第14話「近づいてくる夜」
その日の放課後。部活が休みのため、シズクと桜花は一緒に下校していた。
結局、午後の授業の間も噂や嘲笑がなくなることがなかった。時間が経てば解決すると思っていたシズクだったが、一日では沈静化するのは難しいらしい。
「なあ、桜花。昼休みのことなんだけど」
いささかの言いづらさを感じながら切り出すと、隣を歩く桜花がじろりとシズクのことを睨めつけた。
「な、なによ。泣き顔でも馬鹿にするつもり!?」
「いやいや違う違う! 俺が言いたいのはだな、その……。中学の頃はひとりだったかもしれないけど、今は俺たちオカルト部も一緒だってことを忘れんなよってことだ」
途中で気恥ずかしくなり、桜花の顔から目を逸らす。
そんなシズクの様子が面白かったのか、桜花はふふ、と表情を緩めた。
「……分かってるわよ。あんたたちは、どっか抜けてるところはあるけど、一緒にいて居心地がいいわ。私だって、そんなオカルト部を守りたいもの」
「そうか。なら、今は一人ひとりができることから始めないとな」
「一人ひとりができること?」
「ああ。オカルト部を守るためにはどうしたらいいのかとか色々考えておかないと。月曜からはまた部活するみたいだし」
当たり前のように言うと、桜花は冷笑した。
「あんた、異世界の住人だってのに、結構この世界に慣れてきてるのね。毎日学校にも来てるし」
「まあな。さすがにそろそろ慣れてきたよ。だからこそ、オカルト部のことだって大事に思えるんだ」
「そうね。あんたの言うとおりだわ、橋崎。じゃあ、橋崎は何か考えでもあるの?」
「ああ。一応、考えてることはあるんだ。けど、まだ考えてるだけで実行できてない」
桜花は心底意外そうな顔をして、感嘆の声を漏らす。
「へぇ。考えてはいるのね。ちょっと意外」
「おいおい、それは褒めてんのか、それとも馬鹿にしてんのか!?」
「馬鹿になんてしてないわよ、英雄さん」
その言い方が既に馬鹿にされているように感じるが、シズクはぐっとその感情を呑み込んだ。昼休みと違って、桜花が笑っていたからだ。やはり、桜花には泣き顔よりも笑顔の方が似合う。
「私も考えてみるわね。……自分にできることがなんなのかを」
***
休みが明け月曜日になると、クラスメイトの噂話はさらに根も葉もないものになっていた。その理由は、また新たに生徒会が新聞を発行したからだった。今回もオカルト部を陥れるような記事が掲載されていた。その記事の内容は、『オカルト部に所属している生徒は、全員非常識な行動をする生徒だ』といったものだった。
金曜日の時点でもシズクたちに対する反応は酷かったというのに、今回の新聞のせいでさらに酷いものへとなってしまった。
この世界では、一度でも周りから浮いてしまうと、なかなか前のような接し方に戻してもらえないらしい。実に悲しいとシズクはつくづく思った。
そんな感情を抱えながら、シズクたちは三度生徒会室へと来ていた。
生徒会室には、いつも通り仕事をいている役員の他に、偉そうに生徒会長用の席に座る美陽の姿があった。
「あらあら、またいらしたんですの? 最近、毎日いらっしゃいますわよね?」
「ああ。そっちがしかけてくるからな。それより、これはなんだよ?」
琴夏が、今日発行された生徒会新聞をバシン、と音を立てて机に叩きつけた。
美陽は面倒くさそうに紙面に目を落とす。
「これがどうかしまして? いつもの生徒会新聞ですわよ」
「どこがだ!? またオカルト部に悪いイメージを植え付けるような記事じゃないか。それに、今回の掲載されてる写真はオカルト部の活動とは関係ないものだ」
そう、今朝発行された生徒会新聞に貼られていた写真は、オカルト部の活動とはまったく別の写真だったのだ。その写真というのは、屋上の地面に描かれた魔法陣の周りを、うさぎ跳びでとびまわるシズクと桜花。この時はまだオカルト部に入っていない。
