7月31日
夏に入るとすぐに、盆踊り大会があった。
この辺りでは夏祭りは大抵、夏の始めか、夏の終わりにやる。本当のお盆には、みんな、それぞれの田舎へ帰るからだ。
ぼくは、この夏祭りにも、田舎の夏祭りにも、もう何年も出ていなかった。
夏祭りに3人で行こう、と言い出したのはちえちゃんだった。
もう何年も興味を失っていた夏祭りだったが、久々にそう聞くと、なんだか子供に戻ったように軽い興奮がむくむくっと、お腹の辺りを刺激した。
ぼくとちえちゃんが3日間のうちの、どの日が盛り上がるとかそんな話をしている間中、彼女はやたらはしゃぐぼくらが不思議でならないように、きょとんとした表情で見ていた。
最近ようやく分ってきたのだが、彼女が計画の段階で興味を示す事は、まず、ない。
それは、例えは悪いが、家の中で庭の犬の散歩コースを相談しているような感じなのだ。
彼女は相談の間は、その話とは全く無関係なのだ。
その代わり、散歩に出掛けてしまえば犬が一番楽しんでいるように、彼女が話に加わらなくても、それは彼女が参加したくない訳ではないと言う事は、実際いつでも彼女が本当に犬じゃないのかと言うくらい楽しそうにしている事で充分解る。
それが解るまでには、この「きょとん」には随分と悩まされたが、この頃では彼女は犬だと思いきって、計画はぼくとちえちゃんとで勝手にすすめる事にしていた。
ちえちゃんは、ぼくの最初の頃の困り果てた風を思い出して、「最近、彼女の扱いがうまくなった。飲み込みが早いよ。」と、笑いを堪えるように言う。
ぼくも内心、これだけうまく彼女と付合ってゆけるのは、ちえちゃんの次の2番目くらいだと思うようになっていた。
そういえば、子供の頃にも、こうして3人で夏祭りに来た事があった。
その時はぼくとちえちゃんと、もう1人はみいちゃんだったけれど…。
でも、その時も結局、行きと帰り以外は、ぼくとちえちゃんは、ほとんど2人だった。
あの時はちえちゃんと、半ば母親にムリヤリ着せられたぼくは、浴衣だった。
1人、いつも通りの姿で現われたみいやんは、きまりが悪かったのだろう、「2人とも、そんなカッコじゃ、あんまり遊べないね。」と言って、1人で公園の鉄棒をしたり、他の子達と鬼ごっこをしたりしていた。
ちえちゃんも、その時の事を思い出しているのだろうか。
ぼくは隣を歩いているちえちゃんを見た。
今日は、ちえちゃんも彼女も浴衣を着ていた。
ぼくだけがジーンズとTシャツだった。
一通り遊び回って、ぼくとちえちゃんを探し出して戻って来た彼女は、パンパンの笑顔だった。
ほてって赤く上気した頬に、鼻の頭にうっすらと汗をかいて満面「笑顔の見本です」というように現われた彼女にぼくもちえちゃんも思わず吹き出してしまった。
「あの顔は、生まれたての赤んぼか、脳ミソ切れた狂人にしか出来ないよなぁ。」
帰り道、ぼくはちえちゃんにこっそり言った。
「うん。うん。」それにはちえちゃんも笑って頷いた。「でもさ、変わってるって言うより、限り無く自然でしょ。だからたまに、このコが普通で、こっちが変なのかな…って思う事があるよ。」
「あ。それ、解る。解る。…でも、座り込まないだろ。普通。」
ぼくは浴衣姿のまま、芝生の土手に座り込んでしまった彼女を指差した。
「何してるの!」
ちえちゃんは呆れて、土手に走って行った。
「星がすごいんだよ。」
彼女があまりに普通に言うので、ぼくもちえちゃんもつられて、そこに座って星を見た。
本当にキレイな星空だった。
ぼくらは星を見ながら、しばらく話をしていた。
昼間とは濃度の違う時間が流れているみたいで、それが長い時間だったのか、ほんの少しの時間だったのかは解らない。
「夜はさ、地球が宇宙に浮かんでるんだなって、実感するよね。昼は雲とか空とかに邪魔されて忘れちゃってるけど。」
彼女が言った。
ぼくの中にその言葉は夜の空気のように、しっとりとしみ込んだ。
「だからかな、昼たくさん語り合うより、夜ちょっとおしゃべりする方が、うんと解りあえる気がする。」
「夜が好きなの?」ちえちゃんが隣の彼女を見た。
「んーん。星が好きなの。」
と、彼女は空を見たままで言った。
ぼくは、宇宙に浮かんでいる自分の姿を考えていた。




