第11話「優しさと見え隠れする黒い感情」
翌日。昼食を早々に食べ終えたシズクは、ひとりで屋上まで来ていた。相変わらず屋上には誰もおらず、コンクリートの地面が広がっている寂しい空間だ。
だが、そんな屋上の中に異質なものがひとつ。
先週シズクが描いた、半径二メートルほどの複雑な絵柄をした魔法陣だ。前回、桜花と儀式をして以降消していなかった。けれど、魔力のない状態で魔法陣を何度敷いても無意味。いくら精密に描けていると言っても、所詮はただの落書きになってしまう。
これでは本当にいつ戻れるかわからない。シズクは乱雑に頭を掻く。
「くっそ……」
昨日、桜花の笑顔やオカルト部の面々の笑顔を見て、この世界も悪くないと思ったのは確かだ。この世界も好きだと思えた。
しかし、そう思うのと同時に、あの世界に残してきたミアラやフィールのことが気になってしまう。昔からパーティーを組んで、シズクと一緒に冒険をしてきた仲間なのだ。このまま放っておくことはできない。
どうしたらもとの世界に戻れるんだろうと、シズクは魔法陣を見つめ、やるせない思いに拳をギュッと握る。
と、その時だった。ガゴンという音とともに桜花の声が聞こえた。
「あ、ここにいたのね、橋崎。さっき教室に結依が来て……って、あんたどうしたの、そんな顔して?」
自分でもどんな顔をしていたか分からないシズクだが、きっと複雑な顔をしていたのだろう。
「え? ああ、いや。何でもない。ただ、まだもとの世界には戻れないみたいだな、って 思ってさ」
言って、シズクは微妙な笑顔を向けた。
「それで、教室に結依が来たって? どうして?」
「あ、えっと、今日部活休みになるんだって。私たちが部員になったことで今年も正式に部として認められたから、部費申請があるそうよ。それで部長が欠席するから部活はなしだって」
そうか、とシズクは首を縦に動かしながら呟いた。部長というのは存外に面倒な仕事らしい。
「ねえ、橋崎」
どこか切なさを感じさせながら桜花が言った。シズクは返答の代わりに首をかしげる。
「まだ昼休みあるし、ちょっと話さない?」
今まで一緒にいてこんなことを言われたのは初めてだ。シズクは分かりやすく驚く。
「お、おいどうしちゃったんだよ、お前。そんなこと言うやつじゃないだろ? 熱でもあるのか? もしくは変なものでも食べたが? まさか、ポイズンゲロゲーロの毒にやられたか?」
「はあ!? べ、別に熱なんてないし、変なものだって食べてないわよ。てか、ポイズンゲロゲーロってなによ。わ、私はただ、あんたとちょっと話してみようと思っただけ。悪い?」
「いや、悪くはない……です」
威圧感を帯びた声で言われたので、シズクは大人しく従うことにした。この世界には魔術がないせいか、琴夏といい桜花といい女子の攻撃力が高い。たぶん、明日香や結依も高いだろう。自分の身を守るためにも、従っておくのが正解だ。
シズクと桜花は、屋上の隅にあるベンチへと移動し、並んで腰を下ろした。
「確認するけど、あんたって別の世界の人なんでしょ。体はともかくとして中身が」
切り出した桜花の言葉に、シズクは首肯する。
「その通りだ。たぶん、桜花が見たっていう紫の光が原因なんだと思う」
「あんたって、もとの世界だと何やってたの? 学生とか?」
「いや、違うな。冒険者ってやつだ。仲間と一緒にパーティー組んで、モンスターを倒したりして冒険をしてた」
言うと、桜花がクスッと笑った。楽しそうに目尻が垂れている。
「ふ~ん。なんだかえらくファンタジーな世界にいたのね、あんた。それでその世界は楽しかった? 仲間とはどうだったの?」
「そうだな……。あの世界での出来事は全部楽しかった。いや、刺激的と言うべきなのかもしれないな。ダンジョンで宝探ししたり、モンスターを倒して賞金を稼いだり。仲間とも楽しくやってたな。笑ったり、喧嘩したり色々してた」
