第21話「この世界の英雄」
城河美陽は楽しそうに時計を見ていた。もうじき、制限時間がゼロになる。
「ふふふ……。あ~、残り数秒がこれほどまでに待ち遠しいとは」
甘い吐息を漏らしながら、美陽の唇の端が釣り上がる。秒針が動くたびに、美陽の心は躍動し、悲願を達成できる喜びに打ち増える。
「あと少しですわ。三……二……一……ゼロ、ですわ」
その瞬間、生徒会室の扉が開いた。見れば、オカルト研究部の面々が立っている。ぱっと見た限りでは、全員伏し目がちで浮かれている様子ではない。
美陽は内心で、勝ちましたわ、とほくそ笑む。しかし、それを悟られぬように、椅子から立ち上がった。
「さてさて、それではどうでしたか? あなた方の見つけ出したものを見せてくださいな」
「分かった」
そう答えたのはシズクだった。顔中傷だらけの彼は、攻略本を手近な机の上に置く。次いで桜花が『週間 君にもできる、宇宙人交渉術』を、明日香は『プラネタリウム少年』を、琴夏は『ポケットポンスター』をそれぞれ置いた。
やはり見つけ出せたのはそれだけのようだ。美陽は高らかに哄笑する。
「あっはははははははははは! 結局見つけ出せたのはこれだけですのねぇ。私は言いましたわよね。全部で五つだと。これでは四つですわ。ふふふふふふ。残念ながらチャンスは掴めなかったようですわぁ。もしかしたら、これも他人を不幸にする桜花さんの力のせいなのかもしれませんわね」
パンパンと手を叩き、美陽の笑い声はさらに巨大なものとなる。
「では、残念な結果でしたが、約束は約束。しっかりと果たしてもらいましょう。桜花さんは退部。それに加えてオカルト部も廃部ということで。廃部申請書はもう取ってきてありますから、迅速に対応できますわよ」
そう言って、美陽は生徒会長の机の上に置いてある紙をひらりと持ち上げる。
歓喜に満ち溢れた美陽の顔は、抑えようと努めていても勝手に表情筋が緩んでしまう。中学の頃からの恨みがようやく報われた。美凪桜花を排除して孤独にさせ、更には彼女の大切にしている場所すらも奪った。
これ以上の喜びが美陽にあるだろうか。あとは、今後桜花が誰かと群れないように裏から手を回すだけだ。
完全勝利を確信している美陽だったが、琴夏の声がそれを邪魔する。
「何言ってんだ、お前。何勝手に勝った気になってんだよ。見つけてるぞ、最後のひとつ」
「は、はあ? 何を言ってますの? そんなわけが」
いささか動揺していると、琴夏が目で結依に合図をした。すると、結依がトコトコと前に出ていき、漫画本を一冊机の上に置いた。
「これが、私の見つけた最後のひとつです」
その言葉に、美陽は声を失った。すぐに生徒会長の机に駆け寄り、引き出しを開ける。ここに漫画本が置いてあれば、あの本は偽物、フェイクだ。しかし、あるはずの場所にあるはずの物はなかった。
一瞬にして、美陽の体からすぅっと体温が奪われ、まともな思考ができなくなる。なぜ、どうして? そんな疑問符ばかりの言葉がぐるぐると脳内を駆け巡り、頭が痛くなる。
と、そこでひとつの可能性が脳裏によぎった。今いる中で、美陽の机に最後のひとつが置いてあることを知っている人間がひとりだけいる。
「み、宮田ぁあああああ! あなた、まさかっ!」
鬼の形相でオレンジ髪の少女、宮田を見据える。
宮田はひゅん、と身を縮めると、いつものウジウジした表情のまま椅子から立ちあがる。謝罪の言葉を述べるかと思っていたが、違った。
意見するような目を宮田に向けられ、美陽はキッと目を剥く。
「なんですの、宮田! その目はぁあああああ!」
「わ、私……生徒会長代理のやり方は間違ってると思います。だから、オカルト部の皆さんに最後のひとつを渡しました」
「い、いつだ。いつ取ったんですの?」
「生徒会長代理が廃部申請書を取りに行っている時です……。漫画本を机から取り出して、窓から投げました。あとは、誰でもいいからオカルト部のみなさんの入部届を探して、そこに書いてある電話番号に電話しました」
その言葉の後を、シズクが引き継ぐ。
「それで俺に電話が掛かってきたんだ。最後の物のありかがどこなのかの」
さらに結依が言葉を引き取る。
「それから橋崎さんから私に『外を探してくれ』と電話がありました。探してみたら、あらびっくり。旧物置のすぐ近くに漫画が落ちてたんですよ」
美陽は拳を握り、生徒会長の机を狂ったように何度も叩く。
「宮田ぁあああああああああっ。よくもよくもよくもよくも邪魔をぉおおおおおおおっ!」
これではすべて失敗だ。随分前からオカルト部や桜花の写真を集めたり、一般生徒から軽蔑されるような旨の記事を書いたり、それでようやく廃部にまで追い込めたのに……。あの雇った不良どもも役に立たなかった。
「最後の最後に仲間に裏切られるとはな。これが憎悪だけで進んできた結果だ。俺たちの勝ちでいいよな、美陽?」
