真の『美食』とは一体、何なのか!? その3
プロローグその3(完結)です。
よろしくお願いします。
「お願いです、離して下さいっ! わたし、どうしても地下の会場に行かなくてはならないんです」
「ダメだ、さっきから言っているだろう!! 会場に入れるのは大会関係者とVIP会員、それと大会出場者だけだ!」
「だ、だから……わたし、その大会に出場するんです!」
「お前がか? そんな子供のような身体で……それはまあいい、料理によっては、ありかも知れないからな」
「だったら……」
「でも、ダメだ! お前には肝心のパートナーが、料理人がいないじゃないか!」
「そ、それは……ここに着くまでに、はぐれてしまって……きっと先に、会場に……」
「だったら名前を言ってみろ。大会本部に問い合わせてやる」
「な、名前……名前は……うぅっ……」
「フン、やはり口からでまかせか。諦めて、出て行ってもらおうか、お嬢ちゃん」
「うぅっ、そんな……せっかく、ここまで……」
「……あ、あの…………あのっ!!」
なんか出るに出られず、少女と黒スーツの話を廊下の陰で聞いていたが、もう限界だった。
「なんだ、お前は……んっ、さっき、俺とぶつかった……」
「あ、あなたは……さっきの…………」
「ぼ、僕が、彼女の料理人、ですっ!!」
「なんだって!?」
なんで僕、こんなとんでもないウソ、言っちゃったんだ……。
***
「おい、須藤。なんだか入場者ゲート付近で、騒ぎがあったようだな」
「はい、すみません、オーナー。その報告に来ました。実は……」
慌てた様子で、大会事務局に駆け込んできた、黒スーツ。
『オーナー』と呼ばれたその男は、今大会の委員長に、手短に現状を報告した。
「……ふむ。ようするに、大会と無関係の子供が2人、会場に紛れ込んできた、という事か」
「はい、そうです。身元を照合したところ、この2人でして……」
情報の表示されたタブレットを須藤が手渡すと、委員長はそれを流し読みしながら、湯飲みのお茶を飲み始めた。
「なんだ、本当に子供だな。特に女子の方、本当に『ディッシュ』だとしたら、珍品中の珍品だ」
「私も、そう思います。とにかくコイツらが出場者なんて、ありえません。すぐに『処置』してから、どこか適当なところに運んできます」
自らのすべき事を告げてから、須藤は部屋を後にしようとした……が。
「おい、須藤。ちょっと待て!」
「えっ……はい、わかりました……」
今の今まで、どこか寝ぼけたように見えた委員長の目が、鋭く輝いていた。
タブレットに表示されている、2人の『子供』の情報。
それを隅から隅まで読み終えた委員長は、待たせていた黒スーツ・須藤に呼びかける。
「なぁ、確か今日の大会、欠場者が出たって言っていたな?」
「はい、Bグループの柳場が『ディッシュ』が急な病になったとかで、今回は不参加にして欲しいと……」
「そうか……だったら、ちょうどいい。こいつらを代わりに出場させろ」
「ええぇぇぇっ!? ちょっとオーナー、本気ですか?」
「ああ、参加させてくれ。数合わせと思えばいい」
「……わかり、ました。大会委員長がそうおっしゃるのなら、2人を会場に通します」
どうも納得できてはいない黒スーツだったが、厳格な上下関係があるからなのか、サッと本部から出ていった。
一人残されたオーナーは、あらためてタブレットをいじりながら、出かけに駅前で買ってきた『十万国まんじゅう』に手を伸ばした。
「ぱくっ、むぐむぐ……江戸川 悠斗に、天織 乃音。ククッ、実におもしろい、おもしろくなりそうだな、今日は」
***
ガチャン、ギギッ…………ギギギギギィィィ……。
「ほら……ついたぞ、お前ら」
「ありがとう……ございます」
「なんか……随分と地下深くまで、来たような……」
拘束されていた僕らが解放されて、彼女……天織乃音さんの望み通りに『大会』に出られる事になって。
僕らは須藤と名乗った黒スーツの男に、ここまで連れてこられた。
途中、カードキーを使うこと3回、エレベーターに乗ること2回。
そしてあたりには、須藤さんより遙かに屈強な黒スーツが、何十人と行き来している。
(僕、一人でこんなところに潜入しようとしてたんだ……何も知らなかった、甘くみすぎていた、大バカだよ)
「す、須藤さん、そのぉ……ここって、地下何階くらいなんですか?」
「38階だよ。地上から約180メートル。東京駅の最下層より、ずっとずっと深くだな」
「そ、そんなに…………はぁぁ~」
会場への潜入には成功したが、もう逃げるに逃げられない状況だ。
僕には、いや、僕らにはもう『大会』に出場するという選択しかない、それしかできない。
「そろそろ着いたみたい、江戸川くん」
「う、うん……」
同行している女の子、天織さんが、ボクより先にエレベーターから降りた。
今の僕らはもう、互いの名前は知っている。
さっき須藤さんが大会本部に行っている間、僕らはスタッフ休憩室で拘束されていた。
その際、小声で自己紹介しあい、簡単で最小限の情報交換を済ませておいたのだ。
(天織さんのブレザー、やっぱりミハ女の制服だったんだ)
『ミハイル女子学院』、この辺の男子みんなが憧れる、かなりのお嬢様学校だ。
そんな彼女がどうして、こんなところに来たんだろう……うん、大会に出場するため、なんだよな。
僕のように、人探しでここに来たんじゃないんだ。
「でも……あの、天織さん。『大会』って一体、何の……んんっ?」
再び鈍い音を立てて、目の前の鉄のドアが開いていく。
だが今度は、通じているのは、通路やエレベーターではなかった。
異様な熱気と歓声の溢れる、広い空間に出られたのだ。
「さあお前ら、Aブロックの試合はあと15分で終わる。支度でもして、待ってろ。……せいぜい、頑張るんだな」
「はい。色々とありがとうございました、須藤さん。意外に優しいんですね」
「黒スーツの、優しい……おじさん?」
「お、俺はまだ、おじさんって年齢じゃないぞ! それに優しくなんて、ないし……」
「クスッ」
天織さんが、狼狽した須藤さんを笑っていた。
しかし僕は笑うどころか、顔を引きつらせていた。
「こ、ここ……これって……一体……なに……?」
目の前の光景を、僕は思いっきり疑った。
だってそれは、普通に生きてきたら、とても信じられるものではなかったから。
「江戸川くん……どうしたの、顔が青ざめて……あっ、鼻血が出てるの?」
「な、なんでここ、こんな……はぁ、はぁ、女の人が、裸で……どうして、料理を身体に…………もうワケ、わかんないよ」
これっていわゆる『女体盛り』ってヤツなんじゃないのか?
そんな事の大会が、東京ドームの地下38階で、行われている??
常識的に考えて、ありえないって!!
「違うわ……これは、エンジェル・ディッシュよ、江戸川くん」
「えんじぇる、でぃっしゅ……? 天使の、お皿??」
「関東ブロックの予選、第1日目、Bブロック。わたしは、絶対……負けられない」
よくわからない、何がなんだかわからない、さっぱりわからない!
こんなの絶対、おかしいよっ!
ここに人を捜しに来ただけなのに、僕はものすごくラッキーな……いや、ものすごくヤバい事に、巻き込まれているんだ!?
<プロローグ:完>
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
本編は、来週の週末(28日~29日)から連載予定です。
どうぞ、よろしくお願いします。