水路にて
街市場に出るまでの水路は、活気に満ち溢れていた。
「完全にハマッちゃったわね」
2818年8月8日。午前9時。
「どんだけツイてないんだろ?今日の私」
いつもは一時間半以上早く家を出るため、街の人たちが仕事場に向かう時間帯にこの水路を通ることは滅多になかった。
「寝坊はするわ、船は動かないわ、家で朝食はとれないわ…」
元を辿れば自分の落ち度もあったとはいえ、フミエは今自分が置かれている状況に言いようのない苛立ちを覚えていた。
「お、ミリエちゃんじゃないか。こんな時間に珍しいね」
水路の左側にある陸地から、不意にそんな言葉が聞こえた。
「あ、ロールさんだ。おはようございます」
そちらへフミエが振り向くと、ベレー帽をかぶった中年の男性が木の手すりに持たれながら立っていた。
「いつもなら向こうの水路に戻ってきてる時間だろうに」
「それがですねー、不幸というか、何というか。偶然に偶然が重なりまして…」
フミエがそんな言葉を男に返すと、彼は事態を理解したのか深くゆっくりと頷いてみせた。
「まあそんな日がたまにはあっていいだろうさ。何せ俺もこんな時間から働いたのは久しぶりだからな」
(ロールさんのお仕事って何だったっけ?)
そんなことを考えていると前列の船の集団がゆっくりと動き出すのが見えた。
「ごめん、ロールさん。このお話の続きは、今度またうちのお店でお願いします」
「おうよ。買出し、頑張ってこいよ。またな」
それからすぐに、フミエはボートのレバーを入れてゆっくりと船が並ぶ水路を進み始めた。




