真の『美食』とは一体、何なのか!? その2
プロローグその2です。よろしくお願いします。
「くはぁ~、ダメだぁ……何も見つからないよぉ」
カップル達や親子連れが、スナックフードやジュースを飲んでいる広場で、僕は母特製の麦茶を飲んでいた。
言うまでもなく、持参だ。
「ごく、ごくごく…………あぁ、冷えてて美味い! 無添加だし、ペットのお茶よりずっと美味いんだけど……」
遊園地に来て、買い食いの一つもできないなんて、情けなさすぎる。
しかも一人、たった一人で来ているのだ。
「ああ、やっぱりミサキに、一緒に来てもらえば……いやいや、ダメだダメだ」
アイツ、ああ見えて結構、大食いだからな。
弁当にしても、売店で買うにしても、金がかさむ。
「って、お金の事ばかり考えていても、空しくなるだけだ。何か手がかりは……んんっ?」
こういう遊園地には、スタッフ専用の出入り口がある。
そんな事は常識だが、でも…………あれはちょっと、ヘンだ。
「黒いサングラスに、黒スーツ。そんなのが何人も、入っていったよな、あのゲートに」
怪しい、どう考えても怪しい、怪しさMAXだ。
「どこかの危ない、地下帝国にでも、繋がっていたりして……なんて」
しかし大概、秘密の場所とは地下にあるものなのだ。
「行って……みるか…………ごくっ」
残りの、ややぬるくなった麦茶を飲み干して、僕は『第17ゲート』へと駆け寄っていった。
「慎重に、慎重に……うん、誰もいないな」
きょろきょろ、周りをよーく見ながら、ゲートをくぐり抜ける。
中はちょっと開けていて、事務室や休憩所、職員用のトイレなどがあった。
別に怪しいという感じはしない……が、だからこそ、あの黒スーツが目立ってしまう。
「奥の方に向かっている……」
幸い、今は警備員の姿も見当たらない。
ちょっと怖いけど、こんなチャンスはなかなかないだろう。
「行くしかない……急がないと、見失うかも知れないし」
男が曲がり角に消えた直後、僕は足早にそこに向かった。
「まだその辺にいてくれればいいんだけど……わわわっ!?」
ドスン、と大きなものが、僕にぶつかった。
それはいきなり引き返してきた、例の黒スーツだった。
「痛たたっ……ううっ」
「なんだよ、お前は! 気をつけろっ!!」
僕だけが廊下に倒れ込み、慌てていた黒スーツはそのまま、去っていく。
「参加者が一組、来ていないって言われても……どこにもいないのか!」
「なんだよ、もう! ちょっと謝ってくれても、いいのに……」
かなりせっぱ詰まった様子だったけど、それにしてもヒドいヤツだ。
「クッ、ちょっと肘、すり剥けたかも……」
「あ……あのぉ……」
「えっ?」
不意にふわっと、甘い香りがしたような気がした。
優しくて、鼻孔がむずむずして、ちょっとドキドキして。
その香りの主は、ブレザーの小柄な少女は、僕のすぐ目の前にいた。
「大丈夫、ですか? すごく痛そうだけど」
「あっ、た、確かに痛いですけど、このくらいなら……」
「肘から、血が出てますよ。ちょっと待ってて下さいね」
少女は持っていたポーチからハンカチを取り出し、手際よく僕の肘に巻きつけてくれた。
「とりあえずは、これで……後でちゃんと、消毒して下さいね」
「あ、ありがとう……ござい、ます……」
控えめで優しい笑みと、ふんわり甘い香りが、静かに去っていく。
頭の中が真っ白になりながらも、僕は思わず声を上げてした。
「あ、あのあの、き、キミの……」
「えっ……なんですか?」
「い、いや…………これ、ありがとう。洗って返すから」
「別に、いいですよ。さようなら」
ペコリ、と丁寧な会釈を残して、彼女は去っていった。
僕の胸にしっかり、何とも言えない、もやもやを残して……。
「って、思春期かよ! そうだよ、思春期だけど……」
クラスのガサツな女子達とは明らかに違う、別世界の雰囲気だった。
そうだよ、これこそ女子、女子力の結晶っていうか……。
「思わず名前、聞きそうになっちゃったな……僕らしくないや」
とりあえず、僕の青春の1ページにしまっておきたい、甘酸っぱい体験だった。
「……………………あっ」
周りにはもう、誰もいなくなっていた。
あの少女はもちろん、慌てていた黒スーツも。
「完全に、見失ちゃったよ。とほほ~……あれっ?」
床についていた手に触れる、薄くて固い存在。
「カード……だよな、これ。なんのカードかな?」
誰かが落としたんだろうけど、どうしよう……。
***
とりあえず、そのカードは預かって。
その後もしばらく、僕は警備員に注意しながら、15分以上歩き回った。
しかし新たな発見もなく、あの黒スーツも、もう見かけなかった。
「ダメ、か。うぅっ……もう帰ろうかな」
関係者でもない僕が、勝手に忍び込んでいるんだ。
見つかって怒られる前に、撤退するべきかもしれない。
「ムダじゃなかったよな。ちょっとだけだけど、良い思い出もできたし」
交通費と引き替えにしても、悪くないものだ。
「明日、トシヤに話したら、超うらやましがるかも」
このハンカチという証拠があるから、ウソとは言わせない!
「でも……あーあ、もう一度、あの子に……」
というか、彼女は一体、何だったんだろう?
ブレザーを着ていたって事は、僕と同じく学生なんだろう。
いや、かなり可愛かったから、ひょっとするとアイドルとかかも知れない。
「こんなところに潜入しているのって、僕くらいしかいないよな」
さっき拾ったカードは、警備室の近くに置いておこう。
無くして困っている人が、いるだろうし。
「じゃあ、そろそろ……」
「やだ、止めて下さい、離してくださいっ!!」
「こ、この声はっ!?」
まるで助けを求めるような、女の子の声。
それがさっきの少女のものだと、何故か僕は直感した。
「どこだ、どこから…………このドアの向こうか?」
声はかなり遠くから、廊下の突き当たりにある白いドアから、聞こえたと思う。
急いでドアの前まで駆けていったが、何故かドアノブがなかった。
「おかしい、押してもスライドさせてもダメだ。どうやって開けるんだよ、これは!!」
諦めるな、考えろ、考えるんだ!!
きっとどこかに、鍵とか………………んんっ!?
「まさかと思うけど、このカードで開くんじゃないか?」
ドアの横にある、カードリーダーらしきものに、拾ったカードを通してみた。
「開いた!! こんな偶然ってあるのか……って、それどころじゃない!!」
もう周りとか、気にしていられなかった。
きっとこの奥に彼女が、僕をハンカチで手当してくれた、あの子がいるはずなんだ!
次のプロローグその3で、プロローグは終わりです。
今夜更新予定です。