第六章-ある田舎での出会い
私たちは事件現場に到着した。
だがそこは閑散としている。時間がたっているからだろうか。立ち入り禁止のテープは張ってあるが人は少ない。しかし彼を見るとすごく驚いた顔をしている。
「え…」
どうしたのかと思い彼の方を見る、が彼はそれに気づかずにテープの外にいる二人組に駆け寄っていく。
現場にはその二人しかいないようだ。
一人はしっかりとしたスーツに身を包んだ中年、顔立ちから圧倒される威圧感を感じる。
もう一人は、だぼっとしたパーカーに身を包んだ、20歳付近の青年だろうか。
その二人は親子なのだろうか。そのような距離感と年齢差だ。
と、そんなことを考えていると
「さっ、冴島警部!お疲れ様です」
「田口君か、こんな田舎までご苦労様」
彼はすっかりなじんだ礼をした。
あれが件の冴島警部か…
貫禄がある。が、部下をねぎらう優しさのようなものも感じ取れる。
まさに、理想の上司像を体現したかのような人物だと思う。
「そちらは、噂の五十嵐探偵、でいらっしゃいますか?」
「はい、はじめまして。五十嵐吾郎と申します。今回は捜査のお手伝いをさせていただければと思います。」
「ええ、あなたの手腕は噂でよく耳にしますよ。よろしくお願いします。」
急に声を掛けられてびっくりしたものの、しっかりと受け答えをする。
と、同時に観察に入る。初対面の人間相手ではもはやくせになっている。
冴島警部
優しい声音と貫禄のある外見。
スーツはしわ一つないものの、高級感とは無縁である。
「足元を見る」という慣用句の通りに、足元を見てみたが、しっかりと磨かれた革靴だ。
そして、靴底がすり減っているのも見える。
靴のしわの少なさ、すり減った靴底。
長く履き続けているわけでもなさそうなので、よく歩き回るのだろう。
時計は左手に着けている。右利きの可能性が高い。
時計は、有名なブランドものだ、というか耐久性に優れた某メーカーの物だ。
爪はしっかりと切られ、磨かれている。
荒事を好む人間にはないであろう手の綺麗さだ。
加えて結婚指輪であろう指輪をはめている。
ネクタイは…なぜそうなった。薄い青に灰色の水玉かと思ったが、灰色のハートマーク。
…灰色でも愛は宿るのだろうか。
顔も端正に整っている。髭もしっかりと剃ってあり、眉も整えているようだ。
髪は、若干薄くなっているようだがしっかりと整えていることがうかがえる。
几帳面、仕事熱心
ひねくれていない、真面目な人間であるのだろうか。
しかし、ここまで整っていると、感心と同時に胡散臭さも出てくる…というのは穿ちすぎなのだろうか。
そして、私は見逃さなかった「よろしくお願いします」といった時、冴島警部の顔が少し困ったような表情になったことに。
と、ここまで挨拶、礼の流れで観察する。
そして警部、そしてお子さん?の顔を見る。警部の方は相変わらず優しい顔をしている。
が、青年の方はそうではない。驚いたような顔をしている。
私は尋ねてみた。
「そちらは、警部さんのお子さんですか?」
「あ、ああ。親戚の子でね。ほれ、挨拶」
警部に促されて、その青年は…
いたずらっぽい笑顔で
「どうも、神崎コトハといいます。今回は冴島がお世話になりますが、よろしくお願いします。」
と自己紹介をし、頭を深々とさげた。
これには少し驚いた。
私の神崎君への第一印象は無気力な今どきの若者、といったものだったからだ。
またも、観察する。
しわがそれなりに目立ち、手も隠れてしまうほど袖の長いパーカー。
その中には首元の緩んだTシャツが覗いている。
ズボンはGパン。
靴はそれなりの時間を履き続けているであろうスニーカー。
時計はつけていない代わりに、茶褐色といえばいいのだろうか、そんな腕輪…ブレスレットを右手首にしている。
手は警部と同様、ものすごくきれいに整えられている。
青年が顔を上げたのでそこでまた観察する。
灰色?に染まった髪は耳を隠しそれなりの長さになっている。
警部の、いわゆるかっこよく整った顔とは対照的に、かわいらしく整っている。
左耳には髪から黒いピアスが覗いている。
まるで完成された美術品のようだ、と思った。
そして、そこからは若干の不自然さが見え隠れする。
一見人懐っこいように見えるが、作られたものであるような、意図して演じているような。
そう考えると笑顔がなんだか恐ろしく感じられてしまうから不思議だ。
そして何より、警部のことを「冴島」と呼び捨てる。身内だから、ということもあるかもしれないが、警部の受け答えから本当に親戚なのかも疑ってしまう。親戚でないとしたら…それこそ青年が中年を呼び捨てにする不自然さが際立つ。
ふと、神崎君がまたも驚いた表情をしていることに気付く。
「何か気になる点でも?」
ついつい訪ねてしまうと、彼の顔はすぐに人懐っこい笑顔に変わった。
「いえいえ、なんだか観察されているような気がしたので。探偵さんってすごいんだなと思っていたところです。」
私はよく観察をする。探偵になってからずっとやっていることだ。
だからこそ、さりげなく、不信感を持たせず、そういった観察には自信があった。
だから、それを彼が見抜いたことに驚いてしまった。
「はは、君もなかなか見る目がありそうだね。僕のあとをついで探偵になってみないかい?」
「大変魅力的なお話ですね。機会があればその時はよろしくお願いします。」
…なるほど。この子は他人に合わせて生きてきたのだろうか。こちらが冗談を言うと、しっかりと、というより理想的な回答が返ってくる。そう考えると観察力にも合点がいく。
人懐っこい、冗談もわかる人間。
だれからも好かれそうなその人格を作り出したというなら…
と考えたところで神崎君が口を開く。
「では、僕は久々に冴島に会いたかっただけなので、これで。うれしい誤算として素敵な出会いがあってうれしいです。それでは。田口さんもまたいずれ会いましょう。」
彼は、返事も待たずに身をひるがえして、真昼間だというのに人一人いない道路を歩いていく。
「失礼な子ですまないね。彼の家はここから電車で数分のところにあってね。たぶん帰るんだろう。時間がないようなことも言っていたし。」
「いえいえ、人好きしそうないい子じゃありませんか。」
冴島警部に、私はそう返す。ほとんど反射的に。
頭の中では別のことを考えてしまっている。
私は見た。神崎君が身をひるがえす瞬間、冴島警部に囁いていた。冴島警部もうなづいていたので何らかの意思疎通はあったのだろう。
私と彼らの距離は遠くない。というか握手するのに適した距離、ぐらいに近い。
だから、冴島警部に聞き取れているならば、聞き取れないはずがないのだ。
声の大きさとしては。
たしかに、私にも声は届いた。しかし全く意味が分からなかった。
伝わらなかった。私は日本語含め7か国語を話すことができる。しかし今の音に近い言語は聞いた覚えがない。
発音が全く異なっている。発声の根本から異なっている。そう感じざるを得なかった。
そしてその声は、悪魔のようにドス黒いものだった。