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8月11日

「でも、あれだよな。自分の事、1番知ってる自分が、自分の事好きになれないのって、自分が可哀想だよな。」

急に言い出したぼくを、ちえちゃんと彼女が驚いたようにみた。

ぼくはコップのオレンジジュースを一息に飲み干して、この何日か考えていた事を話してみた。

「いろいろさ、考えてみようと思ってるんだ。自分の事。性格とか、考え方とか。そしたら、もうちょっと、自分が見えてくるんじゃないかと思ってさ。自分が自信持って好きになれないような人間、他人に好きになってもらおうなんて、ズルイもんな。」

「好きになってもらいたい人がいるんだ?」

ちえちゃんが、意地悪な横ヤリを入れたけれど、ぼくは無視して話を続けた。

「でも、それって結構大変な。もの考えるのって、勉強するよりキツイかもな。」

「無理して考えるからでしょ。」

また、ちえちゃんが意地悪く言った。

「うん。」彼女まで同意した。「頭に浮かんでくる事、素直に考えればいいんじゃない?自分の考えの方向、強制しようとするのって、それが例えいい方向でも、あんまりいい事だと思わない。頭に浮かばない事、無理に引っ張り出すとか、逆に無理にかき消すとかそうゆう事しないで、頭にふって浮かんできたものが、ふって消えるまで自然に考えてれば、それでいいんじゃない?」

ぼくは感心して聞いていたが、

「それって、もの考えてるって言うの?」

と、ちえちゃんは言った。

「ぼーっとしているとも言う。」

彼女は自分でそう言って笑った。


その日は早い時間に、彼女は病院へ行くからと言って帰った。

「病院?」

彼女が帰った後、ぼくがちえちゃんに聞くと、ちえちゃんは彼女にアレルギーがある事を話した。

簡単にその話をしてから、しばらく他愛もない話をしていたが、やがて、ちえちゃんも帰った。

ぼくは、空になったガラスのコップの外側についた無数の水滴をしばらく見ていたけれど、ぼくの頭には、彼女の言うように、ふっと考えが浮かんできたりはしなかった。


クーラーの効かない真夏の午後のけだるい眠りから覚めて、ぼくは、どんな夢を見たのかは、すっかり忘れてしまっていたけれど、夢の気分だけ噛みしめて、これが人生なら、とても悲しい…と、思った。


中学生の頃、ぼくはよく屋根に登ったので、ぼくの部屋の窓の横には今でもハシゴがある。

夜、暗くなってから、ぼくは屋根に登った。

ぼくは、彼女の身体の事を考えていた。アレルギー体質だという。

彼女の身体は、いつも微熱がある。身体がアレルギー反応を起こす為だ。

そういえば、何かが、化学反応する時は熱や光を生じると、昔、化学の授業で習った気がする。

彼女は、この世界に生まれながら、この世界に適応していないのだ。

ぼくはアレルギーという事を、そんなふうに理解した。

人は皆、それぞれに苦手なものや、合わないものがあるけれど、彼女の場合、この世界そのものに、生まれつき合わないんだ。


ぼくがこんな事を考えている間も、彼女の身体は自分に合わない世界に身をよじるように熱を発しているのだろう。

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