口に出して語ると、やはりあの世界への思いが込み上げてくる。ミアラやフィールとともに過ごしたあの日々が次々に思い起こされる。
桜花は神妙な表情でシズクの話を聞くと、一言だけ聞いてきた。
「あんたは、やっぱり、もとの世界に帰りたいと思うの?」
その質問がどんな意味を含んで問われているのか、シズクには分からない。帰りたいか帰りたくないかで言えば、もちろん帰りたいというのが本音だ。しかし、いつもと違う桜花の表情を見ていると、本当にその答えを口に出してしまって良いのだろうか、という疑問が脳内を駆け巡る。
「そ、それは……。ていうか、なんでいきなりそんなこと聞くんだ?」
「へ!? い、いや、その何て言うか。その……。せっかく同じ教室に喋れる人ができたのにな……っていうか……。って、何を言わせるんだ、あんたは!」
「ああん!? 俺悪くないだろ! つか、確かに桜花、教室に友達いないもんな。いつも一人で本読んでるかスマホいじってるかだもんな。俺か部活の奴らとしか話してるの見たことないし」
「うっさい、失礼な! と、とにかく。私が言いたかったのは、もうちょっとくらいこの世界に居てもいいんじゃないのってこと。せっかく部活にも入ったんだし。きょ、教室での話し相手がいなくなると、こっちも暇なのよ」
一息でそう言うと、桜花は立ち上がった。パタパタと手のひらで仰ぎ、顔に風を送る。
「あー、なんだか暑いわね。それに喉も乾いたわ。わ、私、飲み物買ってそのまま教室に戻るわ。だから、先行くわね。そんじゃ」
言うが早いか、シズクが反応する前に、桜花はほとんど走りながら屋上から出て行った。
数秒間、ポカンとした表情で固まっていたシズクだが、やがてふっと微笑した。
「な、なんだったんだ……あいつ」
たぶん、あれは桜花なりの気遣いなのだろう。もとの世界に思いを馳せているシズクに、この世界でも自分は必要とされているということを伝えたかったのだと思う。もしかしたらシズクの考え過ぎかもしれないが。
シズクはベンチから腰を上げ、長めに息を吐いた。
「さてと。俺も戻るか」
屋上から出て廊下を歩いていると、目の前から見知った少女が歩いてくるのが見えた。水色の髪の毛を腰の辺りまで伸ばし、頭の後ろの方でひとつにまとめている少女だ。
彼女はメガネの奥の桃色の瞳でシズクを一瞥すると、何かを含んだように頬を弛緩させた。その表情に、シズクは自然と警戒心を抱く。
無言のまま少女とすれ違った瞬間、背中から少女の華やかな声が聞こえてきた。
「私の忠告、聞いて頂けなかったようですわね。橋崎さん」
シズクは立ち止まり、少女に背を向けたまま答える。
「まあな。あんたがどんな奴かも知らないのに、そんな忠告なんて聞けるかよ」
「へぇ。では、どんな奴なのか分かれば、忠告を聞いていただけるんですか?」
含みのある言い方に、シズクはわずかに腹立たしさを覚えた。
「いや、たとえ分かったとしても、俺は仲間の……友達のことを悪く言うやつの言葉を信じることはできない。俺は知ってる。桜花と一緒にいても不幸にはならないことを。この俺がその証拠だ」
「友達、ですか、随分と安っぽくて甘ったるい言葉ですね。思わず胸焼けして吐いてしまいそうですわ。ふふふ。たかだか数日関わっただけで友達だなんて、橋崎さんたら、存外に軽い人間ですわね」
少女も苛立っているのか、言葉の端々にトゲがある。彼女がどんな気持ちでその言葉を吐いているのか、シズクの与り知るところではない。だが唯一分かることがある。それは、彼女と会話をしていて酷く不快だということだ。
「何が言いたい」
「そのままの意味ですわよ。橋崎さん。いずれ、私の忠告が正しかったことが分かりますわ。いえ、もしかしたら、軽い橋崎のことですから一生分からないままかもしれませんが。まあ、それはそれで愚か者の末路にはふさわしいでしょうねぇ」
