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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第12話「暗躍していた力」

 二日後。放課後になり、シズクと桜花は部室へと向かった。いつものように、ガラガラと扉を開けて部室の敷居を跨ぐ。部室には既に結依たちが集まっていた。


「おお、来たか。橋崎に桜花」

 ちらりと横目でシズクたちを確認した琴夏が声をかけた。

「あの、何してるんですか、琴夏先輩?」

 桜花が苦笑しながら聞く。それもそのはずだ。琴夏は床に手をつき、本棚と床の隙間を覗き込むような体勢をしているのだから。

「これか? いやあな、ちょっと探し物をしててな」

 言いながら、琴夏は腰を上げ、パンパンとスカートの裾を払い、シズクたちへ向き直る。

「お前たち、ポケットポンスターのゲームソフトどこにあるか知らないか?」

 シズクと桜花は互いに顔を見合わせた後、首を振った。この前も探していた気がする。

「そうか。知らないか。おっかしーな。どこにしまったっけかな……」

 残念そうな声音で呟くと、琴夏は再び体勢を低くしてゲームソフトの探索を再会した。


 ふと違う方向に目をやると、結依も同じように何か探し物をしていた。

「おーい、結依。お前も何か探してんのか?」

「ええ、そうなんですよ、橋崎さん。あれ知りませんか? 私の愛読書の『プラネタリウム少年』がどこにあるか」

「いやごめん。知らないわ」

 残念ながら力になれそうもない。


 結依の力になれなかったシズクは、とりあえずいつもの椅子に腰を下ろした。桜花も同じように椅子に座る。


 ふと明日香を見ると、にこにこしながら漫画を読んでいた。相変わらず楽しそうである。


 しかしこの調子では、いつになったら魔力を貯めてもとの世界に帰れるのか分からない。

シズクは、どうしたものか、とため息を吐いた。


 しばらく待つと、ようやく諦めたのか結依と琴夏は探し物の捜索を打ち切った。不満そうな顔で椅子に座る。


 結依は時計に目を送ると、「そろそろですね」と呟いてパソコンを起動させた。

「どうかしたのか?」

「この学校の部費の割り振りは、生徒会のホームページ上で発表されるんですよ。その発表がもうそろそろなんで早いうちに確認しておこうかと」

 この世界の事務的なことは基本的にパソコンでできるらしい。

 数秒後、結依の口から小さな疑問が漏れ聞こえた。

「あ…………れ? ん……?」

「どうしたー、結依」

 琴夏は椅子から腰を上げると、パソコンの画面が見えるように結依の後ろに回り込む。


 すると、琴夏も神妙な顔つきに変わる。その様子に不信感を抱いたシズクたちもまた、画面が見える位置に動く。


 画面上にくまなく目を走らせた結依がボソリと独り言ちた。

「あれ、やっぱり……オカルト部の部費が、ない……?」

 そんな馬鹿な、と放ち、琴夏が結依からマウスを取り上げ、画面をスクロールする。だがすぐに、結依と同じ結論に至る。


 オカルト部の部費の欄には、はっきりと『0』の文字が刻まれていた。何度確認してもその事実は変わらない。

「なんで……でしょうか……」

 眉をひそめ、画面を見つめたまま結依が言う。琴夏は腹立たしげに前髪をかきあげた。

「さあな。けど、とりあえず行くしかないだろ」

「どこにだ?」

「決まってんだろ、橋崎。生徒会室だよ。どう考えてもこれは向こうのミスだ。それを指摘しに行くんだよ」

 ひとつに結ばれた茶色い髪を自らの手でなびかせ、琴夏は指の骨をポキポキと鳴らした。どう見ても間違いを指摘しに行くスタイルじゃない。しかし、シズクは琴夏のそういう態度は嫌いではなかった。

