9月11日
「大切なものが、目の前にあるのに、わざと違うものを見ちゃう時ってない?」
ちえちゃんが、氷の入ったオレンジジュースをじっと見て言った。
「私は、あるな。目移りとか、そんなんじゃなくて。ドキドキしながら違うものを見てるの。ちゃんと見なくてもこんなにドキドキするのに、それを直に見たらどうなっちゃうんだろって、それが、すごく恐くて、まるで気のないふりをしながら、違うものを見てる時がある。」
ぼくは彼女を見た。
彼女は窓から外を眺めていた。
ちえちゃんの話について考えているのか、全く別の何かを考えているのか、その顔から読み取る事は出来なかった。
「それって恋愛の話?」
ぼくは、ちえちゃんの話に少し遅れて反応した。
「それだけじゃない。人生全般について。」
「ふーん。」
ぼくは机に頬杖をついて、また彼女を見た。
ちえちゃんは最近変わってきている。どこがとうとは、うまく言えないけれど、例えば今みたいに自分の考えを人に話す事は今まではあまりなかった。
彼女は野生動物のように敏感に、ちえちゃんの変化を感じ取っているようだけれど、まるで以前からそうであったような、自然な反応をしていた。
ぼくは彼女ほど敏感ではないので、なんとなく変わってきているとは思うけれど、たいして違和感は感じなかった。ただ、せっかくだから、ちえちゃんが、大切なものをちゃんと見れるようになれば良いと願った。その方が、きっといい、と思った。
「私が小さい時住んでた家の周りってね、竹の林だったの。」
彼女が突然言った。
「うん?」
「今年は七夕しなかったなぁ…と思って。」
「去年はしたの。」ちえちゃんが聞いた。
「もうずっとしてない。」彼女は笑った。「小さい時ってなんであんなに沢山行事があったんだろうね。」
なかなか良い問題提起だった。ぼくらはしばらく真剣に、そのことについて悩んだ。
しかし、夕方になっても納得出来る解答は得られなかった。
彼女がブランコに乗りたくなったと言ったのを良いきっかけに、ぼくらは公園に行った。
この公園で、子供の姿を見た事がない。
その日も、公園には誰もいなかった。
彼女がブランコを漕ぐのを見ながら、ちえちゃんが言った。
「あのこは、普通、人が大人になる時に少しずつ心の周りに張り巡らす、バリアみたいなもの、何も持ってないんだよ。だから、心が丸裸で、直にいろんな出来事が心に触れるの。」
彼女のブランコは、かなり高い所まで上がっている。
「辛い時に、辛いって顔してくれれば、もっと楽なのにね。」
ぼくは、ちえちゃんを見た。
「辛い事があっても、すぐに笑って現れるから、どうしていいか解んないよ。」
ちえちゃんは、じっと、ブランコに乗る彼女を見ていた。
急にブランコが止まって、彼女がヨロヨロして歩いてきた。
「…気持ち悪い。」
「酔うまで乗らないでよ。子供じゃないんだから。」
ちえちゃんとぼくは、ベンチに座る彼女を置いて、笑いながらブランコに乗った。
ブランコの勢いで、どちらが遠くまで跳べるか競争した。
陽が、少し短くなってきていた。




