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・壁ドンからの顎クイされたい

Q.高嶺花(たかねはな)さんの第一印象は?


A.

・こんなドラマや漫画にいそうな人が実在するだ〜と思いました(2年生女子)

・クオリティやばすぎ(3年生男子)

・なにからなにまですべてが完璧で、非の打ち所がない。女子の憧れです!(1年生女子)

・ああいう人を『高嶺の花』っていうんでしょうね。何ひとつ名前負けしてなくて、名前そのまま!(1年生男子)



Q.高嶺花さんの魅力は?


A.

・顔よし、頭よし、運動神経よし(1年生男子)

・立ち居振る舞いが素敵(1年生女子)

・モデル並みにめっちゃスタイルがいい(2年生男子)

・絶対に枝毛なんてなさそうなサラサラストレートのロングヘア(3年生女子)



Q.高嶺花さんを動物に例えるなら?


A.

・神々しすぎてペガサス(3年生男子)

・鶴とかトキとか。そういう特別天然記念物レベル(2年生女子)

・オオカミ。いい意味で一匹狼って感じで、凛々しくてかっこいい(1年生男子)

・身近な動物で例えるなら猫。デレなしのスンとした猫みたい(1年生女子)



* * *



清凛(せいりん)高校の昇降口すぐの掲示板に張られた学校新聞。


記事は、去年の文化祭のミスコンにて『ミス清凛』に選ばれたわたしに関する内容だ。



今は新年度を迎え、学年も新しくなった春。



文化祭は去年の秋だし、この学校新聞も半年近く前に発行されたもの。


それなのに、未だに学校の一番目立つこの掲示板に掲載されている。



「あの人が去年のミス清凛だよね!?」


「うんうん!学校新聞に書かれてあるとおり、めちゃくちゃ美人!」



去年のミスコンを知らない新入生たちも、学校新聞を読んでわたしのことを知っているようだ。


とりあえず、会釈だけしておく。



「キャーーー!!!!今、こっち見たよね!?」


「見た見たっ!ニコッてされた!」



ただの会釈でこの騒ぎ。



教室に行くまでの廊下では、わたしの姿を見つけるなりみんなが道を開けるように端に寄る。



「今日の高嶺さんもきれい〜…」


「しかも、通り過ぎるときにふわっといい香りがするんだよな〜」


「目の保養。オレ、マジでこの学校に入ってよかったわ」



口々に発せられるわたしに向けられる言葉には、決して悪口はない。


みんながわたしをまるで神のように崇めている。



なぜなら――。



「マドンナが通るぞ!お前らどけって!」


「男子、その足元のゴミ拾って!マドンナが踏んだらどうするの!」



わたしは学校で“マドンナ”と呼ばれて、周りからは一目置かれる存在になっている。



「凛としてて、佇まいが美しい!」


「オレたちには絶対手の届かない高嶺の花だ」



他には、わたしの名前から“高嶺の花”と呼ばれることも。



“マドンナ”や“高嶺の花”なんてそんなあからさまな呼び名、わたしは恥ずかしい。


…ただ、そんな本音を話せる機会も相手もいないのだ。



「マドンナって座ってるだけで絵になるよね〜」


「高嶺さんがきた瞬間、教室が華やかになるな。さすが高嶺の花」


「おいっ、マドンナに話しかけてこいよ!」


「……無理無理!オレが声なんてかけたら、高嶺さんが汚れるから!」


「わかるわ〜。恐れ多すぎて近づくことすらできないよね」



というように、みんなわたしに話しかけるどころか近づくことすらしてくれない。


去年、この学校に入学したときからこんな感じだ。



「だれ、あのきれいなコ!?」


「なんか輝いて見える…!美人過ぎて、横に並べない!」



そんなふうに、全然クラスメイトから声をかけてもらえなかった。



かといって、わたしも人見知りのコミュ障。


だけど、このままじゃだめだと思い、入学して10日ほどがたったときに思いきってクラスの女の子に声をかけてみるも――。



「あ…、あの……」


「えっ、高嶺さんがあたしたちなんかに声をかけてくれた…!?」


「は、はい。よかったら――」


