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天の川を越える

作者: 零時

七夕に合わせて投稿するつもりが、間に合いませんでした。

拙作ですが、読んでいただければ幸いです。


電車を降りると、ムッとした熱気と共に流れ込んでくる歓声と祭囃子の音。

日ごろとは比べ物にならないくらいの人込みに流されながら改札を抜けた。

…今年も、ちゃんといるだろうか。

思わずそうつぶやいた俺の頭の中には、『アイツ』の姿があった。


最初は、小学生の頃の七夕祭りだっただろうか。

俺は親にもらったお小遣いを握りしめて、屋台を見て回っていた。

金魚すくいではすぐに網を破き、射的でも小さい景品を落とすのが精いっぱいだったが、とにかく『お祭り』という行事自体が純粋に楽しかった。

祭囃子の歌も意味もよくわからなかったが、みんなが集まって楽しそうにしているのが楽しかった。

…だからだろうか。

屋台の列から少し離れたところでつまらなさそうにしている『アイツ』を見つけたのは。


『アイツ』はきれいに着付けた浴衣を着ていた。

俺がどんなに頑張っても掬えなかった金魚の袋を左手首に提げ、流行りのキャラクターのお面を頭に掛け、右手にワタアメを持っていた。

言葉にすれば、祭りを満喫している、どこにでもいる子供の姿だった。

だが、表情がそのすべてを打ち消して「つまらない」と語っていた。

そして、祭りを楽しむ俺たちを見るその顔は、俺たちを見下すようにも、憐れむようにも、羨むようにも見えた。


当時の俺は、そんな『アイツ』を見て「なんであの娘はつまらなさそうにしているんだろう?」なんて思うくらいには純粋な子供だった。

自分が楽しいのだから、他の人も楽しいはずだと信じて疑わないくらいには幼かったのだ。

だからなんの気負いもなく話しかけたし、そこでそっけない態度を取られるとは夢にも思っていなかった。


『アイツ』は言った。お祭りなんて全然楽しくないと。

ここに来るのは『そういう決まり』だからで、本当はみんな楽しんでなんかないと。

そんなことはない。と俺は反論した。

みんな楽しいからここにきているのだし、お祭りが楽しくないわけないと。

そう熱弁する俺を冷ややかな目で見ていた『アイツ』は、食べきったワタアメの棒を捨てるとこう言った。

だったら、どこが楽しいのか私に教えてみなさい。と


それが、『アイツ』と俺との関係の始まりだった。

結局その後時間が許す限り祭りの会場を回ったが、『アイツ』を楽しませることはできなかった。

やっぱり、といって去っていく『アイツ』に、俺は悔し紛れに叫んだ。

来年こそは、絶対にお祭りが楽しいと言わせてやる。と

『アイツ』は少し振り返って、何も言わずにそのまま去った。


家に帰って冷静になると、早くも俺は自分の言ったことを後悔し始めていた。

悔し紛れにあんなことを言ってしまったが、そもそも俺は『アイツ』のことを何も聞いていなかった。

『アイツ』がどこのどういう人かもわからなければ、来年『アイツ』が祭りに来るかどうかもわからないのに、なんであんなことを言ってしまったのだろう。と

