「精霊が見える」とか言っちゃう妹がイケメンの理解者を得て調子に乗り、姉である私を断罪してきた
幼い頃から妹のフララ・ミンスは『フララには精霊が見える』と主張していた。
姉である私スート・ミンスが『魔法も精霊も作り話の世界にしかないわよ』と言っても『フララには見えるもん!』と反発するばかりだった。
王国の木っ端な貴族、ミンス家。
両親の仲は良好、使用人は昔から使えてくれる婆やが一人だけ、そして子供は男女女の三人兄妹。
平民からすれば恵まれているが、上を見れば大貴族や王族などいくらでもいる。そんな中の下の環境で私は育った。
「だからちゃんとしなさいよ!!」
「今からやろうと思ってたもん!!」
「全く、おまえたちはいつも言い争ってばかりだな」
姉妹のケンカに対して、兄であるゴライ・ミンスが呆れたように言う。
兄の年齢は29才、私は16才で、妹は14才。年の離れた兄は既に結婚して家を継いでいる。ここまで年の離れているとほぼ親のような存在だった。
兄が家を継いでくれたので私は貴族であることを気にせず縛られることなく好きに生きることが出来る。その点では兄に感謝しているのだが……唯一欠点があるとしたら。
「それで今日は何が原因なんだ?」
「二人で部屋の掃除をしてたのにフララが『精霊が呼んでる』ってどこか行ってサボったのよ!」
「仕方ないでしょう! 精霊の機嫌を損ねるわけには行かないんだから!」
「二人の言い分は分かった。フララ、部屋の掃除は前からするように言われていただろう。ちゃんとするように」
「……はーい」
それまで私が何度も言っていたことと同じなのに兄に言われただけでフララは不貞腐れながらも頷く。
気には食わないがまあそれで話が終わるなら私の溜飲も下がる……のだが。
「スートも。そんな強い言い方したら駄目だろう? ちゃんと協力して掃除をするように」
「……はーい」
兄の注意は私にも飛んだ。
兄の欠点は私たち姉妹を同じように扱うことだ。品行方正・真面目に生きている私と、度々精霊絡みで問題行動を起こす妹を。
(何で私が注意されないといけないのよ)
不満はあったがこれまでに何度言っても対応を改めてくれなかったのでもう諦めている。ちなみに父と母も同じような対応だ。
改めて言うがこの世界に魔法も精霊も存在しない。なのに精霊だとか言い出す妹のことを家族は放置している。
それ以外では普通に良い家族なのに、だからこそ私の心の中には長年小さな不満が少しずつ積もっていた。
時と場所は変わり王国立学園。王族や貴族の子息が通っており、一応貴族の末席に連ねている私や妹も通っている学園だ。
「今日は機嫌が良いみたいね」
「あ、分かるかい?」
食堂にて対面でランチを一緒に食べている相手はラムダ。私と同じようにあまり大きくない貴族の三男だ。
学園は王族が通うだけあって格式高く、16才からは季節ごとにダンスパーティーなどの参加が義務付けられていてパートナーがいることが当然として求められる。
この前私にとって初めてのダンスパーティーが行われたのだが、そのときパートナーを探していたラムダに求められた際に『まあ自分から探すのも面倒だし』と了承した。
パーティーは特に大きな問題無く終了したのだが、それからもラムダとは何となく交流が続いている。
とはいえラムダにそこまで大きな好感を持っているわけでも無い。
(まあ好感持てないのはラムダだけじゃなくて同年代の多くの男子にだけど。王族や貴族とはいえ結局は年頃の男子。どうにも子供っぽさが目につくのよね)
「それで何があったの?」
「今朝、駅でレアな調査列車を見れたんだ! 北の大地からちょうど帰ってきたところみたいで、実際に動いているところを見れたのは感動してね――」
目を輝かせたラムダはそこからその調査列車とやらの凄さを語り出すのだが、私はちっとも理解出来なかった。
(はぁ全く……目の前にいる人が興味持っているか持っていないかすら判断出来ないのかしらね)
なおも語りが止まらないラムダから意識を他に向けたところ、ちょうど食堂でざわめきが起き始めた。
「この学園に精霊の声が聞こえる者がいると聞いたが本当かね!?」
騒ぎの中心にいた人物を見て最初に感じたのは違和感。色々な特徴がこの王国に住む人に無いからだろう。
……ということは留学生かしら? 顔立ちやスタイルが整っているのも相まって食堂の注目をかなり集めているみたいだけど………………って精霊?
