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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第10話「宝とは何か――金色の新入部員」

 特別棟を出てすぐのところに、物置はあった。明らかに目新しい作りの新物置の隣に、傷んでしまって壁から木屑などが吹き出している旧物置がある。立ち入り禁止、と書かれた紙が扉に貼られており、入れないようにかんぬきが掛けられている。


 だが、唯一の鍵がかんぬきのため、その気になれば入れてしまう。それに、入るなと言われれば入りたくなるのが、冒険者というものだろう。その奥に宝が眠っていれば尚更だ。

「どうします? 皆さん?」

 いつものように、にこにこ微笑しながら明日香が聞いてくる。

「そりゃ、この奥に宝があるかもしれないんだから、探しに行くさ」

「そうだぞ、橋崎の言うとおりだ。こんな時間まで悩んだんだ。何としても宝を手に入れないと、割に合わない」

 琴夏が珍しくシズクに同調する。それに続いて、桜花も賛同する。

「そうね。ここまで来たら、私もその宝ってのを見てみたいし」

 シズクたち三人の言葉を聞いて、結依と明日香は見つめ合うことしばし。何も語ることなく、ふたりは無言でこくりと頷いた。


「それじゃあ、私と明日香はここで先生が来ないかどうかを見てますんで、三人でお宝を取ってきちゃってください」

 まさかの別行動に、シズクは分かりやすく動揺する。シズクの中の常識では、ダンジョンに潜る時はパーティー全員で行くのが基本だ。別行動をするという考え自体無かった。


「え、ちょ、行かないの?」


「はい。ここ何か怖いですし、もしもの時のために外に誰かいた方がいいと思いますし」


 理由は正当な気がするため、反論できない。言葉に詰まっているシズクの肩に、ポンと琴夏の手が置かれた。肩越しに振り返り、彼女を視界の中央に捉える。

「結依の言うとおりだ。私たち三人でとっとと取りに行こう、橋崎」

「部長の……いや、パーティーリーダーの言うことなら仕方ないか。分かった、行こう」

 シズクたちは結依と明日香に行ってくる、と残し、かんぬきを抜いて旧物置に入った。


 旧物置の中は、薄暗く奇妙な空間だった。空気はかび臭く、心なしか外よりも肌寒く感じる。とっくに西日になっていたが、旧物置の中に光は入ってきていない。


 もしかしたら桜花の推理は外れたのかもしれない。そう思ったが、シズクは万が一のことも考えて一応探してみることにした。だが、背後の二人に背中の裾を掴まれ、進むことができない。

「あ、おい。何すんだよ?」

 暗くて彼女らの姿を視認することはできないが、裾を掴んでいる手からぷるぷると振動が伝わってくる。

「お、桜花?」

「…………どうしよう、橋崎。私、暗いところが怖いの忘れてた……」

 いきなりのカミングアウトに、シズクは丸く目を見開く。

「じゃなんで来たし! つか、怖いなら出ろよ!」


「ば、ばば、ばきゃなこと言わないでよ! 怖くないっての! あ、あんた、私を置いて先に行かないでよね。も、もし、そんなことしたら……私、踏んであげないわよ!」


「おいおい、言ってることがメチャクチャじゃねーか! つか、踏んで欲しくないっつの。琴夏先輩みたいなこと言うなよ!」

 シズクは口の中で「まったく……」と小さく呟きつつ、桜花から視線を離す。代わりに、琴夏の方に目を向けた。こちらからも、先ほどからぷるぷると振動が伝わって来るのだ。

「それであんたは? まさか、琴夏先輩も暗いのが怖いのか?」


「い、いや、そうじゃなくて、何というか、闇が怖いというか……」


「同じだよ! 暗いのが怖いも闇が怖いも同じだから! てか、あんたも暗いの怖いならこっから出ろよ」


「な、なな、何を言うか、橋崎。私は部長だぞ! い、一度言ったことは曲げられん! だ、だから、絶対に私を置いていくなよ。もし置いていったら、もうニーソで踏んでやらんぞ!」


