【習作】描写力アップを目指そう企画 没作品
目の前に広がるのは、赤茶けた大地。
うねうねと続く、深い渓谷。
熱い風が、砂埃と共に顔に吹きつける。
「……こんなとこだって、覚えてたか?」
「ぼんやり」
十年ぶりの故郷は、ひどくよそよそしかった。
相棒は、最後のチェックに余念がない。
とは言え、それは一台のスマートフォンで全て行われてしまうため、こっちが手伝えることはないのだが。
その衣装は、白と水色と紫の、制服じみたデザイン。勿論ミニスカート。白いタイツを穿いた長い脚が、灼熱の大地に眩しい。
そして、色相が少し濃い、鳥の羽根で作られたショールを肩にかけている。
暑そうだ。
俺は、腕や背中は黒のエナメル生地で覆われてはいるが、胸元や腰は素肌を露出している。やはり、黒い羽根が腕や肩にあしらわれていた。
ご先祖が見たら、伝統の破壊っぷりに卒倒するだろう。
暑くても半ズボンは固辞した。俺とご先祖の何かを守らなくてはならない気がしたのだ。
唯一、俺が持ち出せた木彫りの面。おどろおどろしい表情の左半分は、いつの間にか金属と歯車でデコられていた。
俺が卒倒したい。
ちょっとへこんでいると、足の裏に、僅かに振動が感じられた。
「もう、時間ないぞ」
「判ってる。開演まで、あと三分。凄いよ、アクセス数ばんばん増えてる」
「サーバー、落ちたりしないだろうな」
「あたしの全財産つぎこんだんだから。大丈夫よ」
うん、と、言い聞かせるように頷いて、そいつは天を仰いだ。
俺も、仮面をしっかりとかぶる。
今日は、トップアイドルであるアルコ・コルヴォの、新曲独占生配信がある日なのだ。
そして、俺達が、邪神ソーバーンに、殺される日だ。
華々しい効果音と、開演を告げる甲高い声が、スマートフォンから微かに聞こえる。
この辺は、先に仕込んでおいた動画だ。
じきに、カメラはこの場所に切り替わる。
動きをプログラムされたドローンが、二機。俺達の背後から全てを撮る、固定カメラが一台だ。
振動が、大きくなっていく。
そして、予定通りの時刻に、渓谷全体に轟音が鳴り響いた!
同時にアルコが、ドローンの一機を見据えて、高らかに叫ぶ。
次いで、俺が、人生最高記録、と言っていい高さで、跳んだ。
遥か地平線まで続く、深い渓谷。
数え切れないほどの数の、大地を穿つそれは、俺たちの立つこの地点に集約し、途切れる。
これは、風雨で抉られたものではない。
邪神ソーバーンが、……蛇神ソーバーンが、大地を掘り進んでできた、道だ。
渓谷の要所に仕掛けた、野外用大型スピーカーから、アルコ・コルヴォの新曲が迸る。
その、大規模な振動に苛立って、のろのろと進んでいたソーバーンは頭をもたげた。
巨大な顎が、冷酷な眼球が、不吉に蠢く舌先が。
背後から仕掛けたカメラによって、その姿を全世界に生配信される。
これは、警告だ。
秘めたる一族、[虹鴉]の生き残りたる俺たちは、この蛇神を世界に解き放つことになってしまうのだから。
俺たち二人だけでは、奴をここに留められないから。
女が、歌い、舞う。鮮やかな羽根を閃かせて。
その歌は蛇神を苛立たせ、その舞は蛇神を幻惑する。
男は跳ぶ。闇のような羽根を振りかざして。
一族総出で行った戦いを、二人でやろうとしているのだ。文明の利器で、音量はカバーできてはいるが。
眼下に奴の頭部を認め、俺は声を上げる。まるで、バックコーラスのように。
「楼炎!」
投げつけた、木製の小刀。炎を纏う鳥が彫られているそれは、奴に届く前に燃え上がった。虹色に輝く炎の翼を広げ、黄色く濁った眼球をついばみに行く。
着地に、身体が揺らいだ。
それでも、ソーバーンと楼炎から目を離さない。
修行もろくにできなかった俺では、楼炎がいつまでいてくれるか判らない。
何度呼び出せるか、判らない。
俺たちは、十年前に、ほぼ絶滅したのだから。
秘境にひっそりと生きていた部族[虹鴉]は、伝染病で死に絶えた。
生き残った二人の子供は、保護され、都市で育てられていた。
俺は、昔のことなんて、ほぼ忘れていた。……進学先にダンスの学校を選んだのは、血筋だったとしても。
だが、一年前、既にトップアイドルとして活動していたアルコは、俺を探し出し、世界を救おう、と口説き落としたのだ。
それから、まあ色々あったが、それはこの大地に埋めていくことにする。
ライブが始まって、既に一時間。
どれだけ長い曲だ、と呆れられているだろうか。
驚くな、この日の為に作られたこの曲は、ぶっ通しで二日は続く。
それ以上は、俺達が保たない、と判断したからだ。
ご先祖は、十日は粘って奴を追い返していた。
間奏の間に、アルコはペットボトルの水を煽り、頭から被る。
「消えそうね」
楼炎の炎が、奴に噛み消されつつある。
「もっぺん呼ぶ。引きつけてくれよ、舞巫女」
その言葉に、アルコは一瞬きょとんとしてから、にっこりと笑う。
「え、My巫女? やっぱりプロポーズ受けてくれるの?」
「きっぱり断っただろそれは!」
怒鳴りつけて、脚の筋肉に集中する。
俺達はここで、もうすぐ死ぬのに。
誓う愛よりも、儚く。
「楼炎!」
俺の声は、本当の言葉は、鳴り響く歌にかき消された。