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さくらの季節、変わらない約束

作者: イースタン

初投稿で至らない文章ですが、どうかよろしくお願いいたします。


主人公の年齢は小学生中学年程度だと思って下さい。


春が来ると思い出す。

彼女の事、あの出会いのことを……。




桜の季節が来ると僕の家の近くにある寺にはそれはそれは見事な桜が咲く。

それも1本だけでなく何本、何十本も。数十本もの桜が咲く様はとても壮観で、近所では春になるとみんなで集まって花見をするのが毎年恒例となっていた。

春が近づくとみんなそわそわし、去年の花見の話題がすぐ口に出るようになるほど町の人たちにとって楽しみな行事だった。

毎年集まって花見が行われるそのお寺は一度だけこの町を含む地域一帯がまとめて特集された観光本でもこの町では唯一取り上げられていた。

町の人達がそれを誇らしげに語っているのを僕は冷めた目で見たものだった。

何故ならみんなが誇りに思い、慣れ親しみ、毎年のように集まっているそのお寺を僕は実をいうと好きではなかったからだ。

僕は昔から霊やお化けといったオカルトやホラーが嫌いで、お寺には付き物のお墓も見ると何故かゾッとしてしまうのでお寺に行かず、みんなが花見をして騒いでいる中でも一人だけ壁の外から上に飛び出てる桜だけ見て、家に帰るのがいつもであった。

別に桜自体は嫌いではないのだが、どうしても入る気にはならなかった。

それだからだろうか。

いつも周りの友達とは何か隔たりを感じてしまい、疎外感に苛まれた。

彼らが花見の話をしだすと置いていかれてしまうのだから当然ではあった。

みんなは当たり前に受け入れているあのお寺に入ることが出来ず、遠ざけている僕はもしかしたら何かオカシイのかもしれない。

そう思うと思考は止まらず、この町でただ一人、異質な僕はこの町で浮いた存在で、どこにも居場所がないように思えてしまって、僕は只々孤独だった。



それは小学校での総合学習の授業の時だった。

学校の外に出て風景を絵に描くことになり、対象として町の名物の桜が選ばれた。

お昼の給食を食べてからクラスのみんなで先生先導のもと、午後の授業時間を使ってお寺に行き、絵を描くことになったのだ。

僕は行きたくなかったが学校の授業なのでそんなことを言えるわけがなく、みんなの後に続いてお寺まで歩いた。

クラスでもほとんどの人がお寺の花見には行ったことはあるので道中は今年の花見についてのことで話題は持ち切りで、僕は一度しか行ったことがない祭りを、外からの記憶しかない祭りについての話題には参加できず、そっとみんなの後ろを一人でまるでストーカーのように歩いていた。

