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空想物語  作者: さきら響
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8話

泣き疲れて寝てしまっていた奏は目を覚ました。


あたりは真っ暗だった。


ふと昔を思い出していた。


小さい時はあたしの方が身長高かったのにな。


やっぱ男の子っていつしか身長も精神的にも超えていくんだよな…。


奏は、天井に手を伸ばした。


奏の身長の何倍もある高さの天井に手は届くはずもなく、ただ空をさまようだけだった。


慧はどこに行ったんだろう…。


そう思うと、涙が滲む。


慧がいなくなってから、何時間経ったんだろう。


あたりはもう既に真っ暗だ。


寝ている間に太陽は沈んで、あたり一面は星空に早変わりした。


ドアのノックの音がして、少し期待をした。


「お嬢様、入りますね」


あぁ、希望だった。


期待はずれだったといえばそうだが、誰もいないよりはいい。


希望の手にはお盆があった。


そのお盆の上からはいい匂いがただよっている。


「うどん?」

「あたりです。お嬢様は本当に鼻がいいのですね」


と笑った。


「何も食べていらっしゃらないので、そろそろお腹の空く頃かと思いまして、皐月さんにお断りしてキッチンをお借りしたんです」


そういえば、機内で少し食べたくらいで、何も食べてなかったんだっけ…。


「わぁー!食べる!お腹すいてたんだー」


どうぞ、と希望は奏にお盆を手渡した。


「のぞの作るうどん美味しいんだよねー!大好きなんだぁ」


大好きなうどんに舌づつみしながら完食した。


「ごちそうさまー!あぁー、美味しかったー」

「良かった」

「へ?」

「お嬢様がお元気になられたようで良かったです。気づくことができずに申し訳ありませんでした」


希望は深々と頭を下げた。


「待って待って待って、そんなに頭下げなくていいよ!のぞは悪くないよ!」

「ですが…」

「ほんとに悪くないよ!お父さん達に言うつもりもないから!無理して休みにしてもらったんだもん、ちゃんと面倒見てもらったって言うよ!」

「お嬢様…」


不意にドアがノックされ、開いた。


「奏入るよー」

「マリー!…着いて早々ごめんね…」

「大丈夫よー。むしろ元気になって良かった!…もしかして、まだ…?」

「うん…まだ帰ってきてない…」


はぁー、とマリーは溜息をついた。


「政さんも見当たらないし、どこまで行ったんだか…」


「マリーは何してたの?」


あたし?とマリーは疑問形で返した。


「仕事だよー。お父さんのテレビ会議に参加してた。あたしお父さん達よりも語学力あるから、通訳でね」


「そうなんだ…!すごい…!」


すごくないよ、とマリーは苦笑しながら言った。


「この仕事…お父さんの仕事をね、卒業したら手伝うつもりなの」


「そっかぁ。すごいなぁ、もう夢まであるんだ…」


「夢じゃないよ…」


「え…?」


まぁ、いいや、とマリーは曖昧にした。


「今日はもう遅いし、奏もあんなことあったしゆっくり休みなよ。あたしももう寝るつもりしてたし」

「あ…うん…。ありがとう…」


奏は、マリーが曖昧にした言葉の先を想像した。


マリーは夢じゃないと言った。


じゃあなんで…?


「そんなに深く考えることないよ」


考えていることを当てられたのか、奏は肩をはねらせた。


「じゃあね、おやすみ」


「うん…おやすみ…」


あ、と部屋を出かけて振り向いた。


「明日はプライベートビーチとショッピングだからね!今日できなかったことやるんだから!」


覚悟しといてよね!と言い残してマリーは部屋を出ていった。


「私も部屋に戻りますね」


と、希望は椅子から腰を上げた。


「あ…うん」


どうしよう、ひとりってかなり嫌だ…。


「のぞ…っ!」


なんでしょう?と奏の方を振り向いた。


「慧帰ってくるまで…。一緒にいて…?」

「わかりました、慧様がお戻りになられるまでおそばにいますね」

「うん…ありがとう」


えへへ、と奏は笑った。


「こうしてると、ちっちゃい頃を思い出すね」

「そうですね」


小さい頃、仕事で忙しかった両親に代わって、側にいてくれたのは、いつも希望だった。


寂しくて泣いていた時も、希望が側に来て寝るまでいてくれた。


慧はいつ帰ってくるのかな…。


「そのうち戻られますよ、大丈夫です。お嬢様を置いて行くような方ではありません」

「うん…」


奏はそれでも不安だった。


いつかいなくなる。


届かない場所へ行ってしまう。


いなくなってしまったらどうしたらいいんだろう。


あたしは寺門奏としていられるのかな。


「どうして…。どうして皆いなくなっちゃうのかな…」


奏は思っている事を発してみた。


「どうして皆あたしが届かなくなるようなところに行っちゃうのかな…。マリーだって…夢じゃないけど目標がある。慧だってきっとあるんだと思う…。だけど、あたしには何もないよ…。皆…置いてっちゃう…。何のために生まれてきてるのかな…。あたしは…。あの学校の生徒会長としているだけなのかなぁ…」


