第十章-ある異常への扉
その線を私は…
「決意を固める前に一つ聞いてもいいかな?」
目の前の少女は少し驚いた顔で答える。
「お前、やっぱりおかしーな…うん、まあいいよ?一個だけね。」
「あざみさんとその周りの人たちは…人を殺したこ「人によりけり、って感じ?」
「…じゃあ君「あるよ」
その返答は予想できていた。あざみさんの雰囲気が明らかに一般人のそれとは異なるからだ。しかし、実際にそれを突き付けられてしまうと非常に恐ろしくなってくる。こんな少女が、10才の少女が、殺人をしたことがある。
…しかも、先ほどから「消す」という言葉をよく使うあたり、何らかのミス、あるいは正当防衛ではないのだろう。
どのような背景があったのかは知らないが、これから私が足を踏み込もうとしている領域はそういうのもなのだと痛感させられる。
「まあ、こっち側で人を殺したことない人も割といるし…私たちみたいなのから人を守ろうと頑張っている人もいることを補足はしておくけど」
人を守る、人の為になる。この2つは私のモットーだったはずだ。そのために探偵になり、どんな仕事でもこなしてきた。そのたびに見る彼らの笑顔は忘れられるものではない。それが生きがいになって、また次もがんbろうと思える。目の前の少女は言った。「人を守ろうと頑張っている人もいる」と。私は人を守りたい。線を越えれば守れる領域が増える可能性が高い。可能性は高くなくてもいい。低くても可能性があるならやってみたい。
ならば…これ以上考える必要はない。
越えよう、今までの人生を。
「あざみさん、これからよろしく頼むよ。」
と、言いながら私は一線を越えた。
そして…私の目の前には…
「やっぱそうなるか…まあ、いっか。言葉と冴島には後で伝えれば…ん、ようこそ。ふふっ何でそんなに怯えているのさ」
そう笑う、
一対の真っ白な翼をもった天使がいた。
「あ、あざみさん?」
「そうだよ?さっきとは違うから気づかなかった?」
「その背中のは…「羽だよ?こっちでも鳥とかにはついてるでしょ?」
私は固まってしまった。異常だとは知っていた。しかしこれは、異なるどころの話ではない。完全に日常を、常識を超えてしまっている。超常だ。
「覚悟はしてたんでしょ?こっちでも私たちは絵本とかにもよく出てくるよね?そんな感じの存在だと思ってもらえば…」
思えるか。
ここで、取り返しのつかない状態になってしまったと改めて知る。この子の言う覚悟、それは私の想像を超えていた。
いや、そうじゃない。私の認識が甘かっただけだ。悔やんでも仕方ない。
切り替えなければいけない。
認識を改める。この世界には天使が存在する。それだけだ。
「やっぱそういうとこ、お前が異常だって証なんだけど…」
「異常?」
「切り替えが明らかに早すぎるでしょ。」
「悩んでもしょうがないことは悩まない主義なんでね。」
「じゃあ、色々一気に詰め込もうか…」
「…なにを?」
「知りたいんでしょ?もっと、この世界のこと。」
知りたい、好奇心に突き動かされる。
さっきより、好奇心のタガが外れやすくなっている気がする。
「それは私のせいだけど…」
「何?」
「まあ、いいや教えてあげる。この世界のこと。こっち側のこと。」
「ああ、ぜひ頼む」
あざみさんは一呼吸置いた後言った。
「この世界には3種類の『人』が存在する。分類的には『人類』『天使類』『悪魔類』こっちの言葉で言うとこんな感じ?とりあえず、うん、まあ。で、こっち側っていうのは、人の分類と『魔術』を知っている側にいること。」
「魔術」
訳が分からない。
いや、違う。ようやくわかった。そもそも今回の一連の謎に大したトリックなんてなかったんだ。ただ常軌を逸しすぎていて気付かなかっただけの、いたってシンプルな現象に過ぎなかった。
密室も、冴島警部の履歴の件も、言葉君やあざみさんの読心も、曲がり角で突然消えた言葉君も。
全部そういうことだった。
「で、私はお前に、ずっと魔術をかけていた。」
「…今すごく怖くなったんだけれど…魔術というものを使えば今すぐ私のことを殺すことも?」
「できるよ?こっから離れたお前の事務所を消すことも。」
「…なるほど、ちなみに私に使っていた魔術というのは?」
「認識阻害。まあ、もっと細かく言うと目をそらさせる、興味を持たせない、そんな感じの魔術。」
「…現に私はあざみさんに興味を持ってしまったんだが…うまく発動しなかったということなのか?」
そこであざみさんは、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「いや、術式自体はうまく発動した。ただお前の好奇心が強すぎて効かなかった。一般人レベルにまで落とした術式とはいえ…割とあり得ない。」
「なるほど、魔術というのも万能ではないのか…」
「まあ、今回の術式は例えるなら睡眠薬みたいなもの。弱ければ起きてられるし…逆に強すぎると殺しちゃう。だから、一般人には強いのは使わない。冴島と言葉に止められてるし。あ、ちなみに好奇心のタガが外れちゃってるのは私がさっき、いきなりそれを解いたから。」
「まあ、そんな感じの理解でいい。とりあえず基礎知識はこんな感じ。ここまで大丈夫?」
大丈夫なわけあるか。
とはいえ、まあ、なるほど。理解はできた。
「ああ、大丈夫だ。言葉君の『ギリギリ人間』というのもそういうところから来ていたのか。『人』だけど『人類』ではないということでいいのか…」
「違うよ?」
あざみさんはすごく楽しそうに、まるで子供が自慢話をするように言う。
「言葉は、人類で初めて天使や悪魔を凌駕した人間。序列第一位『GARDEN』それがあいつのこっちでの肩書。」
もう訳が分からなかった。