とても惨めで早く寺に着いてほしかったのは憶えている。



お寺に着くと簡単に住職に挨拶をしたら、好きな所でそれぞれ描き始めるように先生が言った。

みんなは仲良しなグループに分かれて散っていく。

僕も絵を描く為に移動を始めるけど、立ち止まってしまう。

桜を描く為には桜が見えるところに行かなければいけない。

しかし桜が咲いているのは墓地の周りだった。

墓地の入り口に大きな鐘があってその台座の下を潜ると墓地が広がっているのが見えてしまった。

もちろん桜もその門の向こうであった。

その門を前に身体が固まってしまい、どうしても動かせないでいるうちにクラスのみんなは先に行ってしまった。

一人だけ置いて行かれた僕。

そんな僕に先生が近づいてきた。

「どうしたの?絵、描きたくないの?」

後ろから掛けられた声に、僕は振り返れなかった。

先生の顔を見るのがとても怖い。

一体どんな顔で声を掛けられているのか。

きっと残念そうな顔をしているのではないか。

そう思うと振り向けない。

僕は振り向かず、逃げるように走って門を潜った。



出遅れてしまった僕は、なるべくお墓を目に入れないように落ち着いて絵を描ける場所を探す。

しかし、もうみんなが良さそうな場所を先に使ってしまっていて、中々場所を見つけられなかった。

グループの子たちの近くで一人で絵を描く勇気はとてもじゃないけど僕には無かった。

独りでずっとぐるぐる回ってみるものの、誰もいない場所は見当たらず、僕は遂には入り口の鐘の下まで戻ってきてしまった。

門の向こう側では先生と住職が立ち話をしているのが見える。

ずっと話をしていたのだろうか。

うろうろしているのが先生に見つかるとまた何か言われるかもしれないと思い、咄嗟に物陰に隠れてしまう。

ドキドキしながら先生の様子を伺おうと覗き込むと、ちょうど住職と一緒に建物の中に入るところだった。

先生たちが居なくなった頃に門の下を通って最初にみんなで集まっていたところに戻ってみる。

「どうしよう。」

もうどうすればいいのかわからない。

門の向こう側にはやっぱりいくつかのお墓が見える。

行きたくないし、行ったところで僕の居場所はどこにも無かった。

時間だけが過ぎてゆくのに僕のスケッチブックは真っ白だった。

ぼぉっと門を見ていると、こちら側に階段があるのに気付いた。

門の上にある鐘のところまでいけるみたいで、僕は上から見た景色はどんなものだろうかと思った。

それにここはまだ誰も行っていない筈だ。

始まりの時に誰かが上っていくのは見なかったし。

誰も居ないことを祈りながら、僕は恐る恐る上りはじめた。


階段を上りきるとそこには思った通り誰もいなかった。

まずはそのことに安心して、僕は墓地の方を向く。

すると、思わず声が出てしまう。

「うわぁ…。」

そこからの景色はきれいだった。

一面、見えるのは全部桜で、ピンク、ピンク、ピンクで視界には桜のピンクしか目に入らない。

下にある墓は目に入らず、僕にとってはとても幸いだった。

奥の方まで桜の木が見えて、この場所を始まりにして桜の道が出来ているようで、そこに太陽の光が差し込み、眩く輝いている。

「ここにしよう。ここで絵を描こう。」

すっかりこの景色に目を奪われた僕はここで絵を描くことに決めた。

鐘を吊るしている屋根を支えている柱に背をもたれて座り込み、スケッチブックを開き、筆箱から鉛筆を取り出して描き始めた。



しばらく鉛筆を走らせていると、急に後ろから声を掛けられた。

「ねぇ、何してるの?」

集中していたせいか、全く人の気配なんか感じていなかった僕は思わず飛び上がってしまうほど驚いた。

ここに来たときに人の気配なんて感じかなかったから余計だ。

前に倒れながら振り返ると僕の座っている横にいつの間にか少女が立っていた。

その少女は白い髪を長く腰よりも下まで伸ばしていて、背もそのせいか小さく見える。というか小さい。体つきもとても華奢で全体的に細く見えた。

クラスでは見たことがなく、知らない子だった。

「ねぇ、ここで何してたの?」

先程と同じ質問をされて、ようやくそこで僕ははっきり意識を取り戻した。

慌てて少女の問いかけに返事をする。

「絵を描いていたんだ。」

「なんで絵を描いているの?」

矢継ぎ早にまた質問され、それに釣られるように返す。

「学校の授業でここで絵を描くことになったんだ。」

返事をしている最中にふと思う。

「それで僕はここからの景色を描いていたんだ。そういえば君はだ?」

誰?と聞こうとしたら少女はにっこりと笑いながら答えた。

「わたし?わたしはさっきからここにいたよ。いつもここにいるの。」

「いつも?」

「うん。小さい頃からずーっとここにいるの。」

???

話が上手くかみ合ってない気がする。一体彼女は何者なんだろうか。よく分からなくなってきた。

「??君は誰なの?」

「わたし?わたしはさくら。」

「さくら?君は桜なの?」

「そうだよ。さくらだよ。」

さくらって言ったかな、今。

クラスの子で同じ名前はいるけどちょっと発音が違った。

少女の言い方では桜と同じだ

名前でそんな発音はしないと思うけど名前、ではないのかな?彼女は一体何者なんだろうか?

