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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

お前を愛することはないって言われても、嫁さんにしていただければ結構です

作者: 日比覚世
掲載日:2026/06/12

「お前を愛することはない」


 この世の贅沢を一部屋に押し込めたようなきらきらのお部屋で、二人っきりになったとたんに、さっき旦那様だと教えてもらった人間が、きらきらさせてたお顔を突然氷のように冷たいものに変えて言いました。


「分かったな」

「愛することはない?」

「そうだ」 


 ちょっと言われたことがよく分かりませんでした。分からないときは聞き返した方がいい、前の主はそう言っていましたから、聞いてみることにしました。


「愛することはないというのは、お嫁さんにはしないということですか」

「ん? お嫁さん? ゴホン、すでに婚姻は済ませた。お前は私の妻となった。あとはお飾りの、というと言葉がわるいか、形だけの妻となればいいと」

「お嫁さんではいられる」

「なぜ、お嫁さんって言葉にしたがる。って、当たり前だ。お嫁、じゃなかった、妻として迎えるという約定はちゃんと履行した。つまり、形だけでいい」


 旦那様の厳しいお顔がぷいとそむけられました。


「今夜は、このまま、私も朝までこの部屋ですごすが、お前に指一本触れるつもりはないことだ。だから、自害する必要などない」

「自害って? ああ、自ら死ぬこと、ですね。蛇に噛ませて……」

「すでに報告は受けている。昨夜、毒蛇に己を噛ませようとしたそうではないか、侍女がぎりぎりのところで止めて未遂に終わったそうだが」

「いえ、噛みました」

「噛みました?」


 そうでした。自分が噛みました。女が、自らの首を噛ませようとしてきたんです。その時の、噛んだ蛇が自分でした。いえ、蛇は自分の一部、尾っぽの先端の形が蛇でした。その時の自分は巨大な魔物でした。竜だったのですが、どこまでも細く長い尾がにょろにょろしていて尾の先は蛇になっていました。その蛇の先で齧ってしまったのです。

 やっつけた魔物は必ず全部食べつくすというのが魔物の世界でのルールです。魔物は魔物を食べて強くなります。やっつけた魔物が持っていた魔力も技も姿もすべて継承します。人間も王をやっつけた者が次の王になるというから、それと同じだと思います。やっつけたぞ、とってかわったんだぞ、ということを示すために、魔物ならやっつけたものの姿を継ぎます。人間はやっつけた相手を食べませんし、食べたところでその姿になったりできませんから、名前だけ継ぐって聞きました。王をやっつけた人間は、次の王を名乗るようになるって。


「魔物が食べたものの姿を継ぐ? ちょっと待て、お前、蛇に噛まれて死んだのか。もうお前は魔物になったって?」

「いえ、自分は、もともとが魔物で、この女をやっつけて丸呑みにして、この女の姿になったといったのです」 


 この女は初めて食べた人間だったので、人間では食べたものの姿を継承する必要はなかったなんて知らなかったから、姿も食べた女そっくりにしてしまいました。大体、女の方から齧っておくれと言ってきたのです。蛇の頭を女自身の喉元に押し付けたのです。無理に齧らされたってことです。でもなにしろ、女は蛇の牙にあった毒で死んじゃったし、結果としてやっつけちゃったのだから、食べなきゃいけないんだろうなあと思って、丸呑みにして、それから、食べた女の姿をとったのです。

 ものすっごく大きな姿から、こんなに小さな姿に変わったのです。大きくなるのも大変でしたが、小さくなるというのも結構大変なもんです。直前まで、本当に馬鹿でっかい姿だったのです。


「女をかじったという蛇の話かな? 蛇の魔物は小さいだろうに」

「いえ蛇の魔物ではなく、長い長い尾の先が蛇になっていた竜です。ばかでっかい竜なのに尾っぽの先にいくほどどんどん細くなっていって、細い尾のひょろひょろの先だけが蛇なのです」


 自分ははじめっから竜だったわけではないのです。竜の、尾の先に蛇をつけた竜、の姿になったのは、自分がその竜をやっつけて食べたからなのです。ええ、もともと自分はつまらない小さな魔物でした。自分のまわりの魔物を食べては、その姿になってということを繰り返してきた魔物でした。本能のままに食べては、食べて得た姿に変じて、ということを繰り返すだけの魔物です。自分なんてものもその頃はまだ意識してなかったはずです。

 自分ってものができてきたのは、主を持ったためでした。その主というのが竜でした。巨大な竜です。ええ、尾っぽの先が蛇だった竜です。

 尾っぽの先が蛇だった竜は、自分の主だったのです。

 竜は、神獣でした。王権神授された王のまつりごとを助けるために、王の傍にはべる神獣です。神獣は眷属たちをたくさん従わせます。自分はその一柱にしてもらえました。

 神獣は魔物と契約をして眷属にします。眷属となった魔物は神獣を主として、その命令全てに忠実に従います。全ての力を主のためだけに使います。勝手に他の魔物を襲うこともできません。

 自分は主を得て、他の魔物を食べることがなくなりました。食べて食べてとってかわってとってかわってという魔物としてのあり方ができなくなって、主に従うというあり方をする、自分となりました。

 眷属は、何も食べずに、死ぬまで、主だけに仕えます。ただし、主が死んだときには、眷属は主の全てを喰らい、主の力を全て得ます。それが主と眷属の契約なのです。

 竜との契約の下、竜の眷属とされた時、自分は自分となったのだと思います。

 自分の主の竜というのは、はい、そうです。帝国の神獣と呼ばれていました。帝国が滅び王が亡くなった時、神獣も王と共に死ぬこととなりました。契約に従い、死んだ神獣の身は、眷属達で全て食べることになりました。しかし、その時生き延びていた眷属は自分しかいなかったのです。竜に比べるとはるかに小さかった自分が、竜のすべてを食べなければならなかったのです。