と、ビジュアルの方に意識が向いてたせいで遅れて留学生の彼の発したワードに気付いたところで。
「フララは精霊が見えますけど……」
妹がおずおずと彼の前に出て行く姿を見つけるのだった。
留学生、ザリア・フォード。
隣の共和国からやってきた留学生で、噂話によると何やら偉い人の息子らしいとか精霊が見えるだとか。
「いやあ本当にフララとは話が合うね」
「フララも精霊の話が出来て嬉しいの」
そんなザリアが常日頃から精霊が見えると言っている妹と波長が合うのは当然だった。よく二人で一緒にいるらしい。
最初に食堂で騒ぎになってから三日経って、ますます二人の注目は上がっている。
(フララは見た目だけは良いのよね。そのおかげで昔から男が絶えなかったし。フララの気を引くために自分も精霊が見えるなんて言った男もいたかしら。あいつもその類なのだろうと思ったけど……どうやら三日経って破綻しない辺り筋金入りのようだ)
二人は『精霊』について実在するものとして話しているが、実際にそんなものが存在するのならもっと大きな問題になっているはずだ。
だが二人の話を聞いた者の中には『あそこまで普通に話されると自分が見えないだけで精霊はいるんじゃないか』『私も精霊が見えたらいいのに!』『どうにか見えるようになれないか』などと精霊の実在を信じ始める人が現れているようだ。
「全くもって馬鹿馬鹿しい」
姉妹として付き合いの長い私には妹の言う『精霊』が言い訳だと確信している。
妹が精霊の存在を出すときは妹の都合の良いときだけなのだ。
この前の掃除をサボるための言い訳が良い例で、大体が面倒なことを避けるときに精霊の存在を口にする。逆に妹が精霊から不利益を被ったことは一度もない。
「…………」
しかし実際に妹以外に精霊が見えると言い出して、妹に同調している人がいる。これはどういうことなのだろうか、と頭を捻ったところで。
「あ、お姉ちゃんだ」
学園の廊下でバッタリと妹と出会ってしまった。
同じ学園に通っているとはいえ二学年離れているため、教室やその他活動域は離れており出会うことは少ない。その少ない機会が回ってきたようだ。
色々タイミングが合わず、ここしばらく家でも会話していないため久しぶりの邂逅。
「フララのお姉さんなのかい?」
その隣には話題の留学生ザリアもいる。
直前まで二人に対して懐疑的なことを考えていたが、かといって現実としてわざわざ波風を立てる必要も無い。
「ええ、ごきげんよう」
なので私は会釈をしながら二人の横を通り抜けようとして。
「ぷっ、惨めだね。お姉ちゃん」
聞き捨てならない言葉が背後から飛んできた。
「……何か言った、フララ?」
抑えきれない怒気が混じらせながら振り返ると、フララは完全に私を見下した表情をしている。
元々フララとザリアは注目が高い上、私も声を荒げてしまった。廊下の一角だというのに野次馬が集まり始める中。
「聞こえなかったならもう一回言ってあげる。惨めだねえ、お姉ちゃん」
「……一応聞いてあげるけど私の何が惨めなのかしら?」
「お姉ちゃん、昔から私に『精霊なんて存在しない』って私のこと否定してたけど、こうやって精霊がちゃんといることが証明されたんだから」
「いや精霊なんているわけ――」
「ちょっとそれは黙って聞いてられないな」
反論しようとしたところで、ザリアが割って入ってきた。
「何がですか?」
「君は精霊の存在を否定しているようだが、オレ様もフララと一緒で精霊が見えるんだ。それこそが精霊が実在することの証明なんだよ。……それともこのオレ様が嘘を吐いているとでも言うのかい?」
「………………」
はい、その通りです。
と肯定したいところだったが、共和国の偉い人の息子らしいザリアの面子をこうも野次馬の集まった場所で潰すわけにも行かない。
どうにか当たり障り無く言う方法が無いかと黙って考える私を、二人はどうやら私が認めたのだと勘違いしたようだった。
「お姉ちゃんは昔からフララのことを否定していたんです。この前だって『精霊なんてどうでもいい存在より掃除をしろ』って命令してきたり」