彼女は大体僕と同じくらいの年だろうと思うものの、同じクラスどころか学年、いや学校全体でも彼女を見かけたことなんて無い。

白い髪なんて、こんな特徴がある子がいたらすぐに話題になるし、ここら辺で小学校は僕の通っている学校しかないから彼女も学校に通うなら学校で見かけないわけがない。


もしかして彼女は普通のひとじゃないのかも。


風が吹き、木々が揺らめくとちょうど太陽の光が差し込んできた。

眩しくて上を見上げると一際大きい桜の木が僕の頭の上まで枝を伸ばしている。

桜の花びらも風に吹かれて揺れていて、光を反射して輝いている。

目を下すと反射した光を受けて薄っすらと桜色に染まった髪をたなびかせている少女がいる。


きっと彼女はあの桜の精なんじゃないか


そう、思ってしまった。

この狭い町で見かけたことが全く無く、周りのみんなとはかけ離れている姿。

前に読んだ絵本でも古い物にはすべて神様が宿ると書いてあって、物語には古い木の妖精が出てきた。

大きい木ほど古いと聞いたことがあるし、ここで一番大きいこの木はとても古いに違いない。

彼女はこの大きな桜の木の妖精なのだ。


だって、こんなにキレイなんだから。


いつもは思いつかないようなことを真剣に考えてしまうほどに少女は美しかった。

白い髪も白い肌も、太陽光を浴びると反射して眩しいほど白かった。今まで見たどんなものより白く感じるほどだった。

血管まで見えてしまいそうなくらい蒼白い肌はまるで硝子のように冷たそうで、線が細い体もあわさり、存在自体が危うく、とても脆弱に思えた。

彼女は僕の周りにいる人間と比べると、およそ同じ人間だとか考え付かなかった。

初めて遭遇する少女のことを人とは全く違う存在と勝手に思ってしまったのも僕が混乱していたからかもしれない。

だが、当時の僕の世界はとても狭く、友達もいない僕にとっては本やテレビのアニメがほとんどを占めていたからこそ、そんなお伽噺のようなことを直ぐに考えてしまったのだろう、と今だからこそわかるが当然当時の僕は本気だった。


しばらく少女のことを見つめていたら、少女はいきなり僕のほうに近づいてくる。

近づかれることに動揺した僕は慌てて視線を逸らした。

「あ。」

そして視界に入ったスケッチブックを見つけて今が授業の時間で絵を描いている最中であったことを思い出した。

「そうだ。」

この少女を絵に描きたい。

少女と桜を一緒に絵に描きたい。

そう思いついた時には口に出てしまっていた。

「君のことを絵に描いてもいい?」

「私を?なんで?」

少女は意外そうに顔をかしげる。

髪が頭からさらさらと流れてまた光を反射して輝いている。

「えっと、今授業で絵を描いていたんだけど、その、君を、桜を描いてみたいなって……。」

「さくらを描きたいの?どうして?」

「え、その、とても、………………………………………キレイだなって思ったから。」

聞かれると恥ずかしくて小声になってしまう。

「わ、わかった。………………いいよ。でも……可愛く書いてね??」

照れているのか頬を赤くしながら、さくらは最後は笑顔で応えてくれた。

「じゃぁ、僕はここに座るから、君はそこに立ってほしい。」

「さくら、だよ。そう呼んで。」

注意されてしまった……。

「ごめん、じゃぁ、…さ、さくらはそっちに。」

さくらには先程見上げた桜の木を背後にして立ってもらう。

この木と一緒に描くのがいいだろう。

さくらの髪の毛と一緒に桜の木の枝が揺れている。

この光景を僕は絵に収めたかった。

こちらを見つめて笑っている少女とそれを守るかのように立派に生えている大きな桜。

僕は絵に描くことに集中した。



しばらく黙って描いていると、さくらは我慢が出来なくなったのか、口を開いて話しかけてきた。

それに返事を返しているうちに、話題は僕の悩みごとになっていた。

さくらのことを桜の木の精だと思っているからか、今まで誰にも、親にだって話したことが無かったのに僕は心に抱えていた思いを吐き出してしまっていた。

墓が苦手なこと。それでお花見に来れず誰とも親しく話せないこと。友達と呼べる人がいないこと。僕が居られる場所が無いこと。僕だけが変わっていて、僕が変わらなきゃいけないのに変われないこと。そのことにとても苛立ち、絶望感を持っていること。

