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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第3話「自分の世界であろうとなかろうと」

 翌日。シズクはズボンのポケットから規則的に伝わる振動で目を覚ました。



 重たい瞼を手で擦り、ぼやけた視界で周囲を確認する。


 広がっていたのは、陽の光によって照らされたテーブルにテレビ、それと小さな本棚。


やはり寝て起きても景色は変わっていなかった。本当にすべてが夢であるかもしれないという予想は、これで完全に外れたということになる。


 しかし、特別悲しいとか悔しいとかいう感情は存在しなかった。もちろん、ゼロというわけではない。シズクとしてもミアラやフィールがどうしているのかは気になるし、向こうの世界に置いてきた自分の体が一体どうなっているのかも気になる。


 だが、この世界なら夢である『英雄』になれるかもしれないという淡い期待がある。そのせいか、昨日ほど悲観的な自分はいなかった。


 シズクは体の力を抜くようにふぅ、と長く息を吐く。次いで、ぎしぎしと関節が軋むのを感じながら、体を起こした。


 思えば、まだズボンのポケットで何かが振動している。規則正しい振動だが、いつまでも動かれていると不快になってくる。


 シズクは髪をくしゃくしゃとかきながら、ポケットの中で小刻みに動いているものを取り出す。それは、黒塗りの薄い長方形の板だった。


 なんだ、これ。と言いかけた瞬間、脳の内側から響くような痛みが走る。同時に、手にしている物体の名称が流れ込んでくる。

「す、スマホってやつなのか……?」

 見れば、スマホの画面は点灯し、微かにベルの音のようなものが鳴っている。それに、振動も未だ続いたままだ。


 シズクはわずかに恐怖を感じながら、自然と流れ込んでくる知識に従って画面をタップする。

『やあっっっっっと出たか、橋崎! もう二時間目の授業が始まっているのに学校に来ないとはどういうことだぁ!』

 スマホから流れてくる大音量の声に、シズクは思わず耳を遠ざける。

 いきなりのことに目を白黒させながらフリーズしていると、スマホから流れてくる声の主は急に声色を変えた。

『ん? あれ、橋崎? おーい、橋崎? あ、あの、お電話間違っていましたでしょうか。もしそうでしたら、大変申し訳ありません』

 いきなり深刻そうに謝りだしたので、シズクはとりあえずスマホを耳にかざし、反応してみた。

「あ、あのー」

『――って、その声、なんだ橋崎か。間違って他の人の家に電話したかと思ったー。まさか橋崎、そうやって先生をビビらせる作戦か!? 結構ガチで先生ビビっちゃったぞ。もう教師クビになるかと思った、本当に』

 寝起きすぐの耳に、この人の声はキンキンと響いて少し辛い。

「はあ、そうですか。ていうか、さっきから誰ですか?」

 シズクはこの声の主を知らない。というより、この世界で桜花以外の人間のことを知らない。

『いや誰って、わかるだろ、私だぞ?』

「だから知らないっての。ていうか、何かを言うときはまず自分から名前を言うべきでしょ。――あれ、そうなると俺から先に名乗った方がいいのか……」

 自分の言葉に自分で悩むシズク。喉の調子を確認し、スマホに向かって高らかに口を開く。

「それでは俺から名乗ろう!」

『おお、どうした、いきなり』

 いまいちついて来れていなさそうだが、シズクは構わず続ける。

「俺は、将来英雄になることを神と約束した選ばれし者、その名はッ、シズク!」

 最大限の身振り手振りに加え、『神と約束をした』というフレーズを勝手に付け加えた。

『あ、橋崎が静久って名前なのは知ってるよ、だって担任だもん。ていうか、英雄? なんだそれ? ああ、まあいいや。えっと……私は橋崎の担任の思井涼乃(おもいすずの)です、はい』