「よし、では俺も行こう。未来の英雄であるこの俺が行けば、向こうも自分のミスに気がつくはずだ」

「また中二病やってるし」

 面倒くさそうに桜花が呟く。

「けど、とりあえず行きましょうよ。部費がないと色々不便ですよ、桜花先輩」

 明日香はそう言って桜花の肩に手を置いた。明日香は最初から生徒会室に間違いを指摘しに行くつもりだったらしい。

 説得された桜花は「わ、わかったわよ」と気乗りしない様子で頷いた。

「よーし、そんじゃ生徒会室に行くぞ」

 琴夏を先頭にして、シズクたちは生徒会室へと足を向けた。




 生徒会室は最上階である四階の最奥部にあった。近くの壁には、生徒会が発行している生徒会新聞が掲載されている。


 琴夏は生徒会新聞を一瞥すると、焦茶色の扉をコンコンと二回ノックした。と、同時に引き戸を思いっきり横にスライドさせる。

「失礼しまーすっ」

 気だるげな声音でそう言うと、琴夏はやや横柄な態度で生徒会室に歩み入る。シズクたちもそれに続く。


 生徒会室は、明らかに他の部室よりも広く作られていた。オカルト部部室は普通教室の半分程度の広さなのだが、生徒会室は普通教室の三分の二ほどはある。


 その広い室内の真ん中には、生徒会役員が仕事をするための机が四台置かれており、その奥には、生徒会長用の一際大きい机が堂々と鎮座している。


 琴夏の声を聞いた生徒会室の面々は、各々視線をこちらに向ける。疑問に満ちた視線だった。しかし、ひとりだけこちらを見ない者がいる。


 一番奥の大きな席に腰掛けた人物だ。その人物は椅子の背もたれをシズクたちの方に向け、窓の景色を眺めている。


 一向にこちらを見ようとしない態度に腹が立ったのか、琴夏が小さく奥歯を鳴らした。

「あの、ちょっといいか?」

 

 生徒会長用の机まで移動した琴夏は、話を切り出した。


 すると、大きな背もたれの奥から、品の良い声が返ってくる。その声から椅子に座っている人物が女性であることが分かった。

「どちら様ですの?」

「オカルト研究部だ」

「あらそうですの」

 椅子に座った彼女は、一度楽しげにフッ、と息を吐くとくるりと椅子を回転させてシズクたちに対面する。


 瞬間、シズクは目を見張った。向き直った少女の顔に見覚えがあったからだ。つい二日前も見た顔だ。


 腰のあたりまである滑らかな水色の髪をポニーテールにし、縁の黒い眼鏡をかけた桃色の瞳の少女。


 少女は一度琴夏から目を離すとシズクを見た。それからごく自然な動作で、右目でウィンクをする。


 どういう意図で行ったのかは分からないが、シズクは急激な喉の渇きに襲われた。なにか嫌な予感がする。

 少女は再び琴夏に視線を戻すと、軽く首をかしげた。

「それで、どういったご要件で?」

「待て。その前に何でお前が生徒会長の椅子に座ってる? お前は生徒会長じゃないだろ」

 少女は自嘲気味な笑みを浮かべると、数回首を縦に振った。

「ええ、そうですわ。確かに私は生徒会長じゃありません。私は副会長の城河美陽(しろかわみはる)ですわ。しかしながら、生徒会長は現在、体育の授業での足の怪我のせいで学校を休んでいますの。そのため、今は私が生徒会長代理として働いてますわ。ですから、なにかご要件があるのでしたら、私にどうぞ」

 丁寧な言葉遣いと威厳を孕んだ声音のせいで、不思議と言い返しづらくなる。


 琴夏もそう感じたのか、いささかの窮屈さが滲んだ表情で話を続ける。

「なるほどな、そういうことか。まあ、いい。本題に入らせてもらう。オカルト研究部に部費が割り振られてなかったんだけど、これはどういうことだ? しっかり必要書類は揃えて提出もしたぞ。それなのに何で割り振られてない? しっかりと割り振ってくれ」

 美陽はわずかな笑みを作り、背もたれに深く体を預ける。

「なるほど。それでオカルト部総出で抗議しに来たんですのね。分かりましたわ。けど、あなた方の意見は飲めませんわ」

 なに、と呟き、琴夏の眉をひそめる。


 そんな琴夏の威嚇もまったく効いていないのか、美陽は先ほどと変わらない華やかな語気で言う。

「あなた方オカルト部には不透明な部分が多すぎです。何が宇宙人との交信ですか、何が学校の七不思議の解明ですか。馬鹿馬鹿しい。こんな部活に部費など払う道理などありませんわ」

「おい、待てよ。それは何か、お前の意見か城河?」

「ええ、そうですわ。確かに、現生徒会長の判断ではなく、生徒会長代理の私の判断でオカルト部には部費を割り当てませんでした。ですが、部長さん。今は私が生徒会長同然の権力を持っているということをお忘れなきよう」

「あ? 去年まではちゃんと部費は割り振られていたし、部として今日まで存在している以上学校もオカルト部を部活動として認めているはずだ。学校に認められている部活動である以上、部費はしっかりと割り振ってもらうぞ」

