いきなりの、料理?勝負! その4
第1話 その4です。よろしくお願いします。
「ったく、このままじゃ勝負の前に、出血多量で死んでしまうで、ユウト!」
「そやな。貧血リタイアなんて、男の子としてはカッコ悪いよ、ユウちゃん! ノンちゃんも泣いてしまうで」
「す、すみません…………」
大阪ペアの慰めと、怪しいチラシの入ったポケットティッシュの提供で、僕は何とか鼻血を止めた。だが……。
「……ユウト……くん…………」
「あぅぅ……視線がちょっと、怖い……」
明らかに、僕を不安そうに見つめているのは、天織さんだった。
彼女は今、心の中で『うわぁ、最悪のヤツをパートナーにしちまったぁ!!』とか、そんな呪詛の言葉を何度も呟いているのでは……。
「あ、あまり、無理は……しないで、ね……」
「は、はい……わかり、ました……天織、さん」
女子に対しヘタレすぎる僕は、その優しい言葉の裏を、どうにも考えてしまうのだった。
「と、ところで……お二人は…………」
「ワイの名前は天王寺 カズヤ。料理人や! 機嫌の良い時は気楽にカズやんとか呼んでも、殴らんからな」
「ウチの名前は紀武 ユイ。可愛い『ディッシュ』やろ? ぜひぜひ、気軽にユイちゃんって呼んでーな!」
「それはさっき、聞きましたよ。どうしてこの大会に参加しているんですか?」
………………。
なんか、マズかった……かな?
気さくだった2人の周りの空気が、凍りついたような気がした。
「ぼ、僕、なんかヘンな事を……」
「まさかと思うが……ワレ、本気でウチらの事、知らんのか?」
「そやで。ウチら、間違いなくBブロック優勝候補やで?」
グイグイ詰め寄られて、僕はジリジリ後退するしかできなかった。
「すす、すみませんっ! 僕ら、今日が大会初出場で、エンジェル・ディッシュに全然詳しくなくて……」
「……天王寺カズヤ。大阪屈指の中華の名店『黒龍飯店』の若き料理長にして、エンジェル・ディッシュ大阪地区大会100連勝の記録保持者。一部からは『業火の化身』と呼ばれている」
「おっ??」
「……紀武ユイ。天才食器デザイナーを母に持つ、スタイルバツグンの帰国子女。天神橋を中心に読モをやりながら、エンジェル・ディッシュにも参戦。自称『ナニワのガッキー』」
「おおおおおっ!? なんや、ノンちゃんはちゃんと、ウチらのコト、しっとるんやね」
「せやな。まあ、知ってて当然の情報やがな。おいユウト、お前もいくら初出場とはいえ、ちょっとはノンちゃん見習えや!」
「す、すみません……」
今は謝るしかないけど、本当は謝る理由なんてない。
僕は……こんな言い方はしたくないけど、天織さんに巻き込まれて、大会に参加しているだけ。
ほとんど部外者みたいなもの、なんだから。
でも、参加すると決めたからには、なるべく多くの情報を知っておく必要はあるだろう。
「まあ、ユウト。今日は軽く、見学気分で見ていけばええんやで。ちょうどワイらとお前ら、キッチンも隣り同士みたいやし」
「胸を貸してあげるわ。おっぱいってイミじゃないけどね、フフッ」
「ありがとう、ございます……でもやるからには、ベストを尽くしたいです」
「ほぉ、言うなぁ、ユウトは。それはまさか、ワイらを倒すっていう事か?」
「そ、そこまでは、言ってないです! でも……やる前から諦めるのは、イヤなんです……」
相手を不快にさせてしまうかも知れないけど、僕はそう答えてしまった。
だって天織さんは、本気でこの大会に挑んでいるのだから。
「まあ、お手並み拝見と行こうか、ユウトとノンちゃん。そろそろ、始まるで……」
緊迫した静寂が、会場全体を包み込む。
そして直後、ありえないほどの熱気が僕らに叩きつけられた。
「始まったなぁ…………何度味わっても、この空気は良いもんなや」
「せやな。胸躍るなぁ、カズヤ!」
「す、すごい……こんな、ものすごい……」
気づかなかった、こんなに大勢の観客がいたなんて。
これほど多くの参加者が、観客がいるような『料理大会』を、僕は知らなかった。
でもきっと、この世の大半の人たちが、知らないような気がするけど……。
ますます不安が高まった僕の肩に、そっと手が置かれた。
「じゃあ、ユウトくん……よろしくね」
「は、はいっ!!」
頑張ろう、できるだけ頑張ろう、天織さんの為にも!!
「それではただいまから『金剛杯』予選Bブロックを開始します。レディ…………ゴーッ!!」
司会者の声が、響き渡る。
その瞬間、全てのディッシュたちが……もちろん、僕の目の前にいる天織さんも、一瞬で服を脱ぎ捨てた。
「んっ? 服を、脱ぎ捨て……………………ええぇぇっ!?」
予選Aブロックをチラ見して、わかっていたはずなのに。
僕は、再び溢れ出る鼻血を必死に抑えながら、その光景に震えた。
女の子たちが、そして天織さんが今、一糸まとわぬ姿で、裸で立っていた。
「こ、こんな状況で、料理なんて……できそうに、ないかも…………ブハッ!!」
僕は今日、ガチで出血多量になるかも知れない……。
(第1話 その4:おしまい)