希望はただ聞いてくれていた。


肯定も、否定もしなかった。


「あたしは…どうしたらいいんだろう…。怖いよ…。置いていかれるのが怖いよ…。あたしだけだったのかな…。3人でなにも変わらないでいられるって…そう思ってたのはあたしだけだったのかな…」


奏の目には涙が滲む。


それが一筋頬を伝う。


奏からは嗚咽がこぼれた。


ひとりおいてけぼりを食らっているようで


ひとり違う夢を見ていたようで


悔しくて、悲しくて


どうしようもない感情の渦が奏を蝕んでいた。


すると着信音が鳴った。


「お嬢様のケータイですね」


と、希望はケータイを持ってきてくれる。


鳴らす着信音は慧だと分かる着信音だ。


『サヨナラなんかしたくないから

君だけをこれからも愛するから

だからずっとそばにいて欲しい

ずっとそばで笑っていてほしい』


アーティストは分からないが、慧が「俺の気持ちだから」ってプレゼントしてくれた曲。


「俺だと分かる俺だけの着信音にして」と言われた曲。


「…っ!慧だ!」


急いで電話に出る。


「もしもしっ!?慧!?」


ーうるさいよ


「…どこ…いるの?」


ー内緒の場所。だけど、奏の近く


奏は嗚咽を漏らした。涙が滲む。


「…バカ」


ーごめん


「置いていかないって約束したじゃん」


ーごめん


「戻ってきてよ…。1人で…。1人でいたくないっ…」


ーごめん。…俺、戻っていいの?


ぐすっ、と奏は鼻をすすった。


「戻ってきて欲しくなかったらこんな事言わないっ!」


ーそれもそうか。…約束破ってごめんな


「ホントだよ…。いきなりいなくなるんだもん…」


ーごめんな。言いすぎた


うん…うん、分かった、と奏は電話を切った。


「のぞ、慧が帰ってくるから裏口と部屋の鍵開けといてくれる?」

「分かりました」


じゃあ開けてきますね、と希望は部屋を出ていった。


良かった…。慧が帰ってくる…。


奏は安堵の気持ちでいっぱいだった。


いなくならない、ちゃんと帰ってきてくれる。


しばらくしてドアをノックする音が聞こえ、ドアの方を見た。


希望が一瞬顔を出して笑った。


すぐに希望が扉の向こうに引っ込み、後ろから遠慮がちに慧が部屋に入ってきた。


希望に急かされて、慧が部屋に入ると希望はドアを閉めた。


「おかえり」


「奏…。ごめんな」


奏は目に涙を溜めて首を横に振った。


「大丈夫。慧が帰ってきてくれたからそれでいい」


奏の目から涙が伝う。


慧は奏が上半身を起こしているベッドに座ると、無言で頭を撫でた。


親指で涙を拭う。


「ほんとにごめん」

「もう大丈夫だよ?帰ってきてくれたんだから、謝らないで?」


慧は奏のおでこにキスをした。


奏の顔はゆでダコのようになった。


慧は奏を抱き締める。


「ちょっ…慧?」

「ごめん…」

「それはもういいよって…」

「よくない」


話聞いて、と慧は切り出した。


「このまま…?」

うん、と慧は言った。


「怒鳴ってごめん。お前のことが心配でさ…もっと早く言ってもらいたかった…。ごめんな」


「うちこそごめんね?心配かけたくなくて…。黙ってた、ごめんね」


慧は奏をきつく抱きしめた。


「ちょっ…慧、痛いよ」

「あ、ごめん」


ふふっと奏は笑って、慧が力を緩めると、逆に抱きしめた。


「奏…?」

「約束…もう破らないでよね。置いていかないって、一緒にいるって」

「…分かった」

「次破ったら婚約破棄だからね」


えぇ、と慧は声を上げた。


「それは困る」

「じゃあ約束破らないでよね」

「絶対離さねぇよ、約束する」

「絶対よ?」


あぁ、と慧は奏を抱きしめた。


青白い月明かりに照らされて、抱きしめ合う2人の影が部屋の床に伸びていた。


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