それに、仮に『アイツ』が来年も来たとして、他の大勢の人の中からどうやって探すのか。

…しかし、そうやって後悔している一方で、来年こそは『アイツ』を楽しませてやる、と考えていたのも事実だった。


その次の年、俺はなんとなく去年『アイツ』を見つけたところに向かっていた。

とくに予感などはなかったが、そのくらいしか『アイツ』を見つけるアテがなかったからだ。

半分以上あきらめていたが、『アイツ』は変わらずそこにいた。

『アイツ』もまさか俺が来るとは思っていなかったようで、驚いた顔をしていた。

俺は去年と同じように『アイツ』を楽しませようとし、同じように玉砕した。

そして同じように、約束をした。

来年は、祭りを楽しませてやる。と


次の年も、その次の年も、『アイツ』は同じ場所にいた。

相変わらずつまらなさそうな顔をしているのは変わらなかったが、毎年俺が声をかければ一緒に回ってくれた。

いつしか、『アイツ』に祭りの楽しさを教える、というより『アイツ』を楽しませる、という方が俺にとっての目標になっていた。

それは俺たちが中学生になり、高校生になっても変わらなかった。

お互いのことは名前くらいしかわからなかったが、祭りの時しか会わないということ、最初に聞く機会を逃してしまったこと、そしてなによりも…『アイツ』がどうもそれを嫌がっていること。

それが原因で、結局お互いに自分のことは相手に伝えずにここまで来てしまった。


結局のところ、俺たちはどこかでお互いに甘えていたのだろう。

俺は毎年『アイツ』を楽しませることに失敗しながらも、来年になれば『アイツ』が来ることを知っていた。

『アイツ』も、毎年俺に「楽しくなかった」と言いながら、来年になれば俺が来ることをわかっていた。

そして、お互いにそれに気づかないふりをしていた。

だが、それも今年で終わりだ。


今年も、いつもの場所で『アイツ』は待っていた。

最初の頃に比べて格段に綺麗に、美しくなった『アイツ』は、いつものように俺に声をかけて歩き出した。

俺は『アイツ』を呼び止めて告げた。


「来年から、俺はここに来れない。だから―――」




………………



いつだって、私を動かすのはあなたで。

それにずっと甘えていたのは、私。

だから、これは最初から分かっていたこと。

なのに……

どうして、あなたのそんな言葉を聞きたくないと、思ってしまうのだろう。


私の家は、地域の小さな社の管理をしている家だった関係で、祭り事には毎回参加せざるを得なかった。

小さいころから、祭りの季節になると近所の人がやってきて、祭りのことを夜遅くまで話し合っていた。

その間、たいして大きくもない私の家は祭りの準備につきっきりで、父も母も私のことを気に掛けるどころではなく、それどころか、ありとあらゆる雑事を押し付けられて、あちこち回らなければならなかった。

そんなわけで、幼い頃からずっと祭りの裏側に触れ続けた私は、当然の流れとして祭りが嫌いになっていった。

当日も役員やら挨拶やらで忙しい両親にもらった小遣いも、どの屋台がどの品を出すかで散々揉めていた現場を見た後では使い道に困るだけで、両親に祭りを楽しんでいると思わせるためだけに使っていた。