「あら、そうですの? それにしても、屋上でうさぎ跳びをするなんて、随分変わったことをしますのね、あなたのところの部員は。私にはおよそ信じられない行為ですわ。それに、屋上に落書きをするなんて、常識が欠如しているようにお見受けします。そのことを考えると、今回の記事の内容と大差ないように思えますが」
琴夏は「なんだと……」と目尻を吊り上げた。そんな琴夏に代わって、シズクが一歩前に出る。
「ちょっと待ってくれ。この写真は、俺と桜花がまだオカルト部に入る前の写真だ。それを見て、オカルト部全員が非常識な生徒だって決め付けるのはおかしいだろ」
「そうですか? あなたたちのような常識の欠如している人間が、オカルト部などという馬鹿げた部活に入るのではなくて? ま、なんにせよ、私からしてみればオカルト部に常識のある生徒がいようがいまいがどうでもいいですけど。私の興味はそこじゃないですし」
そこでニヤリと不快な笑顔を浮かべる美陽。シズクはその笑みに背筋がぞっとした。顔立ちが整っているからこそ、悪意を持った表情がより純粋に恐ろしく見えてしまう。
シズクがなんと返していいのか言葉に詰まっていると、美陽は椅子から立ち上がった。
「あ、そうそう。新聞を発行してから既に数件、オカルト部を廃部もしくはしばらくの間休部にするべきじゃないかという意見が一般生徒から来ているのですわ」
「えっ……」
五人の声が重なった。
まだ最初の新聞が発行されてから四日ほどしか経っていない。それなのに、そんな意見が来ているだなんてシズクには信じれなかった。
「どうやら信じられてない様子ね、みなさん」
そこで一度話を切ると、美陽は仕事をしている役員のひとりに声をかけた。
「宮田、どのくらい意見が来ているか教えて差し上げて」
「は、はひっ。……じゃなくて。はい、わかりました」
少々ビクビクしながら立ち上がった宮田と呼ばれた役員のひとりは、オレンジ色の髪の毛を肩のあたりまで伸ばした、真面目そうな印象を受ける少女だった。
宮田は机の上に置いてあるファイルを手に取ると、それをペラペラとめくり始める。
「ええと、オカルト部、オカルト部……あった。オカルト部への廃部および休部要求は十二件ほど来ています」
「じゅ、十二件……」
それは予想以上に多い数字だった。オカルト部全員が言葉をなくす。
「驚いたでしょう、みなさん。既にこれだけの人がオカルト部のことを消すように要求しているのですわ。これだけあれば、もう生徒会長代理の権限を使っても問題ないかもしれませんわねぇ。あははは。もしするとすれば、部費本決定と同じ金曜日がちょうどいいかしら。なんて言ってみたり。ふふふ」
「て、てめぇ……。何でそこまでオカルト部に……?」
琴夏が威圧感を帯びた目つきで鋭い視線を飛ばす。しかし、美陽の余裕の笑みは崩れない。
「さあ? けれど、その理由に心当たりのある人ならいるかもしれませんわねぇ」
一度だけちらりと尻目に桜花を見る琴夏。
「桜花のことか?」
「あら。ご存知でしたの? では、私がどうしてこんなことをするのかという疑問は解決ですわね、おめでどうございます」
どこまでも人を馬鹿にしたように言いのけた美陽は、再び椅子に腰を下ろす。
「それではそろそろご退室願いますわ。私もいつまでもあなた方の相手をしているほど暇ではございませんの。生徒会長代理としての仕事も残ってますから。さあ、どうぞお引き取りになってください」
これ以上は話す気はないというのを態度で示すように、美陽は手近な位置にある資料を片手に取り読み始めた。
「城河さん。いよいよ本格的に廃部にしようとしてますね……」
部室に戻ると、結依が困窮した表情で独り言ちた。
その言葉に返せるものは誰もおらず、全員が視線を下に向け、無力さに拳を固く握る。
「あの……今日って部活は……?」
探るように、明日香が訊ねる。数瞬の沈黙のあと、琴夏が悔しげな顔で腕を組んだ。
「……この分だと今日も活動は控えるべきだろうな。下手に動いて周りの注目を集めるわけにもいかないし」
