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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第5話「マジカルパワー」

 もとの世界に戻るにはどうしたらいいのだろう。その日の夜、シズクはベッドに腰掛けながら思案を巡らせた。


 まず、シズクがこの世界に来た原因は、異世界転送といういわくつきの魔術のせいだろう。ミアラは安価で異世界召喚と同じ効果を得られるからお得だと言っていたが、とんだ訳あり商品――いや魔術だ。


 だが、異世界転送が原因だとすれば、今度はこの世界からその魔術を起動させればいいだけだ。幸い、シズクの適合職は魔術師。ミアラよりも魔力保有量は多いのだ。

「あれ。何だか、意外とあっさりイケるんじゃね!?」

 微かな希望がシズクの中に生まれる。


 試しに簡単な魔術を発動させてみようと、シズクはベッドから腰を上げ軽く瞑目する。右拳を左胸に当て、勢いよく前方につき出す。

「イグニッション――ッ!」

 手に炎を出現させる基礎中の基礎の魔術を発動させる。しかし、何も起こらない。本来なら、右手に完全燃焼の青い炎が出るはずなのだ。

「あ? あっれ、おかしいな……。もう一回、イグニッション!」

 やはり何も起こらない。


 薄々感じていたが、この世界に魔術というものがないのなら、この世界に来てしまったシズクもまた魔術を使えないのではないだろうか。普段使える魔術がからっきし使えなくなっていることがその証左だろう。

「…………やっぱり、この世界じゃ魔術は使えないのか……?」

 抱き始めていた希望が、一気に打ち砕かれる。


 しかし、ここで諦めるシズクではない。なんとしても魔力を手にしてあの世界に帰りたい。それに、自分の意識が抜けている状態の体のことも気になる。一体どんな扱いを受けているのやら。ミアラやフィールがどうしているのかも気になる。心配しているのか、それともシズクがいなくなって喜んでいるのか。シズクとしては後者でないことを望んでいるが。


 どうしていいのか分からないまま、シズクは両腕を広げた状態でベッドに倒れた。すると、テレビが独りでについた。どうやら、倒れた拍子にリモコンが腕に当たったらしい。ガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてくる。


 シズクは横になったまま、目だけを動かしてテレビを見やる。なにやら怪しい格好をした黒ずくめの男性が、帽子から鳩を出している。彼のような者のことを、この世界ではマジシャンと呼ぶらしい。

『ご覧になりましたか。わたくしのマジック! これぞ奇跡ですよ!』

 口許に生やした髭が、より一層彼の怪しさを引き立てる。


 呆然とそれを見ていたシズクだが、マジシャンの男性の次の一言で即座に体を起こす。

『――これがわたくしの力。イリュージョン魔術です!』

「ま、魔術だとぉ!? こ、この世界には魔術はないんじゃないのか?」

 シズクは瞠目しながらテレビを見つめる。テレビには未だに紫色の字体で『イリュージョン魔術』と書かれている。もしかしたら、本当にこの世界にも魔術があるのかもしれない。


 だが仮にそうだとしても、現にシズクは魔術を使えない。テレビに出演しているマジシャンに直接聞くのも無理だろう。ならばどうやって調べれば――。


 ふと脳内に知識が流れ込む。シズクの知りえない知識だ。


 シズクはテーブルに視線を落とす。そこには折りたたまれた白い塊が一台。

「あれは確かパソコン、とか言ったな……。これを使えば……いいのか?」

 テーブルの前にあぐらをかき、シズクはそっとノートパソコンを開く。この部屋にあるものはとりあえず触ってみたのだが、このパソコンだけは、複雑そうな見た目のせいでなんとなく避けていた。


 そっと起動ボタンを押し、パソコンを立ち上げる。


 いささか緊張していたシズクだったが、思いの外すんなりと立ち上げることができた。ほっと安堵の息を吐く。


 順調に起動し、シズクは検索エンジンを立ち上げる。

「よぉし、ここまでくればあとは調べるだけみたいだな」

 シズクは慣れない指使いでゆっくりキーボードを弾く。

「えっと……『魔力 貯め方』、と」

 入力し、エンターをプッシュ。


 瞬間、膨大な数のサイトがヒットした。結構な量にシズクは苦笑しながらも、一番上にあるサイト――『あなたもできる、暗黒魔術の術式講座』のサイトリンクをクリック。


 ぱっと切り替わった画面は、黒一色の怪しげなサイトだった。


     ***


 翌日。ほぼ徹夜でネットサーフィンをしていたシズクの体はボロボロだった。学校に行かずに寝ていたかったが、昨日のようにペナルティを受けるのは嫌だったので、しっかりと時間内に学校に登校した。


