回想〜歪曲励起
ひどく幼いころ、親とはぐれて迷子になったことがある。
なにがきっかけだったのかは、よく覚えていない。大方、親が目を
はなした隙に、ごくごくつまらないものに気をとられて、狭い路地に
でも入り込んでしまったのだろう。
両親がいないというだけで、世界はひどくまがまがしく、不安に満ちた
奇怪なものに、子供の僕には思われた。
とんでもない化け物でも表れてきそうな気がして恐ろしくなり、父と母
の名を叫びつつブロック塀の間を泣きながら何度も転んでひざ小僧をすり
むきつつ走り抜けて、闇雲に道を曲がり、青い屋根の駅(だったと思う)
の前で疲れ果てて動けなくなり、そこでずっと泣いていた。
そうすれば、きっと母が迎えに来てくれるだろうと信じながら。
そんな保障など、どこにもありはしないのに。
太陽が中天を過ぎ、すべてを赤く染め上げながら沈んでいくころになっ
ても、だれも声をかけてはこなかった。無論、母も。
なぜかひどく裏切られたような心境になったのを覚えている。
結局、駅前の派出所に詰めていた駐在が見かねて僕を保護し、両親に
連絡をしたことでこの遭難劇はようやく幕を閉じた。
僕はたしか3日も親と口を利かなかったと思う。
母はごめんねと謝るばかりで、父は最初ひどく怒っていたが、次には
これからはきをつけろよと笑い始め、それでも僕が黙りこくっていると
どうあつかったものか困ったらしく、ついにはだんまりを決め込んでし
まった。
思い出せば、両親と僕との関係があまりうまくいかなくなったのは、
それが始まりだった気がする。
実のところ、僕が迷った末たどり着いた駅から、そのころの家まで
高々200メートルも離れていなかったのだ。
たかだかこの程度の距離が、僕と両親の人生に、10年以上の断絶を
もたらしたとするならば、運命とかいう代物を扱う女神様とやらは相
当意地が悪いか、痴呆が進んで運命を管理する力が欠如しているに違
いない。
無論、それは本当にきっかけに過ぎず、本当の原因はもっといろいろ
あることはわかっているのだけれど。
それでも、あの日もし僕が、両親の手を離さなければ。
もっと違う人生を、僕は歩んでいたのではないだろうか。
そう、今も思っている。