「そうか、フララ。それは辛かっただろうね」
「本当ザリア様に会えなかったらこの姉にいつまでも否定されてフララは搾取されたままだったかもしれません。お姉ちゃんは今まで侮っていたフララにザリア様なんてパートナーが出来たから嫉妬しているんです」
「よーしよし、でももう大丈夫だよ。オレ様がフララを全ての障害から守るからね」
私を敵に仕立て上げて勝手に盛り上がる二人。
野次馬たちもその寸劇に同調して二人を肯定、私を否定し始めている。
「そんな人だったなんて……」
その中には私のダンスパートナーを務めたラムダもいた。どうやらあんなデタラメに騙されて私に失望しているらしい。
「………………」
はぁ、本当に……もう本・当に全部が全部馬鹿らしくなってきた。
良いわよ、そこまで言うなら全てを指摘して精霊の存在を否定してやるわよ。共和国の偉い人が何だ、関係あるか。
ヤケクソになった私が反撃を始めようとした――そのとき。
「どうやら面白い話をしているみたいだね?」
野次馬の外から、騒ぎも貫通して凜と通る声が響いた。
囲んでいた生徒たちがその声の主を見るやさっと避けて道を開ける。それだけの身分・存在感を持つその人は王国の第三王子ビスタ・レール。学年は一つ上だが同じ生徒だ。
「ちょっとゴタゴタがあって久しぶりの登校でね。何やら精霊が見えるとか聞こえたけど」
そうやって騒ぎの中心、私、フララ、ザリアの元まで寄ってきたビスタが問いかける。
「精霊が見えるのはフララとザリア様です」
「え、あ、はい」
能天気にはいはーいと主張するフララに対して、ビスタを見てしどろもどろになるザリア。共和国で偉い人の息子らしいが、それ以上に王国の王子の方が格は上だからだろう。
「そしてそれを否定しているのがお姉ちゃんです。酷いと思いません?」
「ふむ……」
ビスタ王子はその様子を見て思案顔になり。
「……なるほど。面白いね。ではこうしようか、ボクも精霊が見えるんだよ。ほら、実際に今もボクたちの頭上にいるだろう?」
頭上を指差しながらそのように言い始めた。
当然私はその言葉に内心がパニックだ。
(精霊が見える人が3人目!? それも王子がだなんて!? 王子もグルになって私を――――いや……)
王子が真っ直ぐに自分を見つめていることに気付く。私の視線に対して王子は片目でウインクをしてみせた。
(もしかして王子は……)
私があることに思い至る中、フララはいつもの軽さで王子の言葉を肯定する。
「もちろん私にも見えますよー。精霊さんいますよねー」
「ああ、良かった。見えるんだね。……留学生の君ももちろん見えるよね」
「は、はい……も、もちろんです」
ビスタ王子の言葉の鋭さに冷や汗を浮かべているザリア。
「良かった。それじゃあいっせーのでその精霊がどういう姿をしているか言おうか。いっせーので――」
ビスタ王子はそのまま畳みかけるように提案して。
「もちろん青色のお花さんです!」
「黄緑の小人……か?」
フララとザリアの答えが違える。
「あははっ。どうやら二人の意見は違うみたいだね?」
ビスタ王子は愉快そうに笑う。
「ザリア様……どうしてですか? あんなにはっきりしているのに」
「そ、それはだな……ちょっと見間違いを……」
「ふふっ、お遊びはこれくらいにしておこうか。ボクも君もね」
「お遊び……?」
「残念ながらボクは精霊の姿なんて見えないんだ。そしてどうやらそこの留学生くんもね」
「ザリア様が!? そ、そんなことあり得ません……!」
「ふーん、だったらどうして彼はさっき君と同じ『青色の花』と答えなかったのかい?」
「そ、それは……」
フララが狼狽えている。
「彼が何を考えているか知らないけど……いや、そういえば留学生といえば………ああ、君の情報を思い出したよ。
共和国の地方議員の息子ザリア。素行不良のため共和国の学園でも色々と問題を起こしていたようだったけど……この王国立学園でも問題を起こすようならこちらも考えがあるよ」
「も、申し訳ありませんでした!!」
平謝りするザリア。その姿に先ほどまでの威厳は全く無い。
「よろしい。ではボクは失礼するよ」
