電車
残業しすぎて終電まで逃すなんて、なんて不幸なんだろう。
でも心配はしないですみそうだ。向こうからもう一本電車が来るみたい。
……もちろん、それで無事に帰れればの話、だが。
改札を駆け抜け、ホームへ上がって電車を待った。冷えた夜の空気が頬を刺す。反対側には誰もいない。終電ギリギリだというのに。
別に特別な用事があってここにいるんじゃ無い。仕事が酷く長引き、いつもの電車を逃しただけだ。仕事残りを家に持ち込めば良かった。
『間もなく、一番線、泉下町行きの電車が到着いたします』
透き通った声のアナウンス。ガタゴト、向こうから電車がやってくる。剥げた塗装、薄汚れたシートとやけに汚い。
乗客はまばらだった。何人かが顔を上げ、ちらり、こっちを睨み、また俯いた。不審者を見るように小声で内緒話をする者もいた。気分を害さないようにとそっと席に着いた。
音もなくドアが閉まり、電車は滑るように線路を走っていく。窓硝子越しに夜の町が見える。青白い光があちこちに飛んでいる。水銀灯か? ずいぶん明るいな。
「ちょっと良いですか」
光に見とれていたら、誰かが肩を叩いた。白いワンピースの女性だ。どこの駅で降りるか訊かれ、素直に家の最寄駅を答えた。女性はハッと驚いて
「次の駅で降りて。これに乗っていては駄目」
と囁いた。
数十秒後、次は順和霊園、とアナウンス。訳も分からぬまま降りる支度をした。
自動ドアが開く。彼女に言われた通り走って降りようとした。
間髪を入れず乗客達が立ち上がる。あっという間に彼等に羽交い絞めにされ、恐怖で思わず声を漏らした。ある者は肩に喰らいつき、別の者は脚をがっしり掴んでいる。氷めいて冷たい手が素肌に触れた。
嫌だ、降ろして! ぐっと体に力を込め、閉まりかけたドアから転がり出た。彼等は悔しそうに車体をガンガン殴っていた。その向こうであの女性が悲しそうに佇んでいた。
助かった……落ち着いた所で線路から離れ、どう帰るか考える事にした。その時耳元で、
「折角の新入りを逃してたまるか」
冷たい手に掴まれ、線路へ引き込まれた。ガタゴト、向こうから電車がやってきて――。