 昼休みになると、シズクはカバンから白いビニール袋を取り出し立ち上がる。目指すは、窓側二列目に座る桜花の席。


 桜花は頬杖をつきながら、誰かと会話することなく本を読んでいる。実に暇そうだ。

「よお、桜花」

 名前を呼ばれた桜花は顔を上げ、ちらとシズクを見る。

「ああ、あんたね。何の用なの、橋崎?」

「ちょっと付き合ってくれ」

 そう言うと、シズクは桜花の手首を掴んで教室から引っ張り出す。

「あ、ちょ、あんた! お、おい、何すんのよ、橋崎ぃ!」

 廊下に出ると、強引に腕を振りほどかれた。桜花は金色のサイドテールを揺らしながら、再度訊ねてくる。

「ちょっとあんた、何すんのよ!」


「実はな、俺がもとの世界に戻る手伝いをして欲しいんだ」


「いやいや、戻るってどうやって」


「手伝ってくれれば分かる。だからほら、ちょっと付き合ってくれ」

 シズクはくるりと桜花に背を向けると「行くぞ」と言って歩き出す。桜花は渋々といった具合に頬を掻きながらため息をひとつ。それからシズクの背中を追うように歩き出した。


 シズクが向かったのは屋上だった。地面にはアスファルトが敷かれ、隅には木製のベンチが三台ほどある。爽やかな春風とうららかな陽の光を全身に浴びながら、シズクは屋上の中央まで歩く。

「こんなところで何しようっての?」

「まあ、見てろって」

 シズクは右手に携えた白いビニール袋から一本のチョークを取り出す。

 そのまましゃがみ、異世界転送の儀式のときよろしく魔法陣を描いていく。複雑な絵柄だというのに、五分かからずに描き終わった。

「ちょ橋崎、学校の屋上にチョークでなに描いて――って、魔法陣うまっ!? なんでそんなに上手いの、あんた!?」

「そうだろ、上手いだろ。剣術よりも魔法陣の方が上手いと良く褒められたものだ。ははは」

 シズクはふんぞり返りながら笑う。正直、剣士をしているのに剣術の方が下手なのは考えものなのだが。しかし、上手いと言われれば良い気分になる。

 ひとしきり笑うと、シズクはビニール袋の中からロウソクとマッチを取り出した。魔法陣の中心にロウソクを置き、そっと火を灯す。

「何してんの、それ」

「昨日インターネットとやらで徹夜して調べたんだ。誰でも簡単に魔力を貯める方法を。その中で一番簡単な方法が、中心に火を灯した魔法陣の周りをうさぎ跳びでまわる、これだ!」

 シズクは両手を広げて仰々しく叫んだ。

「ちょいちょいちょい、え、待って。はい? その魔方陣の周りをうさぎ跳びでまわる? はあ? 誰がそれやんのよ?」

「誰がって……俺と、お前が」

 自分と桜花を指さすシズク。


 しかし指をさされた桜花は後ろを振り向き、まるで自分じゃないような素振りを見せる。

「おいおい、お前だよ桜花。後ろ見ても誰もいないから」

 やがて二人の間にしばしの沈黙が走る。そして。

「んなこと誰がするかぁああああああああ! え、だってあれでしょ? あんたが描いた魔方陣の周りを橋崎と私でうさぎ跳びでまわるんでしょ?」


「おう、そうだとも」


「いやいやいやいや、それは頭おかしいでしょ。あんた自分がうさぎ跳びで魔方陣の周り飛び跳ねてるところ想像してみなさいよ! おかしいし、恥ずかしいでしょ?」


「いや全然恥ずかしくないけど」


「嘘でしょッ!?」

 桜花は限界まで目を見開きながら、大きな身振りを取る。


 シズクのいた世界ではこれくらいのことは日常茶飯事だった。パーティーメンバーがミアラとフィールという女の子だったからというのもあるが、恥ずかしい儀式は基本的にシズクが引き受けてきた。そのため、このくらいの恥ずかしさにはもう慣れてしまった。