そうして騒ぎを収めた王子はすたすたとその場を去っていった。
後に残された人たちは声を上げることも出来ずしーんとなる中。
「ザリア様……嘘ですよね? 本当は精霊が見えるんですよね?」
おずおずとフララが問いかける。
「……はぁ? そんなの嘘に決まってんだろ!! 精霊なんているわけねーだろ、ばーか!! ちっ、くそが。頭の緩い小娘を丸め込んで遊ぶつもりがいきなり王子に目を付けられるなんて面倒な事態になるとは」
悪態を吐きながらザリアはずかずかと野次馬を退かしながら去っていく。
「………………」
ペタンとその場にへたりこむフララ。相当に落ち込んでいるのだろうが……妹とはいえ公開の場で貶められた私がそれを慰めてやる義理も無い。
「スート。……その大変だったね」
野次馬の中からラムダが手を伸ばしながら話しかけて来たが。
「触らないで」
「……え?」
「私のこと信じてなかった癖によくそんな心配してた、みたいな態度取れるわね」
「そ、それは……」
バツが悪そうにしているラムダ。野次馬に紛れ込んでいたから私から姿を見られていないと思っていたのだろうか。残念ながらしっかり把握していますので。
「全く、他の人たちも。呆けてないでもうすぐ授業時間よ。解散しなさい」
パンパンと手を叩きながら集団に投げかけると人が散っていく。
私もその流れで教室に――ではなく別方向に歩を進める。
「やあ、大変だったみたいだね」
学園の片隅にいたのはビスタ王子だった。
去っていくときに含みありげな視線を向けたから待っているのは分かっていた。私の代わりに妹とその男を断罪した王子に対して。
「余計なことしてくれましたね」
「……あれ? そこはお礼じゃ無いのかい?」
「お礼? どうして私がそんなことを言わないといけないんですか? 別に王子がいなくてもあの二人を言い負かすことは出来ました」
「なるほど。そう来るか」
王子は愉快そうにしている。……気に食わない。とはいえあまり反発しすぎるのも相手が相手だ。
「しかしまあ一応世間一般的に言うと助けられたという状況なのも間違いないでしょう。ありがとうございました」
「ああ、別に気にしなくてもいいよ。生徒の身ながら父からこの学園の管理は任されていてね。色々と問題を解決しないといけない立場なんだ。つまりは仕事だからね」
「そうですか……なら謝り損でした」
「そんなことは無いよ。そうだ、恩義を感じているというのなら仕事を手伝ってくれないかい? この学園で起きる問題の解決について力を貸して欲しいんだ。現在他にも女学生の着替えが盗まれるなんて事件があってね。男であるボクだけでは調査も大変で」
「盗み……確かに問題ですが、一生徒でしかない私には手が余りますね。解決頑張ってください。それでは失礼します」
「いや、つれないなあ。話だけでも聞いて――」
踵を返して教室に戻ろうとする私に対して、付いてくる王子。
そうして私が廊下の角を曲がったときのことだった。
「いたっ!?」
「あっ、ご、ごめん……ってスートじゃん!」
出会い頭にぶつかったのは数少ない私の親友のニーナだ。
「ごめんなさい、私も不注意だったわ」
「スートが謝った!? 珍しい!」
「そんな驚くようなことじゃないでしょう。私だって自分に非があれば謝るわよ。……ってどうしたの、ニーナ何か慌てているようだけど」
「あっ、そうそう。実は昼休みの間部活の練習してたんだけど、更衣室に戻ったら着替えがなくなってて探してたんだよ!! じゃあそういうことだから!」
そのまま部活着のまま去っていくニーナ。
「…………」
私は無言のままそれを見送ると。
「それで話なんだがスート・ミンスくん」
私とニーナがぶつかった間、離れて様子を見ていた王子が再度近寄ってくる。私は一度大きく「はぁ」と息を吐いた後。
「着替え盗難事件の情報について知っていること全て教えてください、王子。私が犯人を捕まえます」
「そうこなくっちゃ」
王子の愉快そうな顔は気に食わなかったが、それ以上に親友の着替えを盗んだだろう犯人に怒りを燃やしていた。
デコボココンビ誕生の瞬間だった。




