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ヒロイック・セレクト  作者: 水崎綾人
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第9話「忠告と宝のありか」

 月曜日、シズクは涼乃からの電話で目を覚ますと、すぐさま学校へ向かった。土曜日と日曜日に休んだせいで、月曜日から学校があるということをすっかり忘れていた。


 学校に到着すると職員室で涼乃からの説教を受けた。時折、涼乃の近くの席に座る生徒指導教師の強井と目があったが、全力で目をそらした。


 やがて説教が終わり、職員室から退室した。時刻を確認するためにスマホの画面を見る。

どうやらもう三時間目の授業は終わってしまったようだ。となると、四時間目の授業から出席ということになりそうだ。


 あとで桜花に「あんた、学校くらいちゃんと来なさいよね!」とか言われそうだ。などと考えながら、二年B組を目指す。


 すると、突然背中に声をかけられた。華やかさが声に宿った、聞き覚えのない声だ。


「あなた、橋崎静久さん、ですわよね?」


 シズクは声の主の方に向き直る。視線の先には、流れるように綺麗な水色の髪をひとつに束ね、縁の黒いメガネをかけたひとりの女子生徒が立っていた。

「え、ええと……。どちら様?」

「いえいえ、名乗る程の者ではないですわ」

 彼女は知的な印象を感じさせるように、メガネの中央を中指でクイッと上げる。

「はあ……。それで、俺に何の用で……あ、もしかして! この俺がいずれ英雄になる存在であることを知って、今のうちからサインを貰おうとしているんだな! だから小脇にノートを抱えているんだろ!」

「いえ、違いますわ」

 即答された。

「さっきまで移動教室だったんです。その証拠にノート以外もありますし。ていうか、英雄? なんですの、いきなり。気持ち悪い」

 ストレートかつ辛辣すぎる物言いだ。シズクの心に鉛の矢が刺さる。

「じゃ、じゃあ俺に何の用だよ。てか、なんで俺の名前を知ってんだ?」


「そんなこと今は関係ありませんわ。私はただ忠告に来たんです」


 シズクは眉間に皺を寄せ、訝しげに少女を見つめる。


「橋崎さん、あなた最近、美凪桜花さんと色々つるんでいますわよね」


「まあな。けど、それがどうかしたか?」

「今すぐお止めになったほうがいいですわよ、桜花さんと一緒にいるのは」


 その一言にシズクの表情は一変する。シズクの中では桜花は既に仲間――友達だ。その友人のことをとやかく言う相手のことを警戒しないわけにはいかない。


「どういうことだ」

 普段のシズクとは思えないほど低く、それでいて厳かな声音で聞き返す。しかし、少女は怯む様子など一切見せない。

「そのままの意味ですわ。桜花さんと一緒にいると、不幸になりますわよ。ですから、関わるのはお止めになることですわね。これは私からの忠告です」

 そう言うと、少女は微笑した。その笑みは暖かなものではなく、どこまでも冷たく、奇妙な笑顔だった。少女は「それでは、私はこれで」と言い残すと、くるりと身を翻し、シズクとは反対方向の廊下をひとりで歩いて行った。


 取り残されたシズクは、彼女の背中が見えなくなるまで見つめ続けた。一体、あの少女の言っていたことはどういう意味なのだろうか。

「……いや、考えるのはよそう」

 シズクは首を振って思考を断ち切る。改めてスマホで時間を確認すると、あの数分で四時間目の授業が始まってしまう時間になっていた。


 急がなければ。




     ***




 放課後になり、今日も律儀に体験入部に行くと言い出した桜花と一緒に、オカルト部の部室を訪れた。部室では、いつものように琴夏や結依、明日香が自由にくつろいでいる。

「なあ、結依。私のゲームソフト知らないか? ほらあれ、ポケットポンスター。見つからないんだけど」


「知りませんよ。それより、私の『週間 君にもできる、宇宙人交渉術』知りませんか?」


「先輩たち、ちゃんと部室を掃除しないからなくしものするんですよ~」

 今日も部員たちはいつもと変わりはないらしい。朝の少女との会話のせいか、いつもの光景を見れてシズクは内心でほっと安堵した。


 シズクたちが来たことに気がついたようで、結依がこちらを見る。

「あ、橋崎さんに桜花さん。こんにちは」

 シズクと桜花は適当に挨拶をしながら、いつもの椅子に腰を下ろす。すると、部員全員が来たことを確認した結依が、いつも通りホワイトボードまで移動する。

「それじゃあ、皆さんそろったところで今日の活動に入ろうと思います」

 黒のマジックペンをホワイトボードに滑らかに走らせる。

「今日の活動は『神ケ谷高校七不思議その三、我が校に眠りし欲望を満たす魔法の宝』です! 今回は、この七不思議の真偽を確かめようと思います!」

 欲望を満たす魔法の宝、その単語にシズクは目を見張った。


 自分の近くに魔術と関係するものはないと思っていた。だが、仮にこの七不思議が真実ならばシズクのすぐ近くにも魔法が存在することになる。それに、欲望を満たすと言うのなら、もしかすると今のシズクの願いも叶えてくれるかもしれない。


