騒々しい朝
電話で連絡をしてから30分後、アドレアは自前のボートでフミエの家の前までやってきた。
「遅い。どこで道草食ってたのよ?すぐ来るって言ったじゃない、嘘つき」
「色々モーターの故障の原因を家で調べてたんだよ。すぐに直してやる、それで全部チャラだ」
フミエが「なによそれ、あり得ない」と呟く前に、アドレアは古ぼけたウッドデッキの上に工具を並べ始める。
「こっちにだって事情があるんだ、看板娘。っと、その前に」
アドレアが眺めている方へフミエが顔を向けると、フミエの母が何かを持ってこっちにやって来るのが見えた。
「おはようございます、おばさん。いつもお世話になってばかりで」
「いえ、いいのよ。どうせ食事、取ってないだろうと思ったから」
フミエの母がそう言って手にしていたバスケットをアレアレアに手渡すと、今度はフミエにもう片方の手に持っていたバスケットを手渡した。
「貴方もね、フミエ。今日は朝食、家で取れないだろうから。ボートの上で食べなさい」
「ボートで食べろって言われても、どこに私の乗るボートが…。それにまた」
フミエはそう言いかけて「なんでもない」と呟くと、今自分の家の前に停留している煤けた青いボートが不意に目に留まった。
「まさか、こいつのボートで…」
「そのまさかよ。もう本人にも了承を取ってあるわ」
さっき母が「途中で電話を代わって」と言ったのはこのためだったかと、フミエが気付いた時には既に後の祭りだった。
「さっさと俺のボートで買い出しに行ってこいよ。お前、その調子じゃ昼飯にもありつけなくなるぜ」
「元はと言えば誰のせいよ、この半人前!いいわ。あんたのツケ代、帰ってきたら倍で返してもらうから」
アドレアにそう喚き散らすと、フミエは言われた通り幼なじみのボートに乗って街市場へと向かった。