「踏んで欲しくねーよ! ていうか、別に置いてくつもりとかないっての」


 意外にも琴夏も暗いのが苦手らしい。ならば、尚の事早く宝物を見つけ出さなければ。


 シズクがそう心の中で決意していると、後ろの方から琴夏の声が聞こえてきた。

「お、桜花。お前、暗いの怖いのか、子供だな。フハハ……」

「先輩こそ、暗いのが怖いのは幼稚園児までですよ?」

 暗いところが苦手なふたりが、恐怖の擦り付けを始めた。

「お前らの恐れてるもの同じだから! そこで言い合い始めんなよ!」

 シズクは額に手を沿え、はあ、とため息すると唇を釣り上げ、得意げな笑みを浮かべた。

「そんじゃ、そろそろ行くぜ。ふたりとも、未来の英雄である俺について来い! こんなダンジョン朝飯前だぜ!」

 薄暗い室内を目を凝らして見てみると、物置はそれほど奥行がなく、荷物もほとんどないただの空き小屋であることが分かった。だが、そんな空間が、背中の彼女たちの恐怖をさらに駆り立てるらしく、さっきよりも小刻みに震えだした。


 こうしていても埒が明かないので、シズクは女子ふたりを背中に連れながら探索を始めた。


 ミシミシと軋む廊下には特に何もなく、古い器具の置かれた棚にもこれと言って宝のようなものは見当たらない。


 奥に進みながら探すが、あるのは埃と木屑、ネズミに齧られてボロボロになった柱。それ以外は別段何も……と、シズクが諦めて引き返そうとした時だった。


 突如、一本の陽光が差し込んだ。その光は真っ直ぐに棚の上に乗った物体に照射され、銀色に反射する。


 ちらりと光の侵入口に目線を移動させると、そこには人為的に作られたような小さな穴があった。桜花の推測通り、暗号文に沿った細工なのかもしれない。


 シズクはそんな思考を一度頭の片隅に置き、光が指す物体の方へ近づく。

「なんだ、これは……?」

 銀色に光っていたのは、古びた棚の上に置かれている半斗缶だった。上には一枚の紙が置いてある。紙には『これが欲望を満たすものなり』と一文だけ書かれている。となると、これが探し求めていた宝というやつに違いない。


 シズクは高鳴る胸の鼓動を必死に押し殺し、半斗缶を持ち上げる。それはずっしり重たかった。中身に期待しても良いかもしれない。本当ならここで開けたいところだが、桜花と琴夏をこれ以上ここに置いておくわけにもいかないので、物置から出る。


 物置から出ると、空気が美味しく感じた。自分の体を浄化するように、深呼吸する。

 すぐさま結依と明日香が駆け寄ってきた。

「見つけたんですか、橋崎さん! あれ、琴夏先輩と桜花さんはなんで橋崎さんの背中にピッタリくっついてるんです?」

 結依の何気ない疑問に、桜花と琴夏は我に返ったようにシズクの背中から離れた。


 シズクはようやく解放された、と胸中で安堵しつつ、持っていた半斗缶を地面に置いた。

「そんなことより、これが宝だ。結構な重さだったから、期待していいかもしれないぞ」

 琴夏は、気恥ずかしさを払拭するように空咳をする。

「これだけ体を張ったんだ。それなりに値打ちのあるものじゃないと困る。さっそく開けてみてくれ、橋崎」

 無言で首肯すると、シズクは半斗缶の蓋をそっと持ち上げた。中の宝があらわになる。

「…………へ?」

 全員の声が重なった。予想してた宝とはまったく違っていたからだ。てっきり、魔術的な何かだと思っていたが、実際に入っていたのは、セクシーでアダルティな女性が表紙の雑誌だった。それも古いせいか、ページがところどころ汚れている。