さくらは僕の悩みを時折相づちをうちながら、じっと黙って聞き、僕が悩みを打ち明け終えるとそっと問いかけてきた。

「ねぇ、なんでみんなと話せないの?」

「みんなと話していると時々ついていけないんだ。まるで僕だけ仲間外れになっているみたいでさ。嫌なんだ。みんなと同じじゃない、僕だけがみんなとは違っているみたいで。居場所がどこにも感じられなくて、だからもうみんなと話したりするのは嫌なんだ。だって、みんなと同じじゃないなんてオカシイでしょ?」

「そーかな?さくらはずっと独りだからわからないや。でも。」

言葉が切れたのが気になって一度顔をあげてみるとこちらをじっと見つめてくるさくらの眼差しを受ける。

とてもまっすぐで澄み切っているその瞳からは真剣さが伝わってくる。

「でもさ、違うことが悪いの?独りでも、みんなとは違っていても、何も変わらないよ。さくらも独りだし、みんなと違うけど、それでも、だってさくらはさくらだもん。」


聞いた瞬間、ガツンと頭を殴られたかのように感じた。

そうだ、他の誰かがどうでも、僕は僕であることは変わらない。簡単なことなのに僕は今までちっともそんなことは考えつかなかった。

でも目の前のさくらの自信溢れる姿はきっと何が起きてもさくらはさくらのままであり続けてきたことを感じさせてくれる。

さっきの言葉を本心から思っていて、信じているのだと。

「さくらね、ずっと独りだったの。」

さくらは悲しそう表情を浮かべ、語りだした。

「ここから離れられないの。さくらは特別だから。誰かとお話ししたくても、さくらの周りには誰もいないの。さくらがみんなと違っているからって、そう言われてずっと独りで我慢してきた。それでもさくらはさくらだからって。みんなと違っていたってさくらは何も変じゃないって思ってきた。」

さくらは一度顔を下げてしまい、その表情は窺えない。

僕も絵を描いていた手を止めてじっとさくらの言葉を待った。

そして顔を上げたさくらは涙を目に溜めて、しかし笑っていた。

「けど、それでもこうやって誰かとお話したかった。君がここに来てくれて、さくらの話を聞いてくれた。さくらとお話してくれた。とても嬉しかった。楽しかった。今までで一番。」

