アカ
何が原因でこうなったのか思い出せない。
右手に握った包丁は血で濡れていて、その傍には父親だったモノと母親だったモノが転がっている。
ああそうだ、いつもみたいに母さんに暴力を振るおうとするのを止めようとして、でも殴り飛ばされた。
場所は台所で、母さんが料理をしている途中だった。殴り飛ばされて壁にぶつかり、その衝撃でまな板に置かれていた包丁が傍に落ちてきた。
右手を伸ばせばすぐに拾えるそれを、近づいてくる父親を睨み付けてぎりぎりまで待った。そして目の前まで来た父親が腕を振り上げたのを見て、その顔めがけて包丁を振りぬいた。
適当に振りぬいたそれは左目を潰し、目を押さえて後ろに下がった父親のお腹へ包丁を突き刺す。口から血を吐き、倒れた父親に馬乗りになって、何度も何度も刺した。
しばらくしてそこにあるのは、父親だったモノ。顔も体もぐちゃぐちゃで、もう誰だかわからない。
そうだ、母さんは無事かな。
少し辺りをきょろきょろと見回せば、部屋の隅で怯えて自分のことを見ている。
何で?
「ひっ……! こ、来ないで!」
どうして? 母さんのこと助けたのに、何で怯えた目で見るの?
「来ないで!!」
何で。何でなんでなんでナんでナんデナンデ?
「化け物っ……!」
――ああ、この人はもう……母さんじゃない。
懐かしい夢を見た。
あれから五年。自分は中学生になった。
誰も自分があいつらを殺したと疑わず、憐れみの視線を向けてくる。
しばらくは叔父さんと一緒に暮らしていたけど、こないだ過労で亡くなった。今は一人暮らしだけど、特に問題なくすごせている。
「退屈だ」
人を殺したのはあの時だけ。殺したというのに、特に思うことはなかった。いや、まったく無かったわけじゃない。
あの時自分は……。
「笑ってた」
今でも思い出せる肉を切る感覚。料理するのに鶏肉や豚肉を切るのとは違う。
あの時はよく分からなかったけど、今なら分かる。気持ち悪いとは違う、ただ楽しかった。心地よかった。
皮膚を裂いて肉を切るのも、返り血の生暖かさも、悲鳴も――。
触れてる相手の体温がどんどん下がっていくのが心地よかった。
だけど今は人を殺さない。処理が大変だから。ばれたら面倒だから。
あの時はただ運がよかっただけだ。
「寝るか」
起きて感じたのは、全身の不快な生暖かさ。
この年でお漏らしはねえわな。そう思って起きようとして、体に力が入らない。
ゆっくり目を開けると、知らない男が目の前にいて、手には赤黒い液体が滴る刃物。
ああ、俺殺されるのか。
男が刃物を置いて部屋を漁り始めたのを見て、やけに冷静な自分に少し驚く。だが自分も人殺しということを思い出し、いつかはこうなってもおかしくなかったとも思う。
だけどこのまま好きにさせるのは正直イラっとする。残りの力を振り絞ってなるべく音を立てないように起き上がり、男が置いた刃物を手にし、背後に迫る。
男が気づいたのか急いでこちらへ振り向くが、そのときには刃物を顔めがけて振り下ろしていて――。
暗い部屋だというのにはっきりと見える赤が、とても綺麗だった。