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星月夜の詩  作者: クマコとアイ


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僕は自転車に乗れない

自転車に乗れない男の子の話です。

第一章 乗れない僕と男の子


 自転車に乗れないのは、僕だけだった。


 放課後の公園で、ひとりだけ補助輪がついている自転車にまたがって、地面を蹴っているのが、僕だった。みんなは風のようだった。追い風に押されていくように、きらきらと加速していく。その背中を、僕は目で追いながら、両足で地面を蹴るしかなかった。


 ──ああ、また転ぶ。


 倒れた自転車の下で、擦りむいた膝がヒリヒリする。風のようなみんなは遠ざかっていって、僕のそばには誰もいない。空を見上げたら、電線がまっすぐに張っていた。その向こうで、ひこうき雲が、ゆっくりと、けれど着実に、空を割って進んでいった。


 僕は、泣いてなんかいなかった。たぶん。


 ただ、風が吹いたから、目を細めたんだ。


 ──そのときだった。後ろから、声がした。


「乗れなくてもいいよ。僕、走るのが得意だから」


 ふり返ると、知らない男の子がいた。白いシャツに、紺のズボン。転んだ僕を見下ろしながら、にこにこしていた。


「自転車に乗れなくても、風にはなれるよ」


「……どういう意味?」


 問い返すと、彼は肩をすくめて笑った。


「意味なんて、ないかも。でも、たとえばさ、誰かといっしょに走っていれば、ひとりでこがなくても、風って来るじゃない?」


 僕は思わず黙りこんだ。なんだか、言い返せなかった。


「明日も、ここにいるよ。君がこげても、こげなくても、どっちでもいいよ。僕が横にいるから」


 そう言って、その子は軽く手をふって、公園の奥に向かって走り出した。風のように。

でも、その風は、僕のためだけに吹いてくれたような気がした。



第二章 いつかきっと叶う夢


 それからずっと、僕は幻のように男の子を追いかけた。


 でも、その姿は時どき公園に見られることもあったけれど、彼は向こうから大きく手をふって返すだけで、僕に話しかけたりはしなかった。


 僕の気もちはうずく。


<あいつ、自転車に乗れなくても良いなんて言っているけれど、本当は自転車に乗れるんだろう? ああやって、向こうから僕を見て、本当は僕のことを馬鹿にしているんだろう?>


 それから、月日が過ぎていった。僕は、男の子のことを忘れるともなく忘れた。


 僕は、ずっと公園で自転車に乗る練習をしていた。お父さんやお母さんは、早く家に帰ってきて夕ご飯を食べなさい、と言ってしかるんだけれど、僕は児童館が終わったあと、必ず一人で公園に行って、自転車に乗る練習を続けた。


 ある日、一人の女の子が僕に声をかけてきた。


「自転車に乗れない子って、あなた?」


「そうだよ。僕のことだ……悪いのかい? 悪いかよ!」(僕は、思わず声を荒げる)


「あっはは! そんなこと言っていないじゃない、実はわたしも自転車に乗れないのよ。いっしょに練習しない?」


「う、ううん……?」


 それから、僕たちの猛特訓が始まった。


 女の子は、僕に「ひばり」と名前を名乗った。素敵な名前だと思った。彼女の名前は風みたいだと、そんな気がした……


 ある日のこと、


「先生が言ってた。あのね、自転車に乗れない子は悪い子なんだって?」


「え、なんだよ? それ? 自転車に乗れなくたって、悪いわけないじゃないか!」


「違うのよ。先生の言い方も悪いよね。でも、そうじゃなくって、自転車に乗れない子は怖がっているんだって?」


「どうしてさ?」


「風と、お友達になれていないからよ。ただ、足で走るのと同じように、自然にペダルをこげば良いんだってさ……」


「ふうん? そうかなあ……でも、やってみるよ」


 僕とひばりとは握手をして、誓った。<いつか、きっと自転車に乗れるように>……って。


 ひばりと入れ替わりに、男の子は姿を現さなくなった。そしてとうとう、僕たちは自転車に乗れた。


「やった!」


「やったわ!」


 って、僕とひばりとは声をあげた。


「じゃあさ、あの男の子のお見舞いに行きましょうよ?」


「誰? あの男の子って、誰だい?」


「彼よ。風太。今、白血病で隣町の病院に入院しているの。わたしは、あの子からあなたの話を聞いたのよ? 他にも自転車に乗れないやつがいるんだぜ?って」


「そうだったのか……」


 僕は、なにかがすとんと腑に落ちた。


  * * *


 病室で、風太は坊主頭でベッドに横になっていた。


「君は、僕を応援してくれていたんだね? ひばりのことも。今度は僕たちが君を応援する番だよ?」


 風太はゆっくりとうなずいた。


「君は走れるんだろう? また走らなくっちゃ……」


「でも、だめかもしれないよ。もう、走れないかもしれない」


「そんなことないさ、きっと夢はかなうんだ」


「そうだといいな、僕は100m走の選手になりたい!」


「『横にいる』って、こういうことだったんだね? 隣町の病院にいるって?」


「あの時は、僕は入院していたわけじゃないよ」


「そうだね、でも、同じことさ」


「今度は、君が横にいてくれるのかい?」


「そうさ、時どき、こんなふうにね?」


 そして、僕と風太とひばり、三人は静かにうなずいた。


<風になるって、風とお友達になるっていうことだったんだね>


 ひばりを叱った先生は意地悪だったけれど、風太も同じことを言いたかったのかもしれない。その名前と同じように、風のようにやわらかで強い気もちで。


 そんな僕の名前は……ううん。僕の名前は、ないしょさ!

名前は秘密です。^^

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