 自分は自分というものができるきっかけとなった主を、自分を眷属にしてくれていた主を食べたのです。全部食べるのは、とってもとっても大変でした。


「お前の主だった神獣って。俺が攻め滅ぼした神聖帝国の王に仕えていた神獣ってことだよな。

 そうか、当たっているか、そうだよな。

 なんだか、蛇の話まで戻ってこれなくなった気がするんだが、えっとその蛇が竜の一部だったとかいう話に回収されることになるのだよな。

 それより、ひとまず喉を見せて見ろ。別にどこも蛇に噛まれた跡とかはないよな。別に蛇の毒が回って頭がおかしくなったわけではあるまい。母国を滅ぼした俺に嫁がねばならぬのが辛くて、気が変になったというわけでもなさそうだな。

 なんだか、変な話を聞かされている、こっちの頭までおかしくなってきそうだぞ。まあ、良い。続きが気になってしまうから続けろや」


 竜はとってもとっても大きかったので、食べるのに大変時間がかかりました。

 自分が必死に食べ続けている間、竜はずっと何かをしゃべっていました。

 竜を食べていくにつれ、竜の力が自分のものとなってきました。理解する力もは入ってきました。竜が語っている内容が途中から分かってきました。自分をより自分として意識できるようになってきました。

 かつての魔物を食べ魔物として生きていた自分から、いつの間にかずいぶん遠く隔たってしまったという気がしました。竜の眷属でいた間は、一度も食べることがなかったので、随分と久しぶりに食べたのです。新たな糧、魔物なんかよりはるかに巨大で崇高な神獣を食するうちに、自分はまた変質していきました。

 竜を食べているせいで、変わってきているのか、竜のしゃべるのを聞かされているせいで変わってきているのか、自分ではわからなくなってきました。

 竜は、王に仕えていましたから、王と話すときは人間の言葉を使っていました。その時のおしゃべりもずっと人間の言葉でしゃべっていました。

 竜は、自分の願い事をずっとしゃべっていたのです。もっとあれがやりたかったなあ。これがやりたかったなあ。自分がこんなにでかくなければよかったなあ。小さくなれたら、人間になれたら、お嫁さんになりたかった。王のお嫁さんになりたかった。お嫁さん、お嫁さん、


「お嫁さん?」

「そうです。竜はお嫁さんになってみたいなあって言ってました」


 竜は言いました。お前、わたしをすべて食べておくれ、これは契約でもあるし、とうぜんすべて食べておくれだね。わたしをすべてひきついでおくれ。そして、じゆうにいきておくれ。お前だったらなれるだろう。相手を喰らい、喰らった相手の姿を手に入れる魔物よ。今、お前は自由な魔物に戻って、好きな姿になるがいい。わたしの姿になるがいい。だが、眷属として縛られていたお前ならわかるだろう。力があったところで何が楽しい、王に縛られていることの何が楽しい。別に縛られることが嫌だったわけではない。王のためになれることは喜びだった。だけど本当は、同じ王の傍にはべるなら、同じ王に縛られるなら、お嫁さんとしてがよかったなあって、王の姿によく似た、王の横に並べるような、お嫁さんの姿に、お嫁さんになりたいなあって


「それで、随分時間はかかったけど、やっと竜のことを食べつくせたって思った時、自分の全てが竜に取って代われたと思った時にですね。自分の長ーい長い尾の先っぽの、あんまり自分の意識ともつながってなさそうなほど先の尾の先がでしてね、蛇の形でひょろひょろとこの女の首元まで出てしまっていたみたいでしてね」


 俺の妻になった女は、自分の首元に、白くて細い指を向けた。もちろんそこには傷の一つもついていない。透き通るように白くて神聖で、吸い付きたくなるような首で。いやそれは良くてだな。

 今までただの伝説だと思っていたが王家の墓というのは、この帝城の地下深くにあるという話だったから、この帝城のはるか地下に竜の骸が眠っていたっておかしくないような気も、しないでもない。


「昨晩、この女が泊まっていた城の部屋の中にまで、竜の尾の先っぽは伸びてきていたのです。

 竜が尾の先を伸ばし終えたのと、自分が竜を食いつくしたのと、どうタイミングが合ったのでしょうか。

 尾の先まで自分になったなと思った瞬間に、尾の先の蛇の目は、女の首が目の前にあるのに気づいたのです。女を齧ったのが、この身体に最後に残った主の部分だったのか、もう自分になっていた部分だったかは分かりません。

 今の自分は、主を食べて取った変わった竜の身から、さらに変質して、竜の蛇尾で殺したこの女の姿へと変わってしまったなれの果てです。いつから自分になったのか、まだ自分は自分なのか、大きくなったり小さくなったりするうちに、どうにも自分がわからない感じなのです。ただ確かなのは、わたしは、あなたのお嫁さんになれたということなのです。きっとこれは、望んだとおりのことなのです」

「その望みとは、竜の望みか。お前自身の望みか。お前は、お前の主だった竜が憧れていた王家の金の瞳をしっかり受け継いだ姫になれた、ようだが」

「そうです。竜だったものの望みです。自分もさっきまで竜でしたから、なんだか、自分の望みでもあるような気もするのです」

「つまり、お前は望んでいると」

「はい。お嫁さんになりたいのです」

 俺は、大分何かに酔ったような気分になりながら、女と一緒にベッドの上に転がった。こっちからちゃんと手を出してやらないと、力づくで、本当に、食われてしまうかもしれなかった。


 この時の俺は、それがどんなに強大な力を得ることになるのか、全く理解していなかった。


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