第四章-ある警部への疑惑
「まず、警部に関してそっちで分かったことはあるかい?」
「噂の出どころすらわからないんで、自分でデータベースを覗いてきました。で、見つけちゃいましたよ。」
「ほう、興味があるね。」
「まず一つ、冴島警部の所属に関する件です。これは普通、警察官ならだれでもアクセスできる情報なのですが、わかったのは公安部所属ということのみでした。どの課、係に配属されているのか、そこにはアクセスできませんでした。記述がない、のではなく、僕の権限ではアクセスできない情報だったんです。」
「つまり、警察の中でも重要機密扱いされていると?」
「そういうことになりますね。まあ、警察って国家権力ですから。今までも都市伝説みたいなものは多かったんです。やれ、事件をもみ消すためだけの組織とか。秘密裏に国家の敵を処分する組織だとか。あるいは、警視庁の地下には神様並みの超人がいてそれの警護に当たる組織だとか。」
「最後のは私でもどうかと思うがね。」
「まあそんな感じの。冴島警部の情報にアクセスしてこれに気付いた人が流した噂なんですかね。」
「まあ、そういう類の物だろう。他にわかったこととはなんだい?」
すると、彼は思い切りテーブルに乗り出し、小声で伝える。
「噂の件、本当でした」
これにはさすがに私も黙ってしまうしかない。しかしその後告げられた言葉にはさらなる驚きがあった。
「しかも、経歴の最終更新日は、7月17日になっているんですよ。空白の経歴なのに更新ってことは何らかの経歴が消された可能性があるわけです。システム上はできないようになっているらしいですが。そして
7月17日、この日は捜査本部が正式に立ち上がった日でもあります。」
捜査本部に入るために隠さなければいけない経歴、それが件の警部にはあったということなのだろうか。
謎は深まるばかりだが、いくつかの可能性を潰しておきたい。
「まず、その警部が本来もっと階級が下で、警察の上層部とのコネで昇進した可能性は?」
「ありえませんね。」
即答される。まあ、これはこちらでも予想がついていたのだが。
「昇進の手続きって、普通に面倒なんですよ。そんな数日でできるもんじゃありません。」
「なるほどな。では、逆に、もっと上の人間が何らかの目的で降りてきた可能性は?」
彼は、思案顔になる。どうでもいいが真面目な顔をしているときの彼は様になっていて格好いいと思う。
「それって何か意味がありますかね?」
「まず自由度が格段に上がるだろう?」
「ん…いや、そんなことはないと思いますよ?上に通す資料や報告が面倒になるだけですし。上層部より一警部の方が動きやすいってことはないですね。自分の調べたいことがあっても上からの命令には逆らえませんし…いや、違うな。上の命令系統の中でも冴島警部が上位に属していたとすればありえるのか…でも、自由度を上げることの意味ってなんなんですかね?」
「さっきも田口君、君が言ったように何か気になる一件でもあったのか…あるいは逆、絶対に関わりたくない一件があったのか…」
「でも、そのどちらでも上層部にいたまま達成できますよ?そのほうが部下も使いやすいですし」
「…警察の上層部にいて、何かデメリットになり得ることってないのかい?」
「しいて言えば…単純にプライベートの時間が減ってしまうこと…あっ、あとは怨恨もない相手に狙われたりもするらしいです。」
「後者は…普通に怨恨を持たれてしまう、直接犯人に手を出す人間の方が危なそうに感じるけどねぇ。」
すると、彼はものすごく、おそらく彼と出会ってから初めて目にするであろういやらしい顔をして
「もしかしたら、犯人に直接手を加えたかったから、警部の立場にまで降りてきたのかもしれませんね。」
と囁いた。
ここで私は考え込んでしまった。
犯人に直接手を加えたい…つまり自分の手で逮捕、あるいは暴力といった手段に出る、ということだろうか。
しかし、上層部から降りてくる、ということは、もともと上層部にいたということになる。
ということは、悪人を自分の手で…といった欲望ならとうの昔に消えていてもいいはずだ。
上層部にいたのなら、過去にそれなりの手柄は挙げているはずなのだから。
だとしたらむしろ都市伝説の…
ここまで考えて、彼が神妙な顔で私の顔を見ていることに気づいた。
「五十嵐さん、すみません。憶測で言い過ぎました。これもないと考えていいと思いますよ。そもそも上層部にいたのならそんなこと飽きるほどやっているでしょうし…」
心配そうな顔で彼は言った。おそらく自分の疑念一つで今回の直属の上司に対して誤解させないためだろう。それに、彼も同じ意見を持っていると知って安心もした。
「そのことに関しては、私も君と同じ意見だ。そもそも、仮に理由がそんなものだったとしても、警察の最上位が許可を出すとは考えられない。」
彼は少しほっとした顔をしている。
しかし、この後の一言で驚愕の表情に変わることになる。
「しかし、上から、立場を隠して降りてくるなんて普通じゃない。私は、今回の事件の特殊性も含めて、都市伝説のひとつが関わっている可能性があると思うよ。」
私は一呼吸おいて
「『事件を隠ぺいする』その一点に特化した人間である可能性。しかも冴島警部の情報操作の日付から考えても…冴島警部は事件の概要に心当たりがあるのかもしれない。いや、それだけでなく、事件そのものに関わっている可能性すらある。」
と告げた。