 あっさりと名乗りを終え、涼乃は早速本題に入る。

『橋崎。さっきも言ったが、もう二時間目の授業が始まってるぞ。具合でも悪いのか?』

 この世界では橋崎静久と呼ばれていることを思い出すシズク。まだ慣れない。

「具合ですか? いや、全然問題ないですけど。もう、ぴんぴんしてますよ」

 スマホ越しに、シズクは証拠とばかりに体を動かす。

『おーいおいおいおいおい。元気なのか!? え、じゃあなんで学校来ないんだ、橋崎! ちょと先生状況がわかんないんだけど』

「学校……ですか」

『ああ、そうだ。学校だ。特に体調不良でもないなら、とっとと学校に来いよ!』

 より一層大きな声でそう言われ、シズクは反射的に頷いてしまった。

「え、あ、はい」

『よし。それじゃあ、学校についたらまずは職員室に寄ってわたしのところに顔を出すんだぞ、いいな』

 そう言い残すと、涼乃との会話は終了した。スマホからは、ツーツーという規則正しい電子音だけが聞こえてくる。


 何だかよくわからないが、学校に行かなければいけないらしい。正直面倒だが、英雄とは誰かに呼ばれれば必ずそこへ参上するものだろう。


 シズクは立ち上がると、パキパキと背骨を鳴らしながら大きく伸びをする。全身が伸び、つかの間の快楽を得る。次いで、脱力するように深く息を吐き、窓の外を見やる。

「つか、学校ってどこにあるんだ?」






「ようやく来たか、橋崎」

 黒のスキニーパンツに薄いピンク色のTシャツを着た思井涼乃は、職員室にある自身の椅子に座りながらそう言った。

「この俺、シズ――じゃなくて橋崎静久、ただいま馳せ参じました」

「いや、馳せ参じるってのは急いで駆けつけるって意味だから。わたしが電話してからかれこれ一時間くらい経ってるだろ。寮から学校までなら十五分くらいで着くはずなんだけど?」

「あ、いや、まあ、そうですね」

 実際のところ、流れ込んできた知識を頼りに歩いてきたのだが、改めて目の前に広がる別世界に興味を惹かれ、あれこれしているうちに時間が過ぎてしまったのだ。

「しかし、まさか橋崎が学校をサボろうとするとはな、先生軽く驚いたぞ」

 コップに入った黒い液体をずずっと一口飲み、涼乃は椅子の背もたれに深く体を預ける。

「けど、まあ、しっかり学校に来たのだからそれは良い。ところで橋崎」

 涼乃はそこで言葉を区切ると、髪と同じ紫色の瞳でシズクを見つめる。

「お前なんかおかしくないか? ああ、いや、おかしいというよりは、雰囲気が変わったというか、まるで別人みたいになったというか。先生の考え過ぎかもしれないけど、何かあったか?」

 自分でも不思議そうな声音で、涼乃はそう言った。


 シズクはどう答えるべきかしばしの間黙考する。シズクが別世界に来ているということは、もはや疑うまでもなく確かなことだ。


ならば自分が異世界から来た冒険者であるということを明かしても良いのだろうか? 本当に言ってしまって良いのだろうか? 何か不都合なことにならないだろうか? と、シズクの中で疑問と疑問がぶつかり合う。色々と考えた結果、

「フン、変わってなどいませんよ。ただ俺は、しがない弱小冒険者から英雄になるただの高校生です」

 様々な疑問の折衷案を採用した。


 先生はポカンと口を開け、

「え、あ、冒険者? ごめん、全くわからない。でも、変わったな、橋崎。たった一日でえらい変わりようだけど。けど、いつもみたいに教室の隅でひとりで窓を見てるよりも、そっちの方が良いかもな。何か元気そうだし」

 涼乃は優しい顔で頷いた。次いで、涼乃は話題を変えるようにパチンと一回手を叩く。

「そんじゃ、教室に戻って四時間目の授業を受けて来い。あと、四時間目の授業が終わったら、校舎の横にある資材置き場のゴミを、技能主事のおじさんのところまで運んどいてくれ」

「あ、あ、ちょっと待ってください」


「どうかしたか?」


「なんで俺がそれを?」


「いやいや、仮にもサボろうとしてたんだからペナルティだよ。後で確認するからちゃんとやっとけよー」

 ペナルティ、と言う名の雑用のように感じる。前の世界ではこんなことはなかった。


 シズクはこの世界にはこの世界のルールがあるのだと感じながら、香ばしい匂いのする教室から退出した。









 鐘の音が鳴り響き、四時間目の授業が終了した。意味不明な数式を黒板に羅列していた教師が「今日はここまで」と言って教科書を閉じた。その瞬間、教室の空気が一気に弛緩し、生徒たちの賑やかな声で満たされる。