 一瞬固まったのち、女子部員全員の表情が鬼と化した。

「はああああ!? んだよ、これ! 値打ちもんじゃねーじゃん!」

「こんなもののために私は…………腹立つわね……」

「まったくです。今回のはとんだ七不思議でした」

「こういうのを読む男の人って、信じられないですよねぇ……」

 同時に全員でため息を吐く。すると、髪をくしゃっとかき上げた琴夏が、明日香に向かって手を差し出す。

「明日香、これ燃やすぞ、マッチ」

「はい先輩、どうぞ」

 スカートのポケットから、何の気なしにマッチを取り出した。

「いやちょっと、なんであんたマッチなんて持ち歩いてんのよ!?」

「なに言ってるんですか、桜花先輩。これくらい最近の女子高生のトレンドですよ~」

「そんなトレンドあってたまるか! さすがに燃やすのはまずいでしょ!」

 言うと、明日香に代わって琴夏が面倒くさそうに首筋を掻いた。

「はー、分かったよ。そんじゃ別な方法で処分してやるよ。結依、あれ持ってきてくれ」

 結依は分かりました、と一言。特別棟の方へ向き直ると、とてとてと走っていった。




 少しすると、結依が戻ってきた。右手には紙袋がひとつ握られている。

「ねえ、結依。それは?」

 桜花が聞くと、結依は紙袋を開いて中身を見せた。入っていたのは、小さな金網と竹串、それからマシュマロだった。

「これどうするの?」

 わずかに表情を引きつらせた桜花に、結依に代わって琴夏が答える。

「こうするんだよ」

 言って、明日香から借りたマッチに火を点け、半斗缶の中にあるエロ本に放つ。たちまち黒い煙となりエロ本は燃え始める。その上に結依が持ってきた金網を敷き、マシュマロを数個置く。