「…ダメダメ!あたしたちじゃ身分が釣り合わないから〜!」



と言って逃げられてしまった。



それがちょっとしたトラウマになって、ますます声をかけられてなくなってしまったのだ。



「はぁ…。どうしたら、高嶺さんみたいになれるんだろ〜」


「この学校にいる女子全員の憧れだもんね〜」


「女子だけじゃねぇよ。高嶺さんと付き合えたら、どれだけ鼻が高いかっ」


「無駄な想像はやめときなよ〜。高嶺さんは、あんたたちなんて眼中にないよ」


「そうだよ。お嬢様の高嶺さんと釣り合うのは、きっと年上の超お金持ちのスパダリくらいだよ」



わたしは普通の家庭に住むただの一般人なのに、尾ひれがついてなぜか“お金持ちのお嬢様”と思われているみたい…。



恐れ多くてだれも声をかけることすらできない、ミス清凛の学校のマドンナ――高嶺花。


だけど本当は、寂しがり屋で気軽に話せる友達がほしい……ただのぼっちなのです。



新学期になり、2年の新しい今のクラスになって1ヶ月。


どうやら、今学期も友達ができなさそうなフラグが立っています…。




学校帰り。


もちろん、今日の下校も1人ぼっち。



周りを見ると、友達と楽しそうに下校する清凛生たちが。



「このあとカラオケ行こーぜ!」


「いいねー!」



…友達とカラオケ。



「駅前のカフェ、新作フラペチーノが出たらしいよ!」


「それ気になってたやつー!今から行こ!」



…友達とカフェ。



わたしも行ってみたい。


放課後に、友達とカラオケやカフェ…!



わたしは、瞬時にブレザーのポケットからボールペンと手のひらサイズのメモ帳を取り出す。


青色のメモ帳の表紙には、マジックペンで【青春ノート】と書いてある。



【・友達とカラオケ】

【・友達とカフェ】



と、わたしはメモ帳に書き込んだ。



これは、『青春ノート』という名のわたしの大事なメモ帳。


わたしが高校生活でしてみたい憧れの青春シチュエーションを思いつくたびに忘れないように書き込んでいる。



いつかは友達とこんなふうにしてみたいと思いつつ、この1年ひとつも実行できていない…。



「この曲いいね」


「でしょ?好きかな〜って思って」



そんなわたしの隣を同級生のカップルが通り過ぎていく。


2人の片耳と片耳を繋ぐようにして有線イヤホンつけられていて、スマホから流れる曲をいっしょに聴いていた。



めちゃくちゃ憧れる…!!


ワイヤレスイヤホンじゃなくて、あえて有線イヤホンなのがいい!



【・恋人と有線イヤホンを片耳ずつつけて、いっしょに曲を聞く】



すぐさま青春ノートに書き込んだ。



「あっ、高嶺さんだ」



わたしの視線に気づいたのか、通り過ぎたカップルが振り返った。



「相変わらず美人だね」


「ほんと、女神すぎて同じ女子とは思えないよ」


「もしかして、嫉妬した?」


「するわけないよ〜。高嶺さんは、マドンナで高嶺の花だよ?完璧すぎて、嫉妬心すら沸かないよ」



みんな、わたしのことを言いように褒めてくれる。


だけど、わたしだけ扱いが違って、だれもかまってくれない。



…それがまた寂しいんだ。



電車通学のわたしは、今日もいつものように学校から駅まで歩いて向かう。


わたしと同じような学校帰りの学生たちが遊びにきている繁華街を抜けたら、駅はすぐそこだ。



いつもならまっすぐ家に帰るけど、今日はちょっと寄り道してみたくなった。



『駅前のカフェ、新作フラペチーノが出たらしいよ!』



さっきの話を思い出したのだ。


わたしは、そのカフェへと向かった。



「いらっしゃいませ。お1人様でしょうか?」


「はい」



『お1人様でしょうか?』と聞かれることにもすっかり慣れてしまった。


テーブル席はどこもいっぱいで、わたしは必然的にカウンター席へと案内された。



新作フラペチーノを頼んで、出てきたその見た目のかわいさに悶絶する。



イチゴの赤とクリームの白の層が交互に重なって、とってもきれい。


上にはたっぷりのホイップクリームに、ちょこんとネコのクッキーまで刺さっている。



スマホで撮りたい…!