さくらの話を聞きながら頬が熱くなるのを感じる。

照れくさくて、僕は視線をそらしかけた時、さくらの声色が変わり、視線をさくらに戻した。

さくらはこちらをずっと見ていた。

「だからね、ありがとう。君がみんなと違っていたって、さくらもそうだもん。そんなの関係ない。誰でもない君と一緒だったからさくらも楽しかった。だからさ。」

一度言葉を切るさくら。

その表情はずっと真剣で、まっすぐで、こちらの思いも何もかも全てを吹き飛ばしてしまうくらいキレイだった。

彼女から感じ取れる感情はその髪の毛のように白くて純粋だと思った。

「君ともっとお話ししたいな。」

眩いばかりのさくらの思いを聞いて、僕は初めてこの町で居場所を感じることが出来た。



そうして話をしながら絵を描いているうちに僕は今まで悩んできたことに前向きに考えてみようとすっかり思えるようになった。

固まってしまったままの僕の心を解きほぐしたのはさくらだった。

さくらのお陰でここに来るまでずっと抱えていた重苦しい気分も吹き飛んで今はとても晴れやかだ。

さくらに救われた。

僕はそう思った。



そうしてしばらく時が経ち、授業時間の終わりを告げる先生の声が聞こえてくる。

最初に集まっていた場所に僕は片付けをして向かわなければならない。

でも、僕はもっとさくらと話していたかった。

こんな気持ちになったのは初めてでどうすればいいのかわからない。

みんなはどうやって別れの言葉を言うのだろうか。

僕はここから離れたくなかった。

折角出来た居場所から動きたくなかった。

ずっと立ち尽くしている僕を不思議に思ったのか、さくらが声をかけてくる。

「どーしたの?呼ばれてるのに行かないの?」

どうすればいいのかわからない僕は何も返すことが出来ない。

「早く行かないと。さくらも片づけ手伝うから。」

わかっている。

でも体が動かない。

「………でも、…………だってさ」

何とか言葉を出すも考えがはっきりしない。

言葉尻すぼみになって続かない。

何も考えられなくなっていく中で、彼女の声が僕を叩き起こした。

「何かそういうの嫌い!初めから諦めているみたい…。その言い方使っちゃだめ!!」

「えぇ??」

「お名前」

「え?」

いきなりさくらから問いかけられる。

「お名前、教えて?」

「うん、よしのだよ。」

そういえばまだ言ってなかったのに気付く。

「よしの。……………うん、覚えた!またここに来て、一緒にお話しようよ?」

さくらは僕の考えてることに気づいていたようだ。

また彼女に救われてしまった。

「……うん。」

「そうすれば、一人でも独りじゃなくなるでしょ?」

「……うん。」

「みんなと違っていたっていいでしょ?独りじゃないから。」

「うん。…………でも、いいの?君は?君は僕なんかと付き合ってくれてそれでいいの?」

さくらにとって僕はそれだけの価値があるのだろうか。

一方的に僕ばかりが得をしているようで思わず聞いてしまう。

さくらはそんな僕の問いかけに何の躊躇いもなく応えてくれた。

「いいよ。ずっとここにいるから、ひとりぼっちでいたから。」

彼女は笑いながら言う。

「君が来てくれるなら嬉しいな。」


さくらと約束を交わす

「じゃあ、約束ね。また明日ここで。」

「うん、明日ここで。」

この約束こそさくらがくれた初めての居場所。

僕はまた明日ここに来よう。

彼女に会うために。



最初の場所にはクラスの皆は集まっており、先生がクラスの人数を数えているところだった。

そーっと列に入って何気なく並ぶ。

「はーい!それじゃあ、これから学校に帰ります。はい!住職さんにお礼を皆さんで言いましょう。」

そう言われて、「せーのっ」と皆で声を合わせてお礼を言う。

「「「「ありがとうございました!!!」」」」

住職さんはニコニコしながら返してくれる。

一通りのやり取りが終わると先生を先頭に列は進み始める。

去り際にふと鐘の方を振り返ると陰からひょこっと顔を出していたさくらと目が合った。

こちらの視線に気づいたさくらは笑みを浮かべてぶんぶんと手を振ってくれた。

手の勢いで髪が揺れている。


ありがとう。

また明日。


そう思いながら僕も手を振り返した。



次の日、さくらと約束した通り、僕は学校の放課後にお寺の前にやって来た。

何故かいつもと違ってお寺が閉じられていたが、隙間を探して何とか忍び込む。

もしかしたらさくらが待っているかもしれない。