 窓側最後尾の席のシズクは、授業終了とともに机に突っ伏した。

「なんだこれは。すっげー、退屈だったぞ。なんなの、あの数式。めっちゃ分かんない。魔術式でもあんなの使わないぞ!」

 額を机にこすりつけ、ぶつぶと誰に言うわけでもない文句を垂れるシズクだったが、涼乃に言われていたことを思い出し、顔を上げる。

「あー、ゴミ片付けるんだったわー。行くか、そろそろ」

 よいしょ、と立ち上がり、教室を後にする。微かに流れてくる知識を頼りに、『校舎横の資材置き場』を目指す。


 玄関を左に曲がった先に資材置き場はあった。大きな画用紙や、木材など様々なゴミが置かれている。しかも微妙にひとりでも片付けられそうな量なのがタチが悪い。

「うわぁ、本当に雑用じゃん」

 シズクはポリポリと頭を掻き、資材置き場に転がっているゴミを拾い始める。と、その時だった。

「よーっす、橋崎じゃあん」

 シズクは振り返り、声の主を確認する。

 そこには、鋭利な棘のようなチクチクの髪をした少年と、背が小さく小太りの少年、前髪が異様に突き出ている不自然な髪型をした少年の三人が立っていた。中々個性的な面々だ。しかし、シズクはこんな連中知らない。

「えーっと、誰だ、あんたら?」

 すると、茶色いチクチク頭の少年がこちらに近づき、シズクの肩に腕を回した。

「なあーに言ってんだよ、橋崎ぃ。俺とお前の仲だろう?」

 妙に粘っこい喋り方に、シズクはいささかの気持ち悪さを覚える。

「だから本当に知らないんだけど」

「まーたまた、何、今日どうしちゃったわけ、いつもと違くない?」

 なんだ、こいつ。と感じながら、シズクは茶髪のツンツン髪の少年の切れ長の瞳を見る。

「あ、分かった。そうかそうか、分かったぞ」

 シズクはうんうんと頷きながら腕を組む。

「そう。わかったか? そんじゃさ――」

「お前たち、俺の仲間になりたいんだろ?」

「は?」

 三人の声が重なった。すぐにツンツン髪の少年が訂正する。

「いや違うから、ほら――」

「いい、みなまで言うな。分かっている。その目を見れば分かる。将来英雄になるこの俺とパーティーを組みたいんだろう? 四人いれば小規模パーティーを作れるからな」

「えい……英雄? パーティー……? 何言ってんだ、橋崎?」

 話を飲み込めていないような目でシズクを見る三人の少年。

 しかし、シズクは構わず言葉を継ぐ。

「そうだな……。ツンツン髪のお前は、なんか髪が鋭いから槍兵で、小太りのお前は防御が出来そうだから盾兵、そんで奇特な髪型をしてるお前はなんかすごそうだから魔術師な。そして、この俺が剣士――英雄! どうだ、これで立派なパーティ――ぶぅぐぇ」

 言い終える前に、シズクの体が吹き飛ばされた。ツンツン髪の少年に頬を殴られたのだ。シズクの体はそのまま資材置き場の中へ飛ばされていく。

「痛っ……」

 頬を撫でながら、シズクは体を起こす。熱を持った痛みが頬に残り、顔中に波動のように広がっていく。

「パーティーとか訳わかんねーんだよ!」

「は? パーティーを組みたいんじゃないのか? 仲間になりたそうな目で俺を見てたじゃないか!」

 茶髪の少年は即座に否定する。

「見てねぇよ! これっぽっちもな。いいから、出せ、早く」

「だ、出す? 何をだ? まさか、身ぐるみ剥がす気か!?」

 少年たちは同時に指の骨をパキパキと鳴らす。

「んなわけねぇーだろ! 知らばっくれるんじゃねぇよ。俺ら今金欠なんだよ。だからさ、金、出してくんねぇかな」

 刺頭の少年は、ニヤリと唇の端を上げる。両サイドにいる二人も同時に唇の端を上げた。


 シズクは少年たちを順番に見据え、なるほど、と納得する。

「フン、そういうことか。つまり、パーティーを組むには金と武力が必要と言うわけだな」

 向こうの世界でも、熱血な連中はこういうやり方でパーティーを組んでいた。なんでも、戦ったあとの方が分かり合えるかららしい。シズクには全く理解できないやり方だが、とうとう分からなければいけない日が来たようだ。