そんな時に、あなたに出会った。

どこにでもいるような、のんきでなにも知らずに祭りを楽しんでいたあなたは、道の端でワタアメを食べていた私に話しかけてきた。

なぜ祭りを楽しまないのかと。

祭り当日の私は、早く祭りが終わって両親が再び私をかまってくれることだけを願っていたから、あなたに向かってかなり冷淡なことを言った。

当然、あなたは怒って祭りの良さを熱弁し始めた。

その様子があまりに熱心で純粋だったから、からかうつもりで私はこう告げた。

どこが楽しいのか、私に教えてみなさい。と


今考えても、ひどいことを言ったと思う。

なにしろ、祭りが始まるずっと前から、何をどこでやるかを何回も聞いて覚えた私に、祭りの楽しさを教えろと言うのだ。

案の定、あなたは私を楽しませることはできずに時間切れとなった。

立ち去る私に、来年こそは楽しませてやる。と、あなたが言ったのを聞いて、私は思わず振り返ってしまった。

そこには、いまだに『祭りは楽しい』ということを信じ切っている顔のあなたがいて。

私は……たぶん呆れたのだと思う。何も言わずにそこを立ち去った。

だいたい、私がどこの人かも知らないくせにそんなことを言うなんて。

とにかく、その当時の私は特に何も思っていなかったのは確かだ。


その次の年、また家が騒がしくなって両親が私を放っておくようになると、私はなぜかあなたのことを思い出した。

まず間違いなく来ないだろうけど、他にやることもないのだから待ってみてもいいかな。

そんな考えで去年と同じ場所で待っていると、本当にあなたがやってきた。

あなたも私が待っているとは思っていなかったようで、驚いた顔をしていた。

今年こそは、お前に楽しかったって言わせてやるからな

そうなんでもないかのように言って、あなたは私を引っ張っていった。

私は、また前の年のようにあなたの後ろについて、何もかも知り尽くした屋台を巡っていった。


結局、その次の年もまたその次の年も、あなたは私が一番最初にいた場所に来て、私を連れまわしていった。

だんだん私は屋台を巡ることよりも、あなたと一緒にいることを楽しいと思うようになっていった。

それでも、私は毎年祭りの最後にあなたが聞いてくる質問に、毎年同じ答えを返していた。

今年の祭りは楽しかったか?

いいえ、やっぱり楽しくない。


私は祭りを楽しいと思ったことは一度もない。

これは確かなことで、今でも祭りの屋台には興味がわかないし、飽きるほど聞いて歌詞も意味も知り尽くした祭囃子も聞きたいとは思わない。

だから、祭りが楽しくないというのは正直な私の感想のはず。

本当に?

本当は、『あなたと回る祭り』が楽しかったんじゃないの?

……楽しかったにきまってる。

いつも一人で過ごす時間だった祭りを。

両親を私から取り上げてしまう祭りを。

楽しいおしゃべりとともに屋台を巡って、金魚すくいや射的に一喜一憂して、かき氷を一気に食べて頭を痛くしているのをみて笑って…

そんな時間が、楽しくなかったわけがない。


でも、私が楽しいと言ってしまえばこの関係は終わり。

逆に私が楽しくないと言い続けている限り、この関係は続く。

そんな姑息な考えで、私は今まで逃げてきた。

ホントはずっと前から気づいてた。

言わきゃいけない言葉は知っていた。

私がほんの少し勇気を出して踏み出せばよかっただけの話。

でも、ズルい私はあなたのやさしさに甘えて言わなかった。


そして、ついにその時がきてしまった。

ズルい私に突き付けられた、あなたの言葉。


「来年から、俺はここに来れない。だから、今年はその分まで精いっぱい楽しもう」

「そして、もし楽しいと思ってくれたなら……その時は、俺と付き合ってくれないか」


結局、最後まで最初に動くのはあなたの方で。

そして、やっぱりどこまでも優しいのもあなただった。

何も言えなくなった私の手を取るあなたの手は、最初に私を引っ張っていった時と同じように暖かく感じた。


毎年、あなたと過ごす祭りの時間は短く感じたものだけれど、今年はその中でも特に短く感じた。

あっという間に終わりの時間となり、いつもの解散場所に着く。

あなたからの、いつもの質問。

でも、いつもとは違う意味を持った質問。

私は、私も勇気を出して、一歩を、踏み出す。


「祭りは楽しかった?」

「…いいえ、祭り『は』楽しくなかった」

「…そう」

「でも」


肩を落として帰ろうとするあなたの袖をつかんで引き留める。

一呼吸おいて……これまでずっと、騙し続けて逃げてきた気持ちを、伝える。


「あなたと過ごす時間は、楽しかった」

「今年だけじゃなくて、去年も、その前の年も」

「たぶん、最初にあなたと一緒に回った時から、あなたとの時間は楽しかった」

「だから、これからもあなたと一緒にいたい」

「あなたと一緒の時間をすごして、一緒に楽しい時間をすごしたい」

「だから、私と付き合ってください」


…言えた。

いままでの嘘も、自分の気持ちも。

年に一度、七夕の祭りにしか会えないなんていう私とあなたの約束ももう終わり。

天の川に架かる橋を渡ってきたあなたに手を引かれて、私もあなたと同じ側に来ることができたんだ。



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