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8/14

8月12日

相変わらず、良く晴れた日が続いていた。今年の夏は晴れの日が多い。

今の小学生が、ぼくらの頃と同じように、お天気を毎日記録する宿題があるとすれば、今年の彼等は運がいい。例え夏休みの最後の日に、それをまとめてやるハメになっても間違える事無く出来てしまうだろう。

それほど、今年の夏ははれの日が多い。

そして、ぼくらも相変わらず、他愛もない話をし続けていた。


彼女が近くのコンビニエンスストアに買い出しに行っていた。

冷たいオレンジジュースとアイスキャンディーが、僕らには必要だった。

「あのさ」

わずかに風の入る窓に、できるだけ近いところに移動しながらちえちゃんが言った。

「あのコはやめた方がいいよ。彼氏いるから。」

「別に彼女の事なんて、何も言ってないだろ。」

いきなりでカチンときたので、ぼくは不機嫌に言った。

「うん。」

ちえちゃんも素直に黙った。

居心地の良くない沈黙が、部屋の中に雪のように積ってゆくのが見えるようだった。

ぼくの中では、イライラと音をたてて、2つの渦巻きが同時に発生した。

1つは、ちえちゃんへの攻撃的な渦巻き。彼女を好きだなんて、ぼくは1度も言っていないし、彼氏がいるとか知る必要もなかったし、そんな事言われたくもなかった。

そして、この嫌な沈黙から逃れたい。ぼくの機嫌も、ちえちゃんの機嫌も、これ以上損ねる事無く、和やかな雰囲気に戻したいという渦巻き。

2つが急速に大きくなっていくのに、ぼくは絶えられなくて第3の道を選んだ。

「どんな人だよ。会ってみたいなぁ。」

できるだけ、明るい声で言った。

「会わない方がいいよ。」

ちえちゃんは最初の会話に戻すような言い方だった。

「なんで、だから…。」

怒って言うぼくを遮って、ちえちゃんは強引に話を進めようとした。

「会ったら納得しちゃうから。この2人じゃしょうがないやって、辛くなるよ。」

ぼくは、もう口をきかなかった。

「あの2人さ、端で見てるだけでも解るくらい好きあってるの。でもね、なんでか解らないけど、2人見てると悲しくなるの。なんてゆうか…捨て犬みたいなんだよね。小さい段ボールに捨てられて、体くっつけ合って温め合うのが精一杯の仔犬って感じなの。あの2人は離れられないよ。他の誰も、段ボールの仔犬1匹だけを抱き上げる事は出来ないよ。」

話の途中で戻ってきた彼女は、お盆にオレンジジュースを3つ乗せて、立ったままで、その話を聞いていた。

窓から入ってくる風が、レースのカーテンだけを静かに揺らした。

しばらく、部屋の中は、しんとしていた。

沈黙を破ったのは彼女だった。

部屋を満たした沈黙の中を、彼女は宇宙飛行士のように、ゆっくりと歩いて真中のテーブルに、氷の入ったオレンジジュースを3つ置いた。

そして、お盆を持って部屋から出て行き、代わりにアイスキャンディーを3本持って戻ってきた。

たっぷりその間、ぼくとちえちゃんは黙ったままだった。

アイスの袋を開ける音が、いやに耳についた。

やけに甘いアイスだった。

「だから」ちえちゃんが、事態を収集するように言った。

「ダメって解ってる時は、深刻になる前に手を引いた方がいいって事。」

でも、それは逆効果だった。

ここまでくると、彼女がここに居ようが居まいが、ぼくが彼女を好きかどうかとか、そんな事はどうでも良くなっていた。

「おまえ、いつも、そうなんだろ。なんで傷つかないようにするんだよ。」

ちえちゃんは黙っていた。

「傷ついたり、傷つけたりする事で壊れちゃうのが恐いのか?それは、そんな程度の付き合いしかしないからだろ、おまえが。」

彼女もじっと、ぼくは言うのを聞いていた。

「もっとさ、近付いてみろよ。自分を見せなきゃ、相手だって見せてくんないんだぞ。自分をさ、見せる事とか、相手を知る事とか、そうゆう事から逃げるなよ。」

ぼくは、少し落ち着いてきた。

「傷つかないって、裏切られないって、言い切れないけど…、少なくても、オレは裏切ったりしないから。」

しばらく、しんとした。

また、彼女が立ち上がって、部屋を出て行って、濡れた布巾を持って戻ってきた。

ぼくたちは3人とも、融けたアイスで手がベトベトだった。

少し、空気がやわらかくなった。


外が暗くなってくると、ぼくらは近くの公園に行った。

まだ、この時間なら、子供が沢山いるかと思っていたが、予想に反して公園はガランとしていた。

ブランコやウンテイが、昼間の暑さでぐったりしてしまったよと体全体で訴えるように、やっとで立っているように見えた。

「夕べ、ロケットを飛ばす夢を見たよ。」

いきなり突然、彼女がそんな事を行った。

「浜辺にスタンバイしてるロケットは、砂の下に埋まってるところがあるのか、ないのか…。ともかく、見えてる先端は私の背丈くらいもないの。点検してる人が、後ろに立ってる私に、『こりゃあ痛いぞ。ミサイルのお尻にくっついて行くようなもんだ。』って言うの。私はね、ロケットに乗る人ではないんだけど、飛ばす人としては重要らしくて、博士みたいな人の隣にいて、乗り込む人1人1人とキスをするの。」

「うん?」

「それだけ。」

「で、飛んだの?」

ちえちゃんが聞いた。

「さあ。そこまでは見てないよ。ただ、そんな夢を見たってだけ。」

それは、間違いなく会話を続けられるような類いの話ではなかった。

でも確かに、喧嘩の後のぎこちない空気は、どこかへ消えていた。


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