第十八章-ある事件の幕引き
コトハが反応した直後、コトハの真横にあざみが現れる。黒い空間が現れることもなく、純白の彼女、そしてその後を追うように、ところどころに拘束目的なのか、札のようなものが張られた者が三名。そして最後に、着物の女性、鱗花が現れる。
視覚的にわかりにくい、空間転移、というものなのだろう。
そこに始めからいた、と言われても納得できるほど、急にその場にいた。
魔術は何でもできる。というのを、ここで改めて認識させられる、が、今この場において最優先すべきは札を張られ、拘束された真犯人なのだろう。
二人が男性、もう一人が女性。その全員が黒いローブのようなものを羽織っているため細部までは分からないが、全員が一様に口を札でふさがれている。
そして気になるのは、男性の一人を除いて、コトハを睨んでいることだ。
そう、二人がコトハを睨んでいる、恨んでいるのは分かるのだ。しかし、もう一名がコトハに対しそういった感情を持っていない様なのは…理解ができない。
さながら、言い逃れをするために、とぼけようとしているわけでもなさそうだ。
その男からは…恨みではなく、苦しみが感じ取れるからだ。苦しみ、諦観。
そこであざみが口を開く。
「コトハ、全員無傷で捕まえた。」
「お疲れ、ありがと。」
なるほど、確かに三人をよく見ると、傷一つない。
傷一つなく、だからこそ力の差を見せつけられたということだろうか。
そこで、コトハは真犯人に向き直る。と、おもむろに女性の口に貼ってある札をはがした。
「すべての精霊たちよ!私に従い…
「お前は変わんねーなー。無駄だってわかってんだろ。」
女性が何かを言う、これも魔術なのだろうか、呪文のようにも聞こえた。それをコトハが遮る。
というか、この二人は知人同士なのだろうか。コトハは彼女のことを知っているようだが…
「お前がうちから逃げたときはびっくりしたけど、いま黒翼にいるんだー。」
うちから逃げた?ということは、あざみたちとも知り合いということだろうか。
と、考えていると、冴島警部が耳打ちをする。
「あの女はな、警察にいたんだよ。警察の、しかも機密レベルの高い部署にね。それが三年前に逃げ出したんだ。まあ、機密情報を知ってるってのもあって、処分命令も出てたんだけど今まで見つからなくてね。ちなみに、あざみたちがコトハの周りに来たのとは時期がずれるからね、あの子たちは知らないよ。」
まあ、疑問が顔に出ていたんだろう。答えてくれた冴島警部にこちらも小声で問い返す。
「その、彼女とコトハは親しい間柄なのかな?」
その問いに、冴島警部は少し困った顔をし、
「そこは微妙なところだね…仲が良かったというわけではない…と思う。が、少なくとも交流が無かったわけではないだろう。あの二人は日本の警察の中でも特殊な立ち位置にいたからね。機密レベルの高い部署二つのトップにいたんだ。武闘派、というか暴力的解決に特化したコトハ、あの頃はハチドリっていう名前で活動していたがな。そして諜報に特化したオウル、あの女だな。どちらも当時は、それなりの魔術師ではあった。最も、コトハに限った話をすれば今の方が段違いに強いがね。」
ということを教えてくれた。
その後に、これより詳しいことは言えんがね、とつけ加えて。
昔はコトハも暴力的解決をよしとしていたという事か?いや、今もそこまで変わらない気もするが…
しかし、警察の魔術に関する部署というのは、やはり、複数あるのだな。武力、諜報があれば、他にもいくつかあるのだろうか。
と、そんなことを考えている間もコトハとオウルの会話は続いている。
「いやー昔が懐かしいね。特に君らにはずいぶんお世話になったからね。まったく、ありがとうも言わないうちにどっか行っちゃうなんて酷いなー。」
コトハは笑いながら軽い口調で。それに反してオウルは忌々しい、といった表情を隠す様子もなく聞いている。
「で、君が逃げて行った理由については聞いてもいいのかな?」
この質問にもお互いの表情に変化はない。
そこで、コトハも、オウルの返事を待つように黙ってしまう。
いくばくかの静寂。
そこで、オウルが根負けしたのか、口を開く。
「お前は、どういうつもりで警察に居続けるんだ。お前も、この国のことはよく知っているんだろ?だったら何故、こんな国のために働こうと思える。」
「それが、いや、あの事件が、君が警察から逃げた理由か。」
コトハは納得のいったような顔で、しかし、苛立ちのようなものも感じ取れる。
「あれは、人間が、人類が弱いから起こった出来事だ。人類が強ければ、あるいはどんなに努力しても人類は他に敵わないということを知っていれば防げたんだ。だから、だから私は黒翼に入った。人類に、効率よく絶望を思い知らせるために。」
「なるほど、後者を選んだわけだ。確かに、前者よりも簡単で効率もいいだろうね。だけど、そこにはどうしても犠牲がでる。僕らがお互いに憎んでる、一般人の犠牲がね。それを良しとするほど、君は聞き分けがよかったとは思えないけど。」
それを聞き、オウルは悔しそうに歯嚙みする。傍から聞いているだけの私には全貌は到底理解し得ないが、双方ともに、人類を思っての行動だったのだろうか。
少なくとも彼ら二人の中ではそうなのだろう。
苦悩し、失敗し、学習し、道半ばでそういったことはあったのだろうが、少なくともぶれない軸のようなもの。お互い別の道を行きながらも共有していた考えの根底。
それが人類なのだろう。
むしろ、この二人の顔から察するに、非は警察に、国にあったように聞こえる。それでオウルの処分とは…いささかこの国も野蛮な考えを持っている、と言えるのだろうか。
「まあ結果的にはそうも言えないでしょ。黒翼で日本を標的にしちゃったんだし。」
あざみは機嫌悪そうに、そう言う。
「不穏分子は排除。少なくとも国みたいな大きい集団をまとめるには必要な考え方。だから、そういう観点から見ればこの国も人類を考えての行動なんでしょ。」
皆が皆、人類の平穏を求め、そのすべてが衝突し、失敗した。
コトハが政治的かつ暴力的な手段を取り、オウルは暴力的かつ人任せ的な方法を取り、日本は暴力的に現状維持に努めた。
そのすべてが正解であり、だからこそすべてにゆずれない一線があったのだろう。