ひひっと奇妙な笑い声を上げ、止まっていた少女の足音が再開する。
「それでは橋崎さん。またお会いしましょう。今度はどんな立場で会えるのか分かりませんが、ね」
足音は次第に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
この世界には確かに良いところも、良い人間もいる。だが、もとの世界では見たことのないような気疎い人間も一定数いるのも事実だ。
シズクは強く拳を握る。
「俺は……お前の言葉なんて信じないからな」
***
あっという間に授業が終わり、放課後が訪れた。授業中は静まり返っていた教室の空気も一気に弛緩し、温かな話し声と部活に向かう忙しない雰囲気に包まれる。
いつもならシズクも部活に向かうため、可及的速やかに教室から出るのだが、今日は違う。部費申請とやらで部活が休みらしい。
そのため、シズクはいつもよりゆっくり帰り支度を整える。
すると、カバンに向けていたシズクの視界に、ひとつの影が入り込んでくる。誰だろうと思い、シズクは顔を上げた。
「なんだ、桜花か」
シズクの机の前で、桜花が後ろに手を組んで立っていた。
桜花は頬を引きつらせながら、ジト目でシズクを見やる。
「なんだって何よ。文句でもあるの?」
「ないないない。文句なんてない。けど、何か用か? 今日は部活ないんだろ?」
「あ、まあ、そうなんだけど…………」
なぜか恥ずかしそうにモジモジと体を動かす桜花。彼女の目は泳ぎだし、癖なのかサイドテールの先端を指先に絡め始めた。
いつもの桜花らしくない様子に、シズクは内心で困惑する。
少しすると、まるで決意を固めたように咳払いし、桜花がカバンから一枚の紙を取り出した。シズクに見えるように机の上に置く。
「ほ、放課後、暇だったら……これ、一緒にいかない?」
シズクは紙面に目を落とす。それは、中心街に新しく出来たクレープ屋のチラシだった。色とりどりのクレープが美味しそうに掲載されている。しかしながら、シズクはクレープなど食べたことがない。知識としては頭に流れ込んでは来たが、実物を見たことがない。
シズクが返答に詰まっていると、桜花がぎこちなく付け足す。
「前から行ってみたいなーって思ってたのよ。けど、クレープ屋に一人で行くのもアレだし……。だから、あんたと行けたらなって……。別に他意なんて無いんだから!」
「いや、ちょっと待てよ。なんで途中からキレたし。まあ、いいぜ。行こうじゃないか、そのクレープってのを食べにさ。異世界の味を知るのも英雄の責務だしな」
「何その理由、うざぁ」
口ではそう言いながらも、桜花はどこか安心したように微笑した。
「おまっ、未来の英雄にうざぁ、とは何だ! まったく、失礼なやつめ」
言って、やや乱雑に息を吐いた。しかしながら、シズクとしても、桜花からの誘いを断る気は毛頭なかった。
シズクはカバンに荷物を詰め終え、椅子から腰を上げる。
「まあいい。んじゃ、行くか」
中心街を歩くこと数分。ようやく目的地が見えてきた。
「あ。あれよ、橋崎」
桜花が指さした先には、ベージュと黒の壁で作られた小さな店があった。店自体は小さいものの、ショーケースに飾られた数多くのクレープによって、一際存在感を放っている。その場で作っているらしく、甘い香りがシズクたちのところまで漂ってくる。
生まれて初めて来たクレープ屋に若干緊張しながらも、シズクは店の前に置いてあるメニューボードに目を向けた。
メニューボードには様々なクレープが載っており、そのどれもがとても美味しそうに見える。知識としてはクレープを知っているシズクだったが、まさかこれほどまで種類があるとは思っていなかった。
「橋崎、決めた?」
「んにゃ、まだだ」
桜花を見ることなくシズクは返答する。あまりに種類が多すぎるため、なかなか決められない。
