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800字の短編世界  作者: 沙猫対流
2015~2016年
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2/11

電車

残業しすぎて終電まで逃すなんて、なんて不幸なんだろう。

でも心配はしないですみそうだ。向こうからもう一本電車が来るみたい。

……もちろん、それで無事に帰れればの話、だが。

 改札を駆け抜け、ホームへ上がって電車を待った。冷えた夜の空気が頬を刺す。反対側には誰もいない。終電ギリギリだというのに。


 別に特別な用事があってここにいるんじゃ無い。仕事が酷く長引き、いつもの電車を逃しただけだ。仕事残りを家に持ち込めば良かった。



『間もなく、一番線、泉下町行きの電車が到着いたします』



透き通った声のアナウンス。ガタゴト、向こうから電車がやってくる。剥げた塗装、薄汚れたシートとやけに汚い。


 乗客はまばらだった。何人かが顔を上げ、ちらり、こっちを睨み、また俯いた。不審者を見るように小声で内緒話をする者もいた。気分を害さないようにとそっと席に着いた。


 音もなくドアが閉まり、電車は滑るように線路を走っていく。窓硝子越しに夜の町が見える。青白い光があちこちに飛んでいる。水銀灯か? ずいぶん明るいな。


「ちょっと良いですか」


 光に見とれていたら、誰かが肩を叩いた。白いワンピースの女性だ。どこの駅で降りるか訊かれ、素直に家の最寄駅を答えた。女性はハッと驚いて


「次の駅で降りて。これに乗っていては駄目」

と囁いた。


 数十秒後、次は順和霊園、とアナウンス。訳も分からぬまま降りる支度をした。


 自動ドアが開く。彼女に言われた通り走って降りようとした。


 間髪を入れず乗客達が立ち上がる。あっという間に彼等に羽交い絞めにされ、恐怖で思わず声を漏らした。ある者は肩に喰らいつき、別の者は脚をがっしり掴んでいる。氷めいて冷たい手が素肌に触れた。


 嫌だ、降ろして! ぐっと体に力を込め、閉まりかけたドアから転がり出た。彼等は悔しそうに車体をガンガン殴っていた。その向こうであの女性が悲しそうに佇んでいた。



 助かった……落ち着いた所で線路から離れ、どう帰るか考える事にした。その時耳元で、



「折角の新入りを逃してたまるか」



冷たい手に掴まれ、線路へ引き込まれた。ガタゴト、向こうから電車がやってきて――。


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