琴夏の判断に、明日香は「そう……ですよね」とうなだれた。
先日、明日香が言ったように、部を潰されることを恐れて活動を停止していれば、それは廃部になったのと大差ない。ある意味では、それだけでも美陽の目的は達成されるかもしれない。だが、一般生徒からの意見が殊のほか多かった以上、琴夏の判断は妥当だろう。
その後、今後のことを話し合ったが、妙案が出ることはなかった。今のオカルト部が出来ることは、もしかしたらないのかもしれない。
やむなく活動を終了すると、シズクたちはそれぞれ浮かない顔で部室をあとにした。
玄関に向かう途中、桜花がピタリと足を止める。
「あ、橋崎。私、教室に忘れ物しちゃったから一旦戻るわ。あんたは先に帰ってて」
「忘れ物? ああ、分かった。そうするよ。って、そう言っても俺も今日はちょっと用事があるんだ」
「え、そうなの? まあ、いいわ。それじゃ橋崎、また明日ね」
桜花は右手を上げてそう言うと、くるりと踵を返した。
コツコツと響く桜花の靴音が徐々に離れていく。その足取りは普段と同じように見える。だが、不思議と哀愁のようなものを感じた。
シズクは考えすぎだな、と首を力強く左右に振り、そんな思考を打ち消す。
「さてと。俺も行かなきゃな」
その日の夜、シズクのスマホに一件の着信があった。見れば、それは桜花からだった。
シズクは慣れた手つきでスマホを操作する。
「もしもし、どうかしたのか?」
『え、あ、いや。別に、どうかしたってわけじゃないけど』
もごもごと恥ずかしそうな声がスマホから聞こえてくる。
「じゃなんて掛けてきたし!?」
『何よ、用事がなかったら掛けちゃダメだっての!?』
なぜか逆ギレされ、シズクはいささかの理不尽さを感じる。
「いやダメじゃないけど……」
『なら問題ないじゃない。ちょっと話し相手になってよ』
「話し相手? 別に構わないぜ」
『ありがと。そういえば、橋崎って英雄になるとかよく言ってるけど、どうして英雄になりたいって思ったの?』
予想していなかった質問に、内心で狼狽する。まさか、桜花がそれを聞いてくるとは思っていなかったからだ。しかし、それを悟られぬよう平静を装う。
「俺の起源が知りたいのか、教えてやろう。あれは俺がまだ小さかった頃だ。当時パーティーを組んでいたやつらとはぐれて、ひとりで森の中を彷徨ったことがあった。そんな時、超強いモンスターが現れたんだ。俺は死を覚悟した。けど、そんな俺を救ってくれた人がいたんだ。その人は俺を助けた後にこう言った。『名乗る程の者じゃない。ただの英雄さ』って。その時から、俺は英雄になろうと思ったんだ。いつかあの人みたいに、誰かを助けたいって」
遠い記憶を呼び覚ましたシズクは、改めて英雄になりたいという思いを強く燃やした。
『へぇ、それが始まりなのね。でも、あんたよく『将来英雄になる』とか言ってるけど、正しくは『英雄になる予定』なんじゃないの?』
昔、ミアラやフィールにも同じことをよく言われたのを思い出す。
「おいおいおい、『予定』とか付けるなよ。なんかカッコ悪くなっちゃうだろ!」
『カッコ悪くなる、ってあんた……。やっぱり中二よね、橋崎って』
スマホの奥からクスッと微笑する声が聞こえる。
「ほっとけ」
『ねえ、橋崎。英雄ってどういう人のことを言うの?』
「それは……悪をくじいて、より多くの人を守れる人のことを言うんじゃないのか。けど、なんでそんなこと――」
言いかけたが、シズクの言葉は言下に遮られた。
『ふぅん、それが英雄なのね。もう遅いし、私そろそろ寝るわね。いきなり電話かけて悪かったわ。それじゃ、おやすみ』
口早にそう言って、桜花は電話を切った。通話を終了したスマホからは、一定のリズムの電子音が流れる。
シズクはスマホを見つめ、小首をかしげた。
「なんだったんだ、桜花のやつ」
こんにちは、水崎綾人です。
次回もお楽しみに!




