しろ、私もオカルトはよく分からん」
聞き捨てならないことを平然と言ってのける、茶髪ポニーテール。
「桜花先輩の髪、綺麗ですね。憧れます。あと、私もオカルトとかちょっとよく分かんないです」
赤毛ショートヘア少女も平然と言ってのけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! オカルトが分からないって、なんでお前らオカルト研究部入ってんの!?」
シズクが咄嗟に反応する。オカルトのプロがいると思っていたシズクにとって、彼女たちの発言は思いがけないものだった。これでは、オカルトのプロに頼んで魔力を効率的に貯めようとしてたシズクの企みが崩れてしまう。
ポニーテールの少女は前髪をくるくるといじりながら、
「いやぁ、私はオカルト系の番組を見るのが好きなだけの人だ。実際のオカルトはよく分からん。あ、ちなみに私が部長の逢空琴夏だ。よろしくな。新人」
琴夏は淡々と言い、右手を差し出した。シズクはすぐにその右手を掴み、握手をかわす。オカルトに関しては少々頼りない気がする部長だ。
「オカルト分かんないのか……。まあいいや。こちらこそよろしく。琴夏」
言った瞬間、琴夏の目つきが変わった。かと思えば、琴夏は掴んだ右手をぐっと自分の方に引き寄せた。シズクはバランスを崩し、琴夏の方へ倒れる。が、琴夏は素早く体を動かし、シズクを床に転倒させた。そのままシズクの足を取り、四の字固めをかける。
「あ痛い! いたたたたたたたっ! ちょ、ま、痛いぃいいんですけどぉ!」
「おい、私は先輩だぞ? 何呼び捨てにしてんだよ、あ? 名前の後には先輩をつけろ。……って、お前、なんで四の字固めされてんのに頬染めてんだ? やだ、Mなの!?」
「違う違う違う。痛いの、痛みで顔が赤くなってんの! つかMじゃねぇ!?」
早口で言いながら、シズクはバンバンと床を叩く。
「分かった分かった。そう強く否定すると怪しく思われるぞ、Mよ」
「だから違うっての! ていうか、早く解放してくれよ、ガチで痛いんだけど!」
「はあ、仕方ないな。なら、これからはちゃんと先輩とつけろよ、橋崎」
「は、はい……すみません……した。琴夏、先輩」
半泣き状態で謝罪すると、琴夏は四の字固めからシズクを解放した。激痛がゆっくりと薄れ、もとの状態へと戻っていく。琴夏が予想以上に強かったことに驚きながら、シズクは肩で息をして立ち上がる。
本当は部のリーダーを乗っ取ろうとも企んでいたが、今の一連の攻撃でその企みは散った。この世界でも、シズクは強い者の下につかなければいけないらしい。
息も絶え絶えになりながら、今度は赤髪の少女を見る。
「お前、……名前は?」
「私ですか? 晴野明日香っていいます。私は静久先輩の後輩なんで呼び捨てでもいいですよ」
心のどこかで安心した自分がいたシズクだった。
「それで、なんでオカルト部に?」
「そうですね……。なんか面白そうかなーって思って!」
次の言葉を待つが、にこにこしたまま口を動かそうとしない。
「終わり?」
「終わりですよ」
「あ、……うん」
本当にこの部活に入っていいんだろうか。シズクの中に微かな不安が生まれた。顔に手をつき、小さく俯く。いつになったら、もとの世界に帰れるんだろうか。
そんなシズクの不安を悟ったのか、視界の隅で結依がぱたぱたと手を振っている。
「ああ、橋崎さん、大丈夫ですよ。ふたりはこうですが、私はちゃんとオカルト好きなんで! とりあえず自己紹介も終わったんで、お二人も適当なところに座ってください」
シズクたちはそれに素直に従い、手近な空いている椅子に腰を下ろした。
部長である琴夏はそれを確認すると、やりかけだったゲームの電源を切り、結依に聞く。
「なあ結依。何でこいつらを選んだんだ? ひとりはまともでも、もうひとりはM男だぞ?」
「フフフ、何を隠そう、橋崎さんと桜花さんは屋上で儀式を行うほどのオカルト好きです! これはもうオカルト研究部に入部するべくして生まれた人材っ!」
拳を握り、結依はシズクたちを誘った理由を熱く語る。同時に、琴夏と明日香から「おおー」と感嘆の声が漏れる。
だが、ひとりだけそれに異を唱える者がいた。バン、と机を叩いて桜花は立ち上がる。
「ま、待ってよ! 私は別にオカルト好きってわけじゃないわよ! ここの中二野郎に頼まれてやってただけよ!」
恥ずかしさで顔を朱に染める桜花に、結依がぐっと親指を突き立てる。
「大丈夫です! ここでは素直になってください!」
「あれっ、信じてない!?」
目を瞬く桜花。続いて、琴夏が真顔で言ってくる。
「安心しろ、たぶんみんな儀式くらいしてるから恥ずかしがるな」
「いや、先輩オカルト分かんないって言ってたじゃないですか!」
さらに横から明日香も言葉をひとつ。
「桜花先輩、髪綺麗ですね」
「話を聞いていない!?」
オカルト研究部員三人の相手をして疲れたのか、桜花は深いため息とともに「もう、いいです……」と肩を落とし、再び椅子に腰掛けた。
シズクは疲れ果てた桜花の姿を見て、優しく声をかける。
「大変だったな、お疲れ」
言った瞬間、桜花の手がシズクの胸ぐらへ伸びる。
「誰のせいだと思ってんのよぉおおおおお!」
こんにちは、水崎綾人です。
今までシズクと桜花だけだった物語にオカルト研究部の面々が加わり、一層賑やかになりました。
これから彼女らと時間を紡いでいくわけですが、シズクや桜花の心にどのような影響を与えるのか、お楽しみください!
それでは、また次回!