と思った、そのとき――。



「見てっ。あれ、高嶺さんじゃない?」


「ほんとだ!高嶺さんもこういうところくるんだ〜」



後ろから声が聞こえ、どうやら清凛生に気づかれてしまった。



「あたしたちと同じフラペ頼んでる」


「高嶺さんも新作商品とか興味あるのかな?でも、アタシたちみたいにはしゃいで写真撮ったりなんてしないよね〜」


「しないだろうね。高嶺さんは、凛として静かに飲んでそう」



そんなことを言われてしまったら…。


撮りたい気持ちを抑えて、凛として静かに飲むしかなくなる。



そのあと、明後日にある古典の小テストの勉強もして、空が薄暗くなりかけてきたことに気づいて慌ててカフェを出た。



べつに門限があるというわけではない。



わたしの家は母子家庭。


お母さんは看護師で夜勤も多く、今日の夜も仕事で家にはいない。



だから、何時に帰ろうと怒られることはない。


ただ、わたしには夜遊びするような友達もいないし、どこかに寄り道したとしても用事が済んだらすることもなくて、いつも暗くなる前に帰宅している。



それに、そろそろ帰宅ラッシュの時間帯と被りそうだし。


わたしは足早に駅へと急いだ。



といっても、カフェから駅までは目と鼻の先にあり、カフェから出てすぐにわたしはカバンから定期券を取り出した。



そのとき――。


なぜかチラリと横目に入ってしまった。



建物と建物の間の路地のようなところで、こそこそとなにかをする人たちの姿を。



通り過ぎたけど、気になって思わず引き返してしまった。


出した定期券はカバンにしまい直して。



「おいっ。人にぶつかっておいて、なんもなしかよ?」


「…ごめんなさい、…ごめんなさい」



覗き込むと、少しガラの悪そうな2人の不良が、見るからにひ弱そうな制服姿の男の子を取り囲んでいた。


男の子のほうは、たぶん中学生。



「ボ…ボク、このあと塾があるんです…。だから…、許してください……」


「塾だぁ?そんなの知るか」


「誠意を見せろ、誠意を!」



どうやら、男の子が不良たちにぶつかって絡まれてしまったようだ。



「誠意…。どうしたらいいのでしょうか…」


「そうだなぁ。とりあえず、財布の中にある金、全部よこせ」


「こいつ、肩痛めちまったんだから治療費がいるだろ?」


「で、でもボク…、そんなにお金は――」


「いいから、さっさと財布出せよ!」



そう言って、半ば取り上げるようなかたちで不良たちは男の子からお財布を奪い取った。


そして、お札の入っているポケットを見てため息をつく。



「…ったく、なんだよ。3000円しか入ってねーじゃん」


「だから、本当に――」


「まあ、いいわ。とりあえず、これもらっておくから」



不良たちは勝手に財布からお札を引き抜いた。



これは、明らかなカツアゲだ。


こんな現場を目撃してしまったのなら、警察を呼んだほうがいい。



だけどわたしは、なぜだか体が勝手に動いてしまった。



「そ…そういうの、やめたほうがいいですよ」



はっとしたときには、わたしは彼らの前に立っていた。


…人見知りのコミュ障なのに。



「あ?なんか言ったか――」



とまで言って、振り返った2人は同時に固まった。



「…うわっ、すっげー美人」


「マジで…実物?」