んん……、と苦悶しながら悩むことしばし。
シズクはチョコバナナクレープに決めた。桜花には「さんざん迷った挙句、無難な選択ね」と言われたが、この世界に来て初めてクレープを食べるシズクには、何が無難なのかよく分からなかった。ちなみに、桜花はストロベリーチョコクレープを注文していた。
店員からクレープを受け取ったシズクたちは、店のすぐ前にあるテラス席に腰を下ろす。
シズクはぱくりとクレープを一口食べた。
「なっ……う、旨いぞ、これ! 何だこの食べ物は!? 今まで食べたことのない味だ! もしかしたら、この世界に来て一番うまい食べ物かもしれない!」
「橋崎ったら大げさすぎよ。はははっ。けど、確かにここのクレープ美味しいわね。どおりで、クラスの女子が噂するわけだわ」
「ん? 噂って、もしかしてクラスに友達ができたのか?」
桜花は言いにくそうにシズクから目をそらし、ぼそっと言葉を吐く。
「ち、違うわよ。休み時間に一人でスマホいじってる時に、偶然聞こえてきたのよ。ここのクレープが美味しいって。だから、その、食べてみたくて……」
「あ、ああ……」
返答に困り、シズクは曖昧な言葉を返す。もしかしたら、地雷を踏んだのかもしれない。
すると、桜花はキリッとシズクを睨めつけ、微かに頬を膨らませた。
「何よ! 私だって誰かとクレープ食べたかったんだからぁ! 悪い!?」
「別に悪くはねぇよ。けど、あれだ。桜花が誘ってくれなかったら、こんな旨いもん食えてなかったからさ、ありがとな」
誘ってくれなければ、クレープを食べに来ることはなかっただろう。向こうの世界にはない、この世界ならではあの味を知れたのだ。シズクにとっても良い経験になった。
桜花は目を丸く見開くと、わずかに顔を朱に染める。
「い、いきなり何よ。ビックリするじゃないの、お礼だなんて。何か悪いものも食べた?」
「いやいや食べてねぇよ。いたって普通だ。ただ、この世界についてまたひとつ知ることができたから、そのお礼だって」
シズクがそう言うと、桜花は一口クレープを食べ、それをゴクリと飲み下す。次いで、シズクを半眼で眺める。
「ふ~ん。それじゃあ今は、この世界の良いところも知れたし、この世界も悪くないなあ、とか思ってるの?」
「そうだな。この世界も悪くない。旨いものもあるし、良い仲間もいる」
と、その時だった。シズクの脳裏に何かが閃いた。
「あ、もしかしてお前。俺にこの世界にまだ居てほしいから、この世界の良いところを紹介したのか?」
冗談交じりに言ったつもりだったが、その瞬間、桜花が先ほどとは比にならないほど大きく目を見開き、激しくむせた。
「はあ!? あんた、ちょ何言って、はあ!? べべ、別にそんなこと思ってないわよ! 私はただ美味しいって噂のクレープを食べたいな、って思っただけなんだから! 変に勘違いしないでくれる? 全然そんなんじゃないんだから!」
猛烈な否定に、シズクは思わず苦笑いする。
桜花は一度大きく息を吸うと、さらに言葉を継ぐ。
「け、けど、ちょっとでもこの世界が良いと思ったら、別に長居しても私は、その……構わないわ。話し相手くらいにはなってあげるし」
「おいおい、『なってあげる』ってなんで桜花の方が立場上なん――」
「うるさい! とにかく、……まだこの世界に居てくれたって全然構わないんだから」
最後の方は聞こえるか聞こえないか微妙な声だったが、きっと、その言葉が桜花の本心なのだろうとシズクは思った。
シズクは力を抜くように優しく笑う。それから頬をぽりぽりと掻いた。
「まあ、帰りたくても、まだ帰る方法も分からないし、たぶんもう少しはこの世界にいることになると思うぜ。特に急いでいる訳じゃないからな」
言うと、桜花は恥ずかしそうにシズクから顔を背け、クレープを小さく一口かじる。それから目だけを動かしてシズクを見た。
