第五章-ある悲劇への追憶
書きたい、けど書く時間が…
二人で二つの謎に関してさんざん話し合った後、明日も早い、と言う理由でお互い帰路につく。
明日も早い、とは言ったが、時計はすでに午前0:00を回り、今日も早いといった方が適切であるが…
今日は午前9:00に警察署最寄りの駅に集合し、密室殺人の現場を見て回ることになった。
密室に関しては、なんの情報もなく、解決法一つ用意できていない。
現場に直接赴いて、何か見つかればいいのだが…
と、意識を密室に向けようとするが、うまくいかない。
警部の件がどうしても頭から離れないのだ。
たしかに、先ほどはああ言ったが、警部が事件に関わっている可能性は0に等しい…と思う。
思わなければ犯人捜しの支障になるため、無理に思い込もうとしているだけではあるのだが。
警部が、実は、警部ではなくもっと階級が上の人間である。
これを大前提にしていることがすでに間違っているのかもしれない。
しかし、上層部の人間以外に、情報の詐称ができる人間がいるとは思えない。
この思考の堂々巡りである。
が、何度も言うように今日は早いのである。そして、睡眠不足は老体には堪える、ともつけ加えよう。
こうして、タクシーで帰った私は、すぐさま床に就いた。
朝、やかましい目覚ましで目を覚ます。
時計は午前6:00を指している。私は起き上がるとすぐに、コーヒーを入れ、時計を合わせる。これが私の日課であり、これをやらないと一日が始まった気がしない。
一通り朝の支度を終えたころには、時間は午前7:30。
急ぐ時間ではないが、余裕を持って家を出る。ここから駅までは30分もかからないが、先についているとしよう。
密室。
最寄り駅までは徒歩、そこから電車に乗って集合場所まで向かう。その間私はずっと密室の崩し方を考えていた。
(密室を作り出すのは意外と面倒だ。ではなぜ密室を作り出したのか。捕まりたくないから、捕まったとしても証拠不十分での釈放を狙ったから、死体を見つけられたくなかったから、警察を翻弄して面白がりたいから、密室を作らなければ殺害ができなかったから…)
私は一つずつ手帳に書きだす。そして、一つずつ潰していく。
(捕まりたくない…は可能性としては強い。ただし、被害者は誰かに恨みを持たれるような人柄ではないらしい。すると突発的、あるいは誰でもよかったのだろうか。しかし前者であれば、犯行時の犯人は冷静さを失っていた可能性が高い。その中こんなにも難解な密室を作り出すことなど到底できないだろう。後者は…)
こうして可能性は次々と否定されていく。
(…これは質が悪い上に、動機とはつながらないかな…次、密室でなければいけなかった可能性…そんなことがあるのだろうか。人は、言ってしまえば簡単に死んでしまう。そう、アイスピックでも。しかし簡単に死んでしまう生物を相手に密室を作らなければ殺害できない方法を使うなどどう考えてもあり得ない。殺害は、密室づくりよりも簡単なのだから。…結局はこれもありそうにないね。)
思いついた可能性を全て潰すと同時に、電車は目的の駅へと到着する。
到着時間は午前8:00
少し早く着きすぎたようだが…
「あ、五十嵐さん、おはようございます。」
突然後ろから声を掛けられて、びっくりしてしまった。
「あっ、ああ、田口君か、おはよう。」
「ずいぶんお早いですね。まあ、僕もですけど。」
おそらく彼の方も密室について気になっているのだろう。
彼との密室トークで電車の時間を待つとしよう。
時間はすぐに経過した。今回の旅は乗り継ぎのない比較的楽なものになりそうだ。
私たちは電車に乗り目的地を目指す。
山梨県 大月市
ある平凡な一家に悲劇が起きた場所。
心が急いている。早く謎を解かなければならないと。
電車で一時間強であったが、旅路は退屈しないものであった。
「なるほど、動機から犯人捜し…は難しそうですね。」
「凶器にも何か意味がありそうですけど…」
「イノシシとか出ませんかね。」
「熊とかもいるみたいですよ。」
「富士山は、静岡の物だと思うんですよ。」
彼との会話はこんな感じだった。
明らかに田舎トークに話がそれてしまったが…仕方ないのだ。
私もプライベートで東京から出ることはまずない。
彼の方は管轄等をあまり気にしない部署にいるため田舎には詳しかったりする。
というか、彼の出身は静岡なのだろうか…
そんなこんなで電車旅は終わってしまう。
到着だ。しかし…
「ここは、本当に何もないんだね…見渡す限り田んぼといった感じなのだが…」
田舎に縁のない私は圧倒されてしまった。空が広い。空気が澄んでいる。緑が多い。そして、虫が多い。
彼の方は慣れているのか、すぐに本題に戻る。
「現場は、ここから徒歩30分といったところですかね。タクシー使います?」
「私の趣味は散歩でね、歩きなれているから大丈夫だよ。」
徒歩での移動が決まった。田舎を歩いてみたい、という気があったことは否定できない。
そうして、到着してしまった。
ここが現場だ。