 シズクは期待に胸を膨らませる。しかし、それはシズクだけではなかった。

「宝か。それは面白いな」

 声の主は琴夏だった。噴水の水の時や時間跳躍の廊下の時には見せなかった興味を、今回は示している。

「琴夏先輩、今回はやる気だな」

 シズクが言うと、琴夏は腕を組んで、少々尊大な態度で答えた。

「まあな。宝ということはそれなりに価値があるってことだろ。高値で売れるかもしれないだろ?」

「金が目的!?」

 宝そのものに興味を抱いているシズクとはまた別の好奇心を抱いているようだ。


 琴夏はシズクから結依へと視線を移す。

「それで結依。宝はどうやって見つけるんだ?」

「はい。そのことなんですが、なんでも体育館裏にある暗号を解くのが条件だそうです。なので、とりあえずは体育館裏に行こうかと。何か質問とかあります?」

 結依がぐるりと部室中を見渡した。それに合わせてシズクも視線を巡らせたが、誰も手を挙げていなかった。

「それじゃ、特に質問が無いみたいなので、体育館裏に移動しましょう!」




 体育館裏は、あたり一面草だらけだった。


 見たところ手入れをされている様子はない。背丈の違う草が、思い思いに生い茂っている。他の場所はきちんと手入れされているだけに、ここの不手入れが目立ってしまう。

「それで、暗号ってのはどこにあるんだ?」

「ええっとですね……たしか壁に刻まれているとかなんとか……」

 結依は言いながら目を細めて、薄く汚れた白い壁を眺める。


 シズクも一緒に探してみるが、これと言って何かが書かれているわけではない。と、その時だった。

「あれ、これじゃない?」

 何かを見つけたような桜花の声が聞こえた。


 シズクたちは慌てて桜花の方へ駆け寄る。どこだ、と問うと、桜花は細く白い指でその場所をさした。脛の位置と同じくらいの高さのところに、文字が刻まれている。

 明日香がその文字を声に出して読み上げる。

「ええと、なになに……『西日差し込むとき、漆黒の空間に欲望を満たす魔法の宝ありけり』なんですかね、これ?」

 全員が腕を組んで、う~ん、と低く唸る。見たところ、これがその暗号なのだとは思うが、なにを意味しているのか皆目見当がつかない。


 桜花はしゃがみこむと、暗号文と思しきそれに顔を近づける。

「本当に、なにを意味してるのかしらね。ていうか、なんでうちの学校の体育館にこんな暗号文が書かれてるのか謎だわ……」

「一体どういう意味なんでしょうか。漆黒の場所に魔法の宝ありけり、ですか」

 結依が顔をしかめて呟いた。

「漆黒の場所って言うんですから、やっぱり暗いところに宝が隠されてるんじゃないんですか?」

 風に赤髪をなびかせ、明日香が指をぴんと突き立て考えを口にした。

「しかしなあ、学校の中で暗い場所ってどこだ?」

 琴夏が腕を組んで小首をかしげる。

「体育館倉庫とかどうですか? あそこ結構暗かったと思いますけど、琴夏先輩」

「体育館倉庫か……。けど、あそこって電気あったよな? 漆黒って言うんだし、本当に真っ暗なんじゃないか。それに体育館倉庫じゃ西日関係ないしな」

 琴夏の指摘に、明日香は「確かに……」と目を伏せた。また振り出しに戻ってしまった。

「桜花はどう思う?」

 シズクは隣にいる桜花に聞いてみた。桜花は顎に手を当て、

「そうねぇ……私も分からないけど……漆黒って言うんだし、真っ暗なのは確かだと思うわ。けど、『西日差し込むとき』ってのが分かんない。真っ暗で西日が差し込むって何よ」

「いや俺に言われてもな……。俺も分からないし……」

 シズクも一生懸命考えてみるが、いまいち暗号の意味するところにたどり着けない。学校のことは流れ込んできた知識のおかげで理解している。しかし、それでも分からない。


 全員が口をつぐみ、暗号文の前で頭を悩ませる。どうやら簡単には魔法の宝にはありつけないらしい。


 体育館裏で悩み続けること一時間が経過した。みんな飽きが来たのか、最初のうちは暗号文を食いつく

ように睨んでいたが、今では歩き回ったり、手で草をいじったりしている。

「真っ暗な空間……。西日……。どういうことだ?」

 シズクはこめかみ辺りに手を沿え、顔を歪ませる。漆黒というのだから真っ暗な空間であるのは確かなはずだ。しかし、西日というのがどうにも分からない。仮に、西日が窓から差し込んだ先に魔法の宝があるのだとすれば、窓がある時点でその空間は漆黒ではなくなっている。


 シズクはぽりぽりと後頭部を掻いた。一体どうしたものか。


 諦めムードが漂っていたそんな時だった。顎に手を当て、周囲を歩き回っていた桜花が呟いた。

「もしかして……旧物置のことなんじゃない?」

「ん? なんだ、それ?」

 シズクは首をかしげ、桜花に疑問をぶつける。

「ほら、あれよ。特別棟を出てすぐのところに大きな物置があるじゃない。新しい方と古いほうがあって、古いほうが旧物置」

「旧物置については分かってたけど、でもどうしてそう思うんだ?」

「新物置が作られたことで、老朽化の進んだ旧物置には誰も近づかなくなったし、暗号に沿って細工するのは簡単かなって。それに、さっきスマホで方位を調べたら、旧物置はちょうど西の方角にあったし」

 真面目な顔で語る桜花に、全員が顔を見合わせる。もし桜花の考えが正しければ、目的まであと一歩だ。


 他に目星があるわけでもないので、とりあえずは行ってみるべきだろう。


 琴夏はよし、とひとつ呟くと、部長らしく部員たちに指示を飛ばす。


「行ってみるか、旧物置に」



 こんにちは、水崎綾人です。

 次回もお楽しみに!

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