わたしを見てぽかんと口を開ける不良たちの隙を突いて、中学生の男の子は3000円を奪い返すと、そのままわたしを押しのけるようにして逃げていった。



「あ…、気をつけてね」



わたしは足をもつれさせながら走っていく男の子の背中を見届けた。



まあ、この場の状況から助け出せたのはよかったけど。


…って、全然よくない。



「なんだよ、逃げられたじゃねーか!」


「いいんじゃね?代わりに、いい女がきたし」



不良たちがニヤリと微笑みながらわたしに視線を向ける。



やっぱりそうなりますよね…。



「あの…、わたしはただの通行人で――」


「いや、待てよ。みすみす帰すわけねーだろ」



不良たちは、引き返そうとしたわたしの行く先へ回り込む。



「ここを通してほしかったら、オレたちといっしょに遊ぶか、あいつから巻き上げられなかった分の金をよこしな」


「そ、そんなこと言われてもっ…」



久々に家族以外のだれかと会話をしたと思ったら、こんな不良。


なんかマズイ展開にもなってしまって、無駄な正義感で出しゃばらなきゃよかったかも…。



壁に追い詰められ、逃げ場がない。



どうしたものかと困っていると――。


不良の肩を軽くトントンと叩く手が後ろから伸びてきた。



「あ?」



それに反応した不良が振り返る。



「そんなに金がほしいなら…。ほら、やるよ」



不良の背後から低い声が聞こえたかと思ったら、突如その不良が強烈なビンタを食らってふっ飛ばされた。



「…おい!大丈夫かっ!?」



もう1人は、ビンタされて地面に倒れる不良のところへ慌てて駆け寄る。


あまりにも突然の出来事に、わたしは呆然としてその場に立ち尽くしていた。



「これだけあれば十分だろ?」



そう言って、へたり込む不良たちになにかをヒラヒラとチラつかせて歩み寄る男の人。


その手には、なんと札束が握られていた。



帯封がついている1万円札の束が3つ――。


ということは、…合計300万円!?



もしかして、それを使ってさっきビンタを…!?



「んっ、やるよ」



男の人はしゃがみ込むと、札束を不良たちに差し出す。



「は…はぁ!?なんだよ、その金の束…!ぜってぇ偽札だろ!」


「失礼だなー。正真正銘ホンモノだよ」


「んなわけねぇだろ!しかも、それをやるって意味不明だし…!」


「いや、だって金ほしいんだろ?」


「…い、いらねぇよ!そんなもん!」



謎の札束男の登場により、不良たちのさっきまでの威勢はどこかへいってしまった。



わたしだって、なんだかゾッとした。


いきなり大金を渡してくる人なんて、普通にこわすぎる…!



「おっ…お前、何者なんだよ!?」



不良たちの震える声。


その質問に対して、札束男はかけていたサングラスを少し下へずらして微笑みながらこう言った。



「ん?なにって?ただのパリピです」



パ…、パリピ…!?



頭のてっぺんから雷で貫かれたかのような衝撃が走った。



こんな札束をチラつかせてくるくらいだから、そりゃあもうヤクザかマフィアの危ない人に違いないと思っていたら――。


それが…、ただのパリピ!?



黒色のスキニーパンツに、白いロンティーの上にグレーのパーカー、春ニット帽を被ったシンプルでカジュアルな格好。


ネックレスとピアスをしていて、たしかに楽しく遊んでいそうな陽キャ漂う人物ではある。



だとしても、自分で『パリピです』なんて言う…!?