「……あっそ。別に私は構わないし」
桜花が小さく笑ったのが、シズクの目に映った。
だが、シズクは自分の言葉に嘘が混じっていることを知っている。
――特に急いでいる訳じゃないからな
そんなことはなかった。シズクは内心、ものすごく急いでいる。向こうの世界で待たせているはずのミアラやフィールがどうしているのか、シズク自身の体はどうなっているのかなど気になること、確かめたいことは沢山ある。
けれど、それでも、今だけは嘘をついた。
クレープを食べ終え、シズクと桜花は帰路についた。普段、部活の帰りなどは一緒に帰ることはあるのだが、どこかに出かけた後に一緒の道を歩くのは初めてこの世界にきた時以来だ。
茜色に染まった空の下、夕食の匂いが漂う住宅街の道を並んで歩く。
何気ない話をしながら歩いていると、不意に桜花が足を止めた。シズクはそれに気づいて立ち止まる。
「どうかしたのか?」
振り返り聞いてみるが、しかし桜花からの反応は無い。桜花の視線は別の方向に向けられている。
何を見ているのか気になったシズクは、桜花の視線の方向に目を向けてみた。そこには、二対二でバスケットボールをしている少年たちの姿があった。
「桜花?」
切なそうな表情をしたままの桜花は、こちらに目もくれず口を開く。
「ねえ、橋崎。あんた、冒険者だったんでしょ?」
いきなりの話題に、シズクは胸中で当惑しながらも答える。
「ああ。そうだ。選ばれし英雄になる冒険者だ」
「てことはさ、あんたよりも強い冒険者とかもいたの?」
「ん? 強い冒険者? ああ、まあそうだな。いたと言えばいたな。いや、いる」
実際、ミアラやフィールは、シズクよりも何倍も強い。認めたくはないが、事実なので仕方がない。
「それじゃあ、あんたはその人達のことどう思ってた?」
「どう、と言われてもな……」
腕を組み、シズクはしばし黙考する。ミアラやフィールのことをどう思っているのか改めて考えてみる。彼女たちとはかれこれ十年以上一緒にいる。それなりに思うこともある。
「あいつらに対して思うこと、か。やかましいし、人のことを馬鹿にするし、英雄っていうと薄く笑ってくる奴らだ。でもそれ以上に、俺はあいつらのことをかけがえのない仲間だと思ってる。大切だと思ってる」
いざ口に出してみると恥ずかしいことこの上ないが、偽らざる本心だ。
シズクの言葉を聞いた桜花は虚ろに笑うと、シズクに向き直った。その面様は優しいものだった。だがどこか違和感がある。まるで、すべて諦めた上での優しい笑顔とでも言ったふうに。
桜花の口がゆっくりと開かれる。
「橋崎は優しいのね。すごいわ。今だけはちょっと感心してる」
「おい、どういうことだよ?」
「別に。どういうことでもないわよ。ただ、そう思っただけ。世の中には、あんたみたいな人間だけがいるわけじゃないからねぇ」
そしてまた桜花は背を向け、シズクの一歩前に出る。桜花が肩越しに振り返り、シズクを見た。
「もうそろそろ陽も沈みそうだし、さっさと帰りましょ」
今までに見たことのない桜花の表情に、シズクは数瞬の間言葉を失った。顔は笑っているが、目が笑っていない。感情というものを欠如し、それでも顔だけは笑顔であろうと努めている表情。とても歪で、極めて不自然な顔。異質な恐怖すら覚えた。
「あ、ああ。そうだな。帰ろう」
桜花のあまりの豹変ぶりに困惑しながらも、シズクはぎこちなく首を縦に振った。
その後、寮に帰宅するまでの間、シズクと桜花の間に会話はなかった。
こんにちは、水崎綾人です。
どんな人にも優しい側面と黒い側面が存在すると思います。しかしながら、それとどう対峙し、向き合っていくのかが大切になってくると思っております。
その点に関して、桜花自身はどうなんでしょうか。
次回もお楽しみください。
それでは、また次回。




