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9月4日

例えば、2匹の捨て犬が雨の中で震えながら体を寄せ合っていたとする。

ぼくは創造力の限りを尽くして、それを思い浮かべてみる。

仔犬は雨に濡れた毛を、ぺしゃんこに体につけて、小さくカタカタと震えているかもしれない。

きっと、お腹も空いているに違いない。

ただ1つの救いは、互いの体の触れ合った部分から伝わる、かすかな温もりだろう。

いや、こんな状況では、そのかすかな温もりは、熱い程に感じるかもしれない。

淋しいとか、悲しいとか、ひもじいとかいう感覚も麻痺させる程、極まった状況で、その相手の体温はどれほど心を温かくするだろう。

自分の体温が、相手を、ほんの少しでも温めているという事は、どれほど心を強くするだろう。

…そんな風に、冷たい雨の中にいる、段ボールの中の小さな仔犬の気持ちを思ってみる。

たった1つの救いで、全てに負けないでいられる。

そうして、互いが互いをやっと守って生きていたある日、通りかかった少女が段ボールから1匹の仔犬を抱き上げる。冷たくなった体を温めてやろうとする。

最初、仔犬は抵抗するかもしれない。

2匹のささやかな温もりを取り上げられて鳴くかもしれない。

けれど少女は仔犬を余計に可哀想に想って抱きしめる。

今まで感じた事のない、全身を包む温もりに、仔犬は次第に温められて、その幸福に身を委ねる。

たまに、段ボールに残された、もう1匹のことを想う事があるかもしれない。

でも仔犬は、自分が充分に相手を温めてあげられない事を知っている。

誰かが段ボールの側を通りかかって、たった1匹で震えている仔犬を抱き上げてくれる事を祈る事しか出来ない。


一方、残された1匹は、抱き上げられた仔犬を想って、最初は鳴くかもしれない。

もしかしたら、ほんの少し、恨んだかもしれない。

でも、次第に、抱き上げられた、その仔犬の幸運を喜んでやるべきなのだと考えるようになる。

この仔犬も、自分が充分に相手を温めてあげられない事を知っているのだ。


「なんかさ、2階の窓から宙返りして、見事な着地がしたくなるような晴れだねぇ。」

彼女が窓から身を乗り出して言うのを、ちえちゃんが笑いながら言い返した。

「どんな晴れよ、それ。ずいぶん危ない晴れ方じゃない。」

「ちがーう。そうじゃないよ。解んないかなぁ。」


残された仔犬は、誰かが段ボールの側を通るのを待つのだろうか。

それとも、1人で段ボールを這い出て、歩き出すのだろうか。


「ねえねえ、宙返り日和な晴れって、あるよね。」

彼女は、思わず言ってしまった言葉を、なんとか解説しようと、ぼくに助けを求めてきた。

「なんだよ。それ。」

ぼくは笑った。

「やけくそな晴れ?」

ちえちゃんも笑いながら言った。

彼女も、もうどうしようもなくなって、自分でも笑い出した。

「もー!気持ちよさそうに聞こえないかな?」


ぼくは窓から空を見た。

そういえば、彼女と出逢ってから、空を見る事が多くなった。

空は、眩しいくらいに晴れていた。その空こそが、「宙返り日和な晴れ」なのだ。


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