「ちょ、先輩何やってるんですか!? ホントに燃やしちゃうだなんて!」

「いーんだよ。桜花だって、あんな思いまでして手に入れた宝がこれだなんて嫌だろ? だからせめて、焼きマシュマロにして美味しくいただくことにしようじゃないか」

「う、うぅ…………まあ、そうですけど……」

 口を閉じる桜花だったが、漂ってくるマシュマロの甘い匂いに負け、半斗缶の前にすっとしゃがんだ。

「こ、今回だけですからね。学校の敷地内で物を燃やすとか危なすぎますし!」

 琴夏は楽しそうに笑うと、桜花に竹串を一本手渡した。桜花は微笑しながらそれを受け取ると、金網の上で熱されているマシュマロをひとつ刺し、口に運ぶ。


 たちまち頬が弛緩し、桜花の口から甘い吐息が溢れる。

「ああ、桜花先輩だけずるいです! 私だって焼きマシュマロ食べたいですぅ!」

「それ持ってきたの私なんですよ、桜花さん! 琴夏先輩、私にも竹串ください!」

 ふたりとも琴夏から竹串を受け取ると、エロ本の火で焼かれた焼きマシュマロを美味しそうに口に運んだ。


 その様子を見ていたシズクの頬が、急にツンとつつかれた。見れば、琴夏が人差し指でシズクの頬を突いていた。

「な、なにすんだよ?」

「いいからお前も食え。ほら」

 琴夏は竹串をシズクに差し出す。せっかくなので受け取ると、琴夏がぐっと顔を近づけてきた。そんな琴夏の顔には、凄みを帯びた笑みが浮かんでいる。

「橋崎。あの物置での私のことは、くれぐれも結依と明日香には内密にな。分かったな?」

 あまりの迫力に、シズクは反論するのも忘れ、唯々諾々と頷いた。まったく怖いんだからなぁ、と心の中で愚痴を零しながら、シズクは竹串にさしたマシュマロを食べる。


 瞬間、温かな甘味が口中に広がり、これまでの人生で食べたことのない味に驚愕する。


 全員が思い思いにマシュマロを食べていると、突然桜花が話しだした。

「ね、ねえ、ちょっといいかしら」

 シズクたちの視線が一気に桜花に向けられる。


 桜花は少しばかり恥ずかしそうに顔を赤くすると、伏せていた目を上げ、半斗缶を囲んでマシュマロを食べるシズクたちとそれぞれ目を合わせる。

「わ、……私もオカルト研究部に入ろうと思うんだけど……いいかな?」

 しばしの間、沈黙が走った。が、その静寂な空気は温かな言葉で破られる。

「もちろんだ。歓迎するぞ、桜花」

 にかっと笑い、琴夏が部長らしい言葉で桜花の入部を認めた。数瞬後には、結依や明日香、シズクの声でその場が満たされる。

「やったぁ! 桜花さん、オカルト部に入ってくれるんですね! 嬉しいです!」

「桜花先輩、私の方が一週間入部早かったから、部活では先輩ですねぇ。なんちゃって~」

「フン、お前は今、やがて英雄となる男と同じパーティーに入ることを選択した。いい選択だ!」

 桜花は照れくさそうに笑いながら「やめてよ」とか「中二、うざぁ」などと口にする。しかし、その行動のすべてに喜びの色がある気がして、シズクは不思議と嬉しく感じた。

「今回の七不思議はちょっとアレな感じでしたが、桜花さんが入部してくれて嬉しいです。今年は部員が少なくて同好会に格下げになるかと思いましたけど、それも免れました。桜花さんのおかげです!」

 シズクが入部を決めた時は、そんなことを言ってもらった記憶はない。ひたすら琴夏に踏まれた記憶しかない。

「みなさん、この焼きマシュマロパーティーを桜花さんの入部歓迎会兼オカルト部存続祝賀会ということにしましょう!」

 結依は竹串の先端に刺したマシュマロを掲げて言う。それに反対する者は誰もおらず、全員がマシュマロを刺した竹串を天高く挙げた。


 朝に言われた、『美凪桜花に関わると不幸になる』という言葉がずっと気になっていたが、今の桜花を見て、シズクの中からそんな疑問は消えた。なにせ、全然不幸ではないからだ。今のシズクやオカルト部の面々はきっと、幸せなはずだ。


 彼女が何を考え、どんな理由でそんなことを言ったのかはシズクに見当もつかない。特に知りたいとも思わない。ただ、桜花が心を開ける場所が出来て良かった。そうシズクは胸の中で思った。

「ちょ、橋崎。なに笑ってんのよ? 私の顔に何かついてるの?」

 桜花がジト目で睨んでくる。どうやら、意図せずに笑っていたらしい。

シズクはすぐに頬に力を入れ、表情を変えようと努力する。

「や、いや、別に笑ってないぞ? ただ、桜花が楽しそうだなって思っただけだ」

「はあ!? あ、あんた何急に変なこと言って……びっくりするじゃない。馬鹿!」

「なん!? 馬鹿とは何だ! 俺は将来英雄になる男だぞ!?」

「うっさい中二。ばぁーか!」

 急に馬鹿にされた意味が分からなかったシズクだが、桜花が楽しんでいるということだけは分かった。今は桜花の入部祝いとオカルト部存続の祝賀会なのだ。これ以上の反論はよそう。


 ふと空を仰げば、茜色の空が徐々に闇色に染まり始めていた。風も少しばかり冷たくなり、春だというのにどこか切ない気分に包まれる。


 けれど、オカルト部の面々を見れば、その切なさも少し和らいだ。


 この世界も悪くない。



 もうじき、夜が来る。


 こんにちは、水崎綾人です。

 見つけたお宝はさんざんなものでしたが、桜花がオカルト研究部に入部することとなりました!

 ですがですが、桜花はなぜ入部することをためらっていたのでしょう。オカルト研究部が特殊な部活だからということもありますが、それだけではないはず…………。

 今後の展開に期待して頂ければ嬉しいです。

 それでは、また次回!

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