変わり者の男
「本当に暑いな、この街は」
そう呟いた色白の男の肌は、火照ったようにうっすらと赤くなっている。
「しかし、この街に何の用があってそんな遠い所からいらっしゃったのです?」
水上にあるオレンジの街市場を巡る一台の小さなボートの上で、それを動かしている船頭は男にそう尋ねる。
「申し訳ないです、船頭さん。何か仰いましたか」
男は、船のモーターがゆっくりと刻むエンジン音や、威勢よく声を上げる商売人たちにすっかり気を取られていた。
「この暑さの中、あんなに生き生きと働いている人たちが不思議だったもので。つい見とれてしまって」
オーストラリア大陸の片隅にあるこの街の市場は、例えようのない活気に満ち溢れている。
「それはそうですとも。この街には、近世から変わらない歴史がありますからね」
オレンジの街は、すぐ東に位置するシドニーの街に隣接する宿場街として栄えてきた歴史がある。
「ノースフォールの災害から400年以上経た今も、ですか。素晴らしいですね」
しかし、そういった文化が現在まで変わらずに残っているというのは本当に珍しい。
「世界中を探しても、これほど素晴らしい街はそうはないでしょう?」
船頭が男にそう訊ねると、男は静かに頷いて空を見上げる。
「船頭さん。あなたは、水の底に沈んでしまった街がどんな所だったか興味はありますか?」
「いいえ。私にとって一番興味をそそられるのはこの街をおいて他にないですよ」
船頭が男の質問にそう答えた直後、2人の目の前に古びた大きな建物が姿を表す。
「私にはあります。眠ってしまった世界の全てが知りたいんです」
男は肩に斜めに下げたリュックの紐を結び直すと、船頭の目を真っ直ぐに見つめていた。
「私の名前はサンクチュアリ。ただの変人です」