7月17日
彼女の家はぼくらの住む住宅街の中にあった。
小さな時から転校を繰り返していたという彼女は、ぼくとちえちゃんのような幼なじみはうらやましいといって、ぼくらは良く3人で行動するようになった。ちえちゃんと彼女は元から仲が良かったのだから、そこに幼なじみのぼくが加わったという言い方が本当は正しいのかもしれないけれど、そんなことはどうでも良かった。幼なじみというのは心地良いものだし、ぼくとちえちゃんの場合、そこに彼女がいるのは余計に心地良かった。
梅雨が開けてすぐの朝、駅の構内で彼女を見かけた。
不思議な光景だった。
その駅は、いくつもの路線の接続駅で、朝夕のラッシュ時にはひどい混雑になるので有名な駅だった。
そのラッシュのピークの時間、彼女はその駅の構内を気持ちの良いペースですいすいと歩いていた。
ぼくは、しばらく目が離せないでいた。
人混みの中を、彼女はまるで1人で歩いているようにペースを崩すこともなく、人を避けるでもなく、かといって周りの人が彼女を避けている風でもなく、自在に歩いていたのだ。
まるで魔法でも見ているようだった。
ぼくは、その姿を目で追っている間にも、何人もの人の肩にぶつかり、いつか人の流れに乗っていた。
3人でオレンジジュースを飲んでいる時、彼女にその話をした。
「なんだ。声かけてくれれば良かったのに。」
と、彼女はとても普通な答えをした。
「キラワレてんだ。」
ちえちゃんが笑いながら言った。
「違うよ。」ぼくは慌てて彼女に言ってから、「おまえ、そんなイジワルだったか?昔から。」と、ちえちゃんをにらんだ。
知らなかったの?という風な顔をちえちゃんがして、彼女は笑った。
それ以前にも、確かにいろいろ話はしているはずなのに、どういう訳か、この会話がぼくの記憶の中で、彼女と1番最初に交わした会話になった。
そして、このごく普通の会話と、あの不思議な光景が、うまく噛み合わず、ぼくの中にやわらかなしこりのようなものを残した。
まるで、薄い霧を固めたような、白い、やわらかなしこりだった。