「パ、パリピって…意味わかんねぇし!」


「やっぱこいつ、頭おかしいんだよ…!」


「まあまあ、そう言わず〜。ほら、金」


「…だから、いらねぇって言ってんだろ!!」



すっかり萎縮してしまった不良は、差し出された札束を振り払う。


その瞬間、札束男が不良の胸ぐらをつかんで引き寄せた。



「いらねぇなら、カツアゲとかダッセーことしてんじゃねぇよ。さっさと失せろ」



それまでの気の抜けた態度から一変、凄みのある札束男の睨みに不良たちは震え上がった。



「やっ…、やべぇやつがいるぞぉぉ!!」



そうして、一目散に逃げていってしまった。



「ったく、金は大切にしろってな。ところで、大丈夫だった?」



と札束男が振り返ったときには、わたしは不良たちのあとに続いて路地から逃げ出していた。



「パリピこわい…、パリピこわい…、パリピこわい…」



そう何度もつぶやきながら。



「そういえば、さっきの制服…」



路地から顔をひょっこりと出して、札束男がわたしの後ろ姿を見ていたなんて、このときのわたしが知るはずもない。




それから数日後。


今は生物の授業。



先生が黒板に書くのを見計らって、わたしの前のほうに座る女の子たちが手紙をまわし合っていた。



…うらやましい。


わたしも、先生の目を盗んで友達と手紙交換したい。



そうだっ、メモメモ…。



【・先生に気づかれないように友達に手紙をまわす】



わたしは青春ノートに書き込んだ。



「それじゃあ、今日の授業はここまで。テストまでにちゃんと復習しておけよ〜」


「「は〜い」」



4限の生物の授業が終わった。



「そうだ。授業で使った人体模型を備品室に戻しておいてほしいんだが、今日の日直だれだ〜?」


「わたしです」



わたしはスッと手を上げた。



「じゃあ、高嶺。悪いが、お願いしてもいいか?」


「はい、大丈夫です」



わたしは、教卓のそばに置いてあった人体模型を抱えると教室を出た。



「…おおっ、マドンナが人体模型を運んでる」


「あの人体模型になりてぇ〜!」


「高嶺さんが触れたら、人体模型ですら輝いて見える…!」



お昼休みになり購買に向かう大勢の人に見られ、わたしは恥ずかしさのあまりうつむきがちに人体模型といっしょに備品室へと急いだ。



備品室は、特別教室が並ぶ向かいの校舎の2階にある。



ドアを開けると、少しほこりっぽい匂いがして、ブラインドの隙間から光が差し込むくらいで薄暗い。


だけど、備品室の奥に置いておくだけでいいと言われているから電気をつけるほどでもない。



資料や備品が並べられた大きな棚に、人体模型が当たらないようにぎゅっと抱きかかえ、気をつけながら進んだ。


だから、人体模型がわたしの視界を遮っていて、その先にあるものに気づかなかった。



「…わっ!」



突然足がなにかに引っかり、わたしは人体模型といっしょに前のめりに転んだ。


その衝撃で人体模型の取れやすい首が吹っ飛んだくらいで、幸いわたしにケガもなかった。



「な、なに…?」



だれかにわざと足を引っ掛けられた気分だ。


振り返ると、なんと本当に棚の陰からだれかの脚がニョキッと伸びていた。



「ひっ…!」



思わず人体模型を抱きしめる。



「ごめん、なんか足引っ掛けちゃった…?」



どうやら、備品室にある物置きと化した古びたソファの上で、だれかが脚を伸ばしたまま眠っていたようだ。


その人物が棚の陰から顔を出す。



ボサボサの黒髪に、目元が隠れるくらいの長い前髪。


まぬけに大あくびをしながら、お世辞にもかっこいいとは言い難いビジュアル。



はいている上履きは、つま先が青色。


あれは、1つ上の3年生の上履きの色だ。



ということは――。



知ってる、この人。


もしかしたら、違う意味でわたしと同じくらいこの学校で有名かもしれない。



たしか、名前は…影山一颯。


名字のとおり影があり、陰オーラが漂う。



そう、彼は学校一の地味男子。


通称、“ジミー”だ。



こんな見た目だから、周りからイジられたりバカにされているところをよく見かける。



まさか、そんなジミー先輩がこんなところでサボって昼寝してるとは思わなかった。



「えっと…、大丈夫?」



…ジミー先輩がわたしに声をかけてきた!


ただでさえ人見知りのコミュ障なのに、年上の、しかもジミー先輩が相手だなんて絶対に無理…!