中に入り、誰にも見つからないように気を付けながら門のところまで進む。

階段を上り、昨日絵を描いていた場所にやって来た。

一息ついて周りを見渡してもさくらの姿は見当たらなかった。

鐘の周りも一周してみたがさくらはいない。

「あれ?いない。」

とりあえず昨日と同じ場所に腰かけて待つ。

「あ―、時間とか約束するの忘れてたや。」

昨日の自分の失敗であったと思ったが、今日はもうしょうがない。

切り替えて、さくらと会ったら何を話そうか考えることにした。



しかし、しばらく待ってもその日、さくらが僕の目の前に現れることは無かった。

もう日も暮れてしまい、そろそろ帰らねば親に怒られてしまう。

困った。

「はぁ、………なんで来ないんだろう。」

約束を裏切られたのではないかと考えると気分が落ち込んでしまう。

でも、さくらがそんなことをするわけがないと、昨日さくらと話して、僕は確かにそう思えた。



ザァァァァァァァァ


風が吹いて木々の揺らめく音が聞こえてくる。

一際大きい音が頭の上からして、ふと頭上を見上げるとそこには昨日と変わらずにここで一番大きい桜の木があった。

「そうだよな。変わらずここにいるんだもんな。」

何があっても自分は自分であると言い切ったさくらのまっすぐでキレイな顔を思い出した。

「明日もまた来るから。明日また話しような!!」

誰も居ない空間に語りかける。

変わらずにきっとそこにいる彼女を思い浮かべながら。

明日こそ会える。

会えるまで何度だって来る。

僕は強く心に刻んだ。

例え何が変わってしまっても僕は変わらない。

さくらと交わした約束が消えることは無い。

僕が僕のままでい続ける限り、この場所を失うことなんて無いんだ。

またさくらに出会える、約束を果たす。

今抱いているこの思いは変えない。

僕は諦めない。

そう誓った。






しかし、それからもさくらの姿を見かけることは無かった。

数年が経ち、僕もすっかり背も伸びてしまった。

僕の成長と共に年月も過ぎ去っていく。

ようやく話すことが出来る友人もでき、独りぼっちだったあの頃の僕からは変わった。

しかし、僕の前に一番会いたい人は居ない。


時の流れは残酷であらゆる物にもいつか終わりが訪れる。

あの日から毎日欠かさず来ていたが、お寺で一番の桜の巨木も遂には切り倒されてしまう。

どうしても桜の木は腐りやすく、古い桜は倒壊の恐れがあり、大変危険なんだそうだ。

それでもギリギリまでこの桜の木を残していたのは住職さんの娘さんが一番気に入っており、闘病の為アメリカに渡ってしまってからもずっとこの桜の木を気にかけていて、帰ってくるまで残しておきたかったかららしい。

住職さんとは通ううちに仲良くなり、聞けた話だ。

ちょうど僕が小学生の頃にアメリカに行き、それ以来ずっと帰ってこれない娘さんが今日帰ってくるそうで、それで桜の木の伐採が明日になったとか。

病気のせいで苦しんだであろう娘さんには申し訳なく思うけど、僕にとってこの桜の木を今日まで残してくれたのだから感謝だ。

一度挨拶だけでもしてみたい、と思った。



「結局、一度も会えなかったなぁ。」

今日も桜の木の下で一人、座っていた。

隣には誰もおらず、言葉に返してくれる人はいない。

さくらはずっと現れなかった。

それでも、僕はあの日からこうして桜の木の下に腰かけて、ずっとさくらを待ってきた。

持って来たクロッキー帳を鞄から取り出して、見慣れたここからの風景を描き始める。

ここで絵を描くのもいつの間にか自分の中で恒例となった。

そうしていれば、また後ろから声が掛けられるのではないかと、淡い希望を抱いて……。




しばらく絵を描くことに没頭してしまい、時間も忘れてしまった。

もう何度も描いているのにまだまだ納得いかない部分があって、また何度も描き直してしまう。

熱中すると日が暮れていることに気付かなかったりするから、絵とは奥深いものだと実感させられる。

「よかった。まだ日はあるか。」

今日は気づいた時でも太陽はまだ出ていた。

桜の木との最後のお別れにはまだ時間があることに安堵する。


ザァァァァァァァァァァァァァァァ


風が吹き、桜の枝が一斉に揺れて、ざわめく。

優しく囁いているようで、この音を聞くととても落ち着くのだ。

瞳を閉じてしばらく聞き入る。

風が通り過ぎ、枝葉の波もおさまると、また音が無い世界に戻る。

そして、また絵を描く作業に戻ろうとした時だった。


ねぇ?何描いているの?