「あ? いや違うから。普通に金くれって言ってんだけど」

「その代わり、俺が勝ったら金はいらないがパーティーを組んでもらうぞ」

「ダメだ、今日の橋崎話聞いてない。しかもなんか変だ」

 ツンツン髪の少年は、慌てた様子で仰々しく叫んだ。


 シズクは右手を左腰骨あたりへ持っていく。が、そこで剣を携えていないことに気づく。仕方がないので、丸腰のまま腰を低くし、戦闘態勢に入る。


 それを見て、少年らも目つきが変わった。同じように腰を落とす。

「ハン、俺たちはただ金を奪えればいいだけなんだがな。そっちがその気なら、いいぜ。やってやる」

 一対一だと思っていたが、シズクの予想に反して向こうは三人で戦うつもりみたいだ。小太りの少年も奇抜な髪型の少年も構えている。


 ちょっと不安に思うところもあったが、ここまで来たら退くこともできない。シズクは肺にある空気をすべて吐き出すように叫んだ。

「さあ、かかってこい! 英雄になることを約束されたこの俺の力、見せてやる。そして、お前らを跪かせてやらぁ!」






 数分後、無力に地面に倒れているシズクの姿がそこにはあった。ひんやりと冷たい地面が、なんとなく気持ちいい。


 正直、彼らの動きは素人そのもので、普段からモンスターを相手にしているシズクならば簡単に対処できただろう。しかし、この世界のシズクの体もまた素人であることを忘れていた。


 前の世界のように動こうとすると体がついてこず、あちこちの筋が伸びてしまってまるで戦いにならなかった。せめてひとりくらい倒したかったが、誰も倒せないままこうしてノックアウトしてしまった。

「おいおい、八百三十円って。橋崎、手持ち少なすぎだろ……」

 財布から金を抜き取ったツンツン髪の少年が、哀れむような声を出す。


 シズクは地面に倒れたまま、

「……ば、馬鹿め。銅貨三枚に銀貨三枚、それに金貨一枚がどれだけ貴重だと思ってる。金貨一枚あれば二年は暮らせるんだぞ」

「あ、お、おう……。そうか」

 どことなく困ったような声が返ってきた。その後、しばし沈黙すると、茶髪の少年のため息がそれを破った。

「……もうお前から金取るのやめるわ。急にパーティー組むとか、五百円で二年暮らせるとか言い出すし。なんか色々とやばそうだし、これ以上関わるのやめるわ。今日まで悪かったな、そんじゃ」

 ツンツン髪の少年は財布をシズクに向かって投げた。財布は弧を描くように宙を舞い、シズクの背中でバウンドして体のすぐそばに落ちる。


 少年らはシズクから抜き取った金――八百三十円を手にして資材置き場を後にした。


 残されたシズクは、地面に手をついて体を起こす。全身に感じる痛みを無視し、財布を拾う。

「いてぇ……」

 どさっとその場に座り込む。渋面し、歯噛みする。

「な、何なんだ、この世界は……。モンスターも出なければ、体だって満足についてこない。いざ英雄になろうと思っても、戦う相手すらいない。つか、例えいたとしても負けるし。何なんだよ、この世界!」

 シズクは左拳を地面に叩きつける。ペチンと乾いた音と鈍い痛みが広がる。

「もうヤダ、もう嫌だね。何だよ、この世界。この世界で英雄になんて誰がなるか、いや、誰がなれるんだよ。こっちから願い下げだ。こうなったら、絶対もとの世界に戻ってやる。なんとしても、絶対もとの世界に帰ってやるっ!」

 確かにこの世界は興味こそ惹かれるが、楽しくはない。自分の夢を叶える方法も分からない。シズクにとってそんな世界に価値はなかった。


 今はまだ戻る方法なんて分からないが、絶対に戻る。シズクはそう決意した。




「もとの世界に戻る? なにそれ」






 こんにちは水崎綾人です。

 今回の話は楽しんでいただけたでしょうか? 隔日投稿を考えておりましたが、毎日投稿に移行するかもしれません! 多くの方に読んで頂ければなと思っております。

 次回もお楽しみに!

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