 言葉の端々に怒りの色が混じっていた。だが、美陽はそれでも余裕の笑みをこちらに向ける。

「ふんっ。さっきから言っているではないですか、部長さん。今は私が生徒会長同然であると。つまり、去年がどうであろうと、学校が部として認めていようと、この私がオカルト研究部の部費申請書を受諾しなければ何の意味もありませんことよ」

 琴夏の顔が歪んだ。同時に、美陽は意地悪そうな笑顔に変わる。

「前々から私は学校の無駄を省こうと思っていましたの。そして考えた結果、オカルト研究部が無駄だという結論に至りましたわ。それに、あなた方の活動は迷惑極まりないものですし」

 言うと、美陽は生徒会長用の大きな机の引き出しを開ける。そこから数枚の写真を取り出した。美陽はシズクたちに見えるように机の上に写真を広げる。


 瞬間、全員の口から「うげっ……」という後ろめたさを孕んだ言葉が洩れた。


 その写真は、オカルト部の活動を写したものだった。噴水の水を飲んでいるところ、廊下を爆走しているところ、旧物置の影で焼きマシュマロをしているところなど様々だ。

「こんな下劣でくだらない活動をしている部活に、なにを払えと?」

「なるほど。最初からそういうことか」

 琴夏が理解したように独り言ちた。隣にいた結依がどういうことか訊ねる。

「あいつは最初っからオカルト部を陥れようとしてたんだよ。何が目的かは知らないが、オカルト部のことを監視してなきゃ、こんなピンポイントな場面の写真なんて取れないだろ。なにせ今年は、橋崎と桜花が入部する前までは、まともに活動なんてしてなかったんだからな」

「フフフっ。まあ、どうとでも言ってくださって結構。勝手な憶測でしたらいくら吐いてくれても、全然構いませんもの。ただ、この写真に写っているものは紛れもない真実です。こんな部活に部費など払う気は私には……いえ、私の統括する生徒会にはありませんので。残念ながら、あなた方の要件は聞き入れられませんわ。どうぞ、お引き取りください」

 白い歯を見せ、美陽はニコリと笑った。


 奥歯をぎりっと噛んだ琴夏は、舌打ちをひとつ。次いで、くるりと美陽に背を向けた。

「一旦出直すぞ」

「もしまた来られるのでしたら、来週の金曜日までにお願いしますね。今ホームページ上に出ている予算割り振りは仮のものですが、来週の金曜日には本決定になってしまいますから。ま、来たところで私の考えは変わりませんけど」

 その声音は余裕に満ちていた。無駄だと思わせながら、あえて希望を持たせることを言うそんな彼女に、シズクはひどく苛立ちを覚えた。


 生徒会室から出ようとした時だった。突然シズクは美陽に声をかけられた。

「ちょっと待ってくださいますか、橋崎さん」

 シズクは無言で振り返る。


 すると、どこか嘲笑うかのような表情で美陽は言葉を吐いた。


「――私の言ったとおりだったでしょう」


 生徒会室から帰ってきた後の部室は、ひどく重たい空気で満ちていた。

「チッ、何だあの副会長は! 頭に来る」

「一方的に決めつけられるのは不快です。私たちは普通に部活をしてるだけだというのに」

「なんだか面白くないですよねぇ、ああいうの」

 琴夏、結依、明日香が口々に文句を垂れる。普段、常時笑顔の明日香も腹を立てている。オカルト部全員が今回の決定に納得していなかった。


 もちろんシズクも納得していない。だがそれ以上に、美陽が最後に吐いた言葉が気になった。


 ――私の言ったとおりだったでしょう


 これはつまり、美凪桜花と関わったから不幸になった、ということだろう。だとすれば、これは美陽からシズクたちに対する嫌がらせか何かなのかもしれない。


 もしそうなら、なんて卑劣なことか。


 シズクは横目で桜花を見る。


 桜花は下を向いたまま、微動だにしない。美陽の口ぶりから察するに、桜花と何らかの関係があることは火を見るより明らかだろう。


 しかし、それを桜花本人に聞いていいのだろうか。シズクにはその疑問がつきまとう。


 結局のところ、シズクはもとの世界に戻ろうとしている。そんな去ることを望んでいるシズクが、無遠慮に訊ねていいのだろうか。


 静寂に包まれた空気を破ったのは、琴夏の一声だった。

「このままじゃ埒が明かない。今日はひとまず解散にして、また明日、部費を勝ち取る方法を考えよう。このまま黙ってるわけにもいかないからな」



 こんにちは、水崎綾人です。

 次回もお楽しみに!

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