第6話
「日野さんは、どうして新條先生のこと好きなの?」
それは前々から聞いてみたいと思っていたことだったが、不意打ちだったのか汐里は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「ど、どうしてそんなことを?」
「純粋に興味。話しにくいならムリにとは言わないけど」
「ムリってことはない、です、けど……」
恥ずかしそうにもじもじしながら、汐里はその視線を窓の向こうに見える新條先生へと向ける。
「明るくて優しい新條先生を見て、ああこの先生面白い人だなぁって、それが第一印象で。そう思ってる内に先生のことを、その……好きだなぁって思うようなって、それで――」
「え? それだけ」
照れくさそうに、でも何処か愛おしそうにはにかみながら話す汐里だったが、結也の一言でその目が一気に三角になった。
「それだけって――それだけってなんですか! それだけって! せっかく人が恥ずかしいの我慢してまで話したのに」
「いやだって、学校の先生のことを好きなるなんて、よっぽど、何か劇的でドラマチックな出来事や切っ掛けがあるんだろうなーって思ってたから、つい」
「それにしたって、聞いといてそのリアクションはあんまりだと思います!」
「ごめんって。悪かったよ」
結也が拝み倒すと汐里は「むぅ」とまだ不満げではあったが、とりあえずその矛を収めてくれた。
「でもまぁ、そっか。劇的なことが無くっても人のことを好きになることって、あるんだな」
「なに言ってるんですか、そんなの当たり前ですよドラマじゃあるまいし。理屈じゃ無いんです、人を好きになるって」
よくそう言うこと、恥ずかしげも無く言えるなぁ。と驚き半分、感心半分に思う。
ただ、それを口にすると照れ隠しにまたお叱りを受けることになりそうなので、ここは黙っておく。
汐里は、拗ねたような表情で話を続けた。
「それともなんですか? 劇的なことも無く先生のこと好きだと思うのは、気の迷いだって言うんですか」
「まさか、んなわけないでしょ」
答えてから、缶珈琲を一口すする。キリッとした香りと苦みが心地良い。ふうと一息ついてふと、あたりが静かなことに気が付く。
どうしたのだろうと、汐里の方を窺ってみるとさっきまで威嚇する猫みたいな顔をしていたのに、今はそれとは打って変わって驚いた様な顔で結也のことを見つめている。
「? どうしたの」
結也が尋ねると汐里は「いや、だって」と少し動揺した様子で。
「当たり前のことみたいに、あっさり答えるから」
「なにを?」
「だから、その、先生のことを好きなのが気の迷いなのかどうかって」
汐里の回答に結也の疑問が益々深くなる。
どうしてそんなところに引っかかるのか、結也にはよく分からない。
「そんなに驚くようなこと? 日野さんが新條先生のこと好きなことなんて見れば分かるよ、綺麗な色してるもん日野さんの糸」
「いと? いとってなんですか?」
「へ? ……あっ!」
指摘をされて初めて、自分が余計なことを口走ったことに気が付く。
「いや、糸って言うのはホラ、言葉のあやというか言い間違いというか、特に意味は無いくだらない言葉というかえーとだからぁ――」
なんて誤魔化したものかとテンパる頭で考えるが、処理能力が著しく低下した脳では答えが全然まとまらない。
クソ、また俺はポロリと。
大して物を考えずに発言した迂闊な自分を呪う。
そんな困惑しまくる結也を見て、急に汐里が堪えきれなかったように笑いだした。
「……なにが可笑しい」
「だって出雲君、急にわたわたしだすんだもん。それがなんだか可笑しくって」
「笑うこたぁないでしょうが」
と拗ねたように口にするが、内心ではホッとしている。
今も彼女は可笑しそうに笑っており、さっきの失言はなんとなく、流れそうな気配だった。
「……でも、ありがとう。ちょっとだけ安心しちゃった」
ん? っとまた結也が汐里の発言に首を捻る番が回ってきた。
彼女を安心させるようなことを言った覚えなんて、結也には微塵も覚えが無い。
そもそも途中まで自分がなにを言っていたのかすら覚えていない。
「本当に分からないんですか?」
「やー本当に分からない。そんなに大層なこと言ったかな? 俺」
「大層なことを言ってないから、嬉しかったんですよ」
何やら意味深なその台詞に、結也の頭の中は益々混迷を極めたが、汐里はイタズラ気な笑みを浮かべるばかりで答え合わせをしてくれる気配はなく。
結局その疑問の答えが分かったのは、それから数日経った後のことだった。