そんな声が聞こえた。

さくらの季節も終わり、若々しい枝葉が芽吹きはじめる。

僕の時計はまた動き出した。




春の訪れを感じさせる陽気の3月。

季節外れの家の大掃除をしていると、押し入れの中から昔に描いた絵が出てきた。

小学生の時、授業で描いた絵で大きな桜の木を背景に白い髪の少女が笑っている。

改めて見ると上手くない、というか下手だ。

でもこの絵に思い入れがあって、捨てずに今までずっと大切に仕舞っていた。

この絵を見ると思い出す。

あの時のこと、もう無くなってしまった大きな桜のこと、そして彼女のこと。

彼女に会って、彼女と話して、彼女に救われた。

独りぼっちだった僕に初めて生きる場所を与えてくれた。

この絵は僕にとって何よりも特別な絵だ。

彼女に会えなかった人生なんて考えられないくらい、あの時、あの瞬間を心に刻み付けて生きてきたのだから。

感慨深く当時を思い出し、絵を眺めているといきなり後ろから声が掛けられた。

「うわぁ、懐かしいねその絵!!!」

「!!!!!」

全く気付かなかったので、少しビクッとしてしまう。

………これではあの時と一緒だ。

相変わらずのスニーク能力であの時とちっとも変っていない。

いつの間に近くに立っていて何度驚かされたことか。

「びっくりしたからそれ止めてってば。」

「君が気付かないのが悪いよ。何かに集中するとす―ぐ周りが見えなくなんだから。」

背後に立っている犯人は悪びれずに舌を出して、茶化してくる。

そんな彼女とはもう長い付き合いだけど、こうして話していると未だに楽しくてしょうがない。

結婚しても僕らの関係は何も変わらない。

「はいはい。僕が悪うございます。」

「もう!またすぐ拗ねる。」

そう言って彼女は座っている僕の頭を撫でてくる。

撫でる為に前かがみになった際に彼女の白い髪が顔の横に流れてきた。

これもずっと変わらないな。

光を反射してキラキラと光る彼女の髪を手に取った。

色素が薄く、存在が危うく思えるほどキレイな白い髪の毛。

存在すら危うく感じてしまうのはあの時と一緒で、だからこそこれを見ているとふと心配になってしまう。

何も告げず消えたあの時のことを思いだしてしまう。

「上に上がってきて大丈夫?体の具合は?君は只でさえ体弱いんだから。大人しくしていないと。それに」

「わかってるって。自分の事なんだから。それに、何度も説明したでしょ?アルビノの虚弱体質も手術したおかげで少しはましになったんだから。そんな過保護に扱わなくてもへーき!!!」

彼女は自信たっぷりに言うが、信用がならない。

アルビノという希少体質である彼女は日本人であるのに髪も肌も人並外れて白い。

それも病的なほどだ。

そして抗体が極端に低い為に、身体は見た目通りにとても脆弱だ。

小学校にもろくに通えず、ずっと家に居たのもその為で外に外出することは殆ど出来なかったそうだ。

そうして厳重に守られていたはずなのに、あの時彼女は体調を崩してしまい、容態の重さは予断を許さず、即入院となり、遂には手術のためにアメリカへと渡り、何年もかけてようやく帰ってこれた。

あの時の、そして今の元気な姿から全く想像がつかないがそれでも、そうした体質に理解がある今でも、彼女の白さは僕を時より不安にさせる。

儚さや脆さが感じられてしまうからだ。

それに、

「でも、今はいつもと違うんだから。君だけじゃなくてお腹にもう一人いる状態なんだから気を使わなきゃ。もう随分大きくなってきたしね。」

「そうだね。…………えへへっ。心配してくれてありがとね!」

そう言って後ろから首に抱きついてくる。

背中に当たるお腹の感触はまだ慣れない。

「春になったらお父さんのところ行こうね。この子と一緒に。」

「そうだね。桜が咲く頃に伺おうか。町のお花見の手伝いもしなきゃいけないしね。」

「うん。きっとお父さん喜ぶよ。」

「住職業も大変だろうから、今年も少しでも援助できればいいけどね。」

「いつも助かってるって言ってたよ。お父さんももう年だから。」

僕が小学生の時からは随分と老け込み、髪も彼女のように真っ白になってしまった義父を思い出す。

難病を治療する為に彼女をアメリカに送り出し、ずっと彼女の為に必死で生きてきたのだ。

不安で仕様が無い時もあっただろう。

僕にはその時の苦労や苦しみは分らないが、いまは僕にも同じ思いはある。

「お父さん喜ばすためにもさ、ずっと元気でいてよ。またあの時みたいに居なくなるなんてダメだよ。」

「……………うん。ごめんね。もう約束は破らないから。」

いきなり涙声になってしまい、驚いた。

振り返り、焦って彼女を抱き締める。

確かにあの時は悲しかった。

次の日に会う約束が果たされなかったときは何よりも寂しかった。

しかしそれ以上に、彼女に救われたと思えたから、僕は彼女を待ち続けられたのだ。

だから感謝こそして、もう恨んだりなんかしていない。

そして年月が経っても約束を果たしてくれた。

この場所に帰ってきてくれたのだから、僕にはそれだけで全てが報われる。

「大丈夫だって!!もう気にしてないから!ほら!下行こう?片づけももう終わるから。」

彼女の手を取って歩く。

もうこの手を離さないように願いながら。

居場所が失われないことを祈って。




また桜の季節がやってくる。

いつものように。

もうあの桜は無いけれど、でも僕の隣には変わらずにさくらがいる。

桜を見ると思い出す。

さくらとの出会いを。

僕にとって一番大切な思い出を。








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