7.5話ーside 三橋慧(みつはし けい)ー
やってしまった…。
慧は罪悪感でいっぱいだった。
別に怒鳴らなくたって良かっただろう。
優しく、次からは早く言えよなって言いたかっただけなのに。
慧が逃げてきた先は、ハコニワと呼んでいた小さな庭。
マリーの曾祖父母が手入れを使用人にも一切触らせず、自分たちで手入れをしていた。
『何かあった時はここに逃げておいで』
実の孫のように接してくれたあの頃がとても懐かしい。
「ホンット、最低なやつだな…」
これで二度目だ。
一度目もここに逃げてきた。
体の事に最近敏感すぎる。
敏感なくせに、自分の体の事は後回しだ。
自分がただ失いたくない、ただそれだけで奏に怒鳴ってしまった。
自分がこんな体だから、なんだろうか。
こんな体じゃなかったら、怒鳴らずに済んだんだろうか。
考えても考えても、見えてこない最善な結果。
どっちにしても怒鳴っていたのだろうか。
「…やはり、ここにいらっしゃったのですね」
ハッと顔を上げると、追いかけてきた政がいた。
「政…」
政は、苦笑した。
そして、「隣よろしいですか?」と聞いてきた。
座るように促すと、隣に座った。
「…ひどいと思うか」
「慧様」
「怒鳴らなくたって良かっただろうって思うんだ。怒鳴るような事じゃないのも分かってるんだ。普通に気をつけろって言いたかっただけなんだよ」
政は、黙って聞いていた。
否定も肯定もせずに、ただ慧が話すのを聞いていた。
慧は、頭を垂れた。
「もし俺がこんな体じゃなかったら怒鳴らなかったのかな」
「そんなことはございませんよ。私だって好きな人が無茶をしたら怒鳴ります」
ですが、私も慧様と同じ思いになるのかもしれません。
下げていた頭を上げて、慧は政を見た。
「どうして優しく言えなかったのか…。後悔すると思います。キツイ言い方になったって、激しく後悔すると思います。…でも、それでいいじゃないですか」
「は?」
「女性側からはもしかするとどうして怒鳴ったのだろうと不思議がると思います。お互いの思いの違いなんだと思いますよ」
「思いの違い…?」
そうそう、と政はうなづいた。
「男側としては、心配しているのに、どうしてなんだって。でも女性側は、心配かけたくないから」
それが思いの違いです。
「Vive memor mortis」
「ラテン語で死を忘れずに生きよ、だっけ?」
「流石慧様ですね」
「本読んでたからな。そのおかげじゃね?」
「ラテン語をお使いになられたお客様がいらしたから教わったのではなかったのですか?」
ちげーし、と慧は反論した。
ところで、と政は話を切り替えた。
「いつお話するおつもりですか」
「俺の事か」
慧は苦笑しながら上を見上げた。
「…いつだろうなぁ…」
「いつまでもごまかせるとは思えません。お体の事を知っているのは、三家の旦那様と奥様、私だけです。…一体いつまで…お二方には黙っているおつもりなのですか」
さぁな、と慧はごまかした。
話はしようと思っている。時が来たらちゃんと。
そう思い続けて、今に至る。
「慧様…。来年、いえ症状が再発したら会えなくなるのですよ」
「うん、知ってる。…そんなことは俺が一番知ってる…」
「最近再発しかけていらっしゃいますよね。今日の飛行機での事も、その前の旦那様との飲み会も。無理して行ったのでしょう?」
少なからず、旦那様は異変に気がついているはずです。
いつまでごまかすおつもりなのですか。
慧は政の質問に答えないまま、空を見上げた。
沖縄の夏に相応しいような蒼い空に太陽が沈んでいった。
燃えるような空と海の青さが水平線まで続いていた。