すると、ジミー先輩がわたしの顔を見てはっとした。



「…あれ?あんた…、もしかして――」


「だっ、だだだだだ…大丈夫です!なんともないので、ほんと…なんかわたしがお邪魔してしまい、すっ…すみませんでした…!」



わたしは人体模型の頭をくっつけて備品室の奥を置くと、瞬時にペコッと頭を下げて出ていった。



…びっくりした〜。


まさか、ジミー先輩に話しかけられる日がくるとは思わなかった。



そのあと、購買でお昼ご飯を買って教室へと戻った。



お昼休みに教室で食べるお昼ご飯。


もちろん、だれに誘われることもなく毎日1人。



「高嶺さん、今日のお昼はサラダパスタみたい!」


「似合う〜!クルクルとフォークで巻いて食べるところがほんとにお上品」



…いや。


備品室に寄ってたから、サラダパスタくらいしか買うものが残っていなかっただけ。



「朝は、ベーグルとスムージーとかなんだろうな〜」



そんなことないです。


今朝は、納豆かけご飯でした。



「カツ丼とかラーメンは絶対食べなさそう」


「わかる〜!男子が好きそうなものを高嶺さんが食べてるところが想像できない!」



残念ながら大好きです、カツ丼もラーメンも。



なんだったら、1人でラーメン屋も入ります。


…友達いないので。



わたしって、本当にどんなふうに見られているんだろう。



気づかれないようにため息をつく。



そうだ。


友達とラーメン屋に行くも、青春ノートに追加しよう。



そう思って、ブレザーのポケットに手を伸ばしてみるが――。



「…えっ。ない…!?」



なんと、いつも入れているポケットに青春ノートがなかった。


あるのはボールペンのみ。



慌てて他のポケットや机の中やカバンの中を見たけど、やっぱりどこにもなかった。



まさか…、…落とした!?


わたしの憧れの青春が書き込まれた、絶対にだれにも見られたくないあのメモ帳を…。



一瞬にして冷や汗が滲み出た。


残りのお昼休みの間に、教室や廊下を探したけど青春ノートは見つからなかった。



だれかに読まれたらと思ったら気が気じゃなくて、5限と6限の授業なんてまったく集中できなかった。




そして、放課後。



そういえば、ジミー先輩の脚に引っかかって転んだことをふと思い出した。


落としたとすれば、あのときに違いない…!



わたしは備品室へと急いだ。



床の目立つところに落ちていると思ったけどなく、しゃがみ込んで棚の下や積まれた段ボールの隙間にないか念入りに確認していく。



すると、つま先が青色の上履きをはいた脚が2本、わたしの視界に入ってきた。


まさかと思い、脚をたどるようにして視線を移すと、なんとお昼休みと同じところでジミー先輩が眠っていた。



「…ジミー先輩!」



まだいたのかと思い、思わず声が漏れた。


そのわたしの声に反応して、ジミー先輩がゆっくりとまぶたを開けた。



「あ〜。えっと、昼休みの…」



…見つかってしまった。



「どうかした?」


「い…いえ、なんでもありません」



本当は『このあたりで、わたしの青春ノート見ませんでしたか?』と聞きたいところだけど、あの持ち主がわたしだとは気づかれるわけにはいかないし。



「すみません、お昼寝の邪魔しましたよね。わたしはこれで失礼します」



すぐに立ち上がると、ジミー先輩にペコッと頭を下げた。



ある程度探したけど見つからなかった。


だから、ここじゃないかもしれない。



そう思って、備品室のドアに手をかけようとした――そのとき。



突然、後ろから手首をつかまれた。


その次の瞬間には、なぜかわたしは壁に押さえつけられていて、その上からジミー先輩が覆いかぶさる。



「…へっ?」



急な出来事に驚いて逃げ出そうとすると、わたしの行く手をふさぐようにジミー先輩が壁に左手をついた。



な、なんなの…この展開。


これってもしかして、壁ドン…?



現実で壁ドンされたことに困惑して目をパチクリとさせて固まっていると、そんなわたしの顎にジミー先輩がそっと手を添えた。


まるで俺のほうを向けと言わんばかりに、クイッとジミー先輩のほうへ顔を向けさせられる。



その瞬間、わたしは思わず息を呑んだ。



なぜなら、目にかかるほどのうっとうしい前髪をかき上げて露わになったジミー先輩の素顔は――。


切れ長の目に、鼻筋が通っていて、驚くほどきれいな顔立ちだったのだ。



不覚にも、実はイケメンのジミー先輩に一瞬見惚れていた。



「たしか、壁ドンからの顎クイがされたいんだっけ?こんな感じをご所望で?」



そう言って、ニッと口角を上げながらわたしの唇に視線を向けるジミー先輩の色っぽい表情に、わたしは思わずドキッとしてしまった。

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