鼻息荒く、美陽はシズクを正視する。
「しっかりと約束は守ってもらうぞ」
「そうですよ。あと、部費もいただきます」
「それから謝罪記事も書いてもらいまーす」
「あと、金輪際、いかなる理由があっても桜花に近づかないでもらう。これが私たちからの条件だったな。しっかり守ってもらうぞ、いいな?」
美陽は声にならない叫びを上げながら、無造作に頭を掻く。目は充血し、体中が熱い。なぜこんな連中に指図されなければいけないのか。なぜ負けなければいけないのか。すべてがわからない。
「城河、どうなんだ?」
琴夏に催促され、美陽は身を切るような悔しさに駆られながら、大きく頷いた。
「分かりましたわっ、分かりましたわよっ! ああああっ、もう出て行ってくださいな!」
美陽は空気を切るように、力強く手を横に振る。もう彼女らの顔は見たくなかった。見ているだけで怒りと憎悪、悔しさが増幅してしまう。
美陽の返答に、琴夏はふっ、と安心したように笑うと、オカルト部全員に目で合図をし、くるりと背を向ける。
その笑顔が、さらに美陽の悔しさと憎悪を増長させる。
ガチャリと扉を開け、敷居を跨ぐ直前に琴夏が肩越しに振り向いた。
「じゃあな、生徒会長代理さん」
***
生徒会室をあとにした直後、シズクたちの耳には美陽の絶叫が聞こえてきた。怒りや憎しみなど様々な感情が混じっていたと思われる。
それに対してオカルト部には、そんなものはなかった。長らく感じていなかった、オカルト部らしい空気が戻りつつある。
「そういや、みんなはどこで見つけんた?」
何の気なしに、シズクが聞いてみた。シズクの見つけた攻略本は貯水タンクの下にあったわけだが、他の物はどこにあったのだろう。
「私はあそこにあったぞ、校長室の戸棚の中」
手で髪をいじりながら、琴夏が事も無げに言う。
「え、校長室!? いやいや、お前よく入れたな!」
「あん? ちょうど誰もいなかったし、まあいっかな、って。大丈夫だろ、きっと」
肝が据わっているというのはこのことを言うのだろう。校長と言えば、学校の最高権力者と聞く。そんな人物の部屋に『まあいっかな』で入れる奴はそういないはずだ。
「先輩先輩、私はね、あそこで見つけたんですよぉ。二年D組の教室の壁掛けの時計の裏。見つけた私凄いですよね、静久先輩、ねえ凄いですよね!」
袖をぐいぐい引っ張ってくる明日香に、シズクはいささかの面倒くささを覚えながら桜花に話を振る。
「そんじゃ、桜花は?」
「え、私? 私はね、特別棟三階に掲示してあるポスターの裏で見つけたわ。結構奇跡みたいなものだったけど」
なるほど、とシズクは相槌をうつ。奇跡であれどうであれ、見つけ出せたのだから結果オーライだ。
ふと目を動かすと、結依が漫画本を明日香に返していた。
「明日香、これを。明日香の本ですよね?」
「うわ~、ありがとうございます、結依先輩! けど土ついている~」
「それでも結構ほろったんですよ、明日香。ちなみに、あと三十センチほどずれていれば、泥水の中でした」
人差し指をぴんと突き立て、なぜかキメ顔でそう言う結依。
「なら、不幸中の幸い? ってやつなんですかねぇ……」
そう言う明日香の表情からは、あまり幸いと感じているようには見えなかった。
そんな彼女らのやり取りを尻目に、琴夏がくすりと笑う。
「まあ、いいじゃねぇか。こうしてオカルト部も安全になったんだし、桜花も戻ってきたんだ。あ、そうだ。部室にポテチとかチョコとかあったな。オカルト部復活記念と桜花復帰記念ってことでぱーっとやろうぜ」
漫画本のことなどすっかり忘れたのか、明日香はにこやかに右手を突き上げ、
「あ、いいですね、琴夏先輩! やりましょやりましょ!」
「私も賛成です!」
結依もすぐさま賛成し、琴夏はそうか、と口許を綻ばせた。
「桜花と橋崎はどうするんだ?」
聞かれて、シズクは得意げに胸を張り、
「英雄が出席しないわけには行かないからな、是非とも参加させてもらうぞ!」
続けて、桜花が控えめに手を挙げる。
「それじゃ……私も、やろうかな」
その様子に全員が安心したように穏やかに笑った。これでようやくオカルト部全員で、心置きなく活動できる。
階段を下り、特別棟三階のオカルト部室の前まで行くと、シズクはピタリと足を止めた。
「あ、悪い。ちょっと俺、トイレ。悪いけど、先にパーティーやっててくれ」
「ああ? 早く済ませてこないと、お前の分の食いもんなくなるぞぉ」
悪戯な笑みを浮かべ、からかうように琴夏に言われた。
「すぐに戻ってくるっての。そんじゃ、行ってくる」
右手を上げ、シズクは踵を返して走っていった。
「なあ、結依。橋崎の走ってた方向にトイレあったか?」
「さあ、あっちにはさっき下りてきた階段しかなかったかと」
こんにちは、水崎綾人です。
次回もお楽しみに!