「ほんとほんと。全然恥ずかしくない。お前もそのうち慣れてくるって」


「慣れたくないわよ! どこの世界に、魔法陣の周りをうさぎ跳びしながらまわるのに慣れる女子高生がいんのよぉ!」

 顔を赤くしながらそうまくし立てる桜花だが、数多くの恥ずかしい魔術儀式を経験したシズクからすればそこまで恥ずかしがる意味がわからない。

「じゃあ、その第一号になれば問題ないな」

「いやそういう問題じゃなくてね」

 言いかけた桜花の言葉を遮って、シズクが口を開く。

「なあに、別に誰も見てない。見られてなければ恥ずかしくないだろ? ほら、問題ない! おまけに、魔方陣の周りを跳びまわる女子高生第一号になれるっていうオプション付きだ。お得だろ?」

「あんた、どんな頭してんのよ……。ていうか、なんで私に頼むのよ? 適当な理由つけて他の人誘ってやってもいいし、なんなら橋崎一人でやったっていいじゃないの」

「この魔術儀式は二人以上でやる儀式みたいなんだ。だから俺だけじゃできない。それに、桜花以外知り合いなんていないから頼めるのもお前だけっていうか、いやマジで」

 この世界に来てからの知り合いは桜花と涼乃と不良三人組しかいない。その中でも桜花は一番話しやすい。だから彼女を選んだ。


 すると、桜花はひとつ深いため息を吐き、目をそらしながら後頭部を掻いた。

「ああ、もう分かったわよ。誰かに頼られるのは久しぶりだし、特別にやったげる」


「おお!」

 シズクが歓声を上げると、桜花はビシッと指をさした。

「でも、いい? 忘れないでよ、これは借しだかんね。昨日の分とこれの分の借し、ちゃんと返しなさいよ?」

 どうやらまたひとつ借しが増えてしまったようだ。


 シズクは薄い胸板をポンと叩き、

「お、おう。しっかり返してやるさ。そんじゃ、早速始めようぜ。掛け声は『マジカルパワー・カモン・カモン』な」

 そう言って配置につこうとしたシズクの腕を、桜花はぐいっと引っ張る。体勢が崩れ、その場で転びそうになるシズクだったが、なんとか耐える。

「お、おまっ、何すんだよ! 新手の嫌がらせか!?」


「それはこっちのセリフよ! 掛け声なんてあるの、聞いてないわよ!」


「今言ったからな。ていうか、そんなに大きな問題か? 文句の多いやつめ」

 シズクが文句を垂れると、桜花は即座にシズクの胸ぐらを掴んだ。シズクの体が少しだけ持ち上がる。

「問題よ! なによ『マジカルパワー・カモン・カモン』って? めちゃくちゃ馬鹿みたいじゃない!」

「フン、その馬鹿みたいなことをやるのが俺たちなんだよ」

「何でちょっとすかした感じで言ってんのよ、あんたは!」

 半ば叫びながら、桜花はブンブンとシズクを前後に揺らす。込み上げてくる気持ち悪さに耐えながら、シズクは桜花を見つめて言葉を吐く。

「た、例え恥ずかしくても、やるって言ったからにはちゃんとやってもらうぞ?」

 桜花はギリっと歯を噛み、しばし逡巡する。やがて、やや乱暴にシズクの胸ぐらから手を離した。

「分かったわよ。やるわよ、やってやるわよ!」

 軽くやけになっているようだが、やってもらえるらしい。


 シズクと桜花は魔法陣の両端にそれぞれうさぎ跳びの格好で待機する。

「うぅ……なんで私がこんなこと……。恥ずかしいぃ……」

 うさぎ跳びの格好をした桜花の悲痛な声が聞こえてくる。残念だが、桜花にはもうちょっと恥ずかしさに耐えてもらわなければならない。

「よーし、それじゃあ始めるぞ!」

 互いに呼吸を合わせ、同時に掛け声を放つ。

「マジカルパワー・カモン・カモン」


「マジカルパワー・カモン……カモン……」


 ぴょんぴょんと跳びながら、魔方陣の淵に沿って進んでいく。


「桜花、声が小さいぞ!」


「ああ、もう分かったわよ! マジカルパワー・カモン・カモン!」


 やけくそになりつつある桜花を横目に、シズクもまた大きな声で叫ぶのだ。




「マジカルパワー・カモン・カモン!」



 こんにちは水崎綾人です。

 今回のお話は楽しんでいただけたでしょうか? 自分の世界にもどることを決意したシズクの取った行動はどうつながっていくのでしょうか、期待して頂ければなと